第7章 トロイアの最期

トロイアを発った一行は、カインの背に乗せてもらってミシディアまでやって来た。
最初は「竜は都合のいい乗り物じゃねえ!歩いてくぞクソ人間どもが!」と断固拒否したカインだったが、セシルがひたすら「お願いしますお願いします」と頭を下げ続けた結果、しぶしぶ了承を得たのだった。
「あんちゃーん、ミシディアに何の用があんの?」
ミシディアの中をてくてくと歩きながらパロムがセシルに尋ねた。
「うん、たまにはパロムやポロムの元気な顔を長老に見せて差し上げないと。それに、旅がどんな状況かとかも話したいしね」
セシルは穏やかに答えた。
「えーっ!そんなの別にいいよ!」
「パロム!!ワガママ言わないの!!」
文句を言ったパロムを、ポロムが叱りつけた。
「ミシディアの長老か……僕はお会いするの初めてですね」
「大丈夫よ、優しい人だから」
「はい……」
ローザの言葉で、ギルバートは少し緊張が和らいだようだ。
「ここだな。ついたぞ」
館の前へつくなり、カインはドアを何度かノックした。
すると、長老がドアを開けてやって来た。
「おお、セシル殿!それに、パロムとポロム、皆さんも!」
「長老様、お久しぶりですわ!」
「おお、ポロム……元気そうで何よりだな」
ポロムが笑顔で挨拶すると、長老も顔を綻ばせた。
「よっ!ヨボヨボ!」
「おお、パロム、元気過ぎて憎らしいな……」
パロムの生意気挨拶に、長老は笑顔ながらも本音を吐いた。
「お初にお目にかかります、長老様。ギルバート・クリス・フォン・ミューアと申します。セシル達と吟遊詩人として旅をしているダムシアンの王子です」
ギルバートは胸に手を当て、優雅に一礼した。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました。 お目にかかれて光栄です」
長老もお辞儀を返した。
「まあ、こんな所で立ち話もなんですし、皆さんお入り下され」
長老に中へと通され、セシル達は椅子へ掛けた。
「いかがですかな?旅の調子は」
長老がセシルに尋ねた。
「それが……ダムシアンの火のクリスタルと、トロイアの土のクリスタルがゴルベーザに奪われてしまって……」
セシルは自分の不甲斐なさに悔しさを覚えた。
「なんと!では……ダムシアンとトロイアは……」
「ダムシアンは襲撃されてしまい、壊滅状態です。トロイアは国家自体は無事ですが、クリスタルが……」
ギルバートが暗い声で答えた。
すると、その場に聞き覚えのある声が響いた。
『では、土のクリスタルはそちらに返そうか?』
「?!」
セシルは思わず、椅子から立ち上がった。
「ゴルベーザ……!」
カインも警戒し、全員椅子から立った。
音もなくその場に土のクリスタルを手にしたゴルベーザが現れたのと、ほぼ同時の事だった。
「ゴルベーザ……土のクリスタルを返すというのはどういう事?」
ローザが警戒しながら言った。
ゴルベーザはフッと不敵に笑むと話し出した。
「なに、そのままだ。土のクリスタルをそちらに返す。……もっとも、カイン・ディスト・ハイウィンドがこちらへ来れば、の話だが」
「なんだって?!」
セシルが憤った。
「どこまでも汚い……!」
ギルバートも怒りに拳を握り締めた。
「バーカ!カインのあんちゃんがお前のとこなんかに行くわけねぇだろ!!」
パロムがゴルベーザに向かいあっかんべーをした。
「そうですわ!黙ってクリスタルを渡しなさい!!」
ポロムが叫んだ。
「…………俺がそっちに行けば、土のクリスタルは戻るんだな?」
カインがポツリと言った。
「カイン?!」
ギルバートがカインの方を向いた。
「ダメだ!行く必要ない!こんな条件、絶対に何かある!」
セシルが必死にとめるも、カインは首を横に振る。
「土のクリスタルが戻ったら、必ずトロイアのリディアのもとに返してくれ」
「でも、カイン!」
「頼むよ……?」
悲しく微笑むカインの顔を見て、セシルは何も言えなくなった。
自分のもとに静かに歩いてきたカインの肩に片手を添えると、ゴルベーザはセシルの手元まで土のクリスタルを浮遊させ「では、さらばだ」魔法でその場から瞬時にどこかへ消え去ってしまった。
その直後、頭痛とめまいを起こしふらっと倒れそうになったギルバートをセシルが支えた。
「……セシル……」
ギルバートは弱々しい瞳でセシルを見上げた。
「大丈夫かい?」
「すみません……ちょっと、休みたいです……セシルは?大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫……じゃあ少し休ませて頂いてからトロイアへ向かおうか」
セシルは自分に嘘をついた。本当はカインが心配で気が気じゃないのに。大丈夫じゃないのに。
またカインが洗脳されたりしたら……そんな不安が拭えないのに――。

