ヒロアカ 第一部


弁当を拵えて、一緒に作った朝食をよそった頃に朝練を終えた出久が帰ってきて母さんも起きてきた。

朝食を食べてそのまま制服に着替え、保健室に寄らないといけないから先に家を出た。

電車に揺られて久々に俺と人使以外の生徒を見ながら登校する。迷わずに保健室に向かって扉を開ければそこには変わらず養護教諭がいた。

「おはよう。ちゃんと来たねぇ」

『おはようございます。よろしくお願いします』

向かいに座って手を見せる。絆創膏を剥がすなり眉根が寄った。

「何したんだい?」

『傷を忘れて荷物を持ったら裂けました』

「気をつけんかい!まったく!!」

予想通り怒られたから笑って、治癒を施してもらう。すっかり塞がった傷口とだいぶ慣れた疲労感に頭を下げて保健室を出た。

流石にここまで大騒ぎしてしまったからにはもう保健室にお世話にならないよう過ごさないといけない。

息を吐いて教室にいけば隣の席には人使がいて、俺の手元を見てくるから広げて見せた。

「治ったんだな」

『完治』

自席に腰を下ろして休みの間の話をする。人使は自主トレに明け暮れてたらしく、聞いているうちに担任がやってきたことでホームルームが始まった。

「職業体験お疲れ様!それぞれ経験を積み、更には課題も見つけたことでしょう。今後のホームルームでは自身に足りていないものを補うための訓練を行います。もし悩みがあるようなら教師に相談してちょうだい。先生はいつでも貴方達生徒の成長を期待しています!」

担任が笑ったところでチャイムが鳴る。次は数学の授業だからと担任が出ていって、少ししてエクトプラズム先生が現れた。

今日は数学、英語、現国、古文と午前中は座学、午後は体育がある。

連絡を入れた勝己はきちんと昼の約束を覚えていたようで裏庭で昼食の予定だ。勝己の願いで出久はクラスメイトと食べるらしく、弁当だけ持ってるはずだ。

予定通り授業を受けて、少し長引いた古文の授業が終わったところで顔を上げると扉のところに金髪が揺れてた。

すぐに机の横にかけてた袋を持って立ち上がる。

『ごめん、待たせた』

「ん」

歩き始めた勝己についていき校舎を出る。俺は軽く構内図を見ただけで実際な来るのは初めてな裏庭はとても広く、適度にベンチや背の高い木があって弁当を持ってきてる生徒がそれなりに見受けられた。

とはいっても食堂が主なのか人は少なく、隅に寄ったところで近くにある木の影に勝己が座った。

『はい、勝己の分』

「サンキュ」

受け取った弁当箱に勝己がほんのり笑って広げる。箸を取った勝己の横顔が緩んでるから俺も同じように弁当を広げた。




「あれ?今日デクくんお弁当なん?」

食堂では買って食べることもできるし、持ち込んだお弁当を食べることもできる。だから食堂に行くというみんなにお弁当箱を抱えてついていって席に並んだ。

「うん。今日は兄ちゃんが作ってくれたんだ!」

「へぇ、緑谷の兄さん料理できんのかー」

「兄ちゃんなんでもできるんだよ!」

感心したように頷く切島くんに笑ってお弁当を広げる。

大きめの箱の中にはたくさんのおかず。添えられたパックにはおにぎりが入っててどれも僕とかっちゃんの好きなものだった。

「わ、おいしそー!」

「お兄さん料理上手だね」

「ふふん!」

「なんで緑谷が自慢げなんだ…?」

不思議そうな轟くんに表情を緩ませながらまずは唐揚げを口に運んで咀嚼する。カリカリとした衣と柔らかなお肉。しょうがとにんにくが強めの味付けは母さんも一緒だけど、兄ちゃんの作る唐揚げは塩味で後味がさっぱりしてる。

味が混ざらないよう丁寧に仕切りやカップでわけられた肉巻き、卵焼きと次々口に運びながらおにぎりも頬張ってると飯田くんが笑った。

「緑谷くん、とても幸せそうだな」

「兄ちゃんの料理おいしいからね!」

「緑谷ちゃん、お兄さんのことが大好きなのね」

「もちろん!兄ちゃんは僕の兄ちゃんだから!」

「これはだいぶガチ目なブラコン…?」

口角を引きつらせて上鳴くんが言葉を零すけど気にならない。

僕と兄ちゃんと、それからかっちゃん。僕達三人の仲が他には割って入れないものだと理解してもらえるならブラコンと言われようとそれにこしたことはない。あのときみたいに妙な邪魔が入ってたら大変だ。

