第9章 乗り越えた先に
「ヤミノプレーンニ ツイタゼ~」
闇のプレーンの空気を味わいながら、カフェオレが言った。
一方、その頃。別の場所では。
エニグマの死体を囲むキャンディ、ガナッシュ、シードル、オリーブ、カベルネがいた。
「ふ~……なんとか勝てたけど……ここって、どこなの……?」
キャンディが言った。
「どこでもいいヌ~。もう、何も怖くないヌ~。これからも、力を合わせて行くヌ~」
「エイ!エイ!オ~~~~~!な~んてね。ハハッ」
シードルが明るくおどけてみせた。
「まだ、ショコラもセサミも見つかっていないだろ?さっさと行こうぜ」
「私も探しに行く!」
ガナッシュ、オリーブが言った。
「探すって行っても、アテはあるの……?ここって、闇のプレーンなんでしょ?」
キャンディが尋ねた。
「そうだね。何が飛び出すかわからないのになんの計画もなしに動くなんて、相当なうぬぼれ屋さんか……おバカさんだね」
シードルが毒舌を放つと、キャンディがそれにハラハラしてあわてふためいた。
「あわわわわわわわ。そうゆー言い方をしなくても、だから、ほら、あれよ、ほら、その、えーと、なによ、ほら」
「ここはレヒカフ沼のほとりだ。子供の頃に何度か来たことがある……。両親と、そして姉といっしょに。東に歩けば、犬族ヴォークスのマサラティ村に出るはずだ」
ガナッシュがクールに言った。
「な~んだ、もう。ちゃんと考えているじゃな~い。そうとわかれば、もうモタモタしてることないよね?行こう、ね?」
キャンディはホッと安堵したのが顔に出ている。
「みんなはマサラティ村に残るといい。ショコラとセサミは俺が探して来るよ」
「あ~ん!置いていかないでよ~!あなたがタヨリなんだから~!!あなたヌキのメンツなんて、もう、ヒドイもんよ!」
「なんだよ、それ~。やる気なくすなぁ~。僕の魔法だってそれなりに決まってるの見てないの~!?」
シードルは口を尖らせた。
「はははは。ははははははは」
「何、ピスタチオ。壊れた?」
フィーノはジトッとピスタチオを見た。
「行くっぴ。レヒカフ沼の南西だっぴ。ギュウヒちゃ~ん。オグラちゃ~ん。ははは。ははははは」
「やっぱり、壊れてる……」
大丈夫なのかわからないピスタチオだったが、少し行った先でマジックドールを発見するなり「マジックドールだっぴ!!連れていくっぴ!!コイツを前に立たせて、オイラは後ろで戦うっぴ!!」と、かなり元気を取り戻した。
マジックドールには、拾った素材を組み込んだ後フィーノの魂が入魂された。
その後レヒカフ沼の南西に行ってみると、体は芋虫、頭は髭の生えたおじいさんという謎の生物を見つけた。
「わ~た~し~は~い~も~む~し~い~も~む~し~ご~ろごろ~」
「うわっ!何これ!?」
フィーノはぎょっとした。
「ヤミノプレーンノ オソロシサヲ カイマミタヨウナ キガスル……」
カフェオレもびっくりしているようだ。
「ムムッ!!そなたらは!!魔法学校ウィルオウィスプの生徒ではないか!?」
「は、はあ、そうですが……」
フィーノは、ああ今僕虫と喋ってるのか……と心で呟いた。
「オイラ、ピスタチオだっぴ。アンタはナニモノだっぴ?」
「聞いておどろけ!私は魔法界のオーソリティ!ギュウヒ・オグラであ~る!わ~た~し~は~な~ん~で~も~し~って~い~る~な~ぜ~な~ら~わ~た~し~は~オ~ソ~リ~ティ~」
なんと、この芋虫じみた生物がギュウヒ・オグラだったらしい。
フィーノは目を丸くした。
「ええっ!?あなたが、バルサミコの言ってたギュウヒ・オグラさん!?」
「ははははははは!ムシだっぴ!イモムシだっぴ!」
ピスタチオは非常に素直である。
「何をしておるかっ!!いっしょに歌わんか!!わ~た~し~は~い~も~む~し~い~も~む~し~ご~ろごろ~」
「ええ…………」
フィーノは明らかに戸惑っている。
一方、その頃。
マサラティ村にシードル達が到着していた。
「ふ~ようやく村についたね。あとはここで先生たちが助けに来るのを待とうよ」
「さんせ~!私も、もうヘトヘト。ここは安全な村だって話だししばらく、ここにいましょうよ」
シードルの意見にキャンディが賛同する。
「みんながそうしてくれると俺も動きやすいよ。それじゃ」
しかし、ガナッシュはひとりでどこかへ行ってしまう。
「俺も行くヌ~!」
「私も行く!」
「ちょっと待ってよ!!置いて行かないでよ!!」
カベルネにオリーブ、キャンディもその後に付いていった。
シードルはひとり、ポツンとその場に取り残された。
「……。みんな行っちゃった……。バカなんだから、みんな。自分達だけで何ができるって言うのさ。ふん!」
「そなたらの思いはわかってお~る!!なんてったって私はオーソリティッ!!」
そう言って、ギュウヒ・オグラは闇のプレーンの地図をくれた。
「私のカンでは、そなたらの担任のマドレーヌ先生とクラスメイト8人は……闇のプレーンに来ておーる!!そしてなんと、闇の存在がお前達を狙っておーる!!ここから沼の外周をつたって北へ行けば、ヴォークスの住むマサラティ村へと出よう!まずは、マサラティ村を目指すがよい!」
「わかりました……ありがとーございます。行こう、みんな」
フィーノはなるべく早くこのイモムシ男とおさらばしたかった。
もと来た道を少し戻ると、カシスがショコラを連れたドワーフと対峙していた。
「カリを返すぜ。ここでケリを付けさせてもらう」
「おめぇの友達をさらったのを怒ってるだか~!?いや、これは、さらったんでね!すぐ返してやるだ!!おめぇの友達の力を、ちょびっと借りてぇだけなんだ~!?」
「……」
「カシスだっぴ!!カシスがいるっぴ!!」
「元ヤン発見!!」
ピスタチオとフィーノが話しかけると、カシスは「ん?」と振り向いた。
カフェオレは、頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
そうこうしているうちに、ドワーフはショコラを連れてどこかへ逃げていた。カシスはチッと舌打ちした。
「ショコラだっぴ!!」
「そう。ショコラだ」
カシスがうなずいた。
「追いかけるっぴ!!ショコラはオイラの大切な……カベだっぴ!!」
「大切な友達とかじゃなくて大切なカベかよ。ゲスいなこの犬」
フィーノは再びジトッとピスタチオを見た。
「……。ムダなんだ……。ヤツはワープの魔法が使える。追いつめたら、ひゅ~んさ」
「ブブ~!ドワーフは魔法を使えないっぴ。そんなウソには引っ掛からないっぴ」
「ヤツにはエニグマが融合してる……。俺1人だったら、正体をあらわして襲いかかってきたハズだ」
「マジで……?」
フィーノは苦い顔をした。
「イヤナ テンカイニ ナッテキタゼ……」
「さすがに闇のプレーンでは1人じゃヤバい感じだ。手を組もうぜ」
「そうだね、いっしょにマサラティ村まで行こう」
こうしてカシスも、フィーノ達と合流した。
丸太橋がかかっている所に行くと、ヴォークスの女性と、ドワーフのクアトロフォルマッジが何やら話していた。
「お前は魔法が使えるか?」
「魔法?魔法がどうかしましたか?」
「俺の新たな宿主にふさわしい魔法の使い手かと聞いている。質問に答えろ」
クアトロフォルマッジのぶしつけな言い方に、ヴォークスの女性はムッとした。
「そんな尋ねかたをして誰が答えるもんですか。立ち去りなさい」
「……。ショコラがいないぞ。どこかに隠して来たのか?」
カシスがいぶかしんだ。
「チッ!ジャマが入ったか!」
クアトロフォルマッジは、ワープの魔法でどこかへ去ってしまった。
「ちくしょう……!これじゃ追うに追えねぇ!」
「すぐ、ひゅーんてどっかに行っちゃうね……」
カシス、フィーノが言った。
「変なドワーフね……。まったく、どうしたのかしら」
ヴォークスの女性が呟いた。
「まったく、いつになったらケリがつくのか……」
カシスはため息混じりに言った。
すると、ヴォークスの女性はカシス達に気が付いて振り返った。
「あら、はじめまして。私はシナモン。マサラティ村の者です。ところで、先ほど村のほうでも何人か旅の方を見ましたけど、お知り合いですか?」
「旅の方?もしかして……!」
「オイラ、旅人の知り合いなんていないっぴ……。それよりも、シナモンさん……キレイだっぴ……」
フィーノは内心、さえぎるんじゃねーよこの犬と毒を吐いた。
「ガナッシュタチダナ。マチガイナイ」
「そうそう、それが言いたかったの」
カフェオレの肩を、フィーノはポンポン叩く。
「もしお知り合いでしたら彼らを止めたほうがいいかも。彼ら、レヒカフ沼の南に渡るって言ってましたから」
シナモンが言った。
「ヌマニハ ハイリタク ネェナァ。サビタラ イヤダシナァ」
と、カフェオレ。
「なんでも、エニグマの森に行くんですってよ。私はこれで!村の人に見られたくないの!」
「エ!エ!エニグマ~~~~!?」
ピスタチオが驚いている間に、シナモンはどこかへ行ってしまった。
「エニグマの森ね……なんでそんなとこへ……」
フィーノが不可解だというように顔をしかめる。
「……………………………………キレイなひとだっぴ……」
「ピスタチオって本当に惚れっぽいね」
フィーノは思ったまま口にした。
マサラティ村に入ると、見慣れた姿がそこにあった。
「シードル!?」
「あっ!シードルじゃん!!」
カシスとフィーノが言うと、シードルもこちらに気が付いたようだ。
「シードルだっぴ!!シードルがいるっぴ!!」
フィーノ達は、シードルに駆け寄った。
「なんとか生きながらえてるみたいじゃねぇか!!ところで、お前一人か!?他の連中といっしょじゃなかったのか!?」
「そんなに大声でしゃべらないでよ。みんな見てるからさぁ」
シードルはキョロキョロとあたりを見ながら恥ずかしそうにしている。
「ハズカシガッテル バアイジャネェダロ!ホカノミンナハ イッショジャナイノカッテ キイテンダ!」
カフェオレ、ナイスツッコミ!
