ヒロアカ 第一部

土曜日。弔との待ち合わせはそれなりに大きめな商業施設の立ち並ぶ繁華街がある駅の近くにした。

今日は前回の約束通り昼前から集まる予定で、示す時間は後数分で待ち合わせの時間になろうとしてる。

黒霧さんに送られて来るであろう弔は駅から来ないことを想定し、待ち合わせ場所は人目につきにくいコンビニの裏手で、一分前に近くの壁が揺らいで黒い靄が広がった。

「…おはよう」

『おはよ。元気そうで良かった』

現れた弔は普段と変わらない顔色で声も特に違和感はない。変装をかねてか夏用の薄手のパーカーとキャップで、いつでも顔を隠せるような格好をしてる。

靄が収束したと思うとそこには黒霧さんが立っていてふわりと頭の部分が揺れた。

「熱は三日ほど前に下がっておりますのでご安心ください。本日は死柄木弔をよろしくお願いしますね」

『多分夕方くらいには帰すと思います。お迎えよろしくお願いします』

「お前らほんといちいちなんなんだよ」

呆れた顔の弔に黒霧さんが再度よろしくお願いしますと笑って消えた。

改めて弔と向き合う。

『朝飯食べた?』

「食ってない」

『腹減ってる?』

「普通」

『んー、そしたらなんか軽く腹に入れようか。何食べたい?』

「…この辺になにがあるか知らん。出留が決めろ」

投げやりな訳ではない。たぶん本当に何がいいかわからないから渡されたバトンに少し悩む。

『好きなものある?』

「うまいもん」

『そりゃそうだ。そうしたら…あ、ハンバーガーでどう?』

「ん」

頷いたから歩き始める。駅の近くや商業施設に大抵あるチェーン店のハンバーガーショップはここの駅だと三種類ほど存在してる。

『野菜食べれる?』

「馬鹿にしてんのか?年下」

『してないよ。じゃあ野菜多めのところにしよう』

大きな緑色の看板が掲げてある店に入る。目前には横並びにレジがあって、その向こう側に店員が笑顔で立っていた。

足を進めてレジ前のメニューを見せる。

『どれにする?』

「なにがうまい?」

『んー、俺はこの辺とか後はこの辺りの食べることが多いかなぁ』

「じゃあそれ」

『りょーかい』

バーガーを二つ、セットにはポテトとサラダをそれぞれつけて飲み物はコーラとオレンジを頼む。

会計を済ませて飲み物と順番待ちの札が渡されて店内奥に進む。それなりに人がいる店内はどちらかといえば休憩中の社会人が多く、一人ずつぽつぽつと距離を開けて食べてる人が多い。

空いているテーブル席に座れば同じ向きで弔が横に座った。

『どうした?』

「向かい側に座んのは慣れない」

『ふーん?』

カップ二つにストローをさして、そうすれば弔はコーラを取って口をつける。二人でハンバーガーを噛りながら、ある程度食したところで問いかける。

『この間送ったけど、この辺り割となんでもあるけどこの後なにしよーか?』

「退屈じゃなきゃなんでも」

『見たいものとか欲しいものはないの?』

「……ない」

むっと唇がゆわれたからどうしたものかなと考える。一応のプランとしてこの辺の遊べるところや洋服が見れるところ、飯の食えるところとピックアップして送っておいたけれどもしかしたら見てないのかもしれない。

『それじゃ洋服でも見に行く?』

「わかった」

『弔の洋服っていつも自分で買ってんの?』

「黒霧が用意してる」

『なるほど』

ポテトをつまんで、嫌だったのかサラダに入ってた残されたパプリカと紫キャベツを食して、ドリンクを全部飲んで片す。

決めた目的にショッピングモールに行くことにしてハンバーガーショップを出た。

人気の多い道を通ってショッピングモールに入ったところでまた目を合わせる。

『好きな服の系統は?』

「動きやすくて派手すぎないやつ」

『いつもパーカーだよね』

「顔も隠せてちょうどいいんだよ。出留もそうだろ」

『まぁね』

よく勝己が見に行くブランドに入る。それなりに有名なファンションブランドながら学生でも手が出しやすい価格帯に設定されてるここは同年代から少し上の、大学生くらいの客が多かった。

