ヒロアカ 第一部


無事に筆記試験を突破したという切島くんは顔を合わせたところで大きな声で礼を伝えられた。生憎と実技の方は不合格で補修があるらしいけれど、林間合宿はみんなで行けると一緒に声をかけてくれた出久が嬉しそうに語っていた。

出久と勝己は筆記、実技共に合格だったそうで、夏休みと林間合宿に向けてヒーロー科も普通科も授業がまとめにはいり、進みが遅くなった。

相反するように出された課題は夏休みの宿題らしく、異様な量がある。鞄を重たくして、次の訓練まで顔を合わせない人使に挨拶をし学校を後にした。

約束の土曜日。出久と家を出て手を繋いで歩けばいつもの分かれ道に勝己がいて被った帽子の鍔を少し上げてこちらを見ると眉間に皺を寄せた。

「おせぇ」

「ごめんね、かっちゃん。おはよう」

『おまたせ。おはよ、勝己』

「ん」

眉根の皺を少し和らげて隣に並んで歩き始める。今日は少し電車に乗り駅を跨いで大きなモールのある場所に行く予定だ。

ボックスに座ったことで向かいに勝己、隣に出久が座り、電車が動き始めたところで出久がじっと勝己を見る。

「この間光己さんが迎えに来てくれたんでしょ?かっちゃん、ありがとう」

「うぜぇ」

「ええ…」

バッサリと切られて表情を引きつらせた出久。視線を逸して窓の外を見る勝己の横顔を横目に出久の髪に触れる。

『お礼に、今日は勝己にぴったりな靴見つけような』

「だね!」

「ちっ」

「なんで舌打ち?!」

快特のためすぐに目的地について三人で降りる。大きなモールはこの間弔と来た場所とは少し違う場所で、ただどこのモールもだいたい同じような作りをしているためここも真ん中に穴が空いたようなドーナツ形の建物だった。

勝己がよく行くブランドのショップに足を進めて、中に入る。土曜日のためいつかと同じように人が多く、店員は品出しや対応に追われているようでいらっしゃいませと挨拶をして走っていってしまった。

「かっちゃんどんな靴がほしいの?」

「頑丈なやつ」

「今度の林間合宿用?」

「訓練でも使えるんがいい」

『学校でも履く?』

「物による」

迷わずシューズコーナーに向かい、いくつもある靴を眺めていく。

訓練用となれば実用性重視だけれど、それなりに見目がいいものがほしいだろう。

「うーん」

「…………」

じっくりと眺め、悩んでる二人に俺も同じように並べられた靴を見つめる。いくつも並んだそれの中で、ひと際目についたものに手を伸ばせば横から二本、同じように手が伸びた。

『「「あ」」』

俺と同じ高さの勝己、少しだけ下にあるのは出久。それぞれが伸ばしていた手に顔を見合わせて、出久と勝己が手を下ろしたから俺が取った。

『この赤みのあるオレンジ色が勝己っぽいよな』

「うん!黒いラインもかっちゃんのコスチュームみたいでかっこいいよね!」

「見た目だけかよ。靴底が厚くて歩きやすそうだろうが」

中心に靴を据えて各方向から眺める。勝己らしい色とデザイン。かための靴底故に多少の重みはあるけれど歩いていて不便はないだろう。

「かっちゃん!履いてみてよ!」

「言われんでも履くわっ!」

『椅子は?』

「いらねぇ!おいデク!肩貸せ!」

「うぐっ、そこはあたま…」

出久に声を荒げた流れで俺にも吠えて、靴を抜いだ勝己の足元に紐と中の厚紙を抜いて靴を差し出す。押さえつけられるようにして頭へ腕を置かれて一度詰まった声を出した出久に勝己は右足を靴の中に収めた。

