ヒロアカ 第一部


日曜日に最終調整をして、月曜は午前の時間だけ登校し決まった科目のテストを捌く。出久と勝己と話して、テストの中身はどうやら一緒だったらしいから覚えてる範囲の答え合わせをした。

火曜日。ヒーロー科は今日は筆記のみで明日に朝から実技試験らしいけど、俺達は筆記試験を三つ分終わらせてから昼を取って実技試験に入ることになってる。

出久たちとは少し違う時間割に今日は一緒に帰ることは諦めていて、予定では人使と、了承を得られれば発目さんと帰ることになるだろう。

鳴り響いたチャイム。紙がこすれる音と共に集められた試験用紙を見送って、隣の人使が机に突っ伏す。

「終わった…っ!」

『お疲れ』

零された声に笑って、そうすれば顔を少しずらして体を倒したままこちらをみてくる。目があって、人使の口角が上がった。

「いよいよ本番だな」

『あー、ね』

「がんばろうな、出留」

『おう、もちろん』

内申や不祥事を起こしたときだけじゃなく、特待生の課題にも関係してくるならそれなりの結果は出しておきたい。出久にもかっこいいところを見たいと言われてしまったし、どこから話が行くかわからないから手を抜くことは許されないだろう。

人使が体を起こして一度伸びをすると息を吐いて立ち上がった。

「出留、飯は?」

『もってきた』

「じゃあ作戦会議しながら食うか」

『だな』

俺も立ち上がって教室を出る。準備運動と着替え、それから作戦会議のため貸し出してもらった訓練場の一つに入ってまずはと食べ物を広げた。

「ちゃんと食い物持ってきたんだな」

『流石に動くならいつものやつじゃ足んないかなって』

「動かなかったとしてもあれじゃ普通足りないだろ…」

持ってきたサンドイッチやサラダを弁当箱を開けて食べていく。向かいの人使も持参したらしい食べ物を口に運んでいて、十分もせずに終わった食事に口を拭って、顔を合わせた。