「人おお…どいつもこいつも暇かよ」

『そりゃあ今日は土曜だし休みの人も多いでしょ』

「学校行け、仕事しろ」

『そう言わないでよ』

あまりの人の多さに不機嫌になった弔に笑って洋服に近づく。

モノトーンの衣類がメインのショップ内でちらっと洋服を見ては目をそらしてを繰り返す弔と同じように適当に服を見ていく。

勝己に似合いそうな少しゴツメのカーゴパンツ、出久に似合いそうな緩めのジャケット。目移りしてるうちに見つけた水色を手に取った。

『弔っぽくない?』

「色か?」

『そう。髪と同じ水色。似合いそう』

「…俺には明るすぎるだろ」

『そうか?』

「とりあえず出留が着てこい」

『えー?なんで俺?』

「俺はこっちの色を着る」

取ったのは同じバンドカラーシャツで、色違いのブルーグリーンだった。

背を押されるまま近くの試着室に入って、着ていたサマーニットを脱いでシャツを羽織る。中に来ていたロングシャツは無難な白にしていたから浮いてはいなそうで、扉を開ければほぼ同時に隣の扉も開いた。

「爽やかだな、高校一年生」

『弔もちょっと涼しそうな格好になったね』

パーカーの下に着ていたのは黒いインナーだったらしく、ブルーグリーンのシャツに着替えても違和感はない。むしろさっきの長袖のパーカーよりも季節感のある格好に笑えば弔が脱ぐというから試着室に戻った。

着替えて商品を持って出ていけば先に出ていたらしい弔が俺の腕にかけたそれを取ってふらふらとレジに向かう。目を瞬いて追い掛ければ予想に違わずレジに立って、店員に洋服を渡して会計を終えた。

『買うの?』

「さっきの飯代分」

『え、どう考えても釣り合わねぇし自分の分は出すよ』

「黒霧が出留と遊ぶなら持っていけって金を渡してきたから有効に使ってるだけだ。俺は痛くも痒くもないから気にするな、年下」

畳まれて袋に入れられた服を弔が受け取る。そのままニットの裾を掴まれて、引っ張られるままに歩けばトイレに入った。

何故か二人で入った多目的トイレに目を瞬いてる間に弔がさっさと買ったばかりの洋服を取り出して、値札の部分を五指で触れて消す。

『着替えんの?』

「せっかく買ったからな。お揃いは友達の証だろ?」

『ああ、うん…?』

そうだっけと思いながら差し出された水色のシャツを受け取って、それからニットをまた脱ぐ。弔も同じようにパーカー脱いでいて、色味を眺めてから口を動かした。

『インナー交換する?』

「はぁ?なんで」

『色的に。まあ、交換しないで買い行ってもいんだけどめんどくさいしちょうどいいかなって』

「…………」

少し視線を外した弔に苦笑いを浮かべる。出久や勝己と洋服を交換したり兼用することが多いからつい癖で言ってしまったけれど、普通はそう服を交換するものじゃないだろう。

流石に馴れ馴れしかったかと言葉をなかったことにしようとして、弔がインナーを脱いで差し出した。

「交換するんだろ?」

『いいの?』

「お前が言ったんだろ。それに、洋服の共有は友達ならするだろ?」

間違った知識な気がするそれに訂正しようか悩めば早くしろと急かされて俺も服を脱ぐ。言い出したのは俺だけど交換することになったインナーに何故か弔は上機嫌で、インナーを着ると買ったばかりのシャツを羽織った。

白いシャツにブルーグリーンは綺麗なコントラストを描いていて、暑くなり始めた今の時期に似合った服装をしてる。しっかりキャップを被り直した弔の横で同じように服を着替えて、着ていた服を畳んで袋に入れた。