フィーノは心の中でカフェオレを絶賛した。
「他の連中って、ガナッシュやオリーブ達のこと?彼らだったらエニグマの森に行くって言って、沼を渡ったよ」
「え――――っ!!」
フィーノが叫んだ。
「エニグマの森だっぴか――――――――――ッ!?どうしてエニグマの森なんかに向かったっぴ――――ッ!?」
シードルはそっぽを向いて、こう答えた。
「うぬぼれてるのさ、彼ら。きっと、エニグマと戦っても勝てるつもりなんだ。やってられないよ!」
「いや、やってられないとは言ってもだねぇ……」
カシスが宥めるように言い出した。
「みんな、エニグマにさらわれてこっちに来てるワケだし、みんなを探すとなるとエニグマの森へ向かわざるをえないんじゃないかねぇ」
「考えたくないっぴ――――!!きっとショコラもエニグマ憑きのドワーフにエニグマの森に連れて行かれたんだっぴ――――!!イヤだっぴ――――!!コワイっぴ――――!!」
「僕はエニグマの森へなんか行かないよ」
シードルはそっぽを向いたまま言った。
「はぁ!?」
「なんだって!?友達がどうなったっていいってのか!?」
それに対しフィーノとカシスが怒った。
シードルは皆に向き直り、キッと睨んだ。
「そんなこと言ってないよ。現実の話をしてるのさ。僕達だけで何ができるって言うのさ!!下手に動いても、問題を大きくするのが関の山さ!!安全な場所でじっとして大人の助けを待つのが僕らがすべきことさ!!違うかい!?」
「お前は正しいかも知れないよ。だけど、本当にそう思うなら、俺達を助けてくれる大人をどこかから呼んで来いよ!!俺達が何もしなかったらその間に、他の連中がどうなるかわからないんだぜ!!」
「そんなこと言われても僕、こまるよ」
「いや、こまってるのは僕らのほうだし……」
フィーノがぼそぼそと言った。
「オレタチ マバスデ イチド ガッコウヘ モドッタンダ。ダケド、コンカイノケンハ オトナニタヨラズ ジブンタチデ カイケツスルコトニシタンダ」
カフェオレが説明した。
「ムチャクチャだよ、そんなの。みんなヒーローになりたいだけなんじゃないの?」
「あのねシードル、僕らがそんな向こう見ずのカッコつけに見える?」
フィーノはあからさまにイライラしている。
「校長が、キャンプの前に言った言葉、覚えてるか?」
カシスが静かに言った。
「キャンプを途中でやめたら退学だって?ふざけてるよ!それに、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ!」
シードルは怒りに叫んだ。
「校長はこうなることを知っていたのさ」
対しカシスは静かだ。
「やっぱりそうだっぴか。みんな気付いてるっぴか。こんな危険な目にあうことがわかっていながら、キャンプに行かせたっぴ。ヒドい校長だっぴ」
「……どうして…………?どうして、そんな…………!?」
シードルはうつむいた。
「僕ら、グラン・ドラジェに見込まれてるんだよ」
「そう。校長は俺達を信じてるのさ」
シードルは後ろを向き、2、3歩歩いた。
「信じてる……!?」
「俺達が乗り越えなければならない何かがあるんだ。大人達では、もう変えられない何かがあるんだ。校長は、俺達にそれを伝えようとしているんだ。そして、信じてる」
シードルはまた2歩ほどうつむいたまま歩いた。
「信じてる……僕らを信じてる……」
「イコウゼ、シードル。シンライニ コタエヨウ」
シードルは一同のほうを向いて、一言告げた。
「イヤだ…………」
「ワガママもいい加減にしてよねッ!このヘタレ!骨無し男!」
怒ったフィーノがシードルに罵声を浴びせた。
「ハァ。しょうがないな」
カシスがため息をついた。
「僕はここに残る。信じてくれなくていい。むしろ僕は、大人達が助けに来てくれることを信じるよ」
「ふざけんな!!!!シードルのわからず屋!!もういいよ!君なんかずーっとそこでじっとしてなよ!!!!」
フィーノが怒鳴った。
「行こう。もういいよ。それに、ここに残るのも自由だ。止めはしないさ」
「カシス甘過ぎ!!もう最悪!!こんな協調性皆無なヤツ初めて見た!!クソヤバい!!僕以下じゃん!!」
「まあまあ、そう興奮しなさんな」
烈火のごとく怒るフィーノをカシスがなだめている間、ずっとシードルは顔をしかめて別の方を向いていた。
シードルと別れた後フィーノ達は、船に乗る許可をもらうためにマサラティ村のリーダーの家を訪れた。
「ここはリーダーのお宅だ。失礼のないようにな」と偉そうに言う門番に「はーい」と適当な返事をして、フィーノは皆といっしょに家の中に入っていった。
「こんにちは~。この村のリーダーはあなたですか?」
フィーノは奥にいるヴォークスに声をかけた。
「うむ。私がマサラティ村のリーダージンジャーだ。この村が、闇のプレーンの中でも平安を保っていられるのは、私がいい仕事をしているからだ」
「はあ……さよですか」
フィーノはその場しのぎの適当な相槌を打つ。
「お前達も、この平和を存分に楽しむがよい。ただし、沼の真ん中の氷の島へは行かぬことじゃ。先々代も、その前のリーダーもあそこで命を落とした。氷の島にあるジェラ風穴。そこにはとんでもない魔物がおるからの」
「魔物がいなくても、氷の島なんて寒そうなとこ行きたくないよ」
フィーノが苦虫を噛み潰したような顔をした。
そこに、ひとりのヴォークスの男が入ってきた。
「リーダー、娘さんのことですが、ちょっとよろしいか?」
「なんだ?またいつもの話か?」
「今日もシナモン様は例の場所へおいでのようで……村の者達も、いつまでも大目に見るとは限りませぬ。実際に……『リーダーの娘だから、ルールは守らなくても良いのか?』……との声も聞かれまする。このままでは、何か事件が起きるのではないかと心配でなりませぬ」
「わかっている。村のルールは守らせる。リーダーの娘であろうと例外ではない。私は公平なリーダーだ」
二人が話をしているそこに、シナモンが帰って来た。
「ただいま、お父様」
「あ、さっきの……」
フィーノが言った。
「私はこれで、失礼致します」
ヴォークスの男は家から出ていった。
「遅かったな。どこへ行ってたんだ?」
ジンジャーがシナモンに尋ねると、シナモンは少し答えるのに迷う素振りを見せた。
「え……?あの……カエルグミを取りに……」
フィーノは、彼女はウソをついていると思った。
「そうか。たくさん取れたか?」
ジンジャーは穏やかに尋ねた。
「いいえ……。ちっとも……」
「そうか。疲れただろう。今日はもう、外に出ないでゆっくりと休みなさい。今日、どんなことがあったか、明日、ゆっくりと話しをしよう」
気まずそうなシナモンに対し、ジンジャーは極めて穏やかだ。
フィーノ達は、そっとその場を立ち去り外に出た。
すると、門番の男とヴォークスの少年が何か話していた。
「キミをこの家に入れるなとのリーダーのお達しがあるんだ。帰りなさい」
「でも、シナモンの忘れ物……じゃなくて……シナモンのハンカチが森に落ちてたから……」
ヴォークスの少年は、とても内気そうに見えた。
「ならば、私が預かろう」
「直接渡したい……」
「それはできぬ」
門番の男は厳格にきっぱりと言った。
「どうして?」
「ルールだ。どうしてもと言うならリーダーの許可をあおがねばならない」
「リーダー……?シナモンのお父さんのこと?だったら、今すぐ許可を……」
「リーダーはお疲れだ。またあとで来なさい」
「それじゃ、また明日来ます……。今日は宿に泊まりますから何かあったら、宿のほうへ連絡お願いします……」
落ち込んだ様子で、ヴォークスの少年は宿屋へ向かってとぼとぼ歩いていった。
「ねえ、通りたいんだけど」
フィーノはイライラと門番の男に話しかけた。
「通ってよし」
門番の男は、意に介さずフィーノ達が通れるようにどいた。
その後宿屋に行くとヴォークスの少年の姿があったので、フィーノは声をかけてみた。
「ねえ、君、さっきリーダーの家に来てたよね?」
「やぁ。さっきはどうも。なんだか、恥ずかしいところを見られちゃったな」
「ハァ……オイラも切ないっぴ……」
「ハハハハ……。そうだね……。」
ヴォークスの少年は、弱々しく笑った。
「さっきのハンカチを届けるってのは、シナモンが考えた作戦だったんだ……。少しずつ、村の人と馴染めるように……ってさ。だから、シナモンの為にも、少しずつ、諦めないで村の人と馴染もうと思って……。だから、明日また行ってみる」
すると、そこに宿屋の主人が近寄ってきて、こう言った。
「よしな、メースちゃん。あんまり目立ったことしてると痛い目にあうよ」
「オオット!ダレデイ!クチヲ ハサムノハ!?」
「……?」
メースは、宿屋の主人のほうを向いた。
「メースちゃんの両親が死んだのは村の者のせいさね。メースちゃんの目を正面から見れる大人は一人もいないのさね」
「……」
メースは悲しそうにうつむく。
「それって、どういうこと?」
フィーノが尋ねた。
「ウーズ熱はアイスシードさえあれば、簡単に治せる。沼の真ん中の氷の島の洞窟にグラッシの花があり、その花がアイスシードを実らせることも皆知っておる。ただ、誰にも、それをとりに行く度胸がなかったんじゃ。大昔の言い伝えを引っ張り出してきて、やれ『悪魔の熱だ』とか、『呪いの熱』だとか騒いで、誰もアイスシードを取りに行こうとはしなかったのさ。それだけの話さね」
「なにそれ!そんな理不尽なことってある?サイッアク!!」
フィーノが自分の事のように怒る。
「旅の人の前でそんなことを言わないでください……。知ってましたよ。そのことで村人を責めるなと言うのが、父の最後の言葉でした。自分の為に命をかけろとは言えないでしょう?父は笑ってましたよ……」
「シナモンさんなら、きっとわかってくれるっぴ……」
ピスタチオがメースを励ました。
「ク~ッ!ナカセルネェ~!ナカセルジャネェ~カ!コンチクショイッ!!」
カフェオレがグシグシと涙を拭う。
「でもさ……君はそれでいいの?ムカつかないの?」
フィーノが言った。
「いいんです。村の人にわかってもらうために大切なのは、言葉ではなく、僕が何をするかなんです」
メースは首を左右に振りながら答えた。
宿屋の主人は、じわりと目を潤ませた。
「大人になったね……メースちゃん。ご両親が亡くなった時は、あんなに小さかったのにね……。ゴメンね、おじさん、何もしてあげられなくて……。今日は泊まって行きな。皆もいっしょに……。タダでいいからね」
翌日。リーダーの家に向かうフィーノ達をシードルは見つけた。
(フィーノ達……?)
