あくまたちのいるところ
「おいで、ダンテ。」
それはエヴァの口まねで、いつものバージルならそんな言い方をしない。
けれどダンテは素直にバージルの言うとおり、ベッドのそばへとかけよった。
「ほら、早く。」
ベッドに座るバージルは、シーツをぽんぽんとたたいてダンテを呼ぶ。
これもエヴァがいつもやる仕草で、いつものバージルならそんなことはしない。
けれどダンテは素直にバージルの言うとおり、ベッドの中へともぐり込んだ。
「よし、いい子だ。」
バージルはぐしゃぐしゃとダンテの頭をかきまぜた。
これもきっとエヴァのまねのつもりだろうけれど、エヴァはもっとやさしく頭をなでてくれる。
ダンテははね放題になった髪をなでながら、うつ伏せになって枕を抱えた。
バージルはダンテが『いい子』だったことに満足して、得意気な顔で笑っている。
そしてダンテのとなりへもぐり込むと、同じようにうつ伏せになった。
ただ一つ違うのは、バージルは枕を抱えず、代わりに本を持っていること。
「ダンテ、本をよんだらちゃんとねるんだぞ。」
そう言ってバージルは、『おおきな木』の絵本を開いた。
バージルは街の子のだれよりも早く文字を覚えて、ひとりで本を読めるようになった。
夜ねる前。
二人でベッドに入った後。
バージルはエヴァをまねて、ダンテに本を読んでくれる。
ダンテはバージルに本を読んでもらうのがだいすきだった。
「ちびっこは きのみきによじのぼり えだにぶらさがり りんごをたべる。きと ちびっこは かくれんぼう。あそびつかれて こかげで おひるね———」
少し前にバージルは自分でも本を読めるようになりたいと、スパーダに字を教えてとねだっていた。
バージルは元々本を読んでもらうのがすきだったから、ずっと自分でも読んでみたいといっていた。
バージルが字を覚えるのに、そんなに時間はかからなかった。
一人で本がよめるようになったバージルは、それが本当にうれしかったようで、たくさんたくさん本を読むようになった。
それから『ちょっとしたできごと』があった後、バージルはダンテに本を読んでくれるようになった。
ダンテはバージルに本を読んでもらうことがすきだった。
本を読んでいるバージルはとても楽しそうで、ダンテもつられてうれしくなるからだ。
バージルが読む本は、ダンテにとってはむずかしい。
けれどバージルがすきな本をダンテに読んでくれるのは、とってもとってもすきだった。
ダンテはバージルのおはなしを聞きながら、うとうと昔のことを思い出す。
******************
「ねえ、バージル。」
バージルが一人で本を読めるようになったばかりのころ。
ダンテはバージルに聞いたことがある。
「バージルはなんで本をよむの。」
バージルはきょとんとした後、にっこりと笑ってこう言った。
「だって本の中にはいろんな世界があるんだ。本があれば、どんなところだって行けるんだよ。」
にこにこ笑うバージルを見ると、ダンテはなんだかいやな気持ちになる。
「こんど字をおしえてやるよ。ダンテも本がよめたら、ひとりでいろんなところへ行けるようになるよ。」
何でそんなことを言うんだろう。
ダンテはもっといやな気持ちになる。
ダンテはいつだってバージルと一緒だった。
それなのに本が読めるようになったとたん、バージルはいつもひとりで本の中へ行ってしまうようになった。
ダンテはいつだってバージルと一緒にいたい。
それなのにバージルはダンテをおいて行ってしまうのだ。
それどころか、ダンテにまでひとりでどこかに行けだなんて。
「そんなのいいよ。」
ダンテは手をぎゅっとむすぶ。
「おれはひとりで、本なんてよみたくない。」
ダンテはひとりでどこかになんて行きたくなかった。
そしてバージルにも、どこかにひとりで行ってほしくなんてなかった。
******************
ダンテは一度だけ、バージルの本をかくしてしまったことがある。
バージルが大切にしていた本。
エヴァがはじめてバージルに買ってあげた、バージルだけの大切な本だ。
それをバージルに見つからないよう、内緒でスパーダの部屋にかくした。
バージルは言いつけを守って、スパーダの部屋には入らないからだ。
本がなければバージルは、ダンテをおいていったりしない。
本がなければバージルは、ダンテと一緒に遊んでくれるはず。
そう考えたら、ダンテはなんだか得意な気持ちになった。
けれどダンテはすぐに後悔した。
本がないことに気付いたバージルは、ずっと本を探していたのだ。
ずっとずっと、家中をぜんぶ。
そんなバージルを見て、ダンテはだんだん怖くなった。
もしかしたら、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。
ダンテがおろおろしていると、ちらっとバージルの顔が見えた。
今にも泣いてしまいそうな、とてもかなしそうな顔。
バージルになんてひどいことをしてしまったんだろう。
ダンテはあわてて本を引っぱり出した。
あやまっても許してもらえないかもしれない。
バージルはもう、ダンテと一緒にあそんでくれないかもしれない。
それはダンテにとってとても怖いことだった。
けれどそれよりバージルが泣いてしまうことの方が、ずっとずっといやだった。
だからダンテはバージルに本を返した。
「ごめんね、バージル。」
そうあやまったけれど、バージルはとても怒っていた。
ダンテはかなしくなって、もう一度あやまった。
「もうかくしたりしないよ、ごめんね。」
だけどバージルは怖い顔のまま。
まゆげをぎゅっとよせて、口をへの字にうんと曲げて、バージルはダンテにこう言った。
「ダンテなんかだいきらいだ。」
最初、ダンテはバージルが何て言ったのかわからなかった。
けれどだんだん首の後ろがぞわぞわして、
それからのどの奥がきゅうっとなって、最後にからだに力が入らなくなった。
だいきらいだ。
バージルの声が、何度も何度も聞こえてくる。
だいきらい。
だいきらい。
だいきらい。
聞きたくないのに、バージルの声はずっとずっと聞こえてくる。
ダンテはどうしていいかわからなくて、バージルに助けてほしかった。
けれどそんなダンテを気にもしないで、バージルは本を持って玄関を飛び出した。
「バ、バージル。どこ行くの?」
ダンテはやっとの思いで声を出す。
「ダンテのいないところだよ!」
バージルはダンテにあっちに行けと、本を持った手をぶんと振った。
どんどん小さくなるバージルの背中を見て、ダンテは胸がぎゅっとなる。
「まって、バージル!バージル!」
ダンテが大きな声で名前を呼んでも、バージルは振り向いてもくれなかった。
******************
ダンテはエヴァのところへ行って、だっこしてほしいとおねがいした。
エヴァはダンテをだっこして、つんつんと鼻をつついて聞いた。
「バージルとけんかしたの?」
ダンテはふるふると首を振る。
ダンテはバージルとけんかなんてしていない。
ダンテがバージルにいじわるをしたから、バージルが怒っただけなのだ。
「バージルはわるくないよ。」
「そうなの?」