靴紐を引いて軽く形を整え立ち上がる。勝己が出久から手を離して、足元を見据えた。ぐっと踏み込むような動作を数回。そのまま軽く歩いて戻ってくると鼻を鳴らす。

「………悪くねぇ」

「すごい似合ってるね!」

『うん、かっこいいなぁ勝己』

「けっ」

照れ隠しにわざとらしい悪態をついて顔を背けられる。また腰を下ろせば意図を把握して勝己が軽く足を浮かせるから靴を脱がせる。さっさと元履いていたスニーカーに履き替えた勝己に出久がかっちゃん!と笑った。

「かっちゃんのサイズだよ!」

「…把握してんじゃねぇよ。きめぇ」

渋い顔で受け取って箱の中身を確認するとそのまま抱える。買う気らしいそれに勝己が顔を上げた。

「ウェア見んぞ」

「兄ちゃんに似合うやつ見つけるね!」

『ほんと?楽しみにしてる。ありがとう』

「兄ちゃんどんなのがいい?」

『んー?二人が選んでくれたならどれでも嬉しいよ』

「えへへ。頑張るね!あ、ねぇかっちゃん」

「動きやすくて派手すぎねぇやつ」

「そうだよね。うーん。兄ちゃんの可動域的にあまり首と肩周りが詰まってるのは妨げになるからすっきりしたのがいいかなぁ」

コーナーを移るために歩き始める勝己に腕を組んだ出久に引かれて歩く。同じブランドではあるけどエスカレーターを利用して二階に上がる。一階が靴や鞄が並んでいたのに対し、二階は洋服がメインで、話していたとおりトレーニングウェアの前に立った。

「たくさんあるね」

「片っ端から見んぞ」

「うん!」

動き出そうとした勝己から靴の入った箱を取って、手ぶらになった勝己が一瞬俺を見てからすぐに洋服の並んだ棚に進む。出久は左から、勝己は右から、畳まれたシャツを広げたりラックにかかったシャツを手に取り、素材やデザインを確かめてた。

近くにあった帽子に目を奪われて手を伸ばす。帽子は爽やかな蒼色で、少し考えてから似合わないかと元の場所に置いて二人の方に視線を戻した。

「こんな感じのデザインで…」

「右のやつは縫い目が肌にあたんだろ。ならこっちのが候補に妥当だ」

いつの間に見繕ったのかいくつかのシャツを片手に近寄った二人は意見を交わしてる。真剣な様子に取り出した携帯で静かに数枚写真を撮って、読んでないメッセージに気づく。

アプリを開けば弔からで、仲間ってどう思うとえらく抽象的な質問が飛んできていた。遊びに行く前の保須での会話を思い出して文字を入れて返す。今日はすぐに既読がつかないからそのうち返ってくるだろうと携帯をしまった。

「吸水率よりも伸縮性重視だろ」

「たしかに伸縮性は良さそうだけどこれからの時期を考えたら吸水率も大切じゃない?兄ちゃん夏休みは相澤先生たちとの訓練あるし、結構ハードみたいだから」

どうやら二択まで絞ったらしい。お互いの手に持ったシャツの性能を話し合っている二人は真剣で、出久の手には深緑色に白と赤のラインが入ったシャツ。勝己の手には深紅に黒と緑のポイントが入っていて選ばれた色味に笑えば二人が振り返った。