こっそりあとをつけて遠くから見ると、リーダーの家の前でメースと門番がもめているようだった。
「どうして会わせてもらえないんですか?教えてください」
「???」
シードルはサッと物陰に隠れた。
「それはだな……、えー、シナモン様は今、お病気でふせっておられるゆえにだな、また後日たずれられるが良い」
門番は嘘をついているのだろう。
彼の様子を見て、フィーノは直感した。
「病気?本当に病気なんですか!?」
メースも多少疑っているようだ。
「言うに事欠いて!本当に病気かだと!?私がウソをついていると言いたいのか!?」
門番が怒鳴った。
「いえ、そんなつもりでは……せめて病名だけでも……」
「病名は……ウーズ熱だ。お前みたいな奴とコソコソ会ってるからこんなことになるんだ」
「う、うそだ……そんなことが……」
メースはあまりの衝撃に、顔面蒼白になっている。
「とにかく立ち去れ。ジャマだ」
「取ってきます……」
「なんだってぇ~???」
「アイスシード……取ってきます……」
「アイスシード……まさか……!!ジェラ風穴に入るのか!?」
門番の顔色が変わった。
「待っててください。必ず戻ります」
「ちょっと待て!!おい!!アイスシードなど取ってきてもあんなモノは効かんぞ!!ウーズ熱は治らんのだ!!わかってるのか!!」
門番が止めるのも聞かず、メースはその場を去って行った。アイスシードを取りに行ったのだ。
「フン。勝手にのたれ死ねばいいさ」
門番が吐き捨てた。
「ヒドイっぴ……」
「そうだね。ピスタチオと違って最低なワンちゃんだね」
「まさか、本気じゃねぇだろ?厄介払いできれば理由はどうでもいいのさ。シナモンのウーズ熱なんて話もあやしいモンだぜ」
カシスも、門番の話をあやしいと思っていたようだ。
「ショウネン、カノジョノコトハ ワスレロ!!コンナマチハ ステテ ジユウニクラスンダ!!」
「……僕達もあとを追ってみよう」
メースのあとを追って船着き場に行くと、そこにはメースはおらずシードルがいた。
「シードル……」
フィーノが呟いた。
「よう!シードル!町を出て冒険でもしてみる気になったのかい!?」
カシスが明るく声をかけた。
「冒険?まさか……。汗水たらして、泥にまみれて何をしようって言うのさ」
「あいかわらずキザったらしい物言いだね。ちょっとウザいかな」
フィーノが毒を吐いた。
「ジャア、コンナトコロデ ナニシテンダ?」
「……」
カフェオレが質問すると、シードルは背を向けた。
「リーダーの船が消えてるっぴ。メースはどこへ行ったっぴ?」
「氷の島……。ジェラ風穴に行くって……」
シードルは小さく答えた。
「一人でそんなところへ!?アイツ、あのオッサンの話をマに受けたのかよ!!」
「やっぱ行っちゃったんだ……決意固そうだったもんね……」
カシス、フィーノが言った。
「……。イヤな予感がするっぴ!!すぐに助けに行くっぴ!!」
「行こう、シードル!!アイツを助けなきゃ!!」
「……」
シードルは黙ってうつむいている。
「イソグゼ!!テオクレニナラナイウチニ!!」
シードルはみんなの方に向き直った。
そして、一言返した。
「君らだけで行けよ。僕には関係ないよ」
「シードル、ヒドイっぴ!!オイラだって、怖いのにがんばってるのに!!オイラよりずっと魔法が使えるシードルが何もしないなんて許せないっぴ!!」
「べつにいいじゃんピスタチオ。シードルになんか期待するほうが間違ってるよ。怒る価値もないよこんな人。シードルなんて、来ようが来なかろうがどうでもいいしね」
激怒するピスタチオに、フィーノは静かに言った。
すると、シードルの表情が険しくなる。
「……。みんな、僕のママと同じように死ねばいいんだ……」
シードルの声は震えていた。
「は……?」
フィーノが聞き返した。
「僕とママとで、パナシェ山に芸術祭の準備に行った時……ママが氷の彫刻に熱中しているうちに、外は吹雪になったんだ。吹雪はそれから4日間も続いて、食べるものもなくなって、ママは助けを呼びに行くって……そのまま2度と戻らなかった……。その次の日に救助隊の人が来て僕は町へ帰ったけど、ママは帰って来なかった」
フィーノは思った。シードルは寒さや吹雪が嫌いなのだ。嫌なことを思い出すからさけたいのだと。
自分と同じように。
「知らなかった……。でも、今の俺達は助けを待つ身じゃないだろ?」
カシスが言うも、シードルはどこかへ歩き去ってしまった。
「シードルッ!!」
カシスが遠くなるシードルの背中に叫んだ。
「もう行くっぴ。オイラ達だけでもメースを助けるっぴ!!」
「……そうだね」
フィーノ達は船に乗った。そして、目指した。ジェラ風穴を。
「なんっだよここ……!寒すぎだろ……!」
両腕を擦り、ガタガタ震えるカシス。
「さ、さすが氷の島だけあって寒さがジンジョーじゃないっぴ……」
ピスタチオも寒さにブルブル震えている。
「オイ、フィーノ、ダイジョウブカ?ドウシタ?」
フィーノだけ、震えかたが寒さのそれだけではないようだった。
何かに怯えるような表情で、ひゅーひゅーと苦しそうに呼吸をしている。
この全てが凍てついた寒い氷の島は、自らが凍らせて滅ぼしてしまった故郷の村を思い出す……。
「なあ、フィーノ、具合悪いなら俺達だけで行ってくるぜ」
「そうだっぴ!どうして具合悪くなったのかはわからないけど、フィーノはここで待ってたほうがいいっぴ!ツラそうだっぴ!」
「……皆と行く」
フィーノはなんとか苦しい呼吸を整えようとしながら言った。
「だって、シードルにあれだけズケズケ言ったのに、その僕がリタイアしたんじゃカッコ悪いし最低でしょ……」
「一応気にしてたんだな」
「そりゃ……そうだよ。あれでも友達だもん」
そう言ってフィーノは、足を動かし始めた。
奥まで進むと、フィーノ達は見覚えのあるヴォークスが倒れているのを見つけた。
「アソコニ ダレカ タオレテルゼ!!」
「あれは……メース!?」
フィーノ達が駆け寄るも、メースは動かない。
「あ~~~~っ!!死んでるっぴ!!死んでるっぴ!!」
そんな時、「がっしょん、がっしょん」という音が聞こえ、カフェオレはキョロキョロ辺りを警戒した。
「ナニカ ヘンナオトガ……」
フィーノ達も辺りを警戒していると、巨大なハサミを持ったモンスターが現れた。
「なんか出たっぴ~~~~!!」
「こいつは……ヘイルクラブ!」
「知ってるのか!?フィーノ!」
「『世界の魔物』、590ページ!」
「あいかわらずの本の虫だっぴ……」
警戒し身構えながら、カシスとフィーノとピスタチオは会話した。
するとヘイルクラブは、巨大なハサミをブンブンと振り回してきた。
「うああっ!!」
「ぐっ!!」
「ギャッ!!」
「ぴ~っ!!」
フィーノ、カシス、カフェオレ、ピスタチオはハサミの鋭利な刃が体に触れ、裂傷ができてしまう。
マジックドールはかろうじて無事だ。
「フィーノ!オカエシニ ミズノマホウヲ オミマイシテヤレ!」
「ダメ……効かない。ヘイルクラブは水属性のモンスターだから、僕の水の魔法は同じ属性だしヘイルクラブはくらわせたとしてもへっちゃらだよ。マジックドールの魔法もね。僕の魂を入魂してるから」
「マジかよ……!」
そうこう言っているうちに、ヘイルクラブは猛吹雪を吐き出してきた。
「ッ……!!!!」
このジェラ風穴の寒さに加え、猛吹雪を浴びせられ、フィーノ達の体はほとんど感覚がなくなった。
フィーノは肉体と精神の傷で気絶しそうになるのを懸命にこらえた。
寒さと傷の痛みに耐えながら、カシスは叫ぶように唱えた。
「ジュリエンヌ!!!!!!」
刃の魔力が地を走り、ヘイルクラブを切り刻む!