「おれが本をかくしたんだ。バージルは本をだいじにしてたのに、おれがかくしちゃったんだ。」
「まあ、どうして?」
「バージルはいつもひとりで本をよんでるんだ。おれをおいて行っちゃうんだよ。だから本がなければ、バージルがどこにも行かないとおもったんだ。」
「そうなのね。それで今、バージルはどこ?」
「わかんない。バージルは行っちゃった。あっちに行けって。」
ダンテの目から、涙がぽろぽろこぼれてくる。
バージルと一緒にいたかっただけなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
ひどいことをしたダンテを、バージルは許してなんてくれないかもしれない。
もう二度と、ダンテと口を聞いてくれないかもしれない。
そう思うと涙が止まらなかった。
「ちゃんとバージルには謝った?」
ダンテはこくんとうなずいた。
「でもバージルはおこってた。きっともうゆるしてくれないよ。」
エヴァの肩に顔をぐりぐりしながら、ダンテはぐすんと鼻をすする。
そんなダンテの背中を、エヴァはぽんぽんとやさしくなでた。
「それじゃあもう一回謝りましょう。」
「でも、バージルはとってもおこってた。」
「大事なものがなくなって、びっくりしちゃっていたのよ。バージルが落ち着いてから、ちゃんと謝りましょう。きっとバージルは許してくれるわ。バージルはとっても優しいもの。そうでしょう?」
エヴァの言葉に、ダンテはバージルのことを思い出す。
「……バージルはまいにち、ねぐせをなおしてくれるよ。」
「ええ。」
「それから、バージルはごはんのときはミルクをコップにいれてくれるよ。それから、パパにしんぶんももってきてあげるし、ごはんのかたづけのときにママのおてつだいもしてるんだ。」
「そうね。」
「それから、バージルはくつひもむすぶのをてつだってくれるよ。それから、それからね、バージルはね」
「あらあら、ダンテはバージルが大好なのね。」
ダンテはバージルがすきだったが、はっきり言うのが恥ずかしくて、またエヴァの肩に顔をぐりぐりする。
エヴァはだっこをし直すと、ダンテの顔をのぞき込んだ。
「ね。バージルは優しいでしょう?」
エヴァが笑いかけると、ダンテはちょっとだけ気持ちが楽になって、素直にこくんとうなずけた。
「ねえ、ダンテ。もう一度謝ってバージルと仲直りしましょ。バージルだって、ダンテと仲直りしたくて仕方ないはずよ。だってバージルもダンテが大好きなんだから。」
ダンテは少しもじもじした後、もう一度こくんとうなずいた。
そしてエヴァの服をくいくいと引っぱると、そっと耳打ちをした。
「………あのね、ママ。おねがいがあるの。」
******************
空がオレンジ色に染まったころ。
バージルはやっと家に帰ってきた。
玄関でずっと待っていたダンテは、バージルの姿が見えるとパッと立ち上がる。
「バ、バージル。えっと、あのね、おかえり。バージル。」
勇気を出して、ダンテは笑顔でそう言った。
でもバージルはそっぽを向いて、ちっとも返事をしてくれない。
顔がくしゃっとなりそうだったけれど、ダンテはぐっとがまんした。
「バージル、どこ行ってたの?」
「………こうえんだよ。ダンテがいないから、ゆっくり本がよめた。」
バージルの言葉はちくちくしていたけれど、やっとバージルの声が聞けたので、ダンテは少しほっとした。
「バージル、さっきはごめんね。バージルがたいせつにしてた本なのに。」
「……何であんなことしたんだよ。」
バージルはちょっとだけダンテを見た。
その目はとっても冷たくて、ダンテはぶるっとふるえてしまう。
けれどダンテは逃げないで、大きく息を吸いこんだ。
「あ、あのね。バージル。おれ、バージル本の中に行っちゃうのがいやだったんだ。だってバージル、おれのことおいてっちゃうから。だからね、本がなければバージルはどこにも行かないっておもって。おれをおいてかないっておもって。だからね、バージル。」
そこまでいうと、ぽろりとダンテの目から涙がこぼれた。
ぽろぽろ。
ぽろぽろ。
涙がこぼれてとまらない。
それからだんだんしゃっくりが出て。
それからだんだん鼻水が出て。
とうとうダンテはわんわんと泣きだしてしまった。
「ごめんなさいっ、ごめっ、なさっ、ばーじるっ。」
さみしい気持ちやかなしい気持ち、苦しい気持ちがいっぱいになって、目からどんどんこぼれていく。
手でいくらごしごししても、涙も鼻水も止まらなかった。
「ばーじっ、ごめ、ごめんっ、ねっ。ばーじるっ。」
ダンテはたまらなくなって、小さな手をいっぱいにバージルへと伸ばした。
バージルはきっとまだ怒ったままで、ダンテのことをきらいなままだ。
もしかしたら、ダンテにあっちに行けと言うかもしれない。
だけどさみしくてかなしくて苦しくて、ダンテはバージルとくっつきたかった。
くっついて、ぎゅっと抱きしめてほしかった。
「ばーじるっ、ひぐっ、ばーじ、ばーじるっ。」
一歩前に出ようとしたとき、ダンテはぽふっと何かにつつまれた。
あったかくて、やわらかくて、ダンテがよく知っているもの。
「……なんども呼ばなくても、きこえてるよ。」
そう言って、バージルはぎゅうっとダンテを抱きしめた。
「もうおこってないから……だからもう泣きやめよ。」
ダンテは少しびっくりしたが、すぐにほっとしてバージルにしがみつく。
そしてバージルのほっぺに、顔をぐりぐりこすりつけた。
「……えっ、ばーじるっ、ほんと、おこって、ない?うえっ……おれっ、きらいじゃ、ないっ?」
「ちょ……いたいよダンテ。もうきらいじゃないよ。だから泣きやめってば。」
「………う゛ああぁぁん!ばぁじるうぅぅぅ!!」
「うわっ…!?ダ、ダンテ!なんで泣くんだよ!おこってないって言ってるだろ!」
「あらあら、大きな声!一体どうしたの?」
大泣きするダンテの声に、家の中から慌てたエヴァがやって来た。
手にはミトンをつけ、エプロンを着たままのエヴァは、玄関で抱きあう二人を見て目を丸くした。
「まあダンテ!バージルも!」
「ママ!ダンテが!」
エヴァはおろおろとバージルとダンテを見比べたが、ミトンを外すとダンテを抱っこして、よしよしとあやしはじめた。
「ま゛ま゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「ううん、困ったわね……バージル、ダンテはどうしたの?」
「ダンテがごめんねっていうから、もういいよっていったんだ。なのにダンテが泣き止まないんだ!」
「まあ、バージル。ダンテを許してあげたの?」
エヴァはぱあっと笑顔になる。
「ああ、バージル。やっぱりバージルは優しい子ね!」
エヴァはダンテを下ろすと、バージルとダンテをまとめて抱きしめた。
ダンテはエヴァにしがみつき、肩に顔をぐりぐりした。
「ダンテ、ちゃんと謝れて偉いわ。バージル、ダンテを許してくれてありがとう。ママの大好きな宝物。二人はママの誇りよ。」
バージルはちょっと恥ずかしくなって、それから鼻がつんとして。
エヴァの肩に顔をぐりぐりした。