数日後、セシル達は土のクリスタルを返しにトロイアを訪れた。
土のクリスタルを受け取り、セシル達から事情を聞くとリディアは悲しそうな顔をした。
「そっか。カインが……」
「ええ。無事だといいんだけど……」
ローザはカインが心配なのか元気がない。
「とにかくカインとの約束だけは果たそうと思って、土のクリスタルを持ってきたんだ。そうしないと、カインがあっちに行った意味がないからね」
セシルも暗い顔で言った。
すると、次の瞬間、グオオオオオという咆哮のような音が地を揺るがした。
「?!」
ポロムはビクリと肩を跳ね上げた。
城内の屋根に火が付いたのは、それとほとんど同時の事だった。
「な、何が起こったんだ?!」
パロムは驚きあわてふためいている。
「とにかく外に出よう!ここは危険だ!」
セシルが駆け出すと、仲間達もそれに付いて走り出した。
ギルバートがふと後ろを見ると、リディアは謎の咆哮と燃え盛る城に怯えているのか真っ青な顔で震えて立ち尽くしている。
「急いで!」
ここに彼女を残すわけにはいかない。
グイとリディアの手を引き、ギルバートは駆け出した。
(走ったら苦しい……でも、ここで止まったらいけない!!倒れたらいけない!!さとられたらいけない!!頑張るんだ……頑張るんだ!!)
ギルバートはゼエゼエと苦しそうに息をし、顔色も悪いのが見てとれる。しかし、決してリディアの手を引いて走るのをやめようとしない。
リディアはこの時初めて、ギルバートに男らしさを感じ胸の鼓動さえ覚えた。
燃え盛る城の外に出ると、トロイアの町並みは炎に包まれていた。
空には一頭の黄金の竜がいて、炎を吐き人々や家などを焼き尽くしてゆく。
セシル達は、あの竜には見覚えがある。
あの竜は――……。
「……カイン……」
セシルが顔面蒼白で呟いた。
竜はセシル達の見慣れた人の姿に変化すると、セシル達の前に降り立った。
「久しぶりだな、セシル」
カインは冷笑をたたえてかつての親友に挨拶した。
「なぜだ、カイン?!なぜこんな、ひどい真似を……!」
セシルが叫ぶと、カインはフッと嘲笑した。
「あんた達と同じ事をしてやったまでさ」
「同じ事……ですって……?」
リディアは土のクリスタルを胸にギュッと抱き締めるように握り締めた。
「俺のいたディストも、ここのように自然豊かな土地だった。それをこんなふうに焼き払われ滅ぼされたんだよ!『化け物』というレッテルを貼られてな!!だから俺も、人間を滅ぼす!!ゴルベーザ様のもとで復讐を果たすんだ!!」
「だからって復讐するなんて間違ってるよ!!」
「黙れ!人間!!」
泣き叫んだリディアに、カインは憎しみの形相で殴りかかった。
「キャアアッ!!」
「やめろ!!」
リディアをかばい、セシルは右頬を殴られた。
口の端から一筋ツーッと真っ赤な血が流れた。
「やめるんだ、カイン。君はこんなことができる奴じゃない」
セシルはキッとカインと向き合う。
「君は確かに、昔から僕達人間への憎しみに苦しんでいた。でも、こんなふうに復讐をしようとはしなかった!ゴルベーザに何を言われたんだ?!もうやめよう!」
「ぐっ……黙れ!!」
カインはセシルを蹴り飛ばすと、リディアから土のクリスタルを奪い取った。
「土のクリスタルは頂いた!!人間ふぜいがゴルベーザ様の邪魔をするな!!」
それだけ言って、カインは飛び去ってしまった。
「カイン様……」
ポロムは悲しげに呟いた。
「くそっ、ここは危ねえ!!行くぜ、皆!!」
パロムは魔力で仲間達を包み、魔法による瞬間移動をはかった。
とっさの判断だったので、気がつけば燃え盛るトロイアからどこともわからぬ森の中へとセシル達は一瞬で移動してきていた。
「パロム、ここは……?」
セシルが尋ねた。
「わからねえ。ごめん。とっさにやったことだから」
パロムは短く答えた。
「わかった。ちょっと待って……サイトロ!」
セシルは魔法でこの地域の地図を出した。
「ここはどうやら、ファブールっていう村の近くみたいだ」
「ファブール!ファブールでしたら、僕の教育係がいますよ!占い師でもある人ですから、何か今後の道を示してくれるかも……!」
「本当?ギルバート!じゃあ、ファブールに向かいましょう」
「よし、そうしよう!リディアはどうする……?」
セシルは優しくリディアに尋ねた。
「……あたしも連れてって。あたしも戦う。トロイアを焼かれたからって、凹んでばかりいられないもん。カインは確か、ゴルベーザがどうとかって言ってたよね?セシル達の敵なんでしょ?ゴルベーザって。だったらあたしもゴルベーザと戦う。これでも召喚士だから、足手まといにはならないはずだよ」
リディアからは決意を秘めた強さを感じられる。
もちろん、拒否する者はいなかった。
こうしてリディアは、セシル達と共に旅をする事となった。

一方、ゾットの塔。
ゴルベーザに土のクリスタルを差し出したカインは、塔の廊下を静かに歩いていた。
「お疲れ様、えーっと……爬虫類みたいな眼の人」
「カインだ」
軽々しく声をかけてきたリズを、カインはぎろりと睨んだ。
「ああそうそう、カインだった!でもいいじゃん、爬虫類で」
「なめているのかクソ人間」
「別になめてるわけじゃないけど。単なるスキンシップですよ。ところで、土のクリスタルを取ってくる任務どうだった?」
その質問に、カインは黄金の眼を伏せた。
「クリスタルは奪ったのだ……。ゴルベーザ様の命令を、任務を果たす事はできたのに、気持ちがちっとも晴れやしない」
――何故だ……?
カインはもやもやとする胸を押さえ、まるで彼の心を映したように少し暗い窓の外の空を見た。
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