「お前、無駄に爽やかだな」

『そうかな?でも弔も夏っぽいね、似合ってる』

「…そうか」

シャツのボタンが気になるのか指で突く弔の緩んだ口元になんとなく笑って、それからあまり占領するわけにも行かないからさっさとトイレから出る。

買ったばかりの服に今にも鼻歌を零しながらスキップをしそうなくらいに上機嫌な弔があれと指を差した。

「あっちは何がある」

『食べ物があるよ。歩きながら食べれるのあるからちょっと見てみようか』

「案内しろ」

楽しそうな弔に頷いてファッションフロアから離れる。

階数を変えたことで途端に届いた香りに弔はきょろきょろと顔を動かして俺の服を掴んだ。

『食べたいものは?』

「わからない」

『さっき塩っぽいもん食べたし、甘いものでも見ようか』

立ち並ぶ店を一つ一つ通り過ぎながら見ていく。ケーキ屋から始まりフレッシュジュース、タピオカ、コーヒー、チョコレート店。和菓子屋にアイス屋、ぐるりと一通り見て回ったところで最初のところに帰ってきた。

ずっと俺の服を掴んで横を歩いていた弔が俺を見る。

「どれがうまい?」

『えーと、俺はあそこの店のチョコレートシェイクとか、後はそこのタピオカも好きかな』

「ならシェイクを買い行く」

『おっけー』

四軒先のチョコレート屋に戻る。有名なチョコレート屋ではあるけどちょうど空いていて、弔が服を引いてレジに向かう。カウンターの店員に迎えられて弔がこちらを見るからよく飲むシェイクを一つ頼めばまた弔が現金を出して会計を済ませた。

『一つで良かったの?』

「他のものも食べるのに邪魔になる。次は隣のタピオカだ」

『なるほどね』

用意されたシェイクを受け取って、店を出ながらさされてるストローに口をつけた弔が目を瞬く。ほんのりと明るくなった表情で中身を吸うからそれなりに口にあったんだろう。

依然として掴まれてる洋服が引かれて、すぐ隣にあるタピオカ屋に向かう。

またメニューの前で弔が止まったから一つよく選ぶものを頼んで、用意されたタピオカにシェイクが渡された。代わりに持ったタピオカを吸うとぱちぱちと目を瞬く。

「グミか?」

『似てるかもね。味は平気?』

「くどくないから大丈夫だ」

受け取ったシェイクに口をつけて吸う。いつもと変わらない苦めのチョコレートの味に目を細めて、それからいつまでも歩いてるのもなんだからと近くのベンチに向かって腰掛けた。

ソファーのような少し硬めで高さのある椅子に隣同士で座って、タピオカを咀嚼し終えたらしい弔がじっとシェイクを見てくるから傾けて差し出す。迷い無くストローに吸い付いた弔にそのままシェイクを渡してタピオカをもらい、同じように飲んだ。

シェイクとタピオカを交換しながら飲んで、両方とも一番小さなサイズで頼んでたからあっという間に空になった。ずずっとタピオカの中身が最後を示す音を立てて、弔が口を離す。