「ほら、ダンテ。泣き止んで。バージルに言いたいことがあるんでしょう?」
エヴァがそういうと、ダンテはこくんとうなずいた。
ダンテはごしごしと顔をこすり、鼻水をずずっとすする。
そして真っ赤な目のままバージルの方を見た。
「ひくっ……ひっ………あの、ね。あのねっ、バージル……」
ダンテは恥ずかしそうにバージルにないしょ話をする。
それを聞いたバージルは、少し困ったような顔をしてダンテを見た。
「いいのか?ダンテ。」
ダンテはこくんとうなずいた。
バージルはちらりとエヴァを見る。
エヴァはやさしく笑っていた。
「……うん、わかった。」
バージルはそっとダンテのおでこにキスをした。
「ダンテ、ありがとう。」
ダンテはもう一度、こくんとうなずいた。
******************
次の日、ダンテはエヴァとバージルと一緒に本屋さんに行った。
昨日、ダンテがバージルにした約束を守るためだ。
『あのね。おれ、バージルに本をあげたいんだ。』
バージルは前に、はじめての自分だけの本を買ってもらっていた。
けれどダンテはまだ自分だけの本を買ってもらっていない。
だからダンテは昨日、仲直りの印に自分の分の本をバージルへプレゼントすると約束したのだ。
「ほんとにいいのか?ダンテだって本ほしいだろ?」
バージルは心配そうにダンテに聞いた。
バージルは本当に本がすきで、ダンテにとっても本は大切なものに違いないと思っている。
けれどダンテはバージルほど本がすきではないし、自分だけの本がほしいという気持ちもあまりない。
それならダンテは自分の本を買ってもらうより、その本をバージルにあげたかった。
本をあげて、バージルによろこんでほしかった。
「うん。なかなおりのやくそくだもん。バージルがほしい本でいいよ。」
ダンテはきょろきょろまわりを見回した。
まわりには背の高い本棚がいくつもあって、どれも本でいっぱいだ。
スパーダの部屋にもたくさん本はあるけれど、ここの本はちょっとちがう。
形や大きさもバラバラで、いろんな模様や絵も書いてある。
見たことのない本に、ダンテはなんだかどきどきする。
このたくさんの本の中から、バージルはどんな本をえらぶんだろう。
最近バージルは綴り字大会 でも一番になるくらい、たくさん言葉を覚えている。
それならバージルはむずかしくて分厚い本をえらぶかもしれない。
だけどバージルは花や木も好きだから、たくさん絵のある図鑑をえらぶかもしれない。
ダンテはいろいろ想像する。
バージルがひとりで本を読むのはさみしいけれど、バージルが好きな本をよめるとしたら、ダンテはさみしいことも少しだけがまんできるような気がした。
「ダンテ!」
バージルの声に、ダンテははっとする。
ダンテが振り返ると、ぐいっと体がひっぱられた。
「やっぱりいっしょにえらぼう!」
ダンテの目の前には、ひまわりみたいに笑うバージルがいた。
「おれがダンテがよみたい本をよんであげるよ。そうしたらダンテもさみしくないだろ?」
「え、でもやくそくしたよ。バージルがほしい本を……」
「おれはダンテがよみたい本をよみたいんだ!」
バージルはダンテの手を引っぱって走り出した。
バージルは迷わずするする本棚の間をぬって行く。
まっすぐ行ったら、右に曲がって。
それからすぐに左に行ったら、もう一度右に曲がって。
本棚の迷路をとおりぬけると、ダンテの前にぱあっとたくさんの色が広がった。
それは、いろとりどりの絵本の山。
ダンテは思わず目をぱちくりさせた。
「ダンテ、どれがいい?」
絵本がならんだ棚の前に、バージルはダンテをつれて行った。
赤と緑のあおむしの本。
にこにこわらうパンケーキの本。
かわいいちびうさぎとでかうさぎの本。
そこには見たことがある本も、見たことがない本もたくさんあった。
「ダンテはどんな本がすきなんだ?」
ダンテはうーんと考える。
小さい本よりも、大きい本がいい。
かわいい絵よりも、かっこいい絵の本がいい。
なぞなぞよりも、冒険の本がいい。
ダンテはうんうん考えて、ついに一冊の本をを取った。
『かいじゅうたちのいるところ』。
図書館の読み聞かせ会 で見た、男の子が大冒険をするお話だ。
本も大きいし、怪獣の絵もちょっと怖くてかっこいい。
「それがいいのか?」
「うん。前にね、いちどよんでもらったよ。へやに木がにょきにょき生えてきて、男の子がそのもりをぼうけんするんだ。」
「へやに木がはえるのか?すごいな。」
「それからね、男の子がかいじゅうたちの王さまになるんだ。それで、それで、……あれ?」
「なんだよ、わすれちゃったのか?」
「うん。でもおもしろかったよ。それにバージルがよんでくれるなら、またおもいだせるからへいきだよ。」
「あはは、そっか。それじゃあその本にしよう。」
ダンテは本をだいじにだいじに抱えると、バージルと一緒にエヴァのところへ行った。
「二人とも、いい本はあった?」
「うん、ダンテといっしょにえらんだよ。」
「みて!バージルとおれの本なんだ!」
ダンテは得意になって本をエヴァに見せてあげた。
「まあ、素敵な本ね。」
「ママもパパもよんでいいよ!」
「ありがとう、ダンテ。」
「おれがママとパパにもよんであげるよ。」
「ありがとう、バージル。」
エヴァはにっこり笑って二人の頭をなでてくれた。
「さあ、二人とも。そろそろおやつの時間よ。おうちにみんなで帰りましょう。」
ダンテとバージルは、エヴァと手をつないで家に帰った。
その帰り道。
ダンテは早くバージルと本が読みたくて、何度もエヴァの手を引っぱった。
******************
「………ダンテ、ねちゃったか?」
本を閉じると、バージルはあくびをがまんしながら、ダンテにそっと聞いてみた。
「んん…まだ、まだ……」
ダンテのまぶたはくっついていて、声もなんだかふわふわしている。
「もうほとんどねてるじゃないか。」
「ばぁじる…おはなし、もういっこ………」
ダンテはバージルのパジャマを引っぱりながら、おはなしをしてとおねだりする。
「………しかたないなあ。」
バージルはちょっぴり眠たいけれど、今日もダンテのわがままを聞くことにした。
『おおきな木』の本を横にやると、枕の下から『いつもの本』を出す。
「ほら。これよんだら、ちゃんとねるんだぞ。」
バージルが出したのは、『かいじゅうたちのいるところ』。
バージルとダンテ、二人の本だ。
ダンテはいつだって、最後にこの本を読んでほしいとおねだりする。
だからバージルはいつも、この本を枕の下にしまっているのだ。
「ちゃんと、ねるよ…だから、おはなし、して。」
ダンテはバージルの腕にすりよると、とろんとした目をうっすらあける。
バージルが目の下をつんつんすると、ダンテはくすぐったいと声あげ、バージルにぎゅっとくっついてきた。
「———かいじゅうたちのいるところ」
ページをめくって、バージルはゆっくりおはなしをはじめる。
「あるばん マックスは おおかみのぬいぐるみをきると いたずらをはじめて おおあばれ——」
ダンテはうとうとページをながめながら、バージルはおなしに耳をすませている。