ヘイルクラブは断末魔を上げながら絶命した。
そのあとすぐに、倒れていたメースは気がつき起き上がる。
「……ここは、どこ……?あなた達は……………………。そうだ……思い出した……花をとったんだ……帰らなきゃ……」
呟くと、メースは村へ帰りに去っていった。
「生きてるっぴ!!死んでないっぴ!!」
「ピスタチオ……君ね……」
フィーノはピスタチオの言動に脱力感を覚える。
「ガンバレ!!ショウネン!!」
すると、クアトロフォルマッジの低い笑い声がフィーノ達の耳に入った。
「くっくっくっく……」
「ドワーフの声だっぴ!!どこかに隠れてるっぴ!!」
クアトロフォルマッジがその場に現れると、カシスが憎々しげに叫んだ。
「ちくしょう!こっちが弱るのを待っていたな!」
「最悪……」
フィーノも恨めしげにクアトロフォルマッジを睨み付けた。
「俺様と戦える体力は残っているかな?」
「オレ……サムイノ……ニガテ……モウ……ゲンカ……イ……」
カフェオレが弱音を吐いた。
「戦うまでもなく一人脱落か……。くっくっくっく……」
「ショコラをどこにやった!?ショコラを出せ!!」
カシスが声を荒げた。
クアトロフォルマッジは、エニグマのダブハスネルに姿を変えた。
「俺様と融合すれば寒さも感じぬし……友情などに惑わされることも、なくなるかも知れんぞ。くっくっくっく……」
そのダブハスネルの言葉は、今の弱っているフィーノを揺らがせた。
「ぼ……僕……ゆ……」
融合する、そうフィーノが言いかけた時だった。
黄色い薔薇が現れ輝き、ダブハスネルはいばらに覆われ倒れた。
「!?」
カシスは目を見開いた。
「この魔法は……!」
フィーノはハッと我に返る。
「頼りにならない救助隊だなぁ。そんなんじゃ誰も助からないよ」
そこにシードルがやって来た。とても吹っ切れた笑顔だ。
「かっこよすぎるよシードル~!!」
フィーノはパアッと明るい顔になる。
「シードル!?助けに来てくれたっぴか!?」
ダブハスネルは、「覚えてろよ!!」と捨て台詞を吐きながらワープの魔法でどこかへ去った。
「あっ!!」
「ニゲルノカ…………!!」
「いいよ、今は逃がしてやればいい。戦って勝てるかどうかもわからないしね」
シードルが言った。
「その通りだっぴ……。今は、こっちの体力を回復させるのが先だっぴ……」
ピスタチオはシードルの言葉を素直に認めた。
「あの、シードル……さっきはひどいこと言ってごめんね」
フィーノは眉を八の字にしてシードルにぺこりと頭を下げた。
「べつにいいさ。フィーノの発言がシビアなのは今に始まったことじゃないんだから」
シードルはクスクスと笑んだ。
「えっ!僕の発言シビア?」
フィーノは心からそう思ったのか目を丸くする。
「自覚なかったっぴか……」
「シビアというか、痛烈というか、とにかく辛辣だよ」
シードルはおかしそうに笑っている。
「よう、シードル。どんな気分だい?」
カシスはシードルの肩をポンと軽く叩きながら言った。
「このまま、ママを助けに行きたい……。今なら助けられるのに……もう、ママはどこにもいないんだなぁ……」
「助けるべき人はいくらでもいるさ」
シードルは目を伏せていたが、突然顔を上げた。
「どうした?」
カシスが尋ねた。
「今、誰かがこっちを見てるような感じがしなかった……?」
「うん、なんかそんな感じした……なんだろう……?」
フィーノはシードルの言葉を肯定した。
「行こうぜ」
「とりあえず、マサラティ村へ戻るっぴ!!シナモンさんの病気が心配だっぴ!!」
カシス、ピスタチオが言った。
「それでいい?エニグマはどうするの?」
シードルが言った。
「OK。マサラティ村へ戻ろう。あのエニグマを見てて気付いたんだが、どうやら体力が落ちると宿主と同化するみたいなんだ。だからしばらくは、アイツはもとのドワーフが取るような行動を取るはずだ」
カシスが説明した。
「ふーん。でも、もとのドワーフってのがそもそもどんなヤツなのかわかんないや」
シードルは小首を傾げた。
マサラティ村へ戻ったフィーノ達。
ジンジャーの家の前に行くと、メースと門番が会話をしていた。
「この実を、シナモンに……。お願いします……」
「バ、バカな……。ジェラ風穴からわざわざ……」
門番は、まさかメースが本当に危険をおかしてまで行動にうつすとは思っていなかった様子だ。
「お願いします。この実をすりつぶしてシナモンに飲ませてください!」
「いや、いかん!そんなもので熱はなおらん!ウーズ熱にかかったのは、お前みたいな悪魔とこそこそ会ったりしたせいだ」
「僕は悪魔じゃない!!」
「シナモン様をたぶらかしておいて、何をエラそうに!お前はその実をダシにしてシナモン様に会いたいだけではないか!見え透いているぞ!」
門番は冷たく言い放った。
「どうしてわかってくれないんだ!もし本当に彼女がウーズ熱なら、早くこの実を飲ませないと……!」
「わかった、わかった。その実はあずかろう。そして、お前がこの村を出て行くと約束するなら、その実をシナモン様に飲んでいただこう。それでいいだろう?」
「……。そんな…………」
メースは躊躇いと戸惑いが入り混ざった表情になる。
「シナモン様を助けたいのは私も同じだ。もっとも、私は、そんな実でウーズ熱がおさまるとは思っていないがな」
「シナモンは、本当にウーズ熱なんですね……?」
「ああ、そうだ」
メースが確認するように言うと門番は答えた。
「だったら、これを……。シナモンに……」
メースは、実を門番に手渡した。
「村を出るのか!?はっきり聞かせてもらおう!」
「さようなら。もう二度と来ない。シナモンには……。シナモンには、何も言わないで。それじゃ」
メースはそのまま行ってしまった。
「ハッ。バカなヤツ」
門番は嘲笑した。あからさまにメースをバカにしている。
「ようやくやっかい者が片付いたよ」
「…………」
フィーノはイラつきながら門番を睨んだ。
「ああそうだ、これはくれてやるぞ」
「ふん!!」
フィーノはアイスシードを門番の手からひったくるようにもらうと、すたすたとジンジャーの家の中へ入っていった。
ピスタチオとカフェオレとカシスとシードルとマジックドールも、そのあとに付いていった。
「あ……シナモンさん、やっぱり元気そう……」
フィーノはシナモンを見かけるなり言った。
ウーズ熱だなんていうのは、やはりウソだったのだ。
「あら、お久しぶり。近頃、お父様が家から出してくれなくて……」
「シナモンさん……。ウーズ熱はなおったっぴ?メースとオイラで、命がけでアイスシードを取って来たっぴ」
「取ったのは主にメースのみでしょバカ犬」
フィーノがズバッと手厳しく訂正する。
「バカ犬じゃないっぴ!!」
ピスタチオが抗議した。
「……なに?なんのこと?……なんなの?わからない……」
シナモンは完全に健康で、ここに閉じ込められていただけのようだ。
フィーノ達は、いっせいにジンジャーのほうを見た。
「お父様!!いったいどういうこと!?私がここにいた間に何が起こったの!?説明して!!」
「私も詳しくは知らされていない。ただひとつ言えるのは、メースという男は、ほかの誰より勇気を持っていたってことだ……。すまない……。こんな父親で許してくれ……」
「わからない……!なんなの、それ!!そんな説明じゃ、何もわかんないっ!!」
シナモンは走って家から出ていってしまった。
ジンジャーは追おうともしない。
「仕方がないんだ……。私だって、つらいさ……。見ての通り、この村の男達はメースやシナモンほどに心が大人になりきっていない。メースがこの村にいても、何も良いことはないだろう。旅の人……、シナモンはきっと、村外れのメースの家に向かったはず。もし、あの娘がメースの後を追うと言い出したら、これを渡してくれ……」
「おじさん……。おじさんはそれでいいの?」
ジンジャーからキャムティ金貨を10枚受け取りながら、フィーノは言った。
「これを売って装備をととのえるよう、伝えておいてほしい」
ジンジャーはフィーノの問いに答えなかった。
「シナモンさんまで追い出す気だっぴか!?今すぐメースをむかえに行くことはできないんだっぴか!?シナモンさんがカワイソすぎるっぴ!!アンタはオニだっぴ!!」
「金の問題じゃないだろ?わかってんの、オッサン?自分の娘が、一生誰かをうらんだまま生きて行くなんて、耐えられるかい?」
ピスタチオ、カシスが言った。
「……わかっているとも……。私はシナモンの父親だ……。みなの思うところは、痛いほどわかるとも……」
「行こうぜ。もういいよ」
「そうだね。じゃあさよなら、おじさん」
カシスが見切りをつけ、フィーノもひらひらとジンジャーに手を振り家から出た。
村外れのメースの家に行くと、やはりシナモンがいた。
「いないわ。どこに行ったの、メース……。いつ戻って来るの……?」
「シナモンさん……」
フィーノが声をかけると、シナモンはハッとフィーノ達に気が付いた。
「メースはどうしたんですか!?知ってたら教えてください!!」
「キレイなお姉さんに隠し事はできないっぴ……。何もかも教えるっぴ……」
「聞かせて!何もかも聞かせて!彼は生きてるの!?どこへ行ったの!?」
フィーノ達は、これまでのことを全て話した……。そして、ジンジャーから受け取ったキャムティ金貨を彼女に渡した。
シナモンは静かに全てを聞いていた。
「お父さん……。私、行きます……。彼を探して、いっしょに帰ってきます……」
「危ないっぴ!!一人じゃムリだっぴ!!」
ピスタチオがとめるも、シナモンの決意は固かった。
「皆さん、お気遣いありがとうございます。でも……きっとこれが私の運命なんだよね……」
「シナモンさん……」
フィーノは、シナモンを引きとめることはできなかった。
「機会があったら、またどこかで会いましょう。さようなら」
「ダメだっぴ!!ひとりじゃ危ないっぴ!!オイラも行くっぴ!!」
「ピスタチオ!もういいよ。彼女が一人で行くって言ってんだから。しょうがねぇっての」
カシスが半ば呆れ気味に言った。
「そんなこと言っても!!かわいそうだっぴ!!一人で旅立たせるなんてかわいそうだっぴ!!」
「ありがとう。でも、いいの」
シナモンはピスタチオに微笑む。
「メースが私の為に命をかけてくれたように、私も彼を探す為に命をかけてみる。私は彼に……、んーん、マサラティ村の人達にも本音をぶつけたいの。彼は悪魔なんかじゃないって、全身全霊をかけて言いたいの」
優しくそう言うと、シナモンは家を出て立ち去って行った。
「行っちゃったね……」
「信じようぜ、彼女を。校長が俺達を信じてくれてるように、彼女を信じよう」