「「どっちがいい?」」

『どっちもかなぁ』

手を伸ばし二枚シャツを受け取る。

「兄ちゃん兄ちゃん!これ着て頑張ってね!」

「破ったらただじゃおかねぇぞ」

『うん。大切に着るね。二人ともありがとう』

満足気な二人の頭を順に撫でる。嬉しそうな出久とそっぽ向いた勝己に笑いつつ、出久を見た。

『出久は見たいものない?』

「大丈夫!あ、でも本屋の前にクレープ食べいきたいな!」

「ピザクレープ」

「僕はチョコバナナ!」

『じゃあもう会計しようか』

三人で揃ってレジに向かう。会計をさっさと済ませて勝己が一つ、俺が一つと袋を持ち、真ん中の出久が俺と勝己の手を取った。

「クレープ!」

「引っ張んなや」

『急ぐと転ぶぞ?』

「二人がいるから大丈夫!」

笑う出久に勝己が息を吐いて足を進める。迷うことなくよく来るクレープ屋にたどり着いて、数組並んでいたからその後ろについた。

クレープ屋から漂う甘い香りに出久が表情を緩め、顔を上げる。

「兄ちゃん、今日はなに食べるの?」

『何がいいかなぁ』

「この間は照り焼き、その前はプリン、その前の前はツナハム、ティラミス…」

「期間限定マスカットだと」

『へぇ、珍しいね』

「いつまでブツブツ言ってんだ、進めデク」

「あ、うん」

クレープの注文履歴を遡ってた出久が顔を上げていつの間にか開いていた前との間隔を詰める。

「出留はマスカットだ」

「おいしそうだね!」

注文を決めてくれた勝己に出久が頷いてかっちゃん胡椒多め?と話を続けてた。

穏やかな空気を眺め足を進め、俺達の番まであと一組のところで不意に強い視線を感じ顔を上げる。顔を動かして視界の端に赤色と黄色を見つけた瞬間手が引かれた。

「あれ?兄ちゃん?」

「どうした」

『あ、うん、後で話す。先頼もうか』

どうやら順番だったらしい。空いた窓口に立って、出久がにこやかに三つクレープを頼む。自分のチョコバナナはチョコレート生地に変更。勝己のピザは胡椒多め。俺のマスカットは生クリームが増量されてた。注文したクレープに応じて生地が目の前で新しく焼かれていく。

「おいしそ~」

「毎回見てんだろ」

「焼けてくところ見るの楽しいよね!」

「全く」

笑う二人に携帯の画面を差し出してさっさと会計を済ませる。そのまま横にズレて出来上がるのを待ち、差し出された三つのクレープに繋いでいた手を離してそれぞれ自分の分を受け取った。

クレープを食べるときは近くのテーブルに座るのがいつもの流れだからそちらに向かっていって、空いている四人掛けのテーブルに掛けた。

「いただきます!」

「いただきます」

二人が口をつけたから俺もクレープを頬張る。程よく甘いクリームと瑞々しいマスカットが弾けて咀嚼してから飲みこむ。

「兄ちゃん!」

『うん、あーん』

「んっ、うんっ、おいしいね!」

『そっかそっかぁ』

「ん」

『はい』

クレープを食べた出久が笑って、勝己の口が開かれたから同じようにクレープを差し出せば一口噛って咀嚼を始める。ごくんと飲み込んだ勝己が表情を緩めた。

『おいしかったんならよかった。もっと食べるか?』

「いい。自分で食え」

首を横に振った勝己は自分のクレープを食べ始める。出久も頼んだチョコバナナを食べているから口元についたクリームを指先で拭って取って綺麗にしてから、思い出したものを伝えるために口の中のクレープを飲み込んだ。

『そういえば切島くんと上鳴くんがいるね』

「え、どこに?」

『そこに』

「あ?」

目尻を釣り上げ低い声を出した勝己に指した先が慌ただしく揺れてやべぇと声が聞こえた。声の主らしい上鳴くんが焦ったような顔をしていて、その横にほんわかと笑う麗日さんと芦戸さん、後もう二人ほど見覚えのない女子がいて、切島くんとこちらに手を振った。

「あれ?みんなで来てたの?」

「うんん!私達は四人で遊びに来てたらコソコソしてる上鳴見つけて!そこに切島が増えて今は休憩してたとこ!」

「コソコソしてる…?」

「緑谷と爆豪が同じフレームにいるって大騒ぎしてたんだよ、こいつ」

「ばかっ、耳郎!」

「あ゛?」

これまでにないほど表情を凶悪なものにした勝己がゆらりと立ち上がる。まっすぐ上鳴くんの元に足を進めると首根っこを掴んでずるずると引きずっていき、視界から消えていった。