おはなしを聞きながら、しあわせそうに笑うダンテはとってもかわいい。
こんな風に、ずっとずっとダンテと一緒にいられたらいいのに。
バージルは眠い目をこすりながら、ダンテのために本をよみつづけた。
******************
真新しい紙とインクの匂いに、ダンテは機嫌良く鼻をひくつかせる。
外光がさす店内には、ビジネスマンから親子連れまで、少なくない人間が棚を物色し、あるいは本を品定めしていた。
こんなありふれた本屋に来るなど、いつぶりだろうか。
ダンテは普段本に縁がない訳ではない。
しかし雑誌 は露店 で事足りるし、仕事で入り用になる魔導書 の類はこんな『明るい』書店で買うことはなかった。
小さい頃母に連れられきた記憶もあるが、その頃と目に映る光景は随分変わっていた。
あんなに大きく見えた本棚も、今では簡単に最上段に手が届く。
ラインナップにマンガが増えたし、本に関連したグッズらしき物の陳列スペースも増えていた。
小さな子供向けだろうか。
布でできたブロックや、不思議な形をしたおもちゃもある。
———こういう物でもいいかもしれない。
ダンテは『先日の電話』を思い出しながら、しげしげと辺りを見回していた。
あちこち適当に歩き、あらかた店内を見終わった頃。
ダンテの視界にちぐはぐな組み合わせが目に飛び込んできた。
カラフルな絵本の山に、銀の髪をした大男の背中。
ダンテはにやにやと笑いながら、そちらへと足を向ける。
「中々ファンシーな場所にいるじゃないか、バージル。」
そう声をかければ、大男——バージルは視線だけをダンテに寄越した。
「お目当ての物はあったか?」
今日ダンテがこんな場所にやって来たのは、バージルの『所用』に付き合うためだ。
朝一番に「付き合え」とだけ言われ、特に予定もなかったことから、用向きを聞くこともなくついて来た。
そしてたどり着いたのがこの書店という訳だ。
本好きのバージルのことだ。
何か気になる本でも頼んだのだろう。
小難しい哲学書か、豪華な装丁の詩集か。
ダンテは肩越しにバージルの手元を覗こうとしたが、軽く手であしらわれる。
しかしダンテはその手を掴み、構わずさっと引き下げた。
そして軽く背伸びをすると、今度こそバージルが手にしたものを見た。
薄く、落ち着いた色合いのハードカバーの本。
大きさはMサイズのピザくらいだろうか。
バージルの本棚ではまず見ないタイプの本に、ダンテははてと首を傾げる。
その様子にバージルは、ダンテに見えるよう本を持ち替えた。
『かいじゅうたちのいるところ』
表紙に書かれたタイトル。
それは昔、ダンテとバージルが毎日読んでいた絵本のものだった。
主人公の男の子が部屋に生えた森を冒険し、『かいじゅうたち』の島へと乗り込んで、そこで王様になるというストーリーだったはずだ。
昔は主人公に自分を重ね色々と想像したものだが、まさか自分がバージルと一緒に木 の間を抜け、魔界へ乗り込むとは思ってもみなかった。
もっとも自分達が行った魔界は『かいじゅうたち』ではなく、『悪魔達』のいるところではあったのだが。
———ジリリリリ。
ダンテの耳に、ベルの音が蘇る。
一週間前に鳴った電話。
受話器を取ったのはバージルだった。
数言話をした後、受話器は無言でダンテに放られた。
訳もわからず出た電話から聞こえたのは、酷く落ち着かないネロの声で。
『あのさ、その、一応早めに言っておこうかと思って。えっと、あー……… 親父には先に、ってか今言ったんだけど。なんて言うか、あの、ダンテにもちゃんと自分から言っておきたくて———』
どうしたのかとダンテが聞けば、ネロはいくらか言い淀んだ後、ぎこちない話し方でこう告げて来た。
———もうすぐ、父親になるのだと。
ダンテは絵本をじっと見つめる。
大きく骨張った手には不似合いな本。
奇妙な『かいじゅう』が描かれたそれは、きっとネロとキリエが授かった新しい命へ、バージルから贈られるものだ。
「…………赤ん坊にやるプレゼントにしちゃ、気が早すぎるんじゃねえか。」
「ガキなどすぐに大きくなる。」
「おお、さすが子育て経験者 。含蓄のあるお言葉だ。」
「つまらんな。もう少し気の利いた嫌味を言え。それに———」
バージルはそっけなく答えると、本をダンテの目の前に掲げた。
「お前も好きだったろう。」
ほんの少しだけ、バージルの目元が綻ぶ。
「———きっと気に入る。」
不意に、ダンテの胸にあたたかなものが込み上げる。
夜寝る前。
二人でベッドに入った後。
静かに響くバージルの声。
同じ本を眺めた、やわらかな時間。
あの時間は今でもダンテの奥に、かけがえのないものとして残っている。
もしこの本をネロ達親子が読むとしたら。
三人の中にも、このやわらかな感情が生まれるのだろうか。
そしてバージルは、そんな三人のやわらかな時間を願って贈るのだろうか。
バージルとダンテが読んだ、この本を。
ダンテはじっと本を見つめ、言葉を失う。
「ダンテ。」
声と共に、何かが掠める感触がした。
気づけばバージルの指がダンテの目元に触れていた。
指は軽く眦のあたりをくすぐると、名残を惜しむでもなく離れていった。
「先に行くぞ。」
口の端だけで笑ったバージルは、ダンテを尻目にカウンターへと歩いていった。
ダンテはバージルの熱が残る部分に、自分の指を重ねてみる。
そういえば昔眠る時、こんな風にバージルが触れてきたような気がする。
幸福な記憶と同じ感覚に、ダンテは自然と笑みを浮かべた。
「———参ったね。」
ダンテはポケットに手を突っ込むと、バージルが佇むカウンターへ向かう。
見えて来た作業台では、店員が無地の包装紙で本を包み、青いリボンをかけていた。
バージルはそれを黙って見届けている。
それを見てダンテは思う。
——バージルとびっきりの愛のプレゼントなのだから、この程度じゃもったいない、と。
「おいおい、バージル。リボンだけじゃ味気ないだろ。もっとド派手に行いこうぜ!」
ダンテはバージルの背後から、勢いよく肩を組む。
しかし予見されていたのか、バージルは微動だにしなかった。
「耳元でがなるな、鬱陶しい。」
言葉こそ辛辣だが、バージルはダンテを振り解くような素振りを見せない。
ダンテは顔を寄せ、いたずらっぽく笑ってみせる。
「あのネロとキリエの子供だぜ?盛大に祝ってやらなきゃならねえだろ!バルーンにフリル、花やぬいぐるみだって必要だ。最高に豪華にやるのが親心ってもんだろ!」
「たかが本だ。」
「違うな、そいつは最高の本だ。」
「大袈裟過ぎる。」
「そんなことねぇさ。そうと決まれば買い出しだ!いや、ラッピングのデザインを考えるのが先か?」
「勝手に決めるな、愚弟が。」
「いいや決めたね、サプライズでやる。ひとまずは作戦会議だ。多分パティ辺りが詳しいだろうし、一度相談してみようぜ。」
「あの喧しい娘か………」
組んでいた肩解き、バージルの手を取る。
やっぱりその手は振り解かれる素振りもなく、きっとバージルもまんざらでもないのだとダンテは感じた。
「ほら、早く行こうぜバージル。善は急げだ!」
ダンテはバージルの手を引っ張った。
