敬虔なる信仰者、あるいは掃き溜めの酔っ払い達

曰く。
酒は人類の敵なり。

曰く。
汝の敵を愛せよ。

バッカスへの信仰篤いダンテは、偉大なる先人達の言葉に従い、いつものパブに繰り出すことにした。
最近はどちらが言わずとも、バージルが自然とついてくることがお決まりになっていた。
元は外で飲む習慣がないバージルがわざわざダンテに付き合うというだけでも、ダンテが上機嫌になるには十分すぎる理由だ。
薄汚れた外観に違わず、中も掃き溜めという表現がぴったりの店内は、夜も深いというのに酔っ払いで賑わっていた。
ダンテは店の奥にある、常連がポーカーに興じる丸テーブルに向かう。
軽い挨拶の後、いつものボロ椅子に座ると、頼んでもいないのにジャックダニエルズの瓶が三本ほど追加された。
ダンテがちらっとカウンターの方を見ると、隅でバージルが本を読んでいるのが見える。
パブで読書もないだろうが、以前バージルを無理矢理ゲームに引き摺り込んだ時、一人で散々に勝ち逃げした挙句、『色々と』あったため、皆バージルを無理に誘ったりはしなくなった。
傍に置かれたスプリングバンクはおよそこんな安酒場に置いてある代物ではなく、きっとバージルが店主に置かせたのだろうと思われる。
随分と馴染んだものだ、とダンテはほくそ笑んだ。
ダンテは瓶ごと酒を煽りながら、目の前のカードを引ったくる。
手札はあまりよくはなく、ダンテは小さく舌打ちした。
しかし不機嫌はそう長くは続かず、ダンテはチップがわりのマッチ棒をいじりながら、アルコール混じりの血液を脳に巡らす。

今日は最高の日だった。

モリソンから回された仕事の金は弾んでいたし、しみったれたギャングのいざこざかと思っていたら、ちょっとした悪魔が一枚噛んでいた。
それもさっさと片付けると、今度は珍しくバージルが
「少し付き合え。」
とダンテに斬撃を繰り出してきた。
「勿論。」
と自分と同じ名の魔剣で刃を薙ぎ払うと、ダンテは心ゆくまでバージルとの『ダンス』を堪能した。
そしてダンテは今、このくそったれなパブで酔っ払い達と、くだらないカードゲームに興じている。
バージルはカウンターだが、大切なのはそこではない。
バージルがダンテとパブに来たという事実が大切なのだ。

今日は最高の日だった。

ダンテはもう何本目かもわからない瓶を開けて思った。
いつの間にかゲームは進み、どうもダンテは負けが込んでいるらしい。
だがマッチ棒の数など、ダンテにはどうでも良かった。
同じテーブルのプレイヤーもべろんべろんに酔っていて、まともにスタックを数えられる人間は残っていない。
こういう時は大抵、酒によって低くなった知能に相応しいゲームをやり出す馬鹿が出る。
飲むかやるかDrink or Dare!」
そう叫んだのは誰かわからないが、そんなことを気にする人間はここにはいない。
テーブルの真ん中に瓶を置いて回転させ、飲み口の先にいた人間が飲むか、命令された『何か』をやるかを選ぶゲーム。
駆け引きも高度な計算もない、単純すぎるゲームは飲んだくれ達に丁度よかった。
瓶を回転させるたびに、中に残った酒が飛び散る。
その様子すらおかしくて、テーブルはどっと沸いた。
飲み口に当てられた人間は、基本的に「飲むかやるかDrink or Dare」の掛け声の前にさっさとグラスを開けることが殆どだ。
しかし何度かに一度は訳のわからない命令がどこからか飛んできて、それが一層場を盛り上げた。
キスしろNow Kiss!」
と学生のパーティーみたいなコールをしたのは誰だったか。
瓶の飲み口が指していたのは、ダンテだった。
当然こんな底辺パブにペントハウス・ペットの美女はいない。
ダンテは椅子に腰掛けて悩むふりをする。
周りの反応は、さあ来いとばかりに唇を突き出してきたり、吐くふりしたり(本当に吐いている奴もちらほらいるが。)と様々だ。
にやにやと意味深な溜めを作りながら、ダンテはゆっくり酒瓶に手を伸ばしたその時。
「ダンテ。」
ダンテは天から降ってきた声の方を仰ぐ。
「よお、バージル。」
目に入ったのは、いつのもの通り仏頂面のバージルの姿。
ダンテを背後から見下ろす薄氷色の瞳は、ダンテの大のお気に入りだ。
「帰るぞ。」
バージルはそう顎で促した。
バージルから聞く『帰る』という言葉も、ダンテにとってはこれ以上ない幸せが詰まっている。
「なんだよ、これからだってのに。」
「ほざけ。」
吐き捨てられた言葉は少し棘はあるものの、声色自体は穏やかだった。
ダンテは瓶に伸ばしていた手を引っ込める。
と、同時にパブに大ブーイングが起こった。
普段はバージルを恐れて碌に口も聞けない男達が、酒の勢いを借りてここぞとばかりに罵声を浴びせる。
酒瓶に宿りしバッカスはダンテに神託を告げた。

曰く。
飲むDrink」か、「やるDare」か。

敬虔なるアルコールの僕達は、神の意に反することを許さない。
本当にどうしようもない連中だとダンテは笑う。
「仕方ねえよな?」
ダンテはバージルを仰いだまま、新たに開けられた瓶へと手を伸ばした。
しかしその瞬間、ダンテの身体は突然後ろへと引き倒された。
後頭部に走る痛みから、バージルがダンテの髪を掴み引いたとわかった。
「おい、バージ———」
ダンテが上げた抗議の声は、すぐにバージルによって塞がれる。
少し濡れた、肉の感覚。
ほんの少しの塩辛さ。
ダンテがいつものように口を開ければ、バージルはより深く口づけ、舌でダンテのそれを軽く撫でた。
「……‥もっといい酒を飲め。」
「お前は贅沢しすぎなんだよ。」
唇はすぐに離されたが、ダンテはそれでも満足だった。
ダンテは跳ねるようにして立ち上がると、改めてジャックダニエルズ最後の一瓶を飲み干した。
飲んで、やったDrank and Done。これで終わりだ。」
ダンテが芝居がかった身振りで幕切の口上を述べれば、わっと下卑た歓声が上がった。
そんなダンテを置いて、バージルは一足先に入り口のドアを押していた。
「待てよ、バージル。」
ダンテが呼んでも、バージルは振り向かない。
ダンテの先を、しかしダンテを置き去りにすることなく歩いていく。
この後は事務所に帰り、シャワーも浴びずにベッドで惰眠を貪るだろう。
あのスプリングのきかない、クソみたいなベッドで泥のように眠る。
そしてダンテは目覚めるのだ。
バージルの小言とともに、二人の事務所で。

酒に浮かされたダンテに、バッカスの神託が下る。

曰く。
飲め、そして愛せ。

言われなくとも、とダンテは思った。
うまい酒に、ろくでなしの酔っ払い達。
そして何より、ダンテにはバージルがいる。

酒と愛の日々。
神の思召しの通り。
全てはこれ以上ない幸福に満ちている。

今日は最高の日だった。

そしてきっと、明日も最高の日になるだろう。

ダンテは小さく鼻歌を上手いながら、バージルの背中を追いかけた。
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