出久が俺の洋服を引いて首を傾げる。

「上鳴くん大丈夫かな…?」

『流石に勝己もこれだけ人目があるところではやらないよ』

「人目がなければ何かやるってことなんじゃそれ…」

目を逸らす女子に出久が苦笑いを浮かべる。軽い悲鳴が聞こえたあとに戻ってきた勝己はまだ不機嫌で、後ろからついてくる上鳴くんは若干髪を焦がしておりまじこえーと涙を浮かべてた。

切島くんが戻ってきたばかりの勝己に笑いかける。

「わりぃ、爆豪。楽しそうだったから声かけるタイミングなくてよ」

「ストーカーは一人で十分だわ!次、後つけてきたら問答無用で爆破する!!」

「おう!今度からはすぐ声かけるぜ!つーか一緒に出かけようぜ!」

「嫌だ」

あっさりと振った勝己に切島くんは特にめげた様子はなく、今度誘うなんて笑って、麗日たちさんと一緒にいる女子と出久が目を合わせた。

「デクくん、爆豪くんとお出かけしたりするんだね」

「だね、ちょっとびっくりしたよ!」

「うん。休みで買いたいものがあったりすると結構出かけるよ。今日はかっちゃんの靴と兄ちゃんの洋服見に来てたんだ」

「あんなに喧嘩してるのに仲がいいんだね、ちょっと意外!」

「僕達の場合、喧嘩と仲の良さはイコールじゃないからね」

「それってどういう…?」

「そういえば兄ちゃんはみんなとちゃんと会うの初めてだよね!」

不思議そうに目を瞬いた女子に出久は話を変えてこちらに向く。話をぶった切ったことに気づいてなさそうな出久に頷いた。

『そうだな。直接会って話したのは切島くんと芦戸さんだけだから、紹介してもらえると助かるよ、出久』

「うん!」

任せてと続けて出久が視線を動かせば向かい合ってたその子達はどうしてか緊張した表情で姿勢を正した。

「右から麗日さん、耳郎さん、葉隠さん、それから上鳴くん!」

『ありがとう。改めて、出久の兄の出留です。いつも出久と勝己と仲良くしてくれてありがとう。これからも仲良くしてあげてね』

「緑谷のお兄さん!よろしくね!」

麗日さんは勝己と対戦していたし、上鳴くんは勝己に引っ張って行かれたり目についてたからすぐに把握できた。ヘッドホンを首からかけてるのが耳郎さん、宙に洋服が浮いているのが葉隠さんと覚えて頷く。

とりあえず笑って相槌をうちながら出久と勝己が話しているところを眺めていればこのまま一緒に何か見に行くかと話が動きはじめてた。

切島くんと上鳴くんが勝己を誘えば、勝己はわかりやすく表情を歪めた。

「はぁ?なんで付き合わなきゃなんねぇんだよ」

「いーじゃんか!」

「時間の無駄だわ」

「もしかして爆豪くん忙しい?」

「この後は本屋行くくらいだしそうでもないと思うよ?」

「…緑谷、なんで爆豪のスケジュール知ってんの…?」

「あ、三人で出かけたときはこのルートが定番だからで別に僕がストーキングしてるとかじゃないよ!?」

「立派なストーカーだわ、クソナード」

「はいはい!あたしも本屋行きたい!夏休み用の問題集ほしいんだよね!」

「じゃあ一緒に本屋行こうぜ!爆豪!」

四方から誘われて勝己の眉根が寄ったと思うと視線が揺れる。すっと上がった視線は俺を見て目が合うから首を傾げれば呆れたように息を吐かれた。

「本屋だけだからな」

「さすがかっちゃん!」

「かっちゃん言うんじゃねぇアホ面!」

「もうそれ悪口じゃんか!」

肩を組んできた上鳴くんを払うと出久と顔を合わせる。一秒にも満たない程度見つめ合った二人の視線がすぐに離れて出久がにこにこしながら俺の腕を取った。

「兄ちゃん、次はみんなで一緒に本屋でもいい?」

『うん、もちろん』

「さっさと行くぞ」

反対の手を取った勝己が歩き始める。勝己側に上鳴くんと切島くん、出久側に麗日さんたちが歩いていてそれなりに会話を弾ませているから仲がよさそうで何よりとまっすぐ本屋に向かった。