取って口に運んだミートボールは、昨日の朝にも味見させてもらっけどそこから甘辛いタレで味がつけられてて頬が落ちそうになる。添えられたトマトのマリネやアスパラのソテーも食べて、あっという間に空になったお弁当箱に息を吐いた。

「ああ…食べ終わっちゃった…」

「そんな絶望してるみたいな声出してどうした」

「無くなるの早い…」

先に頼んだそばを食べ終わってたのかお茶を飲んでた轟くんが首を傾げる。

どんなに味わって食べてても無くなってしまう料理にごちそうさまでしたと手を合わせてから頭を抱えた。

「足りんかったの?」

「うんん。むしろちょうどいい量だったよ。流石兄ちゃん。たぶん僕の食べる量を見越しておにぎり入れといてくれたんだろうなぁ、はぁ、おかずも僕が食べたいものほとんど入れてくれてたし、かっちゃんの好物もちゃんと入ってるし本当に兄ちゃん好き…」

「どうして爆豪の好物が入ってんだ?」

聞こえた切島くんの問いかけに首を傾げる。

「どうしてって…かっちゃんもお弁当食べるからだよ?」

「え、緑谷の兄さん、爆豪の分も作ってんのか?」

「うん。兄ちゃんが用意するときは大体自分の分も入れて三人分作ってるんだ。かっちゃんも兄ちゃんのご飯好きだし、今頃どこかでご飯食べて寝てるんじゃないかな?」

「ああ、それで今日食堂に来なかったのか。手ぶらだったのに変だなって思ってたんだ」

「あら、緑谷ちゃんは一緒にご飯食べないの?」

「あー、うん。まあ…兄ちゃんと僕、兄ちゃんとかっちゃんなら問題ないんだけど、僕とかっちゃんはちょっとね」

「「ああ…」」

言葉を濁せば察されたみたいに頷かれる。

誤解されてるみたいだけど直接肯定も否定もせずに空になったお弁当箱を片付ける。

僕とかっちゃんは死ぬほどお互いを拒絶しているけれど、それは別にいじめっ子といじめられっ子だからではなく相容れない価値観による反発からだろう。

兄ちゃん以外には弱みを見せたくなくて救われたくないけど、素直に兄ちゃんに甘えられないかっちゃんと、いつまでも兄ちゃんに甘えていたくてべたべたしてる上に無条件で兄ちゃんの一番をもらえる僕。

かっちゃんはプライドも高いしそれ相応の力と裏付けするための努力を繰り返してる。けどそれでも異様に勝つことに固執してるのはどう足掻いても兄ちゃんの中の一位になれない焦りからだろう。

お弁当箱を巾着に入れて、ご飯を食べ終わったみんなと教室に向かう。

ずっと昔、確か小学校に入るか入らないかくらいの小さな頃からかっちゃんは急に一番に拘るようになった。僕へのあたりが強くなって落ち着いたその少し後だったからきっと僕が何かしてしまったんだろうけど正直全く心当たりがない。

教室につけばかっちゃんの姿はなくて、教室内には尾白くんや常闇くん、八百万さんなんかが次の授業の支度をしてる。

僕も机の中から教科書を取り出して予習のためノートを開いた。

かっちゃんはいつだって一番の僕を認めたくないのか拒絶するし抑えつけようとしてくるけど、でも、僕だって本当は君に言いたいことがある。

聞こえてきた切島くんの爆豪!の声に目を閉じて息を吐く。

僕が一番なことに腹を立ててるなら、僕だってかっちゃんが兄ちゃんの唯一なことが気になるし、かっちゃんが自分が唯一だと思われてることに気づいてない事実はプラスして物申してやりたい気持ちになる。

兄ちゃんは僕を一番に可愛がってなによりも大切にしてくれるけど、兄ちゃんはかっちゃんとだけ時間を共有しているときがある。所謂二人だけの秘密のようなそれは決して僕にももらえない特別で、僕はかっちゃんが羨ましかった。

