Tax Bill — 請求書 —
Tax Bill 請求書
「このっ!待ちやがれ!」
空から響く聞き覚えのある声に、パティは空を仰ぐ。
「げ、パティ!?どけっ!」
小さな三毛猫とともに、赤い大男が降ってきたかと思えば、どすんという音と共に土煙が上がった。
かわいそうに、子猫はすっかり怯えてパティの胸に飛び込んで震えている。
よしよし、と子猫を宥めると、パティは目の前で尻もちをついた男にキッと鋭い視線を向ける。
「パティ、久しぶりだな。早速で悪いが、その猫渡してもらおうか。」
「いきなりご挨拶じゃない?ダンテ。それにこんなに怯えてる子を、何も聞かずにはいそうですかって渡すほど、私、薄情じゃないの。」
ごもっとも、としか言えないパティの言葉に、ダンテは頭をボリボリと掻く。
「あー…モリソンからの仕事だよ。金持ちの家の迷い猫探し。そいつを飼い主のとこに連れてけば、そこそこの金になる。」
パティは目を丸くする。
普段から仕事を選り好みするダンテにしては、引き受けた仕事があまりにも『つまらない』。
それなのにダンテはあんな派手な追跡劇 を繰り広げていたのだろうか。
「……‥ダンテ、あなたまた水道でも止められたの?」
長い経験から弾き出された最も可能性の高い推論を、パティは丁寧に棘を含ませダンテにぶつける。
以前のダンテはあまりにも自分のことに無頓着だった。
単に公共料金や借金の支払いにだらしない、というだけではない。
食事にしても酒量にしても睡眠にしても、およそ自分への労りを欠片ほども持ってはいないのが見てとれた。
レディ達から聞くに、悪魔との戦いの時ですらあえて傷を負うような戦い方で、治癒力が異常な半魔であっても『いき過ぎた』ものだったようだ。
それでも最近では、あのやたらと威圧的な兄——バージルと暮らすようになってから、随分と変わったとパティは感じている。
部屋へ掃除をしに押し掛けなくてはならないことは無くなっていたし、ダンテ馴染みのピザチェーンの配達員は、めっきり注文が減ったとパティににこやかに愚痴をこぼす。
その代わり、近くの惣菜店 や食料品店 でダンテが兄と連れ立っているところを見る人間が増えていた。
それはきっと、いい変化なのだとパティは思っている。
しかしそれがまた、元に戻ってしまっているとしたら。
パティからしても大いに問題だった。
「そんなんじゃねえよ。家が差押くらったってんで、納税義務に奔走してるだけさ。」
「家?納税?デビルメイクライの事務所ってこと?」
「いいや、俺達の家さ。レッドグレイブの。」
レッドグレイブ。
その地名に、パティは聞き覚えがあった。
過去に何度かダンテから聞いた、生まれ故郷の名前。
かつてその名前を口にするダンテの眼差しにはいつだって影がさしていて、パティはそこに深く踏み込むことはできなかった。
けれどどうだろうか。
今、目の前にいるダンテは、嬉しくてたまらないとでもいうように子供っぽい笑顔を浮かべていた。
「……ダンテ達のおうち、まだあったのね。私ちっとも知らなかった。」
「ああ。ま、俺も一人じゃ帰る気にもならなかったからな。今どんな状況か詳しくはわからねえが、お役人からは『お前達のもんだからさっさと税金を払って引き取れ』って言われたよ。全く、歳入庁 てのはノーバディより面倒だな。澄ました顔してゆすりたかりしやがって。人の財布に手ェ突っ込んでも合法ときてるからタチが悪い。」
『俺達の』。
『俺一人じゃ』。
端々に現れる言葉が、今のダンテが独りではないのだということを物語る。
もちろん過去にだってダンテの周りにはたくさんの人がいた。
トリッシュやレディ、パティだってそうだ。
けれど多分、本当の意味でダンテの隣に誰かがいたことはなかったのかもしれない。
だがそのダンテが今、自分は独りではないと感じ、笑えている。
もしかしたらそれは、あの無愛想で口の悪い兄がダンテの元に帰ってきたことが理由なのかもしれない。
パティは胸が温かくなるのと同時に、ほんの少しの寂しさを覚えた。
「——そう。大変だったのね。けど、迷い猫探しにまで手を出すなんで、よっぽど困ってるってことよね。その税金って、一体いくら払わなきゃならないの?」
