My Sweet Minefield

ダンテから見て、バージルは地雷が多い男だった。

もちろんダンテにもピザに銃にと拘りがあるが、それと比べてもバージルは我が強いというか、地雷とも呼べる拘りが多かった。


例えばわかりやすいのは本だ。
読書を趣味とするバージルは、蔵書狂ビブリオマニアとまではいかないが、随分と本に入れ込んでいる。
ダンテと暮らすようになって間も無く、バージルは事務所に本棚を作り、蔵書を納めるようになった。
本は棚にあるもの以外にもあるようだが、バージルによって選び抜かれたものだけがそこに仕舞われているらしい。
日に日に増える蔵書に少しだけ興味が湧いたダンテが、ある日何気なく本を手にしてみようとしたところ、警告なしに幻影剣が飛んで来たことがあった。
バージルは
「触るな。」
と一言言っただけだが、その迫力に本能が『辞めた方がいい』とダンテに告げた。
どうやら自分のものであるコレクションに、他人が触るのは地雷らしい。
そうとわかって以降、ダンテはバージルの本棚に手を伸ばしていない。
元々本自体はバージルのものなので、触らないということ自体不満はなかった。
ただ不思議なことに、他の人間は別として、ダンテが本棚を見ること自体はバージルの許容範囲らしい。
そんなこともあって、いつの頃からかは定かでないが、ダンテはバージルの本棚を眺めては、何を基準に選ばれた本なのか、あれこれ想像するのが習慣になっていた。



バージルの日常における地雷は、他にもあった。
バージルとダンテが一緒に暮らすようになってから、自然と食事も一緒になることが多くなった。その中でダンテは、バージルには食事にも強いこだわりがあるということに気がついた。
特にワインについては一家言あるようで、ある夜ダンテがバージルのグラスに氷を入れようとしたところ、閻魔刀を喉元に突きつけられたことがある。
「勝手に入れるな。」
「今日は暑いから入れてやろうと思ったのによ。」
「外道が。」
「何だよそれ。冷えて美味いぜ?」
「味が薄まる。」
「薄まるって…でもお前スプリッツァー飲むだろ。」
「あれは別物だ。」
理屈はよくわからないが、とにかくバージルはストレートで飲むワインに氷は入れないと言うことだけはわかった。
加えてバージルは、自分のものに他人が手を加えることがお気に召さないのだろう。
本能は『夜更けにわざわざ揉めるの馬鹿らしい』とダンテに告げた。
ダンテは自分のグラスに氷を入れる分にはバージルも口を出してこないことや、自分もそこまで氷にこだわる理由もないことから、それ以来バージルのグラスに手出しはしなかった。
しかしダンテはバージルのワイングラスを見る度に、氷を入れても美味いのに、といつも思っている。



夜といえば、バージルがダンテを抱く時にも地雷がある。
バージルはダンテが自分で服を脱ぐことを許さない。
ことに及ぶ時は、必ずバージルがダンテの服を脱がせる。
ごく稀に脱げと言われる例外はあるものの、それ以外はバージルが好きなタイミングで、バージルが好きなようにダンテの服を脱がせた。
多分これはダンテが脱ぐと言うより、バージル主導で脱がせるかどうかが、地雷か否かの分水嶺なのだ。
初めてバージルに服を自分で脱ぐことを咎められた時、ダンテは一々バージルの性癖に付き合っていられないと反論して、さっさと服を脱いでしまった。
しかしその後が酷かった。
ダンテが発狂寸前になる程の『エグい仕置き』をしてきたのだ。
いつもは気取って涼しい顔をしているのに、
緩急織り交ぜて執拗に責めてくるバージルに、ダンテはどれだけ性癖が捻じ曲がっているのかと驚愕した。
結局三日続いた『仕置き』の結果、本能は『絶対に二度と逆らわない方がいい』と懇願するようにダンテに告げた。
ダンテは、バージルは自分のもの(と思っているもの)が自分の思い通りにならないとここまでするのか、と呆然としたのを覚えている。
『仕置き』の後流石に多少は気が咎めたのか、暫くバージルはダンテの頬を撫でる等、ダンテを労るような素振りを見せてはいた。
しかしそれくらいではダンテの本能の懇願は撤回できなかった。
結局ダンテは地雷を回避することができるのであればと、服ぐらい大人しくバージルの好きなようにさせることを選んだ。



色々と地雷が多いバージルだが、それが最も多いのは、やはりというか当然戦闘の時だ。
バージルにとって戦いとはある種の神聖な儀式であり、美学とでも言うべき強い拘りを持っていた。

例えば、閻魔刀での居合は、基本刃を下にして抜刀する。

例えば、居合を仕掛ける時は相手に一太刀たりとも入れさせない。

そんな風にバージルの中には自分の戦いについていくつもの決まりがあり、それらを忠実に守っていた。
仮にその決まりを破った場合、原因が何であれバージルの機嫌は頗る悪くなる。
機嫌が悪い時のバージルに遭遇した悪魔は、本当に悲惨だ。
基本的に悪魔を憎むダンテですら、少しだけ悪魔に同情する程度には酷い目にあっている。
そしてそのバージルの『美学』と言う名の地雷は、ダンテの周りにも散りばめられている厄介なものだった。