「おいデク、てめぇ何言いふらしらがった!」

「あ、え?!なんの話!?」

「とぼけんな!」

唐突な怒号に意識が引き戻されて困惑する。目の前のかっちゃんは怒っていて周りを見れば上鳴くんがけらけらと笑ってた。

「昼寝してきたのかって聞いただけじゃんか?」

「っせ!!」

肩に置かれた手を払ったかっちゃんは不機嫌顔で自分の席まで進んでいってどかりと座る。朝は髪の分け目に、昼は昼寝を、話題にされてとても不機嫌なかっちゃんは携帯を取り出して触りだした。

ぶぶっとマナーモードになってる携帯が揺れて、画面を見れば兄ちゃんと僕とかっちゃんの三人のグループにかっちゃんが連投をかましてる。すぐに兄ちゃんからどうした?と返事が来て、デク殺すとだけ送ったかっちゃんは返事があったことに満足したのか鼻を鳴らして携帯を置いた。

たぶん訳がわからないだろう兄ちゃんは不思議そうな顔をしたペンギンのスタンプを送ったから僕も同じスタンプを送っておく。

鳴ったチャイムに先生が入ってきて携帯を置いた。




「期末に実技試験?」

放課後になって呼ばれた相談室で、隣の人使が目を瞬き俺も首を傾げる。普通科の試験内容は確か、3日間かけての筆記試験のみのはずだ。

聞いたことのない実技試験に固まる俺達に先生は頷く。

「公にはしてないけど、例年、強くヒーロー科への転入を希望している、かつ、実力十分と判断した生徒へはクラスアップの材料としてヒーロー科と同じように実技試験を受けることが出来るわ」

「もしかして、!」

「ええ。貴方達二人はその対象ね」

「出留!」

キラキラとした目に良かったなと笑う。担任が他人事じゃないのよと眉をひそめた。

「貴方も対象だから考えて返事ちょうだい?」

『はあ』

「毎年対象者が出るものじゃないわ。教師三人以上の推薦がいる上に校長からの許可がないと実技試験の案内もできない…貴方達はそんな貴重な席を勝ち取ったのよ」

既に受ける気満々な人使はそわそわしていて、実技試験の基準に心中で息を吐く。やる気に溢れてる人使はわかるけど、三人も俺を推薦した人がいるなんて信じられない。

「日取りはいつになるんですか?」

「筆記試験の最終日、昼休憩を取ってからになるわ。テスト期間中だから既に他の子が帰っている中、申し訳ないけど放課後に残ってもらってやるような感じね」

「内容はヒーロー科と同じですか?」

「その予定よ」

人使からの質問に担任の視線が逸れたから小さくため息を零す。

心臓が止まりそうなくらい急な話で少し頭が痛い。手が首元に伸びそうになっていたことに静かに下ろして、もう一度息を吐いた。

「いきなりで驚いたでしょうから、検討してもらいたいの。一応期限は今週いっぱいまであるからゆっくり考えて金曜日に返事をちょうだい」

検討するのはたぶん俺だけでその証拠に苦笑いの担任は俺を見てる。人使は目を輝かせながら筆記試験との両立を考えているようで、相談室を後にした。

駅で人使と別れてそのまま電車に揺られる。ぼーっとしながら外を見ているうちに最寄り駅についていて慌てて電車を降りた。

至るところに制服姿の学生がいてちょうど帰宅時のラッシュにあたるらしい。

人にぶつからないよう気をつけながら駅を出て道を歩く。

揺れた携帯に視線を向ければ昼間も動いていた三人のグループにメッセージが届いていて、期末の筆記試験についてだった。

心配してる出久に余裕だわと入れてる勝己。それなら一緒に勉強しようかと返したところ勝己から集合時間の知らせが来た。

結局いつ通り三人で勉強することになって、集合は我が家になりそうで、すぐに個別に勝己からのメッセージが届く。

切島くんと爆豪家で勉強会をするけど一緒にしないかなんて内容にOKを返して携帯をしまった。

出久と勝己の三人、その次は勝己と切島くんの三人。詰まった予定にこれは無駄なことを考えなくて済むなと笑みを零す。

期末、実技試験に関しては申し訳ないけど期日ギリギリまで悩んでる風にして断ろう。

重みでずり落ちて来てた鞄を肩にかけ直して足早に家に帰った。


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