「対人と対物、どっちだろうな」

『んー、例年ヒーロー科の実技は対物って噂は聞いたけど、あの先生たちの気合いの入れようからすると怪しいよね』

「もし対人だったら誰が相手なんだろう。…外部のヒーローとか?」

『可能性はゼロじゃないけど、今の雄英は警戒体制だしあんま人呼ばないんじゃない?』

「そうしたら先生?」

『内部のほうが情報も多くもってる分しっかり見れんだろうし、俺は対人なら教師説が有力だと思ってる』

「先生と模擬戦するのか…少し、怖いな」

人使が心臓のあたりを押さえて、微かに口角を上げた。

「けど、わくわくする」

隠しきれてない興奮で輝く瞳に首を傾げる。

『……へぇ、意外』

「そうか?」

『人使、俺との練習でもだいぶ尻込みしてたのにわくわくしてるって…やっぱ訓練が効いたの?』

「んん、まあ確かに意識はちょっと変わったけど、………一番は一人じゃないことだな」

『ん?』

「出留、頑張ろうな」

柔く笑った人使に目を瞬いてから頷く。

『俺は内申点のため、人使はクラスアップのため。せっかくやるなら満点叩き出そうね』

「………目標高いな」

『同じ労力かけるなら満点のほうがいいでしょ?』

「そう簡単に満点って取れるものだったか…?」

ぱちぱち目を瞬き、それから首を横に振られる。何故か呆れたような顔に俺も不思議になって首を傾げて、人使が横においてある荷物からノートを取り出した。

「目標は目標だからこの際高く見据えて満点だ。作戦会議しよう」

『りょーかい』

広げられた真っ白なノート。手に持ったペンを人使は走らせた。

「まず相手のタイプによって大まかに作戦立てとこう」

俺も同じようにペンを取って書き足す。

『当てに行き過ぎると融通効かなくなるしそれくらいならいいかもね。えーっと、タイプっつったら遠距離近距離…というか物理で撃破できるかどうかが重要だな』

「タイプ分けが怖すぎる」

『ええ…?』

人使の引いた表情に首を傾げながら思いつく限りのタイプを書いていくことにする。

『相澤先生はどっちかっていうと中距離型だな。それに多体の戦闘は向いてない』

「奇襲からの制圧がメインってことか」

『もちろんある程度真っ向からの戦いもできるだろうけど、個性からしても表にわざわざ出ていくのはアドバンテージを捨てることになるからね』

「確かに…そうすると逆に、エクトプラズム先生やオールマイトは近距離、かつ対面勝負メインだな」

『うん。まぁオールマイトは雄英所属って言っても見たことないし、こういう試験に出てくるのかは謎だけどね』

「体育祭の授与式では出てきたらしいけどな。後は…ミッドナイト先生の個性はどこに入る?」

『あー、あの人なんの個性?』

「それくらい覚えておけよ…担任だろ…」

そんな気はしてたけどと呆れ顔の人使が担任の個性を教えてくれる。担任は眠り香という個性で、自身から発した香りを嗅いだ人を眠らせるらしい。

『あ、たしか勝己がそれで表彰台に縛られたんだっけ』

「らしいな」

納得しながらタイプ分けを続ける。どこまでが相手になるかわからないけれど、授業を取っていて交流のある先生をほとんど候補に上げたところで一旦話を切った。

「それじゃあここからはこういう系統の相手にどうやって俺達が動くかだな」

『こっからがメインだね』

二人で広げたノートを覗き込み、いくつもの予想を組み立てていく。その際にはどんなふうに動くか、イレギュラーが起きたときの対処法。元々職業体験でお互いの動きは把握しているし、体育の授業もペアを組んでいるから大体の限界値と思考回路は把握できていて作戦は割とあっさり決まった。

『まぁこんなもんじゃない?』

「相手がわからなきゃこれ以上組み立てようがないしな」

二人でペンをおいて一度体を伸ばす。関節を鳴らしながら時計を見れば試験開始まで後一時間くらいで椅子から立ち上がる。

『着替えて軽く準備運動しようか』

「ああ」

指定された体操服に着替え、俺はグローブとブーツ。人使はマスクと捕縛帯を纏う。

発目さんが改良を施してくれたグローブを、手のひらを二度握りしめ感触を確かめてから顔を上げた。

「準備はいいぞ」

『ん。最近捕縛帯投げた?』

「毎日朝と夜両方」

『じゃあ感覚は問題なさそうだね。疲れない程度おいかけっこしとく?』

「本番前に俺が死ぬから辞めてくれ」

首を横に振られて二人で更衣室を出る。職業体験のときに練習していたときと同様、離れた位置にある的に人使は捕縛帯を放って、俺は体を暖めるため筋トレと軽いジョギングをしておいた。

ちょうどよく鳴り始めたアラームに動きを止めて、携帯を取る。本番二十分前の合図に人使が唇を一文字に結って、息を吐いた。

「緊張する」

『さっきわくわくするって言ってなかった?』

「それはそれだ」

水分補給をして荷物を持ち訓練場を後にする。グラウンドθにたどり着いて、入り口に向かうとそこにいた人影が大きく手を振った。

「おはようございます!お疲れ様です!お二人とも!」

「お疲れ、発目さん」

『お疲れさま』

「いやぁ!到頭本番ですね!!お二人とも!私のベイビーをよろしくお願いします!」

近寄ったと思えば俺と人使の手を取りぶんぶんと振る発目さんに頷く。緊張していた人使も少し笑って、程よく力が抜けたところで扉が開いた。

「お前たちいつまで外にいる気だ?」

「本当に仲がいいわね?」

呆れ顔の相澤先生と微笑ましそうに見てくる担任に促されてグラウンドに足を踏み入れる。グラウンドというけれど中はホールのような障害物のない室内で、とりあえずと発目さんが手招かれた。

「私達は監視員兼審査員です。貴方達はここで試験官と戦ってもらいます!」

『相手は誰なんですか?』

「相手はパワーローダーだ」

「パワーローダー先生…」

「あら、驚かないのね?」

「対戦相手が先生の可能性は出留が考えてたので…」

「ふふ、楽しみにしてくれていたみたいね!よかったわ!」

嬉しそうな担任はそれではと手に持っていたものを掲げた。

「ルールは簡単!貴方達はヒーロー、パワーローダーは敵よ!貴方達のクリア条件は制限時間以内に会場から抜けだし外に逃げるか、この手錠を敵であるパワーローダーにかける。その、どちらか!」