バージルは本を受け取ると、ため息と共に歩き出す。
その足取りはいつも通りゆったりしたもので。
ダンテは早く行こうと、何度もバージルの手を引っぱった。
それはエヴァの口まねで、いつものバージルならそんな言い方をしない。
けれどダンテは素直にバージルの言うとおり、ベッドのそばへとかけよった。
「ほら、早く。」
ベッドに座るバージルは、シーツをぽんぽんとたたいてダンテを呼ぶ。
これもエヴァがいつもやる仕草で、いつものバージルならそんなことはしない。
けれどダンテは素直にバージルの言うとおり、ベッドの中へともぐり込んだ。
「よし、いい子だ。」
バージルはぐしゃぐしゃとダンテの頭をかきまぜた。
これもきっとエヴァのまねのつもりだろうけれど、エヴァはもっとやさしく頭をなでてくれる。
ダンテははね放題になった髪をなでながら、うつ伏せになって枕を抱えた。
バージルはダンテが『いい子』だったことに満足して、得意気な顔で笑っている。
そしてダンテのとなりへもぐり込むと、同じようにうつ伏せになった。
ただ一つ違うのは、バージルは枕を抱えず、代わりに本を持っていること。
「ダンテ、本をよんだらちゃんとねるんだぞ。」
そう言ってバージルは、『おおきな木』の絵本を開いた。
バージルは街の子のだれよりも早く文字を覚えて、ひとりで本を読めるようになった。
夜ねる前。
二人でベッドに入った後。
バージルはエヴァをまねて、ダンテに本を読んでくれる。
ダンテはバージルに本を読んでもらうのがだいすきだった。
「ちびっこは きのみきによじのぼり えだにぶらさがり りんごをたべる。きと ちびっこは かくれんぼう。あそびつかれて こかげで おひるね———」
少し前にバージルは自分でも本を読めるようになりたいと、スパーダに字を教えてとねだっていた。
バージルは元々本を読んでもらうのがすきだったから、ずっと自分でも読んでみたいといっていた。
バージルが字を覚えるのに、そんなに時間はかからなかった。
一人で本がよめるようになったバージルは、それが本当にうれしかったようで、たくさんたくさん本を読むようになった。
それから『ちょっとしたできごと』があった後、バージルはダンテに本を読んでくれるようになった。
ダンテはバージルに本を読んでもらうことがすきだった。
本を読んでいるバージルはとても楽しそうで、ダンテもつられてうれしくなるからだ。
バージルが読む本は、ダンテにとってはむずかしい。
けれどバージルがすきな本をダンテに読んでくれるのは、とってもとってもすきだった。
ダンテはバージルのおはなしを聞きながら、うとうと昔のことを思い出す。
******************
「ねえ、バージル。」
バージルが一人で本を読めるようになったばかりのころ。
ダンテはバージルに聞いたことがある。
「バージルはなんで本をよむの。」
バージルはきょとんとした後、にっこりと笑ってこう言った。
「だって本の中にはいろんな世界があるんだ。本があれば、どんなところだって行けるんだよ。」
にこにこ笑うバージルを見ると、ダンテはなんだかいやな気持ちになる。
「こんど字をおしえてやるよ。ダンテも本がよめたら、ひとりでいろんなところへ行けるようになるよ。」
何でそんなことを言うんだろう。
ダンテはもっといやな気持ちになる。
ダンテはいつだってバージルと一緒だった。
それなのに本が読めるようになったとたん、バージルはいつもひとりで本の中へ行ってしまうようになった。
ダンテはいつだってバージルと一緒にいたい。
それなのにバージルはダンテをおいて行ってしまうのだ。
それどころか、ダンテにまでひとりでどこかに行けだなんて。
「そんなのいいよ。」
ダンテは手をぎゅっとむすぶ。
「おれはひとりで、本なんてよみたくない。」
ダンテはひとりでどこかになんて行きたくなかった。
そしてバージルにも、どこかにひとりで行ってほしくなんてなかった。
******************
ダンテは一度だけ、バージルの本をかくしてしまったことがある。
バージルが大切にしていた本。
エヴァがはじめてバージルに買ってあげた、バージルだけの大切な本だ。
それをバージルに見つからないよう、内緒でスパーダの部屋にかくした。
バージルは言いつけを守って、スパーダの部屋には入らないからだ。
本がなければバージルは、ダンテをおいていったりしない。
本がなければバージルは、ダンテと一緒に遊んでくれるはず。
そう考えたら、ダンテはなんだか得意な気持ちになった。
けれどダンテはすぐに後悔した。
本がないことに気付いたバージルは、ずっと本を探していたのだ。
ずっとずっと、家中をぜんぶ。
そんなバージルを見て、ダンテはだんだん怖くなった。
もしかしたら、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。
ダンテがおろおろしていると、ちらっとバージルの顔が見えた。
今にも泣いてしまいそうな、とてもかなしそうな顔。
バージルになんてひどいことをしてしまったんだろう。
ダンテはあわてて本を引っぱり出した。
あやまっても許してもらえないかもしれない。
バージルはもう、ダンテと一緒にあそんでくれないかもしれない。
それはダンテにとってとても怖いことだった。
けれどそれよりバージルが泣いてしまうことの方が、ずっとずっといやだった。
だからダンテはバージルに本を返した。
「ごめんね、バージル。」
そうあやまったけれど、バージルはとても怒っていた。
ダンテはかなしくなって、もう一度あやまった。
「もうかくしたりしないよ、ごめんね。」
だけどバージルは怖い顔のまま。
まゆげをぎゅっとよせて、口をへの字にうんと曲げて、バージルはダンテにこう言った。
「ダンテなんかだいきらいだ。」
最初、ダンテはバージルが何て言ったのかわからなかった。
けれどだんだん首の後ろがぞわぞわして、
それからのどの奥がきゅうっとなって、最後にからだに力が入らなくなった。
だいきらいだ。
バージルの声が、何度も何度も聞こえてくる。
だいきらい。
だいきらい。
だいきらい。
聞きたくないのに、バージルの声はずっとずっと聞こえてくる。
ダンテはどうしていいかわからなくて、バージルに助けてほしかった。
けれどそんなダンテを気にもしないで、バージルは本を持って玄関を飛び出した。
「バ、バージル。どこ行くの?」
ダンテはやっとの思いで声を出す。
「ダンテのいないところだよ!」
バージルはダンテにあっちに行けと、本を持った手をぶんと振った。
どんどん小さくなるバージルの背中を見て、ダンテは胸がぎゅっとなる。
「まって、バージル!バージル!」
ダンテが大きな声で名前を呼んでも、バージルは振り向いてもくれなかった。
******************
ダンテはエヴァのところへ行って、だっこしてほしいとおねがいした。
エヴァはダンテをだっこして、つんつんと鼻をつついて聞いた。
「バージルとけんかしたの?」
ダンテはふるふると首を振る。
ダンテはバージルとけんかなんてしていない。
