終章






 ショウが元気になったのは更に2週間後の話だった。

 怪我が酷かったのと血が足りなかったのとで、回復するのに時間が掛かったのだ。

 その間身の安全のためだと言って、グレンはずっと留まっていてくれた。

 ショウが元気になった頃には、ショウの即位の話題も出ていた。

「ショウ。身の回りの物を取りに屋敷に戻るというのは本当か?」

 突然部屋に顔を出したグレンにそう言われ、振り返ったショウが笑った。

「うん。そのつもり。持ってきたい物もあるしさ」

「ラスターシャ王家は莫大な遺産を受け継いでいると専らの噂だからな。持ってくる物も多いというわけだ」

「そういうわけじゃないんだけど」

 苦笑気味のショウである。

 確かに事実ではあるのだがショウが持ってきたい物は、そういう類いの物ではない。

 例えば両親の肖像画。

 これは絶対に持ってきたい。

 唯一の両親の形見だ。

 まあラスターシャ王家の家宝も持ってきたいという動機も確かにあるのだが。

「今から行くんだろう?」

「ああ。なんか大事になって困ってるんだけど」

 ショウが家に戻ると重臣たちに告げると、国王のお忍び並の警護をつけられた。

 持ってきたい物があると言ったので、それを運ぶ人員まで計算に入れるとかなりの数である。

 今までショウはそういう扱いをされたことがないので、かなり戸惑っているのだが。

「おれも行っていいか?」

「グレンが? なんで?」

「おまえが暮らしていたところを見たいんだ。ダメか?」

「いいけど」

「じゃあ行こう」

 妙に張り切っているグレンにショウは呆れ顔だ。

 そこへラーダが顔を出した。

 ラーダはメイディアの聖妃、ラーダ・サイラージュの血縁という触れ込みで、レジェンヌの王宮に住み着いていた。

 そこには次期国王たるショウが、ラーダを国賓待遇で迎えると宣言したことも関わっているのだが。

 そのときショウは将来的なことも考えて、ラーダが両性具有者であることも告げていた。

 そのせいかラーダはドレスを着るようによく言われる。

 ショウの差し金ではあるまいなと、苦い気分になっている今日この頃のラーダである。

「ショウ。用意まだなの? 俺も取りに戻りたいものがあるんだけど」

「もうできたよ。行こうか」

「なに。グレンも行くの?」

 ショウの後について歩き出したグレンに、ラーダはつれない声を出す。

 例の事件のせいで全く打ち解けてもらえないグレンは苦笑していた。

「いいだろう。ショウの許可は貰ったんだから」

「まあいいけど。邪魔しないでよね」

「つれないな」

「だれのせいだと思ってるの? 反省の色がないよね」

「反省してるから諦めたんだろう。ちょっとぐらい許してくれたって」

「グレン。気にするなよ。ラーダのはじゃれてるだけだから」

「そうなのか?」

「口で言うほど怒ってないよ、ラーダは」

「ショウ!!」

 ラーダに怒られてショウは肩を竦めた。

 そのとき両手首に痛みが走った。

「痛っ」

「ショウ?」

「なんでもない。ちょっと傷跡が引きつったんだ」

 ショウの手首の傷はしっかり痕になっていた。

 ショウが聖水で何度も清めているから、その内薄くなるのだろうが、当分は酷い傷跡が残ることになる。

 ふたりとも気が重そうな顔になったが、気にされたくないショウは率先して歩き出した。




 ショウが久し振りに我が家に戻ってくると、グレンが感心していた。

「これほどの邸宅に住んでいたとは思わなかった。調度品も品の良い物ばかりだし」

「父上たちが残してくれたんだ。これからは別荘として使うつもりだけど」

 言って荷物を運び出している人々に指示する。

 ショウが肖像画を外すように指示すると、グレンが複雑な顔でそれを見ていた。

 世が世ならという言い方をするなら、ここに描かれている夫妻はレジェンヌの国王夫妻と呼ばれるべき人々だった。

 それがショウの目の前で殺されてしまったのである。

 ショウはそのことについて詳しくは話さないが、今も心の傷になっているのだろう。

 メイディア諸国連合は遅すぎはしなかった

 少なくともショウという王子は守り抜き、そうしてもうすぐ国王にできる。

 それは目的を果たしたことになるのだろう。

 だが、発足した時期を思うなら、この夫妻も護りたかったと思った。

「しかし凄い宝の山だな。さっきから驚くような物ばかりが運ばれてくる」

「ラスターシャ王家の遺産のすべてを合わせると、メイディアの王家を越えると言われてるからね」

 言いながらショウは慣れ親しんだ家に別れの挨拶をして回っていた。

 たぶんもう戻ってくることはない。

 これからは王宮がショウの家だ。

「父さん、母さん。俺は自分の役目を果たすよ。見守っていてくれ。いつまでも」

 それだけを呟いてショウは王宮へと出立した。




「ショウ王子さま。メイディアの世継ぎの君が出立されます」

 引っ越しのあった翌日、とうとうグレンがメイディアに帰国することになった。

 ショウは世継ぎとして貰った部屋で、その報告を受けて頷いた。

「わかった。すぐに行くよ」

「グレン。帰るんだね」

 ショウの部屋にいたラーダが複雑な顔で呟く。

「やっぱり寂しいか? やっと逢えた孫に逢えなくなるのは」

「別にそういうわけじゃないけど」

 それでもラーダの顔は晴れない。

「さあ。グレンの見送りに行こう。今度逢うときは俺は国王になってるかな?」

「ショウの戴冠式にはグレンも来るんじゃない? メイディアの国王の名代として」

「どうかな。立場的には国王自ら来なければいけない類いのものだけど、メイディアもなにかと大変そうだからな」

 メイディアは最近、東の国境付近が物騒だという。

 野盗が出るらしいのだ。

 そのせいでメイディアの国内も荒れていて、幾ら伝説のラスターシャの王子の即位とはいえ、そのために国王が国を離れるのはできない可能性が高い。

 それにショウとしてもグレンが来てくれれば十分だとも思うし。

「行こうか?」

 差し出すショウの手首には消えない傷跡がある。

 それを隠すように両手首には布製のリストバンドを嵌めている。

 ショウにはよく似合っているが、ラーダはそれを見る度自分の力不足が思い出され、辛い思いをするのだった。

 そっとショウの手を取る。

 握り返されて、とても幸せだった。

 ショウの未来は今新しい時代を迎えていた。

 国王という道が待っている。

 ショウが歩くその道をラーダはどんなふうに付き合っていくのか、それはまだわからない。

 彼の求婚をどうするのか、まだ決めていないのだ。

 でも、ショウの傍らにいつもいることができたら、それはどんなに幸せだろうと思う。

 そんな想いを悟っているのか、ショウは眩しい笑顔を見せた。

 出逢ったときに見せたようなショウ独特の笑顔。

 握った手を握り返してラーダはショウの未来に思いを馳せる。

 きっと名君となるだろうと。




 ここから始まる物語。

 それはレジェンヌで名君と呼ばれることになる少年王、ショウ・ザ・デザイアとラーダの物語。

 ショウが求婚しているラーダが妖魔の王であることを知る者はだれもいない。
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