「逃げるか、捕まえるか…」

「もちろん逃げられたから、手錠をかけられたから必ず試験で良い点がつけてもらえるわけでもない。その辺は察しているだろうがよく考えて行動するように」

『はーい』

「五分後!ブザーが鳴ったら開始よ!」

「頑張ってください!お二人とも!!」

目を合わせて頷いて、促されるままに会場に足を進める。広がるのは足元が土の広場のような場所で、体育祭の障害物競走最後に走り抜けた地雷原のような場所だった。

マスクと捕縛帯の確認をする人使を見る。視線を感じてか顔を上げた人使に首を傾げた。

『パワーローダー先生ってなんの個性だっけ?』

「………えーと…」

目をそらした人使に顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

サポート科の教員で授業を取っていないし、ほとんどサポート科に出入りする際に挨拶するだけで話したりしないせいでどんな人か全くわからない。

「名前の感じとグラウンドの作り…もぐらじゃないのか?」

『土掘る系?』

「たぶん」

『たしかにそんな気はするなぁ』

頭を掻いて辺りを見渡す。びっくりするくらい更地で何もない。息を吐いて、人使の肩を叩いた、

『一個、用意しておいてほしいことがあるんだけど』

「なんだ?」

『先に確認。そのマイクってどこまで前の人の声のデータが残ってるの?』

「結構入るらしいぞ?容量はたくさんあるみたいだから今の所は取ったデータ全部入ってる」

『………それ、使えるかも』

目を瞬いた人使の耳元に口を寄せて、単語を一つ伝える。そうすれば察したのかにんまりと笑って頷かれた。




向かい側からパワーローダーが試験場に入ってきて自信満々そうなその様子。作戦会議を終わらせたのか緑谷くんはいつもと変わらない顔で、心操くんはどこか緊張した面持ちで捕縛帯を握りしめてた。

「それじゃあ試験を始めんぞ!」

「よ、よろしくお願いします!」

『よろしくお願いします』

大きくブザーが鳴り響いた瞬間、パワーローダーが地面に潜る。緑谷くんがやっぱりかと言いたげに息を吐いた。

『人使の作戦で行こうか』

「わかった」

緑谷くんの腹あたりに捕縛帯を投げてしっかり巻きつける。互いの間で少し弛むほどの緩さで捕縛帯を握る心操くんは距離を取って、地面が土じゃない場所まで退いた。

『んじゃ、いってきまー』

「気をつけろ」

飛び出した緑谷くんは音を聞いているようでじっと地面を見ている。迷っているわけではないのに不自然に左右に動きながら土を踏んで出口へ走る緑谷くんに相澤くんが頷いた。

「ほう。逃げる気か」

「今回の試験はお二人の能力の確認はもちろん、お二人の弱点をつくための相手を据えたとうかがってます。けど、心操くんと緑谷さんの弱点ってなんなんですか?」

不思議そうな顔の発目さんに笑いかける。

「二人は良くも悪くも対人の、戦闘メインで訓練をしてきているわ。そんな二人に姿を見せず、足場を削っていくタイプをぶつけたらどう対処するのか…それが今回の見所よ」

「確かに…。心操くんの捕縛帯は使用するにも土が邪魔ですし、緑谷さんの強さは格闘ですもんね。これは土の中の先生は天敵かもしれません」

納得した様子でモニターを見つめる発目さん。モニター向こうでは緑谷くんが最初の地点からゴールの半分ほどの場所にいて、唐突に足を止めた。

『あー、やっぱこれそうなってるか』

息を吐いた緑谷くんはじっと地面を見て、唐突に左に曲がって走り出した。

「あら、どこに行く気かしら」

「…………」

走って、そうすればがらりと足元が崩れた。大きな音を立てて崩れる足場に緑谷くんは声を張る。

『人使!』

「っと!」

ぐっと捕縛帯を引き寄せて落下していく緑谷くんを引き上げた。心操くんはまた捕縛帯の距離感を緩めて、緑谷くんは地面に足をつけるとまた音を聞いて走り出す。落ちかけるくらいならば自前の身体能力で回避するけれど、がっつり足場が崩れた際には心操くんが引き戻してを繰り返しはじめた。