フィーノにカシスが言った。
「校長がどう考えてるかなんて、本当のことはわからないけどね。でもまぁ、とりあえず今は船で南へ渡って……ニャムネルトの村をめざす。それでOKだね?」
「そうだね、今はその道しかないね」
シードルの言葉を肯定するように、フィーノはうなずいた。
「OK!イクゼ!エニグマノ モリヘ!」
「エニグマの森……」
カフェオレが意気揚々に言うと、ピスタチオが不安そうに呟く。
「いかにもエニグマがいそうな感じのネーミングだっぴ……!!」
「ははは、気合い入れていこっか!お――――!」
「お――――――」
フィーノの後に続いて言うも、ピスタチオはどう見ても空元気な声だ。
シナモンが前に進むと決めたように、フィーノ達も次へ向かうのだった。
闇のプレーンの空気を味わいながら、カフェオレが言った。
一方、その頃。別の場所では。
エニグマの死体を囲むキャンディ、ガナッシュ、シードル、オリーブ、カベルネがいた。
「ふ~……なんとか勝てたけど……ここって、どこなの……?」
キャンディが言った。
「どこでもいいヌ~。もう、何も怖くないヌ~。これからも、力を合わせて行くヌ~」
「エイ!エイ!オ~~~~~!な~んてね。ハハッ」
シードルが明るくおどけてみせた。
「まだ、ショコラもセサミも見つかっていないだろ?さっさと行こうぜ」
「私も探しに行く!」
ガナッシュ、オリーブが言った。
「探すって行っても、アテはあるの……?ここって、闇のプレーンなんでしょ?」
キャンディが尋ねた。
「そうだね。何が飛び出すかわからないのになんの計画もなしに動くなんて、相当なうぬぼれ屋さんか……おバカさんだね」
シードルが毒舌を放つと、キャンディがそれにハラハラしてあわてふためいた。
「あわわわわわわわ。そうゆー言い方をしなくても、だから、ほら、あれよ、ほら、その、えーと、なによ、ほら」
「ここはレヒカフ沼のほとりだ。子供の頃に何度か来たことがある……。両親と、そして姉といっしょに。東に歩けば、犬族ヴォークスのマサラティ村に出るはずだ」
ガナッシュがクールに言った。
「な~んだ、もう。ちゃんと考えているじゃな~い。そうとわかれば、もうモタモタしてることないよね?行こう、ね?」
キャンディはホッと安堵したのが顔に出ている。
「みんなはマサラティ村に残るといい。ショコラとセサミは俺が探して来るよ」
「あ~ん!置いていかないでよ~!あなたがタヨリなんだから~!!あなたヌキのメンツなんて、もう、ヒドイもんよ!」
「なんだよ、それ~。やる気なくすなぁ~。僕の魔法だってそれなりに決まってるの見てないの~!?」
シードルは口を尖らせた。
「はははは。ははははははは」
「何、ピスタチオ。壊れた?」
フィーノはジトッとピスタチオを見た。
「行くっぴ。レヒカフ沼の南西だっぴ。ギュウヒちゃ~ん。オグラちゃ~ん。ははは。ははははは」
「やっぱり、壊れてる……」
大丈夫なのかわからないピスタチオだったが、少し行った先でマジックドールを発見するなり「マジックドールだっぴ!!連れていくっぴ!!コイツを前に立たせて、オイラは後ろで戦うっぴ!!」と、かなり元気を取り戻した。
マジックドールには、拾った素材を組み込んだ後フィーノの魂が入魂された。
その後レヒカフ沼の南西に行ってみると、体は芋虫、頭は髭の生えたおじいさんという謎の生物を見つけた。
「わ~た~し~は~い~も~む~し~い~も~む~し~ご~ろごろ~」
「うわっ!何これ!?」
フィーノはぎょっとした。
「ヤミノプレーンノ オソロシサヲ カイマミタヨウナ キガスル……」
カフェオレもびっくりしているようだ。
「ムムッ!!そなたらは!!魔法学校ウィルオウィスプの生徒ではないか!?」
「は、はあ、そうですが……」
フィーノは、ああ今僕虫と喋ってるのか……と心で呟いた。
「オイラ、ピスタチオだっぴ。アンタはナニモノだっぴ?」
「聞いておどろけ!私は魔法界のオーソリティ!ギュウヒ・オグラであ~る!わ~た~し~は~な~ん~で~も~し~って~い~る~な~ぜ~な~ら~わ~た~し~は~オ~ソ~リ~ティ~」
なんと、この芋虫じみた生物がギュウヒ・オグラだったらしい。
フィーノは目を丸くした。
「ええっ!?あなたが、バルサミコの言ってたギュウヒ・オグラさん!?」
「ははははははは!ムシだっぴ!イモムシだっぴ!」
ピスタチオは非常に素直である。
「何をしておるかっ!!いっしょに歌わんか!!わ~た~し~は~い~も~む~し~い~も~む~し~ご~ろごろ~」
「ええ…………」
フィーノは明らかに戸惑っている。
一方、その頃。
マサラティ村にシードル達が到着していた。
「ふ~ようやく村についたね。あとはここで先生たちが助けに来るのを待とうよ」
「さんせ~!私も、もうヘトヘト。ここは安全な村だって話だししばらく、ここにいましょうよ」
シードルの意見にキャンディが賛同する。
「みんながそうしてくれると俺も動きやすいよ。それじゃ」
しかし、ガナッシュはひとりでどこかへ行ってしまう。
「俺も行くヌ~!」
「私も行く!」
「ちょっと待ってよ!!置いて行かないでよ!!」
カベルネにオリーブ、キャンディもその後に付いていった。
シードルはひとり、ポツンとその場に取り残された。
「……。みんな行っちゃった……。バカなんだから、みんな。自分達だけで何ができるって言うのさ。ふん!」
「そなたらの思いはわかってお~る!!なんてったって私はオーソリティッ!!」
そう言って、ギュウヒ・オグラは闇のプレーンの地図をくれた。
「私のカンでは、そなたらの担任のマドレーヌ先生とクラスメイト8人は……闇のプレーンに来ておーる!!そしてなんと、闇の存在がお前達を狙っておーる!!ここから沼の外周をつたって北へ行けば、ヴォークスの住むマサラティ村へと出よう!まずは、マサラティ村を目指すがよい!」
「わかりました……ありがとーございます。行こう、みんな」
フィーノはなるべく早くこのイモムシ男とおさらばしたかった。
もと来た道を少し戻ると、カシスがショコラを連れたドワーフと対峙していた。
「カリを返すぜ。ここでケリを付けさせてもらう」
「おめぇの友達をさらったのを怒ってるだか~!?いや、これは、さらったんでね!すぐ返してやるだ!!おめぇの友達の力を、ちょびっと借りてぇだけなんだ~!?」
「……」
「カシスだっぴ!!カシスがいるっぴ!!」
「元ヤン発見!!」
ピスタチオとフィーノが話しかけると、カシスは「ん?」と振り向いた。
カフェオレは、頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
そうこうしているうちに、ドワーフはショコラを連れてどこかへ逃げていた。カシスはチッと舌打ちした。
「ショコラだっぴ!!」
「そう。ショコラだ」
カシスがうなずいた。
「追いかけるっぴ!!ショコラはオイラの大切な……カベだっぴ!!」
「大切な友達とかじゃなくて大切なカベかよ。ゲスいなこの犬」
フィーノは再びジトッとピスタチオを見た。
「……。ムダなんだ……。ヤツはワープの魔法が使える。追いつめたら、ひゅ~んさ」
「ブブ~!ドワーフは魔法を使えないっぴ。そんなウソには引っ掛からないっぴ」
「ヤツにはエニグマが融合してる……。俺1人だったら、正体をあらわして襲いかかってきたハズだ」
「マジで……?」
フィーノは苦い顔をした。
「イヤナ テンカイニ ナッテキタゼ……」
「さすがに闇のプレーンでは1人じゃヤバい感じだ。手を組もうぜ」
「そうだね、いっしょにマサラティ村まで行こう」
こうしてカシスも、フィーノ達と合流した。
丸太橋がかかっている所に行くと、ヴォークスの女性と、ドワーフのクアトロフォルマッジが何やら話していた。
「お前は魔法が使えるか?」
「魔法?魔法がどうかしましたか?」
「俺の新たな宿主にふさわしい魔法の使い手かと聞いている。質問に答えろ」
クアトロフォルマッジのぶしつけな言い方に、ヴォークスの女性はムッとした。
「そんな尋ねかたをして誰が答えるもんですか。立ち去りなさい」
「……。ショコラがいないぞ。どこかに隠して来たのか?」
カシスがいぶかしんだ。
「チッ!ジャマが入ったか!」
クアトロフォルマッジは、ワープの魔法でどこかへ去ってしまった。
「ちくしょう……!これじゃ追うに追えねぇ!」
「すぐ、ひゅーんてどっかに行っちゃうね……」
カシス、フィーノが言った。
「変なドワーフね……。まったく、どうしたのかしら」
ヴォークスの女性が呟いた。
「まったく、いつになったらケリがつくのか……」
カシスはため息混じりに言った。
すると、ヴォークスの女性はカシス達に気が付いて振り返った。
「あら、はじめまして。私はシナモン。マサラティ村の者です。ところで、先ほど村のほうでも何人か旅の方を見ましたけど、お知り合いですか?」
「旅の方?もしかして……!」
「オイラ、旅人の知り合いなんていないっぴ……。それよりも、シナモンさん……キレイだっぴ……」
フィーノは内心、さえぎるんじゃねーよこの犬と毒を吐いた。
「ガナッシュタチダナ。マチガイナイ」
「そうそう、それが言いたかったの」
カフェオレの肩を、フィーノはポンポン叩く。
「もしお知り合いでしたら彼らを止めたほうがいいかも。彼ら、レヒカフ沼の南に渡るって言ってましたから」
シナモンが言った。
「ヌマニハ ハイリタク ネェナァ。サビタラ イヤダシナァ」
と、カフェオレ。
「なんでも、エニグマの森に行くんですってよ。私はこれで!村の人に見られたくないの!」
「エ!エ!エニグマ~~~~!?」
ピスタチオが驚いている間に、シナモンはどこかへ行ってしまった。
「エニグマの森ね……なんでそんなとこへ……」
フィーノが不可解だというように顔をしかめる。
「……………………………………キレイなひとだっぴ……」
「ピスタチオって本当に惚れっぽいね」
フィーノは思ったまま口にした。
マサラティ村に入ると、見慣れた姿がそこにあった。
「シードル!?」
「あっ!シードルじゃん!!」
カシスとフィーノが言うと、シードルもこちらに気が付いたようだ。
「シードルだっぴ!!シードルがいるっぴ!!」
フィーノ達は、シードルに駆け寄った。
「なんとか生きながらえてるみたいじゃねぇか!!ところで、お前一人か!?他の連中といっしょじゃなかったのか!?」
「そんなに大声でしゃべらないでよ。みんな見てるからさぁ」
シードルはキョロキョロとあたりを見ながら恥ずかしそうにしている。
「ハズカシガッテル バアイジャネェダロ!ホカノミンナハ イッショジャナイノカッテ キイテンダ!」
カフェオレ、ナイスツッコミ!
