Bouquet in the Battlefield
自分は何を見せられているんだろう。
アーカムは帰る家などとうに捨てたというのに、「早く帰りたい」とぼんやり考えた。
「おいお前逃げんなよ!」
「黙れ!来るな!!」
「こんな塔おっ立てて呼び出した挙句、今更来るなとかふざけんなよ!」
目の前では同じ顔の二人の男——ただし、片方は何故か真紅のウェディングドレスを着て、手には真っ赤な薔薇のラウンドブーケを持っている——が喚き合っている。
青い方の男は、アーカムが伝説の魔剣士・スパーダの力を手に入れるべく近づいた『運命の双子』の兄・バージルだった。
テメンニグルを起動させるにあたり、『まともに話ができる方』としてアーカムが選んだのがこの男である。
理性的で、悪魔や魔術についても高度な知識があることから、利害の一致をちらつかせれば利用しやすいと判断してのことだ。
実際塔を起動するところまでは良かったが、問題はその後だった。
テメンニグルの起動には赤いウェディングドレスを着た男、つまりは弟のダンテの血も必要である。
バージルに聞くところによれば二人は不倶戴天の仲とのことだったため、アーカムはあわよくば二人を相打ちに持ち込み、スパーダの力を独占しようと目論んだ。
しかしその企みは、予想外の展開で頓挫しようとしている。
バージルの挑発に乗り、ダンテはあっという間にテメンニグルを駆け上がってきた。
そしてバージルに対峙するやこう言い放ったのだ。
「だから言ってんだろ!俺のこと好きって認めろよ!!!」
聞いていない。
そんな話は聞いていない。
表情にこそ出さないが、アーカムは想定外の台詞に固まった。
不倶戴天云々はどこにいったのか。
気が遠くなりかけるアーカムを他所に、バージルとダンテはぎゃあぎゃあと怒鳴りあっている。
「下らんことを言うな!それよりスパーダの……」
「こっちの方が重大だろ!お前昔『大きくなったらダンテをお嫁さんにしてあげるね』って言っただろうが!!」
「言ってない!!」
「言った!5歳の時に言った!!」
「馬鹿が!いちいちそんなことを覚えているな!」
「でもお前言っただろ!」
「そんなものは時効だ!馬鹿め!!」
「都合のいい時ばっかり人間の法律持ち出してんじゃねえよ!てかさっきから馬鹿馬鹿言いやがって!馬鹿って言うな馬鹿って!!」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い!」
「俺が傷つくんだよ馬鹿!!」
あまりにもレベルの低い言い合いに、アーカムが頭を抱えようとした時。
「何あれ。」
と聞き覚えのある声がした。
ふと階段の方を見ると、大きな銃剣付きバズーカのような銃火器を背負う女が見えた。
見世物で見るかのように双子に視線をやりながら、女はアーカムの元へとやってくる。
「メアリ。」
それは妻と共に捨てたはずの、アーカムの娘だった。
最後に見た時よりも大きくなって、目つきも厳しくなっている。
それよりも露出が多い服装が気になって、アーカムは父親としてつい一言言いたい衝動に駆られた。
が、一度は家族を捨てた身だ。
そんなことを言う資格はないとわかっていたので、アーカムは黙ってそわそわと体を揺らしていた。
「仕事の時は『レディ』よ。それよりアンタ、またしょうもないことやるって家飛び出して……母さん心配してるわよ。」
「…………」
「で、『アレ』が家を飛び出した理由なわけ?」
レディがくいっとサムズアップをした手で塔の中心——双子を指す。
「じゃあ一年前、何で俺んとこ来たんだよ!」
「アミュレットとスパーダの剣を確かめただけだ!」
「それだけじゃねえだろ!お前あの時何したか忘れたとは言わせねえぞ!!」
「あ……あれは流れだ!他意はない!!」
「流れで弟とヤるクソ野郎がどこにいんだよ!!つか他意ってなんだよ他意って!!」
飲み込みたくもない二人の事情を、水責めの如く強制的に飲まされ続ける。
既に張り裂けそうな程腹一杯のアーカムは、思わず、うぷ、とえずいてしまった。
「ガム食べる?」
いつの間にか膝を抱えて座ったいたアーカムへと、レディがミントの板ガムを差し出してくる。