洋服屋と同じように人の多い本屋で参考書が並ぶコーナーに足を進めるのは芦戸さん、葉隠さん、上鳴くん。切島くんもくっついていって出久と勝己、残っていた麗日さん、耳郎さんは俺を見上げた。

「兄ちゃん何見る?」

『出久と勝己が見たいもので平気だよ。何が見たい?』

「うーん、今月はオールマイトの出る雑誌はなかったはずだし、来月のは予約済んでるから…かっちゃんはいつもの見るの?」

「ああ」

『ならあっち行こうか』

来慣れた場所であるため迷うことなく歩いていく。勝己が見るのは登山誌で、隣で出久が先日出たばかりの雑誌を手に取った。

ついてきていた二人を見る。

『二人は何か見たいものは?』

「うーん、あんまりないかなぁ」

「アタシも、本はあまり…最近はスマホで見ちゃうし」

「わかる。そのほうが嵩張らなくて便利だもんね」

二人が和やかに話し始めたから近くにあった料理本を取って捲る。これからは本格的な夏になるため、暑さに備えたスタミナのつくものとさっぱりとした食べ物が特集されてる。

この時期、出久と勝己はそれほどでもないけど食欲が落ちる俺は食事を工夫する必要がある。以前アイスだけで過ごしていたら怒られたことを思い出して、ふと、偏食だという彼が浮かんだ。

黒霧さんが感動するくらい普段はあまりものを食べないという弔は、夏にちゃんとご飯を食べてるのだろうか?

気になったから携帯を取り出して交換してそのままの黒霧さんの連絡先を呼び出す。開いたメッセージ画面に夏の弔は何食べてます?とだけ入れてすぐにしまった。

「あ、ミッドナイト先生が載ってるよ!兄ちゃん!」

『ん?あ、ほんとだねー』

女性ヒーロー特集とやらで組まれたらしい企画。トップは担任で、その他にもいくつか見たことのあるような顔の女性ヒーローがポーズを取っていて周りにはインタビューが書かれてる。

すごいすごいと沸き立つ出久に、声をかけられて一緒に雑誌を覗き込む麗日さんと耳郎さん。勝己はちらっと出久の持つ雑誌を見たと思えばすぐに興味を失ったのか俺の持ってる本を見て回り込んできた。