ダンテがバージルにいじわるをしたから、バージルが怒っただけなのだ。
「バージルはわるくないよ。」
「そうなの?」
「おれが本をかくしたんだ。バージルは本をだいじにしてたのに、おれがかくしちゃったんだ。」
「まあ、どうして?」
「バージルはいつもひとりで本をよんでるんだ。おれをおいて行っちゃうんだよ。だから本がなければ、バージルがどこにも行かないとおもったんだ。」
「そうなのね。それで今、バージルはどこ?」
「わかんない。バージルは行っちゃった。あっちに行けって。」
ダンテの目から、涙がぽろぽろこぼれてくる。
バージルと一緒にいたかっただけなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
ひどいことをしたダンテを、バージルは許してなんてくれないかもしれない。
もう二度と、ダンテと口を聞いてくれないかもしれない。
そう思うと涙が止まらなかった。
「ちゃんとバージルには謝った?」
ダンテはこくんとうなずいた。
「でもバージルはおこってた。きっともうゆるしてくれないよ。」
エヴァの肩に顔をぐりぐりしながら、ダンテはぐすんと鼻をすする。
そんなダンテの背中を、エヴァはぽんぽんとやさしくなでた。
「それじゃあもう一回謝りましょう。」
「でも、バージルはとってもおこってた。」
「大事なものがなくなって、びっくりしちゃっていたのよ。バージルが落ち着いてから、ちゃんと謝りましょう。きっとバージルは許してくれるわ。バージルはとっても優しいもの。そうでしょう?」
エヴァの言葉に、ダンテはバージルのことを思い出す。
「……バージルはまいにち、ねぐせをなおしてくれるよ。」
「ええ。」
「それから、バージルはごはんのときはミルクをコップにいれてくれるよ。それから、パパにしんぶんももってきてあげるし、ごはんのかたづけのときにママのおてつだいもしてるんだ。」
「そうね。」
「それから、バージルはくつひもむすぶのをてつだってくれるよ。それから、それからね、バージルはね」
「あらあら、ダンテはバージルが大好なのね。」
ダンテはバージルがすきだったが、はっきり言うのが恥ずかしくて、またエヴァの肩に顔をぐりぐりする。
エヴァはだっこをし直すと、ダンテの顔をのぞき込んだ。
「ね。バージルは優しいでしょう?」
エヴァが笑いかけると、ダンテはちょっとだけ気持ちが楽になって、素直にこくんとうなずけた。
「ねえ、ダンテ。もう一度謝ってバージルと仲直りしましょ。バージルだって、ダンテと仲直りしたくて仕方ないはずよ。だってバージルもダンテが大好きなんだから。」
ダンテは少しもじもじした後、もう一度こくんとうなずいた。
そしてエヴァの服をくいくいと引っぱると、そっと耳打ちをした。
「………あのね、ママ。おねがいがあるの。」
******************
空がオレンジ色に染まったころ。
バージルはやっと家に帰ってきた。
玄関でずっと待っていたダンテは、バージルの姿が見えるとパッと立ち上がる。
「バ、バージル。えっと、あのね、おかえり。バージル。」
勇気を出して、ダンテは笑顔でそう言った。
でもバージルはそっぽを向いて、ちっとも返事をしてくれない。
顔がくしゃっとなりそうだったけれど、ダンテはぐっとがまんした。
「バージル、どこ行ってたの?」
「………こうえんだよ。ダンテがいないから、ゆっくり本がよめた。」
バージルの言葉はちくちくしていたけれど、やっとバージルの声が聞けたので、ダンテは少しほっとした。
「バージル、さっきはごめんね。バージルがたいせつにしてた本なのに。」
「……何であんなことしたんだよ。」
バージルはちょっとだけダンテを見た。
その目はとっても冷たくて、ダンテはぶるっとふるえてしまう。
けれどダンテは逃げないで、大きく息を吸いこんだ。
「あ、あのね。バージル。おれ、バージル本の中に行っちゃうのがいやだったんだ。だってバージル、おれのことおいてっちゃうから。だからね、本がなければバージルはどこにも行かないっておもって。おれをおいてかないっておもって。だからね、バージル。」
そこまでいうと、ぽろりとダンテの目から涙がこぼれた。
ぽろぽろ。
ぽろぽろ。
涙がこぼれてとまらない。
それからだんだんしゃっくりが出て。
それからだんだん鼻水が出て。
とうとうダンテはわんわんと泣きだしてしまった。
「ごめんなさいっ、ごめっ、なさっ、ばーじるっ。」
さみしい気持ちやかなしい気持ち、苦しい気持ちがいっぱいになって、目からどんどんこぼれていく。
手でいくらごしごししても、涙も鼻水も止まらなかった。
「ばーじっ、ごめ、ごめんっ、ねっ。ばーじるっ。」
ダンテはたまらなくなって、小さな手をいっぱいにバージルへと伸ばした。
バージルはきっとまだ怒ったままで、ダンテのことをきらいなままだ。
もしかしたら、ダンテにあっちに行けと言うかもしれない。
だけどさみしくてかなしくて苦しくて、ダンテはバージルとくっつきたかった。
くっついて、ぎゅっと抱きしめてほしかった。
「ばーじるっ、ひぐっ、ばーじ、ばーじるっ。」
一歩前に出ようとしたとき、ダンテはぽふっと何かにつつまれた。
あったかくて、やわらかくて、ダンテがよく知っているもの。
「……なんども呼ばなくても、きこえてるよ。」
そう言って、バージルはぎゅうっとダンテを抱きしめた。
「もうおこってないから……だからもう泣きやめよ。」
ダンテは少しびっくりしたが、すぐにほっとしてバージルにしがみつく。
そしてバージルのほっぺに、顔をぐりぐりこすりつけた。
「……えっ、ばーじるっ、ほんと、おこって、ない?うえっ……おれっ、きらいじゃ、ないっ?」
「ちょ……いたいよダンテ。もうきらいじゃないよ。だから泣きやめってば。」
「………う゛ああぁぁん!ばぁじるうぅぅぅ!!」
「うわっ…!?ダ、ダンテ!なんで泣くんだよ!おこってないって言ってるだろ!」
「あらあら、大きな声!一体どうしたの?」
大泣きするダンテの声に、家の中から慌てたエヴァがやって来た。
手にはミトンをつけ、エプロンを着たままのエヴァは、玄関で抱きあう二人を見て目を丸くした。
「まあダンテ!バージルも!」
「ママ!ダンテが!」
エヴァはおろおろとバージルとダンテを見比べたが、ミトンを外すとダンテを抱っこして、よしよしとあやしはじめた。
「ま゛ま゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「ううん、困ったわね……バージル、ダンテはどうしたの?」
「ダンテがごめんねっていうから、もういいよっていったんだ。なのにダンテが泣き止まないんだ!」
「まあ、バージル。ダンテを許してあげたの?」
エヴァはぱあっと笑顔になる。
「ああ、バージル。やっぱりバージルは優しい子ね!」
エヴァはダンテを下ろすと、バージルとダンテをまとめて抱きしめた。
ダンテはエヴァにしがみつき、肩に顔をぐりぐりした。
「ダンテ、ちゃんと謝れて偉いわ。バージル、ダンテを許してくれてありがとう。ママの大好きな宝物。二人はママの誇りよ。」
バージルはちょっと恥ずかしくなって、それから鼻がつんとして。
