第四章 古の王家の末裔





 第四章 古の王家の末裔



 案内された部屋はメイディアの世継ぎの王子に与えられただけあって豪華だった。

 ショウはどこかに腰掛けることはせず、窓辺へと近づいた。

 見える範囲で屋敷に目を通す。

 ここから見えるのは中央にある中庭だった。

 真ん中に置かれている噴水がキレイだ。

「いる。ラーダは絶対いる。俺の勘がそういってる」

 屋敷を見渡してみて感じたのはそのことだった。

 通された部屋の近くにはいないだろう。

 だが、この屋敷のどこかにラーダがいる。

 そう思えてならなかった。

「お待たせした。あのときに一度逢っただけのはずだが何用だ?」

「単刀直入に言うよ。ラーダに逢わせてくれないか。この屋敷にいるのはわかってるんだ」

 本当に単刀直入だった。

 ショウはラーダが招かれた本当の理由には勘づいていなかったが、この王子を相手に腹芸をするつもりはなかった。

 そんな芸当とは無縁の存在であることは、このあいだ逢ったときにわかっていたから。

「ラーダというとこのあいだ一緒にいた奴が。逢わせてくれと言われても、この屋敷にはいないんだ」

「嘘をつくなよ。メイディアの王子が白昼堂々誘拐か?」

 目に力を込めてショウが睨む。

 グレンは思わず目を逸らしてしまった。

 逸らした後で後悔した。

 これだから尊師たちに権謀術ができないと言われるのだろう。

 グレンはよく言えば素直で正直、悪く言えば単純なのだった。

「嘘ではない」

「あんた嘘が下手だよな。自分でも気づいてるはずだよ。それじゃあ隠せないって。
 今なら大事にする気はない。あんたたちがラーダに手を出したくなる気持ちだってわからないわけじゃない。だから、逢わせてくれ。もう10日だ。十分だろう?」

 ショウの態度はこのあいだ逢ったときとすこし変わっていた。

 あのときはどこにでもいる少年に見えたが、今は身分も名もある少年に見えた。

 メイディアの王子であるグレンが相手でも、飲まれたりせずに正々堂々とやり合っているし。

 ふと疑問に思った。

 こいつは本当に普通の少年なんだろうか、と。

 一般庶民なら関わっているのが、メイディアの王子だと気付いた段階で、ラーダのことは諦めるだろう。

 メイディアの権勢はそれほどまでに強い。

 だが、ショウは迷いのない目をして目の前に立っている。

 グレンが相手でも全く萎縮することもなく。

 それが違和感となってグレンの心を支配した。

「そんな奴は本当にここにはいないんだ。確かにおれたちとしてもあいつには訊きたいことは山のようにある。
 だが、訊ねたところであいつは教えてくれないだろう。だから、どうこうする気はないんだ。それはそちらの勘繰りすぎだ」

「あくまでもシラを切るっていうのか?」

 ここまで言い切ってもショウはラーダがここにいると信じて疑っていないようだった。

 どうしてそう思えるのかと、ふと疑問に思う。

 だれかが情報を流した?

 だが、ラーダのことは第一級の極秘事項として扱っているから、情報が外に漏れるはずはない。

 では何故だ?

 ショウの言動は解せないことばかりだった。

 切り札の意味でショウはそれを口にした。

「ラーダにグレッグを使ってるんじゃないだろうな?」

「グレッグ?」

「あんたたちが買い集めた致死量にも及ぶほどの睡眠薬だよ。使われた量によっては確実に生命を落とす」

 ビクリと震えてから知らないとかぶりを振った。

 自分でも下手な惚け方だと思ったが。

「まさかホントに使ってるのか? ラーダを監禁しておくために?」

 ショウの青灰色の瞳が大きく見開かれる。

 マズイ事態になった。

 隠しきるためには惚けるしかない。

「おれたちはそんな薬なんて買い集めていない。どこから聞いた情報か知らないが、それは完全な誤解だ。そんな奴はこの屋敷にはいないし薬だって買い集めていない。そんな用件なら帰ってくれないか。お祖母さまのことだというから逢っただけだから」

 祖母のこと以外ではショウと逢う気などない。

 そう言い切られてショウは不機嫌そうな顔をしてみせた。

 ラスターシャの王子とメイディアの王子とでは、ラスターシャの王子の方が位が上である。

 大国と小国という意味ではメイディアには敵わないが、その権勢という意味や敬愛の度合いという意味では、ラスターシャの王子の方が勝るのだ。

 それ故の不快感である。

 メイディアの王子と言えどもラスターシャの王子には敬意を払わなければならない。

 それが現実だった。

 身分を知らないから言えることだとはいえ、正面から相手にならないと言われると不愉快にもなる。

「あくまでもシラを切るっていうんだな?」

「シラを切ってはいない。事実を言ってるだけだ」

「それだけ露骨に態度に出しておいてよく言うよ。どこのだれが信じるんだ? あんたはさっきから薬をラーダに使ってることも、ラーダがここにいることも態度で認めてる。それがわからないのか?」

 ここまで話し合ったとき、メイディアの騎士らしき人物が飛び込んできた。

「王子っ。魔族が出ましたっ」

「またか。わかった。すぐに出る。準備を進めていてくれ」

 答えてグレンが真っ直ぐにショウを見た。

「今日のところは帰ってくれないか。どうしてここにいると思い込んでいるのかは知らないが、そんな奴はここにはいない。魔族も出たらしいし明るい大通りを選んで家に帰れ。危険だぞ」

「確かに今はラーダのことどころじゃなさそうだ。だけど、グレッグをラーダに使っているとはっきりしている以上、俺はこんなことじゃ諦めない。はっきりさせるからな。メイディアの王子、ネジュラ・グレン」

 はっきりとメイディアの王子を呼び捨てにした。

 位が上の者として。

 呼び捨てにされてグレンが驚いた顔を向けている。

「明日、出直してくる。そのときまでに王子として考えを改めておいてくれ。あんたももう一国の王子ならわかるはずだ。誘拐がどんなに許されない行いか。それをよく考えておいてくれ」

 魔族が出た以上、これ以上ここに止まることができなくて、ショウはそう言ったのだがグレンは悔しそうな顔をしていた。

 立ち上がるときもまっすぐ前を向いて毅然とした態度を取っていた。

 その様子にグレンはまた疑う。

 彼は本当に庶民の少年なのだろうかと。

 問いかけにショウは答えなかったけれど。
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