パティが聞くと、ダンテは目を泳がせながら、Tax Bill と書かれた書類を渡す。
「えええ!?こんなに!?」
「声がでかい、猫が毛ぇ逆立ててんだろ!」
ふー、と威嚇する子猫を、パティはごめんねとあやしてやる。
ダンテはやっと腰を上げると、ぱたぱたと服の汚れを叩いて落とした。
「ま、そういう訳で、少しでも実入りを増やそうってんで労働に勤しんでるんだよ。それに———」
ダンテはそろりと手を伸ばし、猫の頭を撫でる。
「——こいつも、家に帰りたいだろうしな。」
その言葉に、いったいどれほどの想いが込められているのだろう。
パティには想像することしかできない。
「ダンテ!」
また、空から声が降ってくる。
ダンテとパティが空を見上げる前に、目の前に青いコートが翻った。
バージル、とダンテが呼ぶより前に、その男は鞘に納めたままの刀を喉元へと突きつける。
「たかが猫ごときに何を手間取っている。」
「はあ?お前がさっき引っ掻かれたくらいで手ぇ放したのが悪いんだろうが!」
「黙れ、次の依頼がある。さっさとしろ!」
いい歳をした男二人が、目の前で突然兄弟喧嘩を始める。
その光景にパティは呆れるものの、二人がどこか楽しそうな気色を浮かべているものだから、怒るにも怒れなかった。
「あー、もー!やめてよ二人とも!この子が怖がっちゃうじゃない!」
パティは少し声を張り上げていう。
バージルとダンテは、ぐ、と押し黙りパティを見た。
「ほら、一緒について行ってあげるから。この子、お家に返してあげましょ。それで、どこまで行けばいいの?」
猫は同意するかのように、にゃあ、と鳴いた。
ダンテは苦笑しながら、悪いなとウインクする。
バージルは不承不承といった感じで、しかし特に文句も言ってこなかった。
「さ、猫ちゃん。一緒にお家に帰りましょ。」
パティは小さな猫に語りかける。
猫はごろごろと喉を鳴らし、パティの手に顔を埋めた。
その仕草はパティの目に、家に帰れるとわかり喜んでいるように映る。
そんな猫を抱きしめながら、パティはダンテをせついて猫の家へとエスコートさせる。
その道すがらパティは、ダンテとバージルの背中を眺めながら、二人が一緒に家へ帰れるようにと願わずにはいられなかった。
「このっ!待ちやがれ!」
空から響く聞き覚えのある声に、パティは空を仰ぐ。
「げ、パティ!?どけっ!」
小さな三毛猫とともに、赤い大男が降ってきたかと思えば、どすんという音と共に土煙が上がった。
かわいそうに、子猫はすっかり怯えてパティの胸に飛び込んで震えている。
よしよし、と子猫を宥めると、パティは目の前で尻もちをついた男にキッと鋭い視線を向ける。
「パティ、久しぶりだな。早速で悪いが、その猫渡してもらおうか。」
「いきなりご挨拶じゃない?ダンテ。それにこんなに怯えてる子を、何も聞かずにはいそうですかって渡すほど、私、薄情じゃないの。」
ごもっとも、としか言えないパティの言葉に、ダンテは頭をボリボリと掻く。
「あー…モリソンからの仕事だよ。金持ちの家の迷い猫探し。そいつを飼い主のとこに連れてけば、そこそこの金になる。」
パティは目を丸くする。
普段から仕事を選り好みするダンテにしては、引き受けた仕事があまりにも『つまらない』。
それなのにダンテはあんな派手な
「……‥ダンテ、あなたまた水道でも止められたの?」
長い経験から弾き出された最も可能性の高い推論を、パティは丁寧に棘を含ませダンテにぶつける。
以前のダンテはあまりにも自分のことに無頓着だった。
単に公共料金や借金の支払いにだらしない、というだけではない。
食事にしても酒量にしても睡眠にしても、およそ自分への労りを欠片ほども持ってはいないのが見てとれた。
レディ達から聞くに、悪魔との戦いの時ですらあえて傷を負うような戦い方で、治癒力が異常な半魔であっても『いき過ぎた』ものだったようだ。
それでも最近では、あのやたらと威圧的な兄——バージルと暮らすようになってから、随分と変わったとパティは感じている。
部屋へ掃除をしに押し掛けなくてはならないことは無くなっていたし、ダンテ馴染みのピザチェーンの配達員は、めっきり注文が減ったとパティににこやかに愚痴をこぼす。