エヴァの肩に顔をぐりぐりした。
「ほら、ダンテ。泣き止んで。バージルに言いたいことがあるんでしょう?」
エヴァがそういうと、ダンテはこくんとうなずいた。
ダンテはごしごしと顔をこすり、鼻水をずずっとすする。
そして真っ赤な目のままバージルの方を見た。
「ひくっ……ひっ………あの、ね。あのねっ、バージル……」
ダンテは恥ずかしそうにバージルにないしょ話をする。
それを聞いたバージルは、少し困ったような顔をしてダンテを見た。
「いいのか?ダンテ。」
ダンテはこくんとうなずいた。
バージルはちらりとエヴァを見る。
エヴァはやさしく笑っていた。
「……うん、わかった。」
バージルはそっとダンテのおでこにキスをした。
「ダンテ、ありがとう。」
ダンテはもう一度、こくんとうなずいた。
******************
次の日、ダンテはエヴァとバージルと一緒に本屋さんに行った。
昨日、ダンテがバージルにした約束を守るためだ。
『あのね。おれ、バージルに本をあげたいんだ。』
バージルは前に、はじめての自分だけの本を買ってもらっていた。
けれどダンテはまだ自分だけの本を買ってもらっていない。
だからダンテは昨日、仲直りの印に自分の分の本をバージルへプレゼントすると約束したのだ。
「ほんとにいいのか?ダンテだって本ほしいだろ?」
バージルは心配そうにダンテに聞いた。
バージルは本当に本がすきで、ダンテにとっても本は大切なものに違いないと思っている。
けれどダンテはバージルほど本がすきではないし、自分だけの本がほしいという気持ちもあまりない。
それならダンテは自分の本を買ってもらうより、その本をバージルにあげたかった。
本をあげて、バージルによろこんでほしかった。
「うん。なかなおりのやくそくだもん。バージルがほしい本でいいよ。」
ダンテはきょろきょろまわりを見回した。
まわりには背の高い本棚がいくつもあって、どれも本でいっぱいだ。
スパーダの部屋にもたくさん本はあるけれど、ここの本はちょっとちがう。
形や大きさもバラバラで、いろんな模様や絵も書いてある。
見たことのない本に、ダンテはなんだかどきどきする。
このたくさんの本の中から、バージルはどんな本をえらぶんだろう。
最近バージルは
それならバージルはむずかしくて分厚い本をえらぶかもしれない。
だけどバージルは花や木も好きだから、たくさん絵のある図鑑をえらぶかもしれない。
ダンテはいろいろ想像する。
バージルがひとりで本を読むのはさみしいけれど、バージルが好きな本をよめるとしたら、ダンテはさみしいことも少しだけがまんできるような気がした。
「ダンテ!」
バージルの声に、ダンテははっとする。
ダンテが振り返ると、ぐいっと体がひっぱられた。
「やっぱりいっしょにえらぼう!」
ダンテの目の前には、ひまわりみたいに笑うバージルがいた。
「おれがダンテがよみたい本をよんであげるよ。そうしたらダンテもさみしくないだろ?」
「え、でもやくそくしたよ。バージルがほしい本を……」
「おれはダンテがよみたい本をよみたいんだ!」
バージルはダンテの手を引っぱって走り出した。
バージルは迷わずするする本棚の間をぬって行く。
まっすぐ行ったら、右に曲がって。
それからすぐに左に行ったら、もう一度右に曲がって。
本棚の迷路をとおりぬけると、ダンテの前にぱあっとたくさんの色が広がった。
それは、いろとりどりの絵本の山。
ダンテは思わず目をぱちくりさせた。
「ダンテ、どれがいい?」
絵本がならんだ棚の前に、バージルはダンテをつれて行った。
赤と緑のあおむしの本。
にこにこわらうパンケーキの本。
かわいいちびうさぎとでかうさぎの本。
そこには見たことがある本も、見たことがない本もたくさんあった。
「ダンテはどんな本がすきなんだ?」
ダンテはうーんと考える。
小さい本よりも、大きい本がいい。
かわいい絵よりも、かっこいい絵の本がいい。
なぞなぞよりも、冒険の本がいい。
ダンテはうんうん考えて、ついに一冊の本をを取った。
『かいじゅうたちのいるところ』。
図書館の
本も大きいし、怪獣の絵もちょっと怖くてかっこいい。
「それがいいのか?」
「うん。前にね、いちどよんでもらったよ。へやに木がにょきにょき生えてきて、男の子がそのもりをぼうけんするんだ。」
「へやに木がはえるのか?すごいな。」
「それからね、男の子がかいじゅうたちの王さまになるんだ。それで、それで、……あれ?」
「なんだよ、わすれちゃったのか?」
「うん。でもおもしろかったよ。それにバージルがよんでくれるなら、またおもいだせるからへいきだよ。」
「あはは、そっか。それじゃあその本にしよう。」
ダンテは本をだいじにだいじに抱えると、バージルと一緒にエヴァのところへ行った。
「二人とも、いい本はあった?」
「うん、ダンテといっしょにえらんだよ。」
「みて!バージルとおれの本なんだ!」
ダンテは得意になって本をエヴァに見せてあげた。
「まあ、素敵な本ね。」
「ママもパパもよんでいいよ!」
「ありがとう、ダンテ。」
「おれがママとパパにもよんであげるよ。」
「ありがとう、バージル。」
エヴァはにっこり笑って二人の頭をなでてくれた。
「さあ、二人とも。そろそろおやつの時間よ。おうちにみんなで帰りましょう。」
ダンテとバージルは、エヴァと手をつないで家に帰った。
その帰り道。
ダンテは早くバージルと本が読みたくて、何度もエヴァの手を引っぱった。
******************
「………ダンテ、ねちゃったか?」
本を閉じると、バージルはあくびをがまんしながら、ダンテにそっと聞いてみた。
「んん…まだ、まだ……」
ダンテのまぶたはくっついていて、声もなんだかふわふわしている。
「もうほとんどねてるじゃないか。」
「ばぁじる…おはなし、もういっこ………」
ダンテはバージルのパジャマを引っぱりながら、おはなしをしてとおねだりする。
「………しかたないなあ。」
バージルはちょっぴり眠たいけれど、今日もダンテのわがままを聞くことにした。
『おおきな木』の本を横にやると、枕の下から『いつもの本』を出す。
「ほら。これよんだら、ちゃんとねるんだぞ。」
バージルが出したのは、『かいじゅうたちのいるところ』。
バージルとダンテ、二人の本だ。
ダンテはいつだって、最後にこの本を読んでほしいとおねだりする。
だからバージルはいつも、この本を枕の下にしまっているのだ。
「ちゃんと、ねるよ…だから、おはなし、して。」
ダンテはバージルの腕にすりよると、とろんとした目をうっすらあける。
バージルが目の下をつんつんすると、ダンテはくすぐったいと声あげ、バージルにぎゅっとくっついてきた。
「———かいじゅうたちのいるところ」
ページをめくって、バージルはゆっくりおはなしをはじめる。
「あるばん マックスは おおかみのぬいぐるみをきると いたずらをはじめて おおあばれ——」
ダンテはうとうとページをながめながら、バージルはおなしに耳をすませている。
おはなしを聞きながら、しあわせそうに笑うダンテはとってもかわいい。