「飲み終わった。もっと遊ぶぞ、出留」

『ん。そんじゃ次はそうだなぁ、あっち行くからゴミは捨ててこうか』

設立されてるゴミ箱に二つ分の容器を捨てて移動する。鞄や帽子、アクセサリーなどの小物が並ぶ階層に移動して今度は店を冷やかしてく。

時折弔に服を引かれて店に入り、物珍しそうに商品を眺めては出ていってを繰り返して、何度めかに入った店で目に入った手袋を取った。

『弔』

「あ?」

『ちょっと手出して』

差し出された手に見本の手袋をはめる。薬指と小指だけの部分だけが出る黒いのピッタリとした生地の手袋は纏うと弔の白くて長い指が映えた。

ウエストポーチからメモ用紙を取り出して、一枚切って渡す。

『この状態で個性使える?』

「…………」

五指で触れた弔にメモ用紙は消えない。目を瞬いた弔からメモ用紙と手袋をもらって、要らない紙は改めて消してもらい手袋を会計した。

すぐつけられるよう値札は取ってもらって、レジから戻れば店の外で待ってた弔は手のひらを眺めてるからそのまままた手袋をはめる。

『これなら気にせず物持てるし、もっと遊べるだろ?』

「………そうだな」

詳しく聞いたことはないけど、五指で触れることで対象物を崩壊させる弔は日常から物に触るとき、一、二本指を浮かせて慎重に物を持つ。不便そうだったそれはこの形の手袋なら五指で触れたことにならないのか物が崩れることなく、ぎこちなく頷いた弔が左手でしっかりと俺の服を握った。

確認するように何度も握って、それから服を離すと俺の手を取る。

むにむにと指先や手のひらで感触を確かめるように手に触れて、顔を上げる。

少しだけ輝いてる瞳。緩んだ口元が動いて言葉を紡いだ。

「触れる」

『そっか、良かった』

両手で包むようにそのまま手が触られて、まだ力の調整が難しいのか弱めにまちまちの力加減で手が揉まれる。

微妙に擽ったいそれに笑えばちらりと視線が上がるけれど止めるつもりがないのかまた手が揉まれて、力が緩んだところで手を取って道の端に寄った。

手を離せばまた確認のように揉まれて笑う。

『楽しい?』

「ああ」

どうにも夢中になってるらしい様子に笑みが溢れる。初め生き物に触れるみたいな顔が幼くて、満足まで好きにさせることにした。

ふにふにと指が触れて、どれくらいそうしていたのかわからないけど不意に弔の手が片方外れて、左手が俺の右手を握る。顔が上がった。

「出留」

『ん?』

「遊びの続きだ」

『はいよ』

手は繋ぐつもりなのか歩いても離されない。服の裾を掴まれてるよりはいいかとこの階層の店を見て回って、上の階にエスカレーターで向かう。

賑やかな音は年相応にはしゃいでる人間から出てるもので、プラスしてゲーム機からもそれぞれの音楽やアナウンスが流れてた。

「なんだここ」

『ゲーセン』

「うるさすぎる」

『今日は人も多いし余計にかもね』

強く握られた手と低くなった声に笑ってゲームコーナーに近寄る。個体と個体の間を抜けながらクリアケースの中に並べられた景品を眺めていく。

「これ取れるように出来てんのか?」

『ものによるだろうなぁ』

じっと景品とアームを見比べたあと、ゲームをしている人の後ろを眺めて数mm動いた景品に首を横に振った。

「楽しさがわからん」

『達成感を味わうものなんじゃない?』

「へぇ」

さして興味がないのか視線がすぐに逸れて手が引かれる。なかなか早い歩く速さについていって、これと指を差した。

「取れるか?」

『無茶振りだなぁ。俺こういうの下手だよ??』

さっと出された財布から札が渡されるから、近くの両替機で小銭に崩す。とりあえず五百円突っ込んで、指示のとおりに順番にのっとってボタンを押した。動いたアームが降りて一度景品を掴んで、落とす。多少ずれた位置に少しずつアームで掴む位置を変えながら持ち上げて落としてを繰り返した。

いつの間にか追加された小銭にそのままゲームを続けて、何回目かのそれにやっと景品がゲートをくぐった。

動く気配のない弔に屈んで手を伸ばして景品を取る。

ふわりとした感覚の毛足が長いぬいぐるみは思っていたよりも大きく、弔が腕を回して抱えた。

「ふぅん」

丸みを帯びたデザインの淡い木緑色のぬいぐるみはなにかの動物のデフォルメなんだろう。感触を確かめるように抱えながら弔が俺の手を掴んだと思うとそのままゲームセンターを出た。