「出留!」

『なに!』

「腕が死にそうだ!」

『あははっ!まだいけるっしょ!頑張れ!!』

何故か楽しそうな緑谷くんは笑っていて、肩で息をする心操くんは垂れてきた汗を素早く拭った。

「ったく!」

笑った心操くんは捕縛帯を握り、緑谷くんがその様子に口角を上げた。

「楽しそうですけど…緑谷さんと心操さんは何をしてるんでしょう?」

「……………」

じっとモニターを見つめてる相澤くんも同じことを考えているはずで、何度めかの落下で、緑谷くんが声を張り上げた。

『あはっ!みぃつけた!』

「んな!」

「………パワーローダー…?」

目を瞬く。足場の崩壊により多少の砂埃が上がったせいで画面の視野は悪い。それでも見えたのは地中を堀り回っていたパワーローダーの腕を掴んで笑ってる緑谷くんだった。

『先生が足場崩すからさっさと逃げらんなくなっちゃったじゃないですか』

「そういう試験だからな!って、わざと落ちてくるなんて飛んでもねぇことするな!?怪我すんぞ!?」

『そのへんは人使がいるんで大丈夫です』

腕を掴んで引きずり出そうとしてるのか力を込める緑谷くんと、そのまま地面を掘り振り払おうとしたパワーローダー。

緑谷くんが歯を食いしばり、眉根を寄せる。

『人使!』

「っ、おも…っ」

『だよなぁ!』

ぴんっと張られた捕縛帯は心操くんが引っ張ってもパワーローダーごと引き抜くのは難しそうで、緑谷くんはわかってたように口角を上げてパワーローダーから手を離さない。

綱引きのように拮抗してる力にパワーローダーは必死に抵抗していて、それから心操くんが息を吐いた。

「む、無理だ、出留!」

『もうちょい気張ってよ』

「死ぬ!」

必死な声。対して、その表情に私と相澤くんは目を見開く。

「相方はギブアップ寸前だなぁ?」

『困っちゃいますよねぇ』

「お前さんもさっさと手ぇ離しなっ」

『それはやです』

「おいおい。虚勢はやめとけ?お前さんもだんだん力が弱まってんぜ?」

『いやぁ、ちょっと綱引きとか苦手で』

へらりと笑った緑谷くん。それから腹回りにある捕縛帯が緩んで解け、心操くんの疲れた声が響く。

「すまん、出留っ、」

『しゃあねぇ、引き上げる!』

「敵前逃亡か?いいねぇ」

『…ええ、そうなんですよ』

笑みの質を変えて、緑谷くんが一瞬肩の力を抜いてパワーローダーが拮抗する力が消えたことにふらついたところで、両腕で掴み直して振り上げた。

「はっ、!?」

「あらまぁ!」

バレーボールを打ち上げるようにパワーローダーを宙に投げ飛ばした緑谷くんが楽しそうに囁く。

『そういえば先生。困った子っていえば、今回の試験、見学者がいるじゃないですか』

「は、?」

『試験開始前に止めたんですけど…やっぱ発目さんって好奇心の塊ですよね』

「まさか、」

私の話?と首を傾げるのは隣の発目さん。投げ飛ばされ宙に浮くパワーローダーは目を見開いていて、高い声がグラウンドに響いた。

「“パワーローダー先生!”」

「発目?!」

呼ばれた名前にパワーローダーが驚きからそちらを見て、そして、硬直した。

そこにいるのはマスクをしっかりとつけ、捕縛帯を投擲したところの心操くん。

ぐるりと洗脳されたのか力の抜けたパワーローダーを捕縛した心操くんは、捕縛帯を引き寄せる勢いを利用してパワーローダーに近寄ると、かしゃんと手錠をかけた。

「っ、捕まえた!」

響いた終了を合図するブザー音。心操くんは肩で息をし、紅潮した頬を隠さず呆然としてる。数秒ほどそうしていたと思えばはっとして、足を動かそうと意識を逸した。心操くんに待ったと声がかけられる。