その代わり、近くの
それはきっと、いい変化なのだとパティは思っている。
しかしそれがまた、元に戻ってしまっているとしたら。
パティからしても大いに問題だった。
「そんなんじゃねえよ。家が差押くらったってんで、納税義務に奔走してるだけさ。」
「家?納税?デビルメイクライの事務所ってこと?」
「いいや、俺達の家さ。レッドグレイブの。」
レッドグレイブ。
その地名に、パティは聞き覚えがあった。
過去に何度かダンテから聞いた、生まれ故郷の名前。
かつてその名前を口にするダンテの眼差しにはいつだって影がさしていて、パティはそこに深く踏み込むことはできなかった。
けれどどうだろうか。
今、目の前にいるダンテは、嬉しくてたまらないとでもいうように子供っぽい笑顔を浮かべていた。
「……ダンテ達のおうち、まだあったのね。私ちっとも知らなかった。」
「ああ。ま、俺も一人じゃ帰る気にもならなかったからな。今どんな状況か詳しくはわからねえが、お役人からは『お前達のもんだからさっさと税金を払って引き取れ』って言われたよ。全く、
『俺達の』。
『俺一人じゃ』。
端々に現れる言葉が、今のダンテが独りではないのだということを物語る。
もちろん過去にだってダンテの周りにはたくさんの人がいた。
トリッシュやレディ、パティだってそうだ。
けれど多分、本当の意味でダンテの隣に誰かがいたことはなかったのかもしれない。
だがそのダンテが今、自分は独りではないと感じ、笑えている。
もしかしたらそれは、あの無愛想で口の悪い兄がダンテの元に帰ってきたことが理由なのかもしれない。
パティは胸が温かくなるのと同時に、ほんの少しの寂しさを覚えた。
「——そう。大変だったのね。けど、迷い猫探しにまで手を出すなんで、よっぽど困ってるってことよね。その税金って、一体いくら払わなきゃならないの?」
パティが聞くと、ダンテは目を泳がせながら、
「えええ!?こんなに!?」
「声がでかい、猫が毛ぇ逆立ててんだろ!」
ふー、と威嚇する子猫を、パティはごめんねとあやしてやる。
ダンテはやっと腰を上げると、ぱたぱたと服の汚れを叩いて落とした。
「ま、そういう訳で、少しでも実入りを増やそうってんで労働に勤しんでるんだよ。それに———」
ダンテはそろりと手を伸ばし、猫の頭を撫でる。
「——こいつも、家に帰りたいだろうしな。」
その言葉に、いったいどれほどの想いが込められているのだろう。
パティには想像することしかできない。
「ダンテ!」
また、空から声が降ってくる。
ダンテとパティが空を見上げる前に、目の前に青いコートが翻った。
バージル、とダンテが呼ぶより前に、その男は鞘に納めたままの刀を喉元へと突きつける。
「たかが猫ごときに何を手間取っている。」
「はあ?お前がさっき引っ掻かれたくらいで手ぇ放したのが悪いんだろうが!」
「黙れ、次の依頼がある。さっさとしろ!」
いい歳をした男二人が、目の前で突然兄弟喧嘩を始める。
その光景にパティは呆れるものの、二人がどこか楽しそうな気色を浮かべているものだから、怒るにも怒れなかった。
「あー、もー!やめてよ二人とも!この子が怖がっちゃうじゃない!」
パティは少し声を張り上げていう。
バージルとダンテは、ぐ、と押し黙りパティを見た。
「ほら、一緒について行ってあげるから。この子、お家に返してあげましょ。それで、どこまで行けばいいの?」
猫は同意するかのように、にゃあ、と鳴いた。
ダンテは苦笑しながら、悪いなとウインクする。
バージルは不承不承といった感じで、しかし特に文句も言ってこなかった。
「さ、猫ちゃん。一緒にお家に帰りましょ。」
パティは小さな猫に語りかける。
猫はごろごろと喉を鳴らし、パティの手に顔を埋めた。
その仕草はパティの目に、家に帰れるとわかり喜んでいるように映る。
そんな猫を抱きしめながら、パティはダンテをせついて猫の家へとエスコートさせる。
その道すがらパティは、ダンテとバージルの背中を眺めながら、二人が一緒に家へ帰れるようにと願わずにはいられなかった。
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