「…もう夏だな」

『だね。今年の夏休みもプール行きたいなぁ』

「遠出禁止らしいけどな」

『市民プール行く?』

「なら海」

『花火もしたいね』

「かき氷食うぞ」

『半分こしような』

俺の持つ本に手を伸ばしてのページをめくった勝己は視線を動かして、一つのページで止めた。

「今度ババアが出かけんだわ」

『光己さんが?』

「昼飯、俺が作んから来い」

『…もしかしてこれ?』

「デクに火ぃ吹かせる」

『あはは、お手柔らかにね?』

俺の手から本を抜き取り持っていた本と重ねる。会計するらしいそれに出久は顔を上げた。

「かっちゃん、もう買うの?」

「てめぇも買うならさっさとしろ」

「あ!待ってよかっちゃん!」

持ってた本を閉じて駆けてくる。ぱたぱたとした足音の後に横に並んだ出久は勝己の持っていた物を見て俺を見た。

「かっちゃん珍しいね?」

『今度昼飯ご馳走してくれるって』

「え、…嫌な予感しかしない」

「安心して火ぃ吹けや」

「かっちゃん!?」

目を白黒させる出久に勝己は口角を上げて、俺も思わず笑い声を零す。その様子を見てたのか麗日さんと耳郎さんが顔を見合わせていて、はっとした出久が別方向を見た。

「会計の前に上鳴くんたちの方先に見に行こうよ」

「ああ?」

『そうだな。せっかくみんなで来たんだしちょっと様子見に行こうか』

「ちっ。さっさと彼奴らも会計させんぞ」

「早くしないとしまっちゃうもんね!!」

不服そうながらも同意した勝己に出久は麗日さんを連れて少し早足で参考書コーナーに向かう。

進んでいってしまった三人に置いて行かれた俺と耳郎さんは仕方なく歩き始めて、恐る恐るといった様子で俺を見上げた。

「あの、」

『ん?』

「えーと、…緑谷と爆豪って、仲いいんですね」

『うーん、まぁ幼馴染だからなぁ。クラスではそうでもない?』

「あー…」

『喧嘩ばっかりしてる?』

「喧嘩、っていうか…存在を認識したらすぐに爆豪がキレ散らかすというか…この間の試験のときも、話しかけようとした緑谷を問答無用で爆破してたし…」

『相変わらずだなぁ』

目に浮かぶ光景に苦笑して、そうすれば耳郎さんは不思議そうに俺を見据える。

「緑谷と爆豪のこと、どうして止めないんですか?」

『ん?』

「緑谷はブラコンだと思ってたけど、お兄さんもブラコンですよね?それなら普通、いじめてきてる爆豪と仲良くしないし止めませんか?」

『不思議?』

「うん」

頷かれて視線を逸らす。参考書コーナーは賑やかで芦戸さんと葉隠さん、上鳴くんが選んだらしい問題集を片手に出久と麗日さんに話しかけていて、切島くんが勝己に助言を求めていた。

出久はにこやかに、勝己は仏頂面で答える様子に目を細める。

『出久がさっき、仲の良さと喧嘩は比例しないって言ったのは聞こえてた?』

「あ、あの意味深の…」

『俺達にとってはそれが答えでね。出久と勝己は仲がいいけど、喧嘩はする。その中で勝己が出久を否定したり貶しめることもある』

「仲が良いのに?」

『仲が良いってなにも褒めちぎったり讃えたりするだけじゃないからね』

「…………」

『もちろん行き過ぎた行動をするなら俺が止めることもあるけど、二人とも大きくなったから今はそんなことも殆ど無い』

「割と行き過ぎだと思ってたけど、お兄さんから見てそこまでじゃないってこと?」

『うん。あのくらいはじゃれ合いだよ』

わーわーと騒いでる向こう側。いつの間にか出久と勝己が全員分の問題集を見ているらしく出久が選んだものをこっちのほうがわかりやすくて合ってると勝己が違ったものを見せてた。