『お気に召さない?』

「ああ、全く楽しさが伝わらなかった」

『いつもゲームとかコンテニューとか言ってるのに』

「それとこれは別だ」

家庭用ゲーム機派なのかもしれない。弔が手を引いて、下の階に向かっていき本日一度も降りていない階層にたどり着いた。

雑貨がメインらしく、子供向けのキャラクターショップからインテリアショップまで、そのまま手を引く弔について歩く。

「絶対買ったほうが効率的だろ」

近くにあったクッションを見てそんな現実的なことを言う。

『ああいうゲームの景品でしか展開してないものもあるみたいだよ』

「まんまと商法に引っかかってるな」

『好きな人はそういうのまで集めることもあるみたいだし、ほら、アニメとかヒーローとかのグッズとかさ』

「はっ」

鼻で笑った弔が手を離すと空いた方の手でぬいぐるみを一つ取った。手のひらより二周り程大きなそれはなにかのキャラクターなのかふわふわとした糸の編みぐるみで、よく見れば先程取ったばかりの景品と同じ顔をしてる。

比べるように見つめて編みぐるみを戻した。

「他の遊びをしたい」

『はいよ』

建物から出て、また近くの施設に入る。家電を見たり洋服を見たりするものの、弔はぬいぐるみを抱えたまま繋いでる手を引いて歩いてさして周りを見てるようには見えなかった。

『楽しい?』

「普通」

『んー、何かしたいことない?』

「思いつかない」

『そっか』

近くで売ってたメンチカツと肉巻きおにぎりを買って、ドーナツ状の造りな施設の中、芝生で覆われた広場に出て近くのベンチに腰を下ろす。周りも同じように座って何かを食べたり談笑していて膝の上にぬいぐるみを置いた弔が手を離したから片方差し出した。

「食べてばっかだな」

『あー、燃費悪いのかも。すぐ腹減るんだよね』

「ふーん」

『弔も結構食ってるけど腹いっぱいじゃない?大丈夫?』

「別に。このぐらいなら入る」

さくりと音を立ててメンチカツを頬張った弔におにぎりを齧る。時折交換しつつ咀嚼しながら次に何をするか考えて、目についたものを指す。

『あっちはゲーセン、隣が洋服屋。あとそこはそれなりに有名でパンケーキが食えるよ』

「ゲーセンはもういい」

『これ以上荷物増えても仕方ないしなぁ』

ぬいぐるみを抱えて感触を確かめるように触れると俺を見る。

「出留は見たいものないのか」

『んー、これと言ってないかなぁ。普段も出かけても買いたいものなかったらダラダラしてるし』

「そういうもんなのか」

『俺は結構そうだね』

「ふーん」

『だから俺がどこか行きたいって言うよりは、どこかに行きたい人についていったりするほうが多いかも』

「へー」

むにむにとぬいぐるみを押して、それから右手が重なった。また繋ぐことにしたらしい手に顔を向けると弔があっちと視線で指す。

「パンケーキ食べる」

『ん?りょーかい』

引かれるままに立ち上がって途中でゴミを捨てる。エレベーターで階を上がって、目的の店の外に並んだ。店自体はピーク時を過ぎてるからか二、三組しか待っておらず、これからそう時間もかからずに通されそうだった。

左腕にぬいぐるみ、右手で手を繋いだまま弔が目を合わせてくる。

「出留は食べたことあるのか?」

『うん、何回か。生クリームが量ある感じ』

「ならパンケーキは一つで充分だな」

『確かに。シェアして食べてる人が多いね』

「他は何がある?」

『軽食かなぁ。メニュー見て後で決めよ?』

「ああ」

ぬいぐるみを抱きしめて頷く弔に、予想通り立て続けに室内へ案内されて中に入る。広い店内にはテーブルがいくつも並んでいて、カップルや友達同士で来ている二、三人ずつの組み合わせが多いように見えた。

通されたテーブル席は片面だけにソファーが置いてある席だったからさっきと同じように隣同士に座る。膝の上にぬいぐるみを乗せた弔はそのまま手を離すと抱え始めたからメニューを取って広げる。

