Grant Deed — 譲与証書 —
モリソンはしげしげと、
「まさかこんなところで、伝説の魔剣士の名前を見るとはなあ。」
トリッシュとレディがモリソンの肩越しに覗くそれには、『
そう、バージルとダンテの生家の土地取引に関する書類だ。
譲受人の欄には、スパーダとエヴァ——あの傍迷惑な双子の両親の名前がある。
「凄いわね、これ。人類を救った英雄を公証役場に呼び出して、ちまちま宣誓書を書かせた挙げ句、登録所まで持って行かせたってこと?」
「さすがにそれは無いんじゃないかしら……ええと、ほら、たとえば、弁護士とか……」
「ちょっと嘘でしょ?!正義の悪魔がアリー・マクビールやハーヴィー・スペクターを雇ったの?傑作ね!」
レディは吃るトリッシュをよそに、ケラケラと大きな声で笑った。
その姿にモリソンはげんなりするも、確かにレディが言うこともわからなくはない。
御伽話に出てくる伝説の英雄が、古文書ならばいざ知らず、まさかこんな俗っぽい書類にまで出張っているとは、一体誰が想像できたろうか。
少なくともモリソンには青天の霹靂だった。
青天の霹靂といえば———
モリソンは一週間前のことを思い出す。
バチバチと盛大に青い魔力の火花をまき散らすバージルと、ネロに抱えられた窒息死寸前のダンテがやってきたのは、確か昼も過ぎた頃だったろうか。
「仕事を寄越せ。」
そう言い出したのは意外なことにバージルだった。
「金がいる。」
モリソンは困惑する。
「いや、まあ……仕事はあるにはあるが……金払いで言えば、エンツォに頼んだ方がいい案件を回してくれるんじゃないか。」
「あれは役に立たん。『裏』の仕事しか寄越さない。今回は『表』の仕事が必要だ。」
意外に輪をかけた発言が飛び出し、モリソンは更に仰天した。
バージルは普段ならある程度きな臭い仕事でもそれなりに請けるタイプだ。
しかし今回はわざわざ『表』と仕事を指定してきている。
これはどういう風の吹き回しか。
「ははっ。モリソン、これだよ。」
そう封筒を投げて寄越したのは、やっと息を吹き返したダンテだった。
テーブルに放り出されたそれは、ダンテ達兄弟の生家が税金の滞納で差押えられたという内容の通告書のようだ。
「バージルはな、そいつを『キレイな金』で払いたいんだよ。親父と母さんの——俺達の家だからな。昔っからそういう奴なんだ、こいつは。っ……くくくっ…!」
「余計なことを言うな!」
突如バージルとダンテの手に閻魔刀と魔剣ダンテが現れ、交錯する……かと思いきや
「お前らこんなところで暴れんな!!」
それより早く、ネロが二人の頭を掴み、ガツンと頭突きをさせ合った。
四十路の男二人は頭を抱え、情けなく床へとうずくまる。
が、ダンテの方はまだ笑っているらしく、ネロから追加で一発小突かれていた。
「……なあ、モリソン。見ての通りこいつら相変わらず馬鹿やってるけど、そこは二人にとって大切な場所なんだと思う。無理言ってるのはわかってるが、何とかしてやって貰えないか?」
四十路になっても床で悶え続ける父と叔父に比べ、まだ成人して間もないネロの何と殊勝なことか。
モリソンは的外れな感心をしながら、再度手元の紙に目を落とす。
未納とされる税金を示す数字を見てみれば、確かにこれは驚きの額ではある。
しかしあの他人や人の世界など知った事かと暴れていたバージルが、こんな紙切れ一枚で焦るというのも、それはそれで驚きに値する。
バージルのことをよく知っている訳でもないが、かつて魔界中の悪魔を捩じ伏せた『魔王』が、家族の家を守ろうとこんなにも人間臭い振る舞いをするようになるとは。
いや、Vと名乗っていた青年は、歩くこともままならない身体を押して、人を救い、『魔王』を倒すために奔走していた。
彼もまたバージルであったこと聞いているから、今の事態はそれほど不自然なことでもないのかもしれない。
しかし今回はVとは違い、単なる悔悟や葛藤、執着などからくるものではない。
モリソンは経験からそう察する。
贖罪だとか後悔だとか、そういった内省的なものというより、むしろもっと外因的な——例えばふと顔を上げた時、空の青さを知った時のように。
酷くありふれた、けれどかけがえのない何かに気づいたからなのではないかと、モリソンは思う。
そしてもしそれを、ありきたりな言葉で表すとしたら。
「———愛、かねえ、」
意識を今に戻しながら、モリソンはぽつりと呟く。
聞き慣れない単語に、その場にいたトリッシュとレディはきょとんとした目でモリソンを見た。
「悪魔が人の世界で生きると決めたんだ。だからこそ、妻や子供に『人間らしく』、いろんなものを遺してやりたかったんじゃないか。」
モリソンは現実主義者リアリストだ。
それ故、人として生きるためには、愛が必要なのだと痛いほど知っている。
だからこそ、ともすれば伝説の悪魔が、愛する家族のために人を真似て家を建て、人に倣いその家は家族のものであると登録所に誓いを立てたのではないかという、根拠もない空想に耽ってしまう。
そしてそんな空想越しに見る、バージルが『キレイな金』での精算を求め、ダンテも喜んでついて回る姿は、暗い世界を見続けるモリソンの目に何とも眩しく見えてしまうのだ。
もちろんこんなことは推測に過ぎず、真実は誰にもわからない。
しかし少なくともモリソンは、そうであればと、また夢想してしまう。
「随分ロマンチックなこと言うのね、モリソン。そんなに愛に造詣が深いだなんて知らなかったわ。」
そう小首を傾げてとぼけるレディに、トリッシュはくすくすと小さな笑いをこぼす。
揶揄いを含んだその仕草に、モリソンは徐に書類の山から一束の文書を引っ張り出した。
「俺から言わせれば、こんな権利書を俺に預けて、いつ帰るとも知れない家主のために金を払い続けたお前達の方がよっぽど愛に詳しいと思うがね。」
バサリとデスクに叩きつけたそれは、デビルメイクライの事務所の権利書だ。
トリッシュもレディもクリフォトの一件以来、魔界で兄弟喧嘩に明け暮れるダンテのため、帰る場所である事務所を守り続けていた。
現に今も、レディは金払いのいい案件を見つけてはモリソンへと繋いだり、パティを手伝い事務所の些事を片づけている。
聞くところによればトリッシュなどは、交渉下手な双子のために、税務当局に少しばかり『ちょっかい』を出しているらしい。
もちろんそれは双子が知るところではないが、彼女達の密かな『献身』は続いている。
それが『愛』でなければ、なんだというのだろうか。
「まさか!単に事務所を乗っ取るタイミングを見てただけよ。ダンテには貸しがたくさんあるしね。」
「そうよ。別に待ってた訳じゃないわ。そろそろいただこうと思っていた矢先に、二人が帰ってきたんですもの。残念でならないわ。」
そう嘯くレディとトリッシュは、どこか照れ臭そうで、中々可愛いところがあるじゃないか、とモリソンはほくそ笑んだ。
「———さて、お二人さん。用がないなら帰った帰った。俺は仕事に戻らなきゃならんのでね。」
モリソンは大仰にそう言い、レディとトリッシュを追い出した。
二人が去り、静かになった事務所で、モリソンは漸く大量の書類の山と対峙する。
そして早速こう、思案しはじめるのだ。
———さて、今度はあの双子を、どうこき使ってやろうか?
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