旧り行き
少しずつ、日差しが温度を増す。
肌は温かな空気と柔らかいシーツに包まれ、意識を再び
つ、と目元を撫ぜられる。
薄く目を開ければ、腕の中のダンテが見えた。
こちらを見上げて楽しそうに、何度も目元を撫ぜてくる。
「隈、薄くなったな。」
親指の腹で確かめるように、やわやわとそれをなぞりながら、ダンテは溶けるような声で囁いた。
あまり鏡を見る習慣はない。
けれどダンテがそう言うならそうなのだろう。
「よく眠れるからか?」
深く考えたことはなかった。
だがこうして
否定も肯定もせず、ダンテの手に頬擦りをした。
「いいね、若返ったって感じだ。なかなか男前だぜ?」
くしゃりと笑うダンテの目尻に、細かな皺が寄った。
人として生きた時が、そこに刻まれている。
ダンテが歩んだ時を、ダンテを真似て撫ぜてみた。
親指の腹に起伏を感じる。
それは自分が知らない、ダンテが歩んだ道のものなのかも知れない。
指を滑らせ、頬へと触れる。
そこに散る濃淡様々な染みは、ダンテが独りで過ごした、暗く深い夜の欠片なのだろう。
人として生きたダンテは、人として正しく時を重ねている。
人であることを拒んだと自分とは、異なる時を。
きっと自分とダンテは、もう同じ時を重ねることはないのだろう。
ダンテは人として老いていき、自分はそれを眺め、見送るのだ。
そこに後悔はない。
ただこんな朝のひと時を、離し難いと思うようになっただけだ。
「うぉ。」
段々と温度を増す大気ごと、ダンテを抱きすくめた。
銀と白が混じる髪に顔を埋め、ダンテの鼓動に合わせて呼吸する。
「何だよ、朝っぱらから。」
陽の光が、ゆっくりとダンテの体温を上げていく。
「ま、いいけどよ。まだ時間もあるし。」
ダンテの声が遠くに聞こえた。
少し掠れたその声は、柔く空気を振るわせる。
腕に閉じ込めた時を感じながら、意識は淡く、眩しい光に溶けて行った。
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