『落ちたらあぶねぇし、そっから動かないで』

「、出留」

『ちょっと待っててー、…っと』

ぼろぼろの足場から上がってきた緑谷くんはついてる土埃を軽く払うと、足元を見ながら進んで心操くんと捕縛されたパワーローダーの元にたどりついて笑った。

『お疲れ、人使』

「っ、お疲れ。…ありがとう、出留」

『ん?なにが?』

泣きそうに視線を伏せた心操くんに緑谷くんはさらっと笑って流して、洗脳中で呆然としてるパワーローダーに視線を動かした。

『解かないの?』

「あ、解く」

とんっと心操人くんがパワーローダーに触れて、そうすれはっとした表情でパワーローダーはきょろきょろと辺りを見渡した。

「発目は!?」

「俺の個性です」

「っ、緑谷の話からブラフか!?」

『人使が死ぬ死ぬ言ってたとこからもうブラフです』

「…ははっ!!してやられたなこりゃ!!」

けらけら笑うパワーローダーに相澤くんが動き出す。グラウンドにつながるスピーカーのスイッチを音にすると息を吸った。

「三人とも、お疲れ。戻ってきてくれ」

終了の合図にすんなり頷くと、パワーローダーは土を潜って、緑谷くんは心操くんを抱えてさっさとグラウンドを抜けて戻ってきた。

緑谷くんはパワーローダーを引っ掴んだときか、それても落ちかけて上がってを繰り返してるときか軽く切って出血してた太ももの傷口にスタンバイしていたリカバリーガールがチェックするため端に寄った。

心操くんを出迎えた発目さんが嬉しそうに笑う。

「とても楽しそうでしたね!」

「緊張で心臓が止まりそうだった」

「そんなそんな!心操くん焦ってなかったじゃないですか!」

「それは…まぁ、一人じゃなかったから」

「ふふ、緑谷さんの安定感は素晴らしいですね!」

「……ああ。相棒が出留で…良かった」

口元を緩めて、笑った心操くんはリカバリーガールに呆れた顔をされてる緑谷くんを見て捕縛帯を抱きしめる。

「あと、今回の試験クリアは発目さんのアイテムと声のおかげだから、本当にありがとう」

「お役に立てて私もベイビーも嬉しいです!」

発目さんも笑っていて、相澤くんはいつの間にかパワーローダーと話していたはずなのに心操くんを見たあとに私を見た。

促すような顔に手を叩いて注目を集める。

「講評はまた後日!それじゃあ緑谷くんは治癒をしてもらってから、心操くんと着替えて帰るのよ?あ、あと、ここ三人はヒーロー科の子たちに試験の内容を教えないように!」

「はーい!」

「はい」

『はーい』

手を上げて返事をする発目さんに、真面目に頷く心操くん。軽く返事した緑谷くんはそのタイミングで治癒を施されて倦怠感に襲われてた。

『あー…これほんと慣れないです』

「慣れるほど治癒を受けるものじゃないからねぇ」

『以後ないよう気をつけます。ありがとうございました』

「出留、怪我はどうだ?」

『もう完璧。ほーんとさすがって感じだよ』

座ってた椅子から立ち上がった緑谷くんは心操くんと発目さんを見て微笑む。

『帰ろうか。着替えるのにちょっと時間もらってもいい?』

「はい!」

『人使、着替えよ』

「ああ」

二人を連れてさっさと出入り口に向かった緑谷くんは思い出したかのように振り返ると私達を見据えた。

『お疲れ様でした、さようなら』

「さよーなら!」

「ありがとうございました。さようなら」

三人は扉から出ていって、楽しそうに弾む会話が遠ざかっていく。

さてと声を出したのは私か、相澤くんか、私達も扉を出て職員室に向かい、すでに待っていた校長たちは今回の試験データを見ながらチェックシートを広げていて私達も同じようにシートを眺めた。