『軽食はこっちで、パンケーキはこの中から選ぶ感じ』

「ふーん」

『何味が良さそ?』

「普通の」

『じゃあこのプレーンだな。軽食も一緒に頼んどこうか。どれにする?』

「…エッグベネディクトってうまいか?」

『パンと卵とチーズが嫌いじゃなければ』

「じゃあこれにする」

『ん』

決めたものを近くにいた店員に注文して、ついでに弔が指したアイスティーを2つ頼んだ。

後は出来上がるのを待つしかなく、弔がぬいぐるみの頭に手を置いて感触を確かめ始める。

『そんなに気に入ったの?』

「慣れると気持ちいいぞ」

『へー』

人差し指で突いてみる。指が沈んで包まれるような感覚。

『こういう枕あるよね』

「そうなのか?」

『後で見てみる?』

「いや、これを枕にするからいい」

『高くね?』

「そうしたら抱き枕にする」

どこに落としどこを見つけたのかは不明だけど満足そうに頷いてぬいぐるみを抱え直す。ぬいぐるみを突いて会話を続けていれば飲み物が運ばれてきて、すぐに大きめの皿が二つ置かれた。

「生クリームすごいな…」

目を丸くして皿の上を見つめる弔に笑う。ぬいぐるみを汚さないようにか隣においたと思うとフォークとナイフを取って、パンケーキを切って口に運んだ。

咀嚼して飲み込むとそのまままたパンケーキを切り分けて頬張るから口に合ったようで安心する。

俺もエッグベネディクトにナイフを入れて、一口分をフォークに刺せば弔がじっと見てくるから差し出した。合っていたのか口を開いて、フォークを口に含む。そっと抜けば口を動かして飲み込んで、目を輝かせた。

『気に入ったんだ?』

「ああ…!」

パンケーキとエッグベネディクトを交互に食べる弔に俺もフォークを動かして、あっという間に二人で食べきり皿を空にする。ずっと音を立ててグラスも空にした弔は息を吐いてぬいぐるみを抱えた。