アーカムはすぐには受け取らず、じっとガムを見つめた。
レディはぷうっとガムを膨らませながら、再度促すようにガムをアーカムへと突き出してくる。
しばしどうするか考えた末に、アーカムはガムをパッケージから一枚引き抜くと、包み紙を剥がして口にの中へ放り込んだ。
もちゃもちゃと噛んでいると、メントールが鼻を刺してくる。
ずず、と鼻を啜れば、何故かつられて涙が出そうになった。
「とにかく!貴様は血だけ寄越せばいい!」
「それが人にものを頼む態度かよ!」
「頼んでなどいない!黙って言う通りにしろ!」
「何だよそれ!横暴過ぎんだろ!」
「いいから早くしろっ!!」
「じゃあっ!」
ダンテがビシッとブーケをバージルへと突きつける。
ぱっと赤い花びらが舞い、風に乗って二人の間を彩った。
「じゃあっ!俺なんか嫌いだってはっきり言えよ!はっきり言って、もう期待なんかさせんなよ!!そしたら血でもなんでもくれてやらあ!!」
言葉の応酬が止み、水を打ったような静けさが広がる。
バージルの本心などどうでもいいが、それくらい言えばいいだろう、とアーカムは心の中で思った。
何せバージルが喉から手が出るほど欲しているスパーダの力がかかっている。
嫌いの一言で目当ての力が手に入るなら、バージルにとっては安いもののはずだ。
しかし。
「……………断る!!!」
それは、ギリギリと歯軋りをし、散々溜めを作った後、絞り出すようにバージルが言い放った言葉だった。
「————ふっっっざけんな!!!」
薔薇のブーケは空高く打ち上げられ、紅と蒼の閃光が天を衝く。
眩いばかりの光の元には、紅と蒼の魔人が佇んでいた。
紅い魔人はウェディングドレスを纏ったままだが、突っ込む者はいなかった。
「遊びは終わりだ!諦めろ!」
「あーもーいいよ!お前なんて大っ嫌いだ!!」
「なっ……!?て、訂正しろダンテ!」
「訂正して欲しけりゃ好きって言えよ!」
「俺は言わんと言っている!」
「俺は言えって言ってんだよ!えぐっ……ほんっっと、お前っ、なんか……ひぐっ…大っ、嫌いっ……!!」
「はっ!馬鹿め、泣く位なら最初から心にも無いことを言うな!」
「ぐすっ……うるせえっ!てか、馬鹿って言うんじゃねえって言ってんだろっ!!」
ダンテから強烈な突きを繰り出され、バージルもまた呼応するかのように抜刀する。
「ダンテェェッ!!!」
「バージルゥゥッッ!!!」
二人が激突する。
全身を震わせる衝撃波が二人を中心に広がり世界がビリビリと音を立てた。
今がこの痴話喧嘩のクライマックスのようだが、アーカムの心は酷く冷え切っていた。
「あ。」
ぽす、と軽い音がして、何かが落ちてきた。
アーカムが音の方を見ると、ブーケを手にしたレディがきょとんとしていた。
「………随分派手なブーケトスねぇ。」
ぼそっとレディが呟くと、アーカムは昔妻のカリーナが『ブーケを受け取った女性は次の花嫁になるのよ』と言っていたことを思い出した。
アーカムは顔を顰める。
そんな与太話は信じていない。
信じてはいないが、ひょっとして、ひょっとすると。
今更父親ぶる気はないはずなのに、何故だかそんな風に考えてしまう。
アーカムはそわそわとしながらガムを噛み続ける。
「言っとくけど、そんな予定無いわよ。」
まるでアーカムの頭の中を覗いているかのように、レディはしれっと言ってのける。
「で、どうするの?帰るなら母さんに連絡するけど。」
崩れてしまったブーケの形を整えながら、レディはアーカムへと尋ねた。
バージルとダンテが激戦を繰り広げるのを遠望に、アーカムはぼうっと考える。
こんな馬鹿馬鹿しい痴話喧嘩をする双子の父親の力など、自分は本当に欲しいのだろうか。
「母さん、帰って来るならアンタが好きなハンバーグ作ってくれるって言ってたわよ。」
ぶっきらぼうだが、自分勝手な父親を心配して追いかけてきてくれる娘。
そして突然家を飛び出しても、温かい手料理を作って待っていてくれる妻。
———それ以上に大切なものなど、他にあるのだろうか。
アーカムはカウンターを決め合い、仲良くノックダウンする双子の姿を眺めながら、ごくりとガムを飲み込んだ。