出久を怒鳴りつけたり爆破したりしない勝己に上鳴くんは一瞬だけ不思議そうに目を瞬いて、俺を見たと思うと声をかけられたことにすぐに視線を戻す。

『やっぱりヒーロー科は聡明な子が多いなぁ』

「それって…」

「お、何やってんだ?」

「あれ?轟くんだぁ!」

聞こえたきた声に目を向ける。目に入った紅白カラー。呼ばれた名前にすぐ誰なのか気づいて当人の轟くんは普段通りであろう歩行スピードでこちらに近づいて足を止めた。

「みんなで勉強か?」

「たまたま会って問題集見に来てたの!轟くんは?」

「母さんの見舞いが終わったから買い物に来てた」

「そうなんだねー!」

葉隠さんとのやりとりを横目に勝己は嫌そうな顔で俺の横に戻ってきて、出久も同じように並んだ。

耳郎さんは俺を見上げたあとに切島くんと麗日さんに近寄って、上鳴くんと話してた轟くんがこちらを見た。

「緑谷と爆豪が同じ場所にいるのは珍しいな」

「あ?」

「そうかな?」

左右で違う反応を見せる二人に轟くん色違いの瞳が俺を見据える。

「緑谷の兄貴がいるからか?」

「あれ?轟くん、兄ちゃんと会ったことあったの?」

「お前との対戦の前に出留に絡んできたんだわ」

「え、そうなの?」

「目立つくせにわけわかんねぇことばっかしてんからだ、デク」

「…ごめんね、兄ちゃん、かっちゃん」

『俺は平気だよ。気にすんな』

不安そうに揺れる視線に髪をなでて、表情が緩んだところで手を離す。鼻を鳴らす勝己に轟くんはぱちぱちと目を瞬いて、隣の切島くんを見た。

「彼奴ら仲良いな」

「な!俺も驚いたぜ!」

快活に笑う切島くんに興味が移ったのか、轟くんがそれ以上言及しないことに二人の背に手を伸ばして触れる。

『それで、買い物は?』

「あ!」

「もう買うぞ」

「そうだね!」

「あ、待ってくれ爆豪!」

「私も買っちゃわないと!」

すぐさまレジに向かう二人に買うものを決めてたらしい芦戸さんや葉隠さん、切島くんも慌ててついていく。

残されたのは特に買うものがなかったらしい上鳴くん、耳郎さん、麗日さん、それから流れがわかってなさそうな轟くん。耳郎さんと上鳴くんが目を合わせるとぼーっとしてる轟くんに視線を向けた。

「轟はこの後どうするの?」

「買い物は終わったから帰ろうかと思ってた」

「へー、何買ったんだ?」

「ノートとシャー芯だ。そろそろ切れそうだったから買っといた」

肩からかけられた鞄に視線を落としたのは無意識だろう。学生らしい買い物内容に麗日さんが話しかけて、今度は上鳴くんが俺に視線を移した。

「お兄さんたちはこの後予定ありますか?」

『んー?俺達はこの後はいつも通りだと近くの喫茶店でお茶して終わりかな?』

「喫茶店?爆豪と緑谷喧嘩しないんですか?」

『わざわざ店内で喧嘩することはないけど…というか、なんで敬語?同い年だから普通に話して平気だよ?』

「いやぁ、なんか緑谷の兄ちゃんって聞いてたから思わず…」

へらっと笑った上鳴くんは近づいてきた喧騒に目を逸らす。

視線の先には会計を終えた子たちがいて、足音を立てて出久が俺の隣に駆け寄り、早足の勝己は腕に新しい袋をひっかけて少し離れたところで足を止めた。

ちらりと俺の隣にいる上鳴くんを見ると息を吐いて顎を動かす。

「店が閉まる。さっさと行くぞ」

「爆豪、どっか行くのか?」

「どこだっていいだろ」

「喫茶店行くらしいぜ」

「へー!喫茶店?」

「この近くに喫茶店あるんだ?知らなかったー」

「うん!昔から行ってるところでそこのクリームソーダが美味しいんだよ!」

賑やかになる女の子たちと出久に勝己が顔を顰める。その瞬間に上鳴くんが脇腹をつついて、目を釣り上げた。キレそうな勝己に轟くんがぱちぱちと目を瞬いて、首を傾げた。

「クリームソーダってなんだ?」

「え、轟くんクリームソーダ知らないの!?」

「ああ。家ではお茶しか出ない」

「そんな!すっごくおいしいんだよ!!」

「そんなにか」

「うん!!轟くん、この後十分くらい時間ある!?」

「ん?おう。ある」

「一緒に行こう!」

「いいのか?」

「もちろん!」

「ああ?!」

あっさりと決まった轟くんの同伴に勝己が目を見開いてから一気に眉根を寄せて声を荒らげる。あからさまに不機嫌な勝己に上鳴くんと切島くんがどう声をかけようかと目を合わせたところで手を伸ばして背に触れた。