ある日仕事で、ダンテがバージルと一緒に仕事に出た時である。
仕事自体は廃墟と化した街に巣食う悪魔を狩るという、ごくシンプルな内容だった。
しかし相手はノーバディに酷似した中々に手応えのある悪魔であり、興奮したダンテはバージルの前に躍り出て、エボニーとアイボリーで銃撃した。
敵もそれに応えるように腕を伸ばし肩を抉ってきたが、ダンテはお構いなしに大量の鉛玉をぶち込んだ。
「ははっ、いいね!もっと来いよ!」
ダンテははしゃいでいたが、この時既にバージルの地雷を踏み荒らしてしまったのだ。
ダンテが踏み抜いた地雷は主に三つ。

一つ目は、バージルの獲物を横取りすること。
二つ目は、無闇矢鱈に奇声を上げること。
そして三つ目は、ダンテがバージル以外からの傷を負うこと。

中でも三つ目は特大の地雷だ。
元々ダンテは傷などすぐに治るから、敵の攻撃を避けることなく戦う癖がついている。
しかしバージルはそのスタイルが甚く気に入らないらしく、ダンテに何度もやめるように言ってきた。
バージルはその理由を言わないが、多分自分以外がダンテをどうこうするのが気に食わないのだろう。
とにかく三つの地雷を同時に踏み抜いた瞬間、ダンテはバージルに襟首を掴まれ、後方の壁へと叩きつけられた。
「いってえええぇぇっ!!」
「馬鹿が出しゃばるな!!」
石の壁にめり込んだダンテは、確実に何本か骨が折れ、内臓が少し潰れたことを痛みと共に察知した。
はしゃいで敵に抉られた肩よりも、よっぽどダメージが大きい。
バージルに文句を言おうとした時、目の前で斬撃の嵐が吹き荒ぶ。
敵は一瞬にして肉片、いや血煙となった。
終わったか、と思った矢先、ぼこぼこという音が響くや否や今度は突如血煙が爆発する。
ノーバディ同様、死肉が自爆するタイプの悪魔だったらしい。
「ぐっ……!」
罵声と共に閻魔刀の煌めきが空間を薙ぐと、赤い爆炎は霧散し、中からは顔や腕が爛れたバージルの姿が現れた。
「耳がっ…クソッ……!」
バージルは耳を抑えながらぶつぶつと何かをつぶやいている。
耳や頬を吹き飛ばされたらしく、敵やダンテに地雷を踏み抜ぬかれ放題だったことも相まって、バージルは最高に不機嫌になっていた。
そんなバージルの姿を、ダンテは瓦礫に埋もれながら呆れ半分で眺める。
もっと上手いやりようはいくらでもあるだろうに。
一人静かに怒り狂うバージルに、ダンテはため息をつく。
「…… お前って、本っ当面倒な奴だよなあ You’re such a walking minefield……」
「聞こえているぞ!」
間髪入れずにバージルが叫ぶ。
あんな耳でもなお聞こえるとは、呆れた地獄耳だとダンテは今度こそ完全に呆れた。
「こんな時にふざけたことを……」
バージルはダンテに歩み寄るでもなく、閻魔刀を突きつける。
「間違えるな! 俺がお前のものじゃない。お前が俺のものだ!I’m NOT yours, YOU are MINE
突然の『愛の告白』に、ダンテはきょとんとする。
そして、はた、とバージルはポンコツの地獄耳で、地雷原minefield 自分のものmineを聞き間違えたのだと思い至った。
「………そんな聞き間違いするかね、普通。」
ダンテは苦笑する。
これもバージルの地雷の一つだ。
バージルにとってはあくまでダンテがバージルのものであって、バージルがダンテのものではないらしく、その違いは厳密に区別されていた。
そこを『間違える』と、バージルは酷く起こるのだ。
しかしダンテは思う。
バージルはダンテにバージルお気に入りの蔵書が並ぶ棚を眺めることを許しているし、ダンテのワイングラスには必ず氷を入れる。
夜だってバージルがするように、ダンテがバージルの服を脱がせることを許している。

これはもう、バージルはダンテのものと言っても、過言ではないのではないのだろうか。

そんなことを言えば、またバージルの地雷を踏んでしまうだろうが、ダンテはバージルの地雷の本当の意味を知っているからこそ、いつその地雷を踏み抜いてやろうかと考える。

バージルという地雷原は、いつだってダンテの喜びで満ちているのだ。

「何か言ったか!ダンテ!」

再びバージルからの怒声が飛ぶ。

まだ身体が治りきっていないダンテは、ひらひらと瓦礫の中から手を振った。


愛しい愛しい地雷原へ。



「愛してるって言ったんだよ、クソッタレ!」
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