アーカムは帰る家などとうに捨てたというのに、「早く帰りたい」とぼんやり考えた。
「おいお前逃げんなよ!」
「黙れ!来るな!!」
「こんな塔おっ立てて呼び出した挙句、今更来るなとかふざけんなよ!」
目の前では同じ顔の二人の男——ただし、片方は何故か真紅のウェディングドレスを着て、手には真っ赤な薔薇のラウンドブーケを持っている——が喚き合っている。
青い方の男は、アーカムが伝説の魔剣士・スパーダの力を手に入れるべく近づいた『運命の双子』の兄・バージルだった。
テメンニグルを起動させるにあたり、『まともに話ができる方』としてアーカムが選んだのがこの男である。
理性的で、悪魔や魔術についても高度な知識があることから、利害の一致をちらつかせれば利用しやすいと判断してのことだ。
実際塔を起動するところまでは良かったが、問題はその後だった。
テメンニグルの起動には赤いウェディングドレスを着た男、つまりは弟のダンテの血も必要である。
バージルに聞くところによれば二人は不倶戴天の仲とのことだったため、アーカムはあわよくば二人を相打ちに持ち込み、スパーダの力を独占しようと目論んだ。
しかしその企みは、予想外の展開で頓挫しようとしている。
バージルの挑発に乗り、ダンテはあっという間にテメンニグルを駆け上がってきた。
そしてバージルに対峙するやこう言い放ったのだ。
「だから言ってんだろ!俺のこと好きって認めろよ!!!」
聞いていない。
そんな話は聞いていない。
表情にこそ出さないが、アーカムは想定外の台詞に固まった。
不倶戴天云々はどこにいったのか。
気が遠くなりかけるアーカムを他所に、バージルとダンテはぎゃあぎゃあと怒鳴りあっている。
「下らんことを言うな!それよりスパーダの……」
「こっちの方が重大だろ!お前昔『大きくなったらダンテをお嫁さんにしてあげるね』って言っただろうが!!」
「言ってない!!」
「言った!5歳の時に言った!!」
「馬鹿が!いちいちそんなことを覚えているな!」
「でもお前言っただろ!」
「そんなものは時効だ!馬鹿め!!」
「都合のいい時ばっかり人間の法律持ち出してんじゃねえよ!てかさっきから馬鹿馬鹿言いやがって!馬鹿って言うな馬鹿って!!」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い!」
「俺が傷つくんだよ馬鹿!!」
あまりにもレベルの低い言い合いに、アーカムが頭を抱えようとした時。
「何あれ。」
と聞き覚えのある声がした。
ふと階段の方を見ると、大きな銃剣付きバズーカのような銃火器を背負う女が見えた。
見世物で見るかのように双子に視線をやりながら、女はアーカムの元へとやってくる。
「メアリ。」
それは妻と共に捨てたはずの、アーカムの娘だった。
最後に見た時よりも大きくなって、目つきも厳しくなっている。
それよりも露出が多い服装が気になって、アーカムは父親としてつい一言言いたい衝動に駆られた。
が、一度は家族を捨てた身だ。
そんなことを言う資格はないとわかっていたので、アーカムは黙ってそわそわと体を揺らしていた。
「仕事の時は『レディ』よ。それよりアンタ、またしょうもないことやるって家飛び出して……母さん心配してるわよ。」
「…………」
「で、『アレ』が家を飛び出した理由なわけ?」
レディがくいっとサムズアップをした手で塔の中心——双子を指す。
「じゃあ一年前、何で俺んとこ来たんだよ!」
「アミュレットとスパーダの剣を確かめただけだ!」
「それだけじゃねえだろ!お前あの時何したか忘れたとは言わせねえぞ!!」
「あ……あれは流れだ!他意はない!!」
「流れで弟とヤるクソ野郎がどこにいんだよ!!つか他意ってなんだよ他意って!!」
飲み込みたくもない二人の事情を、水責めの如く強制的に飲まされ続ける。
既に張り裂けそうな程腹一杯のアーカムは、思わず、うぷ、とえずいてしまった。
「ガム食べる?」
いつの間にか膝を抱えて座ったいたアーカムへと、レディがミントの板ガムを差し出してくる。