こんな風に、ずっとずっとダンテと一緒にいられたらいいのに。
バージルは眠い目をこすりながら、ダンテのために本をよみつづけた。
******************
真新しい紙とインクの匂いに、ダンテは機嫌良く鼻をひくつかせる。
外光がさす店内には、ビジネスマンから親子連れまで、少なくない人間が棚を物色し、あるいは本を品定めしていた。
こんなありふれた本屋に来るなど、いつぶりだろうか。
ダンテは普段本に縁がない訳ではない。
しかし
小さい頃母に連れられきた記憶もあるが、その頃と目に映る光景は随分変わっていた。
あんなに大きく見えた本棚も、今では簡単に最上段に手が届く。
ラインナップにマンガが増えたし、本に関連したグッズらしき物の陳列スペースも増えていた。
小さな子供向けだろうか。
布でできたブロックや、不思議な形をしたおもちゃもある。
———こういう物でもいいかもしれない。
ダンテは『先日の電話』を思い出しながら、しげしげと辺りを見回していた。
あちこち適当に歩き、あらかた店内を見終わった頃。
ダンテの視界にちぐはぐな組み合わせが目に飛び込んできた。
カラフルな絵本の山に、銀の髪をした大男の背中。
ダンテはにやにやと笑いながら、そちらへと足を向ける。
「中々ファンシーな場所にいるじゃないか、バージル。」
そう声をかければ、大男——バージルは視線だけをダンテに寄越した。
「お目当ての物はあったか?」
今日ダンテがこんな場所にやって来たのは、バージルの『所用』に付き合うためだ。
朝一番に「付き合え」とだけ言われ、特に予定もなかったことから、用向きを聞くこともなくついて来た。
そしてたどり着いたのがこの書店という訳だ。
本好きのバージルのことだ。
何か気になる本でも頼んだのだろう。
小難しい哲学書か、豪華な装丁の詩集か。
ダンテは肩越しにバージルの手元を覗こうとしたが、軽く手であしらわれる。
しかしダンテはその手を掴み、構わずさっと引き下げた。
そして軽く背伸びをすると、今度こそバージルが手にしたものを見た。
薄く、落ち着いた色合いのハードカバーの本。
大きさはMサイズのピザくらいだろうか。
バージルの本棚ではまず見ないタイプの本に、ダンテははてと首を傾げる。
その様子にバージルは、ダンテに見えるよう本を持ち替えた。
『かいじゅうたちのいるところ』
表紙に書かれたタイトル。
それは昔、ダンテとバージルが毎日読んでいた絵本のものだった。
主人公の男の子が部屋に生えた森を冒険し、『かいじゅうたち』の島へと乗り込んで、そこで王様になるというストーリーだったはずだ。
昔は主人公に自分を重ね色々と想像したものだが、まさか自分がバージルと一緒に
もっとも自分達が行った魔界は『かいじゅうたち』ではなく、『悪魔達』のいるところではあったのだが。
———ジリリリリ。
ダンテの耳に、ベルの音が蘇る。
一週間前に鳴った電話。
受話器を取ったのはバージルだった。
数言話をした後、受話器は無言でダンテに放られた。
訳もわからず出た電話から聞こえたのは、酷く落ち着かないネロの声で。
『あのさ、その、一応早めに言っておこうかと思って。えっと、あー……… 親父には先に、ってか今言ったんだけど。なんて言うか、あの、ダンテにもちゃんと自分から言っておきたくて———』
どうしたのかとダンテが聞けば、ネロはいくらか言い淀んだ後、ぎこちない話し方でこう告げて来た。
———もうすぐ、父親になるのだと。
ダンテは絵本をじっと見つめる。
大きく骨張った手には不似合いな本。
奇妙な『かいじゅう』が描かれたそれは、きっとネロとキリエが授かった新しい命へ、バージルから贈られるものだ。
「…………赤ん坊にやるプレゼントにしちゃ、気が早すぎるんじゃねえか。」
「ガキなどすぐに大きくなる。」
「おお、
「つまらんな。もう少し気の利いた嫌味を言え。それに———」
バージルはそっけなく答えると、本をダンテの目の前に掲げた。
「お前も好きだったろう。」
ほんの少しだけ、バージルの目元が綻ぶ。
「———きっと気に入る。」
不意に、ダンテの胸にあたたかなものが込み上げる。
夜寝る前。
二人でベッドに入った後。
静かに響くバージルの声。
同じ本を眺めた、やわらかな時間。
あの時間は今でもダンテの奥に、かけがえのないものとして残っている。
もしこの本をネロ達親子が読むとしたら。
三人の中にも、このやわらかな感情が生まれるのだろうか。
そしてバージルは、そんな三人のやわらかな時間を願って贈るのだろうか。
バージルとダンテが読んだ、この本を。
ダンテはじっと本を見つめ、言葉を失う。
「ダンテ。」
声と共に、何かが掠める感触がした。
気づけばバージルの指がダンテの目元に触れていた。
指は軽く眦のあたりをくすぐると、名残を惜しむでもなく離れていった。
「先に行くぞ。」
口の端だけで笑ったバージルは、ダンテを尻目にカウンターへと歩いていった。
ダンテはバージルの熱が残る部分に、自分の指を重ねてみる。
そういえば昔眠る時、こんな風にバージルが触れてきたような気がする。
幸福な記憶と同じ感覚に、ダンテは自然と笑みを浮かべた。
「———参ったね。」
ダンテはポケットに手を突っ込むと、バージルが佇むカウンターへ向かう。
見えて来た作業台では、店員が無地の包装紙で本を包み、青いリボンをかけていた。
バージルはそれを黙って見届けている。
それを見てダンテは思う。
——バージルとびっきりの愛のプレゼントなのだから、この程度じゃもったいない、と。
「おいおい、バージル。リボンだけじゃ味気ないだろ。もっとド派手に行いこうぜ!」
ダンテはバージルの背後から、勢いよく肩を組む。
しかし予見されていたのか、バージルは微動だにしなかった。
「耳元でがなるな、鬱陶しい。」
言葉こそ辛辣だが、バージルはダンテを振り解くような素振りを見せない。
ダンテは顔を寄せ、いたずらっぽく笑ってみせる。
「あのネロとキリエの子供だぜ?盛大に祝ってやらなきゃならねえだろ!バルーンにフリル、花やぬいぐるみだって必要だ。最高に豪華にやるのが親心ってもんだろ!」
「たかが本だ。」
「違うな、そいつは最高の本だ。」
「大袈裟過ぎる。」
「そんなことねぇさ。そうと決まれば買い出しだ!いや、ラッピングのデザインを考えるのが先か?」
「勝手に決めるな、愚弟が。」
「いいや決めたね、サプライズでやる。ひとまずは作戦会議だ。多分パティ辺りが詳しいだろうし、一度相談してみようぜ。」
「あの喧しい娘か………」
組んでいた肩解き、バージルの手を取る。
やっぱりその手は振り解かれる素振りもなく、きっとバージルもまんざらでもないのだとダンテは感じた。
「ほら、早く行こうぜバージル。善は急げだ!」
ダンテはバージルの手を引っ張った。
バージルは本を受け取ると、ため息と共に歩き出す。
その足取りはいつも通りゆったりしたもので。
ダンテは早く行こうと、何度もバージルの手を引っぱった。
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