フィーノは心の中でカフェオレを絶賛した。
「他の連中って、ガナッシュやオリーブ達のこと?彼らだったらエニグマの森に行くって言って、沼を渡ったよ」
「え――――っ!!」
フィーノが叫んだ。
「エニグマの森だっぴか――――――――――ッ!?どうしてエニグマの森なんかに向かったっぴ――――ッ!?」
シードルはそっぽを向いて、こう答えた。
「うぬぼれてるのさ、彼ら。きっと、エニグマと戦っても勝てるつもりなんだ。やってられないよ!」
「いや、やってられないとは言ってもだねぇ……」
カシスが宥めるように言い出した。
「みんな、エニグマにさらわれてこっちに来てるワケだし、みんなを探すとなるとエニグマの森へ向かわざるをえないんじゃないかねぇ」
「考えたくないっぴ――――!!きっとショコラもエニグマ憑きのドワーフにエニグマの森に連れて行かれたんだっぴ――――!!イヤだっぴ――――!!コワイっぴ――――!!」
「僕はエニグマの森へなんか行かないよ」
シードルはそっぽを向いたまま言った。
「はぁ!?」
「なんだって!?友達がどうなったっていいってのか!?」
それに対しフィーノとカシスが怒った。
シードルは皆に向き直り、キッと睨んだ。
「そんなこと言ってないよ。現実の話をしてるのさ。僕達だけで何ができるって言うのさ!!下手に動いても、問題を大きくするのが関の山さ!!安全な場所でじっとして大人の助けを待つのが僕らがすべきことさ!!違うかい!?」
「お前は正しいかも知れないよ。だけど、本当にそう思うなら、俺達を助けてくれる大人をどこかから呼んで来いよ!!俺達が何もしなかったらその間に、他の連中がどうなるかわからないんだぜ!!」
「そんなこと言われても僕、こまるよ」
「いや、こまってるのは僕らのほうだし……」
フィーノがぼそぼそと言った。
「オレタチ マバスデ イチド ガッコウヘ モドッタンダ。ダケド、コンカイノケンハ オトナニタヨラズ ジブンタチデ カイケツスルコトニシタンダ」
カフェオレが説明した。
「ムチャクチャだよ、そんなの。みんなヒーローになりたいだけなんじゃないの?」
「あのねシードル、僕らがそんな向こう見ずのカッコつけに見える?」
フィーノはあからさまにイライラしている。
「校長が、キャンプの前に言った言葉、覚えてるか?」
カシスが静かに言った。
「キャンプを途中でやめたら退学だって?ふざけてるよ!それに、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ!」
シードルは怒りに叫んだ。
「校長はこうなることを知っていたのさ」
対しカシスは静かだ。
「やっぱりそうだっぴか。みんな気付いてるっぴか。こんな危険な目にあうことがわかっていながら、キャンプに行かせたっぴ。ヒドい校長だっぴ」
「……どうして…………?どうして、そんな…………!?」
シードルはうつむいた。
「僕ら、グラン・ドラジェに見込まれてるんだよ」
「そう。校長は俺達を信じてるのさ」
シードルは後ろを向き、2、3歩歩いた。
「信じてる……!?」
「俺達が乗り越えなければならない何かがあるんだ。大人達では、もう変えられない何かがあるんだ。校長は、俺達にそれを伝えようとしているんだ。そして、信じてる」
シードルはまた2歩ほどうつむいたまま歩いた。
「信じてる……僕らを信じてる……」
「イコウゼ、シードル。シンライニ コタエヨウ」
シードルは一同のほうを向いて、一言告げた。
「イヤだ…………」
「ワガママもいい加減にしてよねッ!このヘタレ!骨無し男!」
怒ったフィーノがシードルに罵声を浴びせた。
「ハァ。しょうがないな」
カシスがため息をついた。
「僕はここに残る。信じてくれなくていい。むしろ僕は、大人達が助けに来てくれることを信じるよ」
「ふざけんな!!!!シードルのわからず屋!!もういいよ!君なんかずーっとそこでじっとしてなよ!!!!」
フィーノが怒鳴った。
「行こう。もういいよ。それに、ここに残るのも自由だ。止めはしないさ」
「カシス甘過ぎ!!もう最悪!!こんな協調性皆無なヤツ初めて見た!!クソヤバい!!僕以下じゃん!!」
「まあまあ、そう興奮しなさんな」
烈火のごとく怒るフィーノをカシスがなだめている間、ずっとシードルは顔をしかめて別の方を向いていた。
シードルと別れた後フィーノ達は、船に乗る許可をもらうためにマサラティ村のリーダーの家を訪れた。
「ここはリーダーのお宅だ。失礼のないようにな」と偉そうに言う門番に「はーい」と適当な返事をして、フィーノは皆といっしょに家の中に入っていった。
「こんにちは~。この村のリーダーはあなたですか?」
フィーノは奥にいるヴォークスに声をかけた。
「うむ。私がマサラティ村のリーダージンジャーだ。この村が、闇のプレーンの中でも平安を保っていられるのは、私がいい仕事をしているからだ」
「はあ……さよですか」
フィーノはその場しのぎの適当な相槌を打つ。
「お前達も、この平和を存分に楽しむがよい。ただし、沼の真ん中の氷の島へは行かぬことじゃ。先々代も、その前のリーダーもあそこで命を落とした。氷の島にあるジェラ風穴。そこにはとんでもない魔物がおるからの」
「魔物がいなくても、氷の島なんて寒そうなとこ行きたくないよ」
フィーノが苦虫を噛み潰したような顔をした。
そこに、ひとりのヴォークスの男が入ってきた。
「リーダー、娘さんのことですが、ちょっとよろしいか?」
「なんだ?またいつもの話か?」
「今日もシナモン様は例の場所へおいでのようで……村の者達も、いつまでも大目に見るとは限りませぬ。実際に……『リーダーの娘だから、ルールは守らなくても良いのか?』……との声も聞かれまする。このままでは、何か事件が起きるのではないかと心配でなりませぬ」
「わかっている。村のルールは守らせる。リーダーの娘であろうと例外ではない。私は公平なリーダーだ」
二人が話をしているそこに、シナモンが帰って来た。
「ただいま、お父様」
「あ、さっきの……」
フィーノが言った。
「私はこれで、失礼致します」
ヴォークスの男は家から出ていった。
「遅かったな。どこへ行ってたんだ?」
ジンジャーがシナモンに尋ねると、シナモンは少し答えるのに迷う素振りを見せた。
「え……?あの……カエルグミを取りに……」
フィーノは、彼女はウソをついていると思った。
「そうか。たくさん取れたか?」
ジンジャーは穏やかに尋ねた。
「いいえ……。ちっとも……」
「そうか。疲れただろう。今日はもう、外に出ないでゆっくりと休みなさい。今日、どんなことがあったか、明日、ゆっくりと話しをしよう」
気まずそうなシナモンに対し、ジンジャーは極めて穏やかだ。
フィーノ達は、そっとその場を立ち去り外に出た。
すると、門番の男とヴォークスの少年が何か話していた。
「キミをこの家に入れるなとのリーダーのお達しがあるんだ。帰りなさい」
「でも、シナモンの忘れ物……じゃなくて……シナモンのハンカチが森に落ちてたから……」
ヴォークスの少年は、とても内気そうに見えた。
「ならば、私が預かろう」
「直接渡したい……」
「それはできぬ」
門番の男は厳格にきっぱりと言った。
「どうして?」
「ルールだ。どうしてもと言うならリーダーの許可をあおがねばならない」
「リーダー……?シナモンのお父さんのこと?だったら、今すぐ許可を……」
「リーダーはお疲れだ。またあとで来なさい」
「それじゃ、また明日来ます……。今日は宿に泊まりますから何かあったら、宿のほうへ連絡お願いします……」
落ち込んだ様子で、ヴォークスの少年は宿屋へ向かってとぼとぼ歩いていった。
「ねえ、通りたいんだけど」
フィーノはイライラと門番の男に話しかけた。
「通ってよし」
門番の男は、意に介さずフィーノ達が通れるようにどいた。
その後宿屋に行くとヴォークスの少年の姿があったので、フィーノは声をかけてみた。
「ねえ、君、さっきリーダーの家に来てたよね?」
「やぁ。さっきはどうも。なんだか、恥ずかしいところを見られちゃったな」
「ハァ……オイラも切ないっぴ……」
「ハハハハ……。そうだね……。」
ヴォークスの少年は、弱々しく笑った。
「さっきのハンカチを届けるってのは、シナモンが考えた作戦だったんだ……。少しずつ、村の人と馴染めるように……ってさ。だから、シナモンの為にも、少しずつ、諦めないで村の人と馴染もうと思って……。だから、明日また行ってみる」
すると、そこに宿屋の主人が近寄ってきて、こう言った。
「よしな、メースちゃん。あんまり目立ったことしてると痛い目にあうよ」
「オオット!ダレデイ!クチヲ ハサムノハ!?」
「……?」
メースは、宿屋の主人のほうを向いた。
「メースちゃんの両親が死んだのは村の者のせいさね。メースちゃんの目を正面から見れる大人は一人もいないのさね」
「……」
メースは悲しそうにうつむく。
「それって、どういうこと?」
フィーノが尋ねた。
「ウーズ熱はアイスシードさえあれば、簡単に治せる。沼の真ん中の氷の島の洞窟にグラッシの花があり、その花がアイスシードを実らせることも皆知っておる。ただ、誰にも、それをとりに行く度胸がなかったんじゃ。大昔の言い伝えを引っ張り出してきて、やれ『悪魔の熱だ』とか、『呪いの熱』だとか騒いで、誰もアイスシードを取りに行こうとはしなかったのさ。それだけの話さね」
「なにそれ!そんな理不尽なことってある?サイッアク!!」
フィーノが自分の事のように怒る。
「旅の人の前でそんなことを言わないでください……。知ってましたよ。そのことで村人を責めるなと言うのが、父の最後の言葉でした。自分の為に命をかけろとは言えないでしょう?父は笑ってましたよ……」
「シナモンさんなら、きっとわかってくれるっぴ……」
ピスタチオがメースを励ました。
「ク~ッ!ナカセルネェ~!ナカセルジャネェ~カ!コンチクショイッ!!」
カフェオレがグシグシと涙を拭う。
「でもさ……君はそれでいいの?ムカつかないの?」
フィーノが言った。
「いいんです。村の人にわかってもらうために大切なのは、言葉ではなく、僕が何をするかなんです」
メースは首を左右に振りながら答えた。
宿屋の主人は、じわりと目を潤ませた。
「大人になったね……メースちゃん。ご両親が亡くなった時は、あんなに小さかったのにね……。ゴメンね、おじさん、何もしてあげられなくて……。今日は泊まって行きな。皆もいっしょに……。タダでいいからね」
翌日。リーダーの家に向かうフィーノ達をシードルは見つけた。
(フィーノ達……?)