アーカムはすぐには受け取らず、じっとガムを見つめた。
レディはぷうっとガムを膨らませながら、再度促すようにガムをアーカムへと突き出してくる。
しばしどうするか考えた末に、アーカムはガムをパッケージから一枚引き抜くと、包み紙を剥がして口にの中へ放り込んだ。
もちゃもちゃと噛んでいると、メントールが鼻を刺してくる。
ずず、と鼻を啜れば、何故かつられて涙が出そうになった。
「とにかく!貴様は血だけ寄越せばいい!」
「それが人にものを頼む態度かよ!」
「頼んでなどいない!黙って言う通りにしろ!」
「何だよそれ!横暴過ぎんだろ!」
「いいから早くしろっ!!」
「じゃあっ!」
ダンテがビシッとブーケをバージルへと突きつける。
ぱっと赤い花びらが舞い、風に乗って二人の間を彩った。
「じゃあっ!俺なんか嫌いだってはっきり言えよ!はっきり言って、もう期待なんかさせんなよ!!そしたら血でもなんでもくれてやらあ!!」
言葉の応酬が止み、水を打ったような静けさが広がる。
バージルの本心などどうでもいいが、それくらい言えばいいだろう、とアーカムは心の中で思った。
何せバージルが喉から手が出るほど欲しているスパーダの力がかかっている。
嫌いの一言で目当ての力が手に入るなら、バージルにとっては安いもののはずだ。
しかし。
「……………断る!!!」
それは、ギリギリと歯軋りをし、散々溜めを作った後、絞り出すようにバージルが言い放った言葉だった。
「————ふっっっざけんな!!!」
薔薇のブーケは空高く打ち上げられ、紅と蒼の閃光が天を衝く。
眩いばかりの光の元には、紅と蒼の魔人が佇んでいた。
紅い魔人はウェディングドレスを纏ったままだが、突っ込む者はいなかった。
「遊びは終わりだ!諦めろ!」
「あーもーいいよ!お前なんて大っ嫌いだ!!」
「なっ……!?て、訂正しろダンテ!」
「訂正して欲しけりゃ好きって言えよ!」
「俺は言わんと言っている!」
「俺は言えって言ってんだよ!えぐっ……ほんっっと、お前っ、なんか……ひぐっ…大っ、嫌いっ……!!」
「はっ!馬鹿め、泣く位なら最初から心にも無いことを言うな!」
「ぐすっ……うるせえっ!てか、馬鹿って言うんじゃねえって言ってんだろっ!!」
ダンテから強烈な突きを繰り出され、バージルもまた呼応するかのように抜刀する。
「ダンテェェッ!!!」
「バージルゥゥッッ!!!」
二人が激突する。
全身を震わせる衝撃波が二人を中心に広がり世界がビリビリと音を立てた。
今がこの痴話喧嘩のクライマックスのようだが、アーカムの心は酷く冷え切っていた。
「あ。」
ぽす、と軽い音がして、何かが落ちてきた。
アーカムが音の方を見ると、ブーケを手にしたレディがきょとんとしていた。
「………随分派手なブーケトスねぇ。」
ぼそっとレディが呟くと、アーカムは昔妻のカリーナが『ブーケを受け取った女性は次の花嫁になるのよ』と言っていたことを思い出した。
アーカムは顔を顰める。
そんな与太話は信じていない。
信じてはいないが、ひょっとして、ひょっとすると。
今更父親ぶる気はないはずなのに、何故だかそんな風に考えてしまう。
アーカムはそわそわとしながらガムを噛み続ける。
「言っとくけど、そんな予定無いわよ。」
まるでアーカムの頭の中を覗いているかのように、レディはしれっと言ってのける。
「で、どうするの?帰るなら母さんに連絡するけど。」
崩れてしまったブーケの形を整えながら、レディはアーカムへと尋ねた。
バージルとダンテが激戦を繰り広げるのを遠望に、アーカムはぼうっと考える。
こんな馬鹿馬鹿しい痴話喧嘩をする双子の父親の力など、自分は本当に欲しいのだろうか。
「母さん、帰って来るならアンタが好きなハンバーグ作ってくれるって言ってたわよ。」
ぶっきらぼうだが、自分勝手な父親を心配して追いかけてきてくれる娘。
そして突然家を飛び出しても、温かい手料理を作って待っていてくれる妻。
———それ以上に大切なものなど、他にあるのだろうか。
アーカムはカウンターを決め合い、仲良くノックダウンする双子の姿を眺めながら、ごくりとガムを飲み込んだ。
1/1ページ