「、出留」

『たまにはいいんじゃない?』

「………いいんか」

『うん。出久も楽しそうだしみんなで行こうよ』

「…わかった」

心配するような目に笑って返す。眉間の皺が薄れた勝己に切島くんは肩の力を抜いて、上鳴くんはほっとしたように息を吐いた。

思い出したように顔を上げた出久が勝己の服を引く。

「ご、ごめんね、かっちゃん」

「てめぇは後で爆破する」

「ひぇ…」

『まあまあ。出久、久々だから楽しみだね』

「あ、うん!楽しみ!!今日はなんのケーキあるかな!」

「何があったってモンブラン食うんだろうが」

「彼処のモンブランおいしいからね!あ、でも一番は兄ちゃんとかっちゃんが作ってくれるチョコレートケーキだよ!!この間の誕生日ケーキも美味しかった!!」

『そう言ってもらえると作った甲斐があったよ。また作るね。な、勝己』

「んな頻繁に作んねぇわ」

満開の笑顔に頭を撫でる。勝己が鼻を鳴らして目をそらし、目線の先の上鳴くんと切島くんを視界に入れるなり眉根を寄せた。

「お前らも来んならさっさと歩け」 

「いいのか!?」

「今回だけだ!!」

「うえーい!楽しみだな!」

「麗日さんたちは、この後時間は?」

「え、うちらもええん?」

「もちろん!せっかく会ったんだしみんなで行こうよ!」

「クリームソーダ!」

「ケーキ!ケーキ!」

楽しそうな芦戸さんと葉隠さんに腕を取られて耳郎さんも頷く。轟くんはいつの間にか目を瞬いてる間に切島くんと上鳴くんに肩を叩かれて、参加が本決まりした。

デパートから移動する前にお手洗いにでもと女の子たちと上鳴くんが離れる。トイレ近くには洋服屋があって、轟くんと切島くん、それから葉隠さんが何か見ていて隣には勝己がいた。

出久は知り合いを見つけたらしく目を輝かせて店の奥に向かっていってしまった。

壁に寄りかかって、左腕にかけた袋の重みを感じていれば左側が少し動く。

「出留」

『んー?』

「…本当に平気か」

小さな声は周りに聞かれないようにだろう。心配するような声色に苦笑して、店内に視線を移す。

礼儀正しい子どもたち。体育祭のときも少しだけ話したけれど、出久とも勝己とも仲良くしてくれている曇りのない瞳とまっすぐな性格。

『本当に大丈夫だよ。心配かけてごめんな。ありがとう、勝己』

「…………」

手を伸ばして、勝己の髪に触れようとしたところで携帯が鳴り出す。手を止めて一度断ってからポケットに手を入れた。

取り出した携帯には母の名前が表示されていて操作してから耳にあてる。

『もしもし?母さん、どうしたの?』

「あ、ごめんね、出留。ちょっと明日までに必要なものがあって、悪いんだけど買ってきてもらえないかしら?」

『ん、平気。何がいんの?』

「ヘアピンを買ってきてほしいの」

『普通の黒やつでいい?』

「うん、よろしくね」

『はーい』

通話を終わらせて顔を上げる。まだ揃ってないらしい顔ぶれに隣の勝己に視線を移した。

『ちょっと頼まれたもの買ってくる』

「どこまで行くんだ」

『二個下の薬局。買ったらすぐ行くから先行って』

「わかった」

こくりと頷かれて離れていく。エスカレーターで二階分降りて、目的のドラッグストアに入る。

携帯が揺れたから確認すると先に向かうと勝己が来ていて、スタンプで返した。

大まかに分かれたコーナーの中から化粧品が置いてある場所の近く、髪留めなどが纏まっていたからそこからヘアピンを見つける。

どれぐらい必要なのかはわからないけど、すべて数十本単位で売られているようで箱に入っているらしい。一つ分手に取り、会計を済ませる。

今度は短く揺れた携帯に目を落として、だいぶ前に連絡した弔からの返信に目を瞬いた。

『“そこから動くな”…?』

妙な内容に眉根を寄せて文字を打ち込む。すぐに既読となったメッセージ。数秒待てばぱっと画面に文字が増える。

巻き込まれたくなければ外に出るなの文字を認識したのと、物が壊れる轟音、悲鳴が耳に届いたのはほぼ同時だった。



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