こっそりあとをつけて遠くから見ると、リーダーの家の前でメースと門番がもめているようだった。
「どうして会わせてもらえないんですか?教えてください」
「???」
シードルはサッと物陰に隠れた。
「それはだな……、えー、シナモン様は今、お病気でふせっておられるゆえにだな、また後日たずれられるが良い」
門番は嘘をついているのだろう。
彼の様子を見て、フィーノは直感した。
「病気?本当に病気なんですか!?」
メースも多少疑っているようだ。
「言うに事欠いて!本当に病気かだと!?私がウソをついていると言いたいのか!?」
門番が怒鳴った。
「いえ、そんなつもりでは……せめて病名だけでも……」
「病名は……ウーズ熱だ。お前みたいな奴とコソコソ会ってるからこんなことになるんだ」
「う、うそだ……そんなことが……」
メースはあまりの衝撃に、顔面蒼白になっている。
「とにかく立ち去れ。ジャマだ」
「取ってきます……」
「なんだってぇ~???」
「アイスシード……取ってきます……」
「アイスシード……まさか……!!ジェラ風穴に入るのか!?」
門番の顔色が変わった。
「待っててください。必ず戻ります」
「ちょっと待て!!おい!!アイスシードなど取ってきてもあんなモノは効かんぞ!!ウーズ熱は治らんのだ!!わかってるのか!!」
門番が止めるのも聞かず、メースはその場を去って行った。アイスシードを取りに行ったのだ。
「フン。勝手にのたれ死ねばいいさ」
門番が吐き捨てた。
「ヒドイっぴ……」
「そうだね。ピスタチオと違って最低なワンちゃんだね」
「まさか、本気じゃねぇだろ?厄介払いできれば理由はどうでもいいのさ。シナモンのウーズ熱なんて話もあやしいモンだぜ」
カシスも、門番の話をあやしいと思っていたようだ。
「ショウネン、カノジョノコトハ ワスレロ!!コンナマチハ ステテ ジユウニクラスンダ!!」
「……僕達もあとを追ってみよう」
メースのあとを追って船着き場に行くと、そこにはメースはおらずシードルがいた。
「シードル……」
フィーノが呟いた。
「よう!シードル!町を出て冒険でもしてみる気になったのかい!?」
カシスが明るく声をかけた。
「冒険?まさか……。汗水たらして、泥にまみれて何をしようって言うのさ」
「あいかわらずキザったらしい物言いだね。ちょっとウザいかな」
フィーノが毒を吐いた。
「ジャア、コンナトコロデ ナニシテンダ?」
「……」
カフェオレが質問すると、シードルは背を向けた。
「リーダーの船が消えてるっぴ。メースはどこへ行ったっぴ?」
「氷の島……。ジェラ風穴に行くって……」
シードルは小さく答えた。
「一人でそんなところへ!?アイツ、あのオッサンの話をマに受けたのかよ!!」
「やっぱ行っちゃったんだ……決意固そうだったもんね……」
カシス、フィーノが言った。
「……。イヤな予感がするっぴ!!すぐに助けに行くっぴ!!」
「行こう、シードル!!アイツを助けなきゃ!!」
「……」
シードルは黙ってうつむいている。
「イソグゼ!!テオクレニナラナイウチニ!!」
シードルはみんなの方に向き直った。
そして、一言返した。
「君らだけで行けよ。僕には関係ないよ」
「シードル、ヒドイっぴ!!オイラだって、怖いのにがんばってるのに!!オイラよりずっと魔法が使えるシードルが何もしないなんて許せないっぴ!!」
「べつにいいじゃんピスタチオ。シードルになんか期待するほうが間違ってるよ。怒る価値もないよこんな人。シードルなんて、来ようが来なかろうがどうでもいいしね」
激怒するピスタチオに、フィーノは静かに言った。
すると、シードルの表情が険しくなる。
「……。みんな、僕のママと同じように死ねばいいんだ……」
シードルの声は震えていた。
「は……?」
フィーノが聞き返した。
「僕とママとで、パナシェ山に芸術祭の準備に行った時……ママが氷の彫刻に熱中しているうちに、外は吹雪になったんだ。吹雪はそれから4日間も続いて、食べるものもなくなって、ママは助けを呼びに行くって……そのまま2度と戻らなかった……。その次の日に救助隊の人が来て僕は町へ帰ったけど、ママは帰って来なかった」
フィーノは思った。シードルは寒さや吹雪が嫌いなのだ。嫌なことを思い出すからさけたいのだと。
自分と同じように。
「知らなかった……。でも、今の俺達は助けを待つ身じゃないだろ?」
カシスが言うも、シードルはどこかへ歩き去ってしまった。
「シードルッ!!」
カシスが遠くなるシードルの背中に叫んだ。
「もう行くっぴ。オイラ達だけでもメースを助けるっぴ!!」
「……そうだね」
フィーノ達は船に乗った。そして、目指した。ジェラ風穴を。
「なんっだよここ……!寒すぎだろ……!」
両腕を擦り、ガタガタ震えるカシス。
「さ、さすが氷の島だけあって寒さがジンジョーじゃないっぴ……」
ピスタチオも寒さにブルブル震えている。
「オイ、フィーノ、ダイジョウブカ?ドウシタ?」
フィーノだけ、震えかたが寒さのそれだけではないようだった。
何かに怯えるような表情で、ひゅーひゅーと苦しそうに呼吸をしている。
この全てが凍てついた寒い氷の島は、自らが凍らせて滅ぼしてしまった故郷の村を思い出す……。
「なあ、フィーノ、具合悪いなら俺達だけで行ってくるぜ」
「そうだっぴ!どうして具合悪くなったのかはわからないけど、フィーノはここで待ってたほうがいいっぴ!ツラそうだっぴ!」
「……皆と行く」
フィーノはなんとか苦しい呼吸を整えようとしながら言った。
「だって、シードルにあれだけズケズケ言ったのに、その僕がリタイアしたんじゃカッコ悪いし最低でしょ……」
「一応気にしてたんだな」
「そりゃ……そうだよ。あれでも友達だもん」
そう言ってフィーノは、足を動かし始めた。
奥まで進むと、フィーノ達は見覚えのあるヴォークスが倒れているのを見つけた。
「アソコニ ダレカ タオレテルゼ!!」
「あれは……メース!?」
フィーノ達が駆け寄るも、メースは動かない。
「あ~~~~っ!!死んでるっぴ!!死んでるっぴ!!」
そんな時、「がっしょん、がっしょん」という音が聞こえ、カフェオレはキョロキョロ辺りを警戒した。
「ナニカ ヘンナオトガ……」
フィーノ達も辺りを警戒していると、巨大なハサミを持ったモンスターが現れた。
「なんか出たっぴ~~~~!!」
「こいつは……ヘイルクラブ!」
「知ってるのか!?フィーノ!」
「『世界の魔物』、590ページ!」
「あいかわらずの本の虫だっぴ……」
警戒し身構えながら、カシスとフィーノとピスタチオは会話した。
するとヘイルクラブは、巨大なハサミをブンブンと振り回してきた。
「うああっ!!」
「ぐっ!!」
「ギャッ!!」
「ぴ~っ!!」
フィーノ、カシス、カフェオレ、ピスタチオはハサミの鋭利な刃が体に触れ、裂傷ができてしまう。
マジックドールはかろうじて無事だ。
「フィーノ!オカエシニ ミズノマホウヲ オミマイシテヤレ!」
「ダメ……効かない。ヘイルクラブは水属性のモンスターだから、僕の水の魔法は同じ属性だしヘイルクラブはくらわせたとしてもへっちゃらだよ。マジックドールの魔法もね。僕の魂を入魂してるから」
「マジかよ……!」
そうこう言っているうちに、ヘイルクラブは猛吹雪を吐き出してきた。
「ッ……!!!!」
このジェラ風穴の寒さに加え、猛吹雪を浴びせられ、フィーノ達の体はほとんど感覚がなくなった。
フィーノは肉体と精神の傷で気絶しそうになるのを懸命にこらえた。
寒さと傷の痛みに耐えながら、カシスは叫ぶように唱えた。
「ジュリエンヌ!!!!!!」
刃の魔力が地を走り、ヘイルクラブを切り刻む!