「すごいな。こんなうまいものがあるなんて知らなかった」

『他にも色々あるからまた来ような』

「ん、もちろんだ」

満足げな表情に思わず笑う。弔がどれだけ外の世界を知らないのか知らないけど、案内するもの全て物珍しそうに目を瞬いて、気に入ってくれたのなら出掛けて良かった。

一息ついたと思うと弔が立ち上がって、また精算される。

『黒霧さんに申し訳ないんだけど…』

「嬉々として渡してきた金だから使ってやったほうが喜ぶぞ」

『一体どういう状況だったわけ…?』

「“あの死柄木弔が外に出るなんて…!出留さんに感謝しないといけませんね…!これも持っていって好きに使ってください!”だとよ」

『引きこもりが家に出て喜ぶ親みたいになってんな』

「割と出歩いてるっていうのに失礼なやつだよな」

『確かに。結構外出てるもんな』

「な」

息を吐いて店を出て、何もすることがないから少し前にも来た芝生の敷かれた広場に戻ってきた。

『あー、食べすぎた』

「ずっと食べて回ってたからな」

『弔も腹いっぱい?』

「こんなに食ったのは初めてだ」

『そっかそっか』

笑って寝転がる。芝生は未だ人が賑わっているし、同じように寝ている人や話してる人たちがいて目立つことはないだろう。

隣の弔がぬいぐるみを抱きながら目元を擦った。

空を見ればオレンジに色が変わり始めていて、昼前から集まって歩き回っていたことを考えると疲れてるのかもしれない。

『眠い?』

「…少し」

『そろそろ帰る?』

「もう少ししたら帰る」

『ん。黒霧さんに連絡しないとな』

病み上がりなこともあるしあまり無理をさせるのは良くないだろう。

おとなしく頷いた弔が左右に少し揺れて、目を細めるから起き上がって支えた。

『黒霧さんの連絡先は?』

「ん」

ポケットから携帯を取り出して操作したと思うと差し出される。画面を覗けば発信中らしく、相手のところには黒霧と表示されていた。

眠たそうな弔から携帯を借りて耳にあてる。3コールと待たずに呼び出し音が途切れた。

「はい」

『お忙しいところすみません、出留です』

「おや、出留さん。いかがなさいましたか?」

『そろそろ弔を帰そうかと思うんですが、大丈夫ですか?』

「ええ、もちろん、かしこまりました。そうしましたら最初にお会いした場所でお待ちいただけますか?迎えに上がります」

『わかりました。またついたら連絡差し上げますね』

「死柄木弔をお願いいたします」

電話が切れたから横を見る。抱えてるぬいぐるみに顎を乗せて船を漕いでる弔の目元にかかった髪を指先で摘んで退かす。

ゆっくり上がった瞼の向こう側、眠たそうな赤色の瞳が俺を見るから苦笑いを浮かべた。

『黒霧さんが迎えに来てくれるみたいだから最初のとこ戻ろうか』

「………めんどくさい…」

『ここで寝たらまた風邪ひくから、帰ろ』

「……ちっ…」

不服そうながらも息を吐くから立ち上がって手を差し出す。ぬいぐるみから外された右手が俺に伸びて、弔も立ち上がった。

『また遊ぼうな』

「ああ…」

よっぽど眠いのか生返事を溢して、繋いでる手も暖かい。置いてかないように、手を引っ張りすぎないよう速度に気をつけながら歩いて普通に歩くよりも少し時間をかけて最初の路地裏に帰ってきた。

うつらうつらとしてる弔からまた携帯を借りて黒霧さんに発信する。そうすればぶわりと黒い靄が広がった。

現れた黒霧さんが俺と顔を合わせて、それから今にも寝落ちしそうな弔を見て表情部分を歪める。

「おやおや」

『病み上がりなのに連れ回してしまってすみません』

「いえいえ。楽しんだようで何よりです。ふふ、着替えまでなさって…死柄木弔は何か食べましたか?」

『結構色々食べましたけど…もしかして食べさせたらまずかったですか?』

「おや、そんなに食べたんですか?」

おそらく目を瞬いた黒霧さんに空いている方の右手の指を折る。

『はい。ハンバーガー、タピオカ、おにぎり、パンケーキ…』

「…素晴らしい!」

『へ、』

「死柄木弔がそんなに物を食べるなんて…!」

『え、』

ふよふよと荒ぶる靄に今度は俺が目を瞬く。黒霧さんの靄は踊るように揺れていて首を傾げた。

『よく食べてましたけど…普段そんなに食べないんですか?』

「ええ、死柄木弔はとても偏食で…!出留さん、ぜひ今度死柄木弔の食事改善にお付き合いください」

『わかりました…?』

言質は取りましたよと弾んだ声と揺れた靄に視線を隣に向ける。自分が話題に登っているのに眠気のほうが強いのか、ぬいぐるみを抱えながらも俺に凭れるようにして目を閉じてる弔に手を伸ばす。

『弔』

「…ん」

『もうちょっと頑張って』

「ん」

頷いて、手を離したと思うとその右手で目元を擦る。ふらふらと一歩離れたから黒霧さんに視線を移せば黒霧さんがゲート用に靄を広げていて、当人は笑った。

「出留さん、本日はありがとうございました。また死柄木弔と遊んであげてくださいね」

『こちらこそ、これからも弔と仲良くさせてくださると嬉しいです。あ、あと黒霧さんに頂いたお金はありがたく使わせていただきました、本当にありがとうございます』

「そのくらいしか私には手助けできませんからお気になさらないでください。では、失礼いたしますね」

『はい。弔、またな』

「ん、また」

頷いた弔に手を振る。二人が中に入って、靄が小さくなりそのまま消えた。

手を下ろしてポケットから携帯を取り出す。時間は大体四時くらいで家に帰るには少し早いような微妙な時刻を示してた。

少し考えてから母にメッセージを入れる。すぐについた既読と届いた文。まだ夕飯の支度を始めてないと来ていたから、それなら手伝うと返して駅に向かった。


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