「二人がヒーロー科なら、文句なしの合格だな」

採点の討論のため、口火を切るのはセメントス。そこにブラドも頷く。

「自身らの能力が相手へ届かないと判断するまで、更には行動に移すまでの時間の短さは高く評価できる」

「機動力が高い緑谷を足にしたことも、万一落ちそうになった際の命綱として捕縛帯を使う柔軟性も良い」

「にしても、緑谷はよく落ちないな」

「見ている限り、彼はパワーローダーくんが穴を開けている音を聞いて覚え、底のない場所を把握しているようだったね!」

校長の朗らかな声にハウンドドッグの眉根が寄る。

「そんなこと、できるんですか?」

「うん!けど、とても神経を使うね。常にパワーローダーくんの軌道を記憶して更新していくわけだから」

「それであんなに耳を傾けてたのね」

「万能だな、彼奴」

予想がついていたのか相澤くんがため息まじりで首を横に振った。

「その軌道から見て、大きく迂回しないと出口にたどり着けないことに気づいて行動を変えたみたいだね」

「音を追いかけながらパワーローダーを捕まえる作戦に変えたみたいだな」

「落ちるたびに心操くんが引き上げていたが、二人はなかなか息があっていて素晴らしいね」

「伊達に一緒に訓練はしてないですからね…」

「彼奴が落ちてきて俺を掴んだときには驚いたぜ」

「思い切ったことするわよね。あの子も」

「突っ込んでいくところは緑谷らしいといえばらしい。…が、」

相澤くんは不機嫌そうに表情を歪めた。

「彼奴が彼処で手錠をかけていれば試験はそれで終了だった。…それなのに手錠は彼奴ではなく、心操が持っており、結果として手錠はかけられたものの対戦が長引く原因となった」

「………普通に考えればパワーローダーと相対する可能性の高い緑谷が手錠を持つのが定石だな」

唇をへの字にしたのはブラド。頷いたのは相澤くんで険しい顔は変わらない。

「緑谷くんが迷い無く動いたことからしてもパワーローダーを捕まえることは作戦の範囲内。それならたしかに緑谷くんが持っていたら話は早かったわね」

言葉にすると違和感が残るそれに、校長が笑い声を転がす。

「大方の予想はついているけれど、まぁそこは一度おいておこうか。…ふふ、それにしても緑谷くんは頭の回転が早いと思っていたけど…心操くんもとても演技派だったね。あの声をあんな顔で出すなんて思わなかったよ」

ちょうど流れ始めたシーンに土の中で緑谷くんと攻防を繰り広げてたパワーローダーがモニターを見る。

心操くんが疲れた、無理だと情けなく震えた声で放つ。緑谷くんに巻いていた捕縛帯を緩めて回収し、思わず力が抜けてしまったと悲痛そうな声を出して、変わらない真顔で構え直した。

「真顔かよ!」

「ええ、ずっと真顔だったわ」

「あんな声出してたし緑谷もおんなじように返してたら体力ギリギリだと思うじゃねぇか!?」

「それも彼奴らの作戦だったんだろうな」

引き上げるの言葉にパワーローダーが気を緩めた瞬間、緑谷くんがパワーローダーを思い切り打ち上げる。穴から飛び上がってきたパワーローダーを心操くんはしっかり目視して捕縛帯を構えた。

緑谷くんがうっそりと笑って言葉を吐く。

いきなり空に投げ出され、目を回すパワーローダーはその言葉を真に受けて、その瞬間に心操くんが発目さんの声で名を呼べば迷わず振り返ってしまい、個性をかけられた。

心操くんは自分が穴に落ちないようにかパワーローダーに巻きつけた捕縛帯を引いて飛んで近寄り、持っていた手錠をパワーローダーにかけた。

「うんうん。あんな状況で教え子の声で呼びかけられたら思わず応えてしまうよね。ふふ、人をよく理解してる。その前の緑谷くんの言葉も…声の高さ、速さ、人の耳に入りやすい音を心がけてかけられてる。まるで二人で一つみたいにじょうずに個性をかけてたね」

校長がにこにこと笑って仲良しは良いことだと頷く。

それから紅茶に口をつけて、話を戻そうかと口元を緩めた。

「さっきの手錠の件。この最後を考えれば心操くんが手錠を持っていた理由は明確。緑谷くんは最初から、自分で手錠をかける気がなかった」

「それは、なぜ…」

「簡単なことさ。ブラドくん。相澤くんにも聞いていただろう?緑谷くんはヒーロー科への転向は希望しておらず、自身の功績に興味がない。逆に、心操くんは転向を強く願っていて、今回の試験にかける思いも強い」