ヘイルクラブは断末魔を上げながら絶命した。
そのあとすぐに、倒れていたメースは気がつき起き上がる。
「……ここは、どこ……?あなた達は……………………。そうだ……思い出した……花をとったんだ……帰らなきゃ……」
呟くと、メースは村へ帰りに去っていった。
「生きてるっぴ!!死んでないっぴ!!」
「ピスタチオ……君ね……」
フィーノはピスタチオの言動に脱力感を覚える。
「ガンバレ!!ショウネン!!」
すると、クアトロフォルマッジの低い笑い声がフィーノ達の耳に入った。
「くっくっくっく……」
「ドワーフの声だっぴ!!どこかに隠れてるっぴ!!」
クアトロフォルマッジがその場に現れると、カシスが憎々しげに叫んだ。
「ちくしょう!こっちが弱るのを待っていたな!」
「最悪……」
フィーノも恨めしげにクアトロフォルマッジを睨み付けた。
「俺様と戦える体力は残っているかな?」
「オレ……サムイノ……ニガテ……モウ……ゲンカ……イ……」
カフェオレが弱音を吐いた。
「戦うまでもなく一人脱落か……。くっくっくっく……」
「ショコラをどこにやった!?ショコラを出せ!!」
カシスが声を荒げた。
クアトロフォルマッジは、エニグマのダブハスネルに姿を変えた。
「俺様と融合すれば寒さも感じぬし……友情などに惑わされることも、なくなるかも知れんぞ。くっくっくっく……」
そのダブハスネルの言葉は、今の弱っているフィーノを揺らがせた。
「ぼ……僕……ゆ……」
融合する、そうフィーノが言いかけた時だった。
黄色い薔薇が現れ輝き、ダブハスネルはいばらに覆われ倒れた。
「!?」
カシスは目を見開いた。
「この魔法は……!」
フィーノはハッと我に返る。
「頼りにならない救助隊だなぁ。そんなんじゃ誰も助からないよ」
そこにシードルがやって来た。とても吹っ切れた笑顔だ。
「かっこよすぎるよシードル~!!」
フィーノはパアッと明るい顔になる。
「シードル!?助けに来てくれたっぴか!?」
ダブハスネルは、「覚えてろよ!!」と捨て台詞を吐きながらワープの魔法でどこかへ去った。
「あっ!!」
「ニゲルノカ…………!!」
「いいよ、今は逃がしてやればいい。戦って勝てるかどうかもわからないしね」
シードルが言った。
「その通りだっぴ……。今は、こっちの体力を回復させるのが先だっぴ……」
ピスタチオはシードルの言葉を素直に認めた。
「あの、シードル……さっきはひどいこと言ってごめんね」
フィーノは眉を八の字にしてシードルにぺこりと頭を下げた。
「べつにいいさ。フィーノの発言がシビアなのは今に始まったことじゃないんだから」
シードルはクスクスと笑んだ。
「えっ!僕の発言シビア?」
フィーノは心からそう思ったのか目を丸くする。
「自覚なかったっぴか……」
「シビアというか、痛烈というか、とにかく辛辣だよ」
シードルはおかしそうに笑っている。
「よう、シードル。どんな気分だい?」
カシスはシードルの肩をポンと軽く叩きながら言った。
「このまま、ママを助けに行きたい……。今なら助けられるのに……もう、ママはどこにもいないんだなぁ……」
「助けるべき人はいくらでもいるさ」
シードルは目を伏せていたが、突然顔を上げた。
「どうした?」
カシスが尋ねた。
「今、誰かがこっちを見てるような感じがしなかった……?」
「うん、なんかそんな感じした……なんだろう……?」
フィーノはシードルの言葉を肯定した。
「行こうぜ」
「とりあえず、マサラティ村へ戻るっぴ!!シナモンさんの病気が心配だっぴ!!」
カシス、ピスタチオが言った。
「それでいい?エニグマはどうするの?」
シードルが言った。
「OK。マサラティ村へ戻ろう。あのエニグマを見てて気付いたんだが、どうやら体力が落ちると宿主と同化するみたいなんだ。だからしばらくは、アイツはもとのドワーフが取るような行動を取るはずだ」
カシスが説明した。
「ふーん。でも、もとのドワーフってのがそもそもどんなヤツなのかわかんないや」
シードルは小首を傾げた。
マサラティ村へ戻ったフィーノ達。
ジンジャーの家の前に行くと、メースと門番が会話をしていた。
「この実を、シナモンに……。お願いします……」
「バ、バカな……。ジェラ風穴からわざわざ……」
門番は、まさかメースが本当に危険をおかしてまで行動にうつすとは思っていなかった様子だ。
「お願いします。この実をすりつぶしてシナモンに飲ませてください!」
「いや、いかん!そんなもので熱はなおらん!ウーズ熱にかかったのは、お前みたいな悪魔とこそこそ会ったりしたせいだ」
「僕は悪魔じゃない!!」
「シナモン様をたぶらかしておいて、何をエラそうに!お前はその実をダシにしてシナモン様に会いたいだけではないか!見え透いているぞ!」
門番は冷たく言い放った。
「どうしてわかってくれないんだ!もし本当に彼女がウーズ熱なら、早くこの実を飲ませないと……!」
「わかった、わかった。その実はあずかろう。そして、お前がこの村を出て行くと約束するなら、その実をシナモン様に飲んでいただこう。それでいいだろう?」
「……。そんな…………」
メースは躊躇いと戸惑いが入り混ざった表情になる。
「シナモン様を助けたいのは私も同じだ。もっとも、私は、そんな実でウーズ熱がおさまるとは思っていないがな」
「シナモンは、本当にウーズ熱なんですね……?」
「ああ、そうだ」
メースが確認するように言うと門番は答えた。
「だったら、これを……。シナモンに……」
メースは、実を門番に手渡した。
「村を出るのか!?はっきり聞かせてもらおう!」
「さようなら。もう二度と来ない。シナモンには……。シナモンには、何も言わないで。それじゃ」
メースはそのまま行ってしまった。
「ハッ。バカなヤツ」
門番は嘲笑した。あからさまにメースをバカにしている。
「ようやくやっかい者が片付いたよ」
「…………」
フィーノはイラつきながら門番を睨んだ。
「ああそうだ、これはくれてやるぞ」
「ふん!!」
フィーノはアイスシードを門番の手からひったくるようにもらうと、すたすたとジンジャーの家の中へ入っていった。
ピスタチオとカフェオレとカシスとシードルとマジックドールも、そのあとに付いていった。
「あ……シナモンさん、やっぱり元気そう……」
フィーノはシナモンを見かけるなり言った。
ウーズ熱だなんていうのは、やはりウソだったのだ。
「あら、お久しぶり。近頃、お父様が家から出してくれなくて……」
「シナモンさん……。ウーズ熱はなおったっぴ?メースとオイラで、命がけでアイスシードを取って来たっぴ」
「取ったのは主にメースのみでしょバカ犬」
フィーノがズバッと手厳しく訂正する。
「バカ犬じゃないっぴ!!」
ピスタチオが抗議した。
「……なに?なんのこと?……なんなの?わからない……」
シナモンは完全に健康で、ここに閉じ込められていただけのようだ。
フィーノ達は、いっせいにジンジャーのほうを見た。
「お父様!!いったいどういうこと!?私がここにいた間に何が起こったの!?説明して!!」
「私も詳しくは知らされていない。ただひとつ言えるのは、メースという男は、ほかの誰より勇気を持っていたってことだ……。すまない……。こんな父親で許してくれ……」
「わからない……!なんなの、それ!!そんな説明じゃ、何もわかんないっ!!」
シナモンは走って家から出ていってしまった。
ジンジャーは追おうともしない。
「仕方がないんだ……。私だって、つらいさ……。見ての通り、この村の男達はメースやシナモンほどに心が大人になりきっていない。メースがこの村にいても、何も良いことはないだろう。旅の人……、シナモンはきっと、村外れのメースの家に向かったはず。もし、あの娘がメースの後を追うと言い出したら、これを渡してくれ……」
「おじさん……。おじさんはそれでいいの?」
ジンジャーからキャムティ金貨を10枚受け取りながら、フィーノは言った。
「これを売って装備をととのえるよう、伝えておいてほしい」
ジンジャーはフィーノの問いに答えなかった。
「シナモンさんまで追い出す気だっぴか!?今すぐメースをむかえに行くことはできないんだっぴか!?シナモンさんがカワイソすぎるっぴ!!アンタはオニだっぴ!!」
「金の問題じゃないだろ?わかってんの、オッサン?自分の娘が、一生誰かをうらんだまま生きて行くなんて、耐えられるかい?」
ピスタチオ、カシスが言った。
「……わかっているとも……。私はシナモンの父親だ……。みなの思うところは、痛いほどわかるとも……」
「行こうぜ。もういいよ」
「そうだね。じゃあさよなら、おじさん」
カシスが見切りをつけ、フィーノもひらひらとジンジャーに手を振り家から出た。
村外れのメースの家に行くと、やはりシナモンがいた。
「いないわ。どこに行ったの、メース……。いつ戻って来るの……?」
「シナモンさん……」
フィーノが声をかけると、シナモンはハッとフィーノ達に気が付いた。
「メースはどうしたんですか!?知ってたら教えてください!!」
「キレイなお姉さんに隠し事はできないっぴ……。何もかも教えるっぴ……」
「聞かせて!何もかも聞かせて!彼は生きてるの!?どこへ行ったの!?」
フィーノ達は、これまでのことを全て話した……。そして、ジンジャーから受け取ったキャムティ金貨を彼女に渡した。
シナモンは静かに全てを聞いていた。
「お父さん……。私、行きます……。彼を探して、いっしょに帰ってきます……」
「危ないっぴ!!一人じゃムリだっぴ!!」
ピスタチオがとめるも、シナモンの決意は固かった。
「皆さん、お気遣いありがとうございます。でも……きっとこれが私の運命なんだよね……」
「シナモンさん……」
フィーノは、シナモンを引きとめることはできなかった。
「機会があったら、またどこかで会いましょう。さようなら」
「ダメだっぴ!!ひとりじゃ危ないっぴ!!オイラも行くっぴ!!」
「ピスタチオ!もういいよ。彼女が一人で行くって言ってんだから。しょうがねぇっての」
カシスが半ば呆れ気味に言った。
「そんなこと言っても!!かわいそうだっぴ!!一人で旅立たせるなんてかわいそうだっぴ!!」
「ありがとう。でも、いいの」
シナモンはピスタチオに微笑む。
「メースが私の為に命をかけてくれたように、私も彼を探す為に命をかけてみる。私は彼に……、んーん、マサラティ村の人達にも本音をぶつけたいの。彼は悪魔なんかじゃないって、全身全霊をかけて言いたいの」
優しくそう言うと、シナモンは家を出て立ち去って行った。
「行っちゃったね……」
「信じようぜ、彼女を。校長が俺達を信じてくれてるように、彼女を信じよう」
フィーノにカシスが言った。
「校長がどう考えてるかなんて、本当のことはわからないけどね。でもまぁ、とりあえず今は船で南へ渡って……ニャムネルトの村をめざす。それでOKだね?」
「そうだね、今はその道しかないね」
シードルの言葉を肯定するように、フィーノはうなずいた。
「OK!イクゼ!エニグマノ モリヘ!」
「エニグマの森……」
カフェオレが意気揚々に言うと、ピスタチオが不安そうに呟く。
「いかにもエニグマがいそうな感じのネーミングだっぴ……!!」
「ははは、気合い入れていこっか!お――――!」
「お――――――」
フィーノの後に続いて言うも、ピスタチオはどう見ても空元気な声だ。
シナモンが前に進むと決めたように、フィーノ達も次へ向かうのだった。
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