「……華をもたせるためですか」

「おそらく…いいや、間違いなくそうだね」

「はぁ…」

相澤くんのため息にブラドとハウンドドッグは眉根を寄せて、パワーローダーが口角を上げた。

「一見すりゃ適材適所で二人で力を合わせて試験をクリアだが…。なるほどなぁ。緑谷の野郎、なかなか策士じゃねぇか」

「あれだけ走り回っているのに息一つ乱れていない。余力が見えるね。もちろん心操くんもまだ本気を出し切っていなかったように見えたし、二人とも持てる力を使っていることに違いはないけれど使い切ってはなかったね」

「最近の学生は可愛くねぇなぁ」

息を吐いたブラドは首を横に振り続けて、腕を組んだ。

「とはいえ、互いの能力を組み合わせた上で勝ち筋を見極め結果を出したのなら、俺は彼奴ら二人に合格をやるべきだと思います」

「そうだな。俺としても二人の成果に文句はつけられないと思います」

「私も同じです。二人の判断力、機転、どれをとってもヒーロー科の子に劣らない。点数をあげてもいいはずです」

見つめた先の校長は柔らかな笑みを崩さず紅茶をまた飲む。

「僕としても、今回の試験は本気を見るものでも底力を確認するものでもないからね。彼らに点をあげることに全く異論はないよ。彼らは正真正銘、満点合格さ!」

両手を上げて振る校長に頬が緩む。ブラドとセメントスも妥当だろうと頷いて、パワーローダーとハウンドドッグが最近の子供は怖いなぁと頭を掻いた。

相澤くんだけ未だ眉根を寄せていて、校長は手を下ろし、紅茶を飲んでから微笑む。

「相澤くん。彼らの本気を見れなかったのは彼らが僕達を侮っていたのではなく、僕たちが彼らを見誤っていたからだよ。あの子たちは僕達の想像以上にそれぞれの能力値が高く、結果として勝利を明け渡してしまった。だからこそ次の課題では更にレベルを引き上げさせて彼らの底力を目視できるほどまでに動いてもらおう」

「………そうですね」

「ふふ、それにしても緑谷くんと心操くん。彼らはいいパートナーになりそうだね!」

「…今はまだ心操が追いかけている部分が大きいですが、今回も遠距離に対応できない緑谷を心操は補えています。次回の試験では更に難易度を上げましょう」

「あらあら、もう次の話?気が早いわね」

教え子が褒められたことに少し嬉しそうに表情を緩める相澤くんを突いて、パワーローダーが大きく口を開けた。

「あの二人は将来有望だなぁ!遠距離、精神攻撃に強い心操と近距離戦特化の緑谷はこれからが楽しみだ!」

採点用紙をそれぞれ埋めながら頷いたり言葉をこぼしたりして採点を終える。

あとはこれをまとめて正式な成績として彼らに伝えるだけで、それはまた今度、相談室に呼んで話すことになるだろう。

「香山さん」

声をかけられて視線を上げる。相澤くんがいつもの仏頂面で立っていて、返事をすれば明日のと言葉が続いた。

「ヒーロー科の実技試験の最終確認をするらしいですよ」

「あら、わかったわ」

明日はいよいよヒーロー科の実技試験で、私は瀬呂くんと峰田くんを、目の前の相澤くんは轟くんと八百万さんを担当する予定になってる。

もう幾度となく行われている確認にはもちろん意味がある。生徒の個性や性格を把握した上で取られるであろう行動を元に私達の行動予定を決めて、決して過度な怪我を負わせないよう力の調整を行う。

私と相澤くんはそういった部分は得意だけれど、今回は心配の種がいてその人は校長にお言葉をいただいているようだった。

オールマイトの相手は緑谷出久くんと爆豪勝己くん。つい先程まで私達が討論するネタとなった片割れの内側の子たち。

力を入れ過ぎない。行き過ぎた行動はきちんと止める。いくつも注意事項はあれど何度も確認されれば流石にもう覚えているだろう。

特にリカバリーガールに強く言い含められてオールマイトは全盛期の頃よりも小さな体を更に小さくしながら頷いた。


38/100ページ
更新促進!