第17章 幸せをありがとう

「………」
荒れた城。対峙する無傷の二人。
チョルくんは、マナ一族達は、それだけで全てを悟った。
「ハエ騎士団は……、全滅したし…」
「知っておる…」
チョルくんに、ヘルデウスは静かに答える。
「後はお前らが決着をつけるだけ。
それなんに、二人とも別れを惜しんどると…?殺すんを躊躇っとうと…?」
「…もう…。良い…。
何故か君に言われると、気持ちが浄化され素直にならざるを得ぬようだ」
静かに長い溜め息をつき、ヘルデウスは諦めたように微笑んだ。
数千年ぶりに向けられた、恋人への慈愛に満ちた微笑。
「エイレンテューナ。私は、お前を愛しておる。
離れたくないのだ。殺したくないのだ。
君に存在を拒否された愛憎が、私を愚かな道へと歩ませた。
出来ることなら、あの幸せだった頃に戻りたい。
だが、これが宿命だというのならば………。どうか、君の手で殺して欲しい。
私は、大切な者と笑って生きたかっただけなのだ。世界など本当は要らんのだ」
ヘルデウスの黒曜石の瞳から、澄んだ雫が零れ落ちる。
それを見てマナの女神は、胸が張り裂ける思いがした。
嗚呼、なんという運命の皮肉。
彼も、自分と…。
『私も…。同じです…』
マナの女神は、切なさに胸を押さえ口を開く。
『貴方を追放したくなかった。
ずっと、貴方と笑って暮らしていたかった。
貴方と戦いたくありません。
殺せるはずありません……』
全て言い終え、マナの女神は諦めた。
戦う事を。この負の運命で生きる事を。
『もうやめましょう。この運命を。
このような事、繰り返していても仕方ありません。
新たな幸せの道を歩みましょう』
「では、運命の糸を…?」
『ええ、再調整するのです』
訊ねたヘルデウスに、マナの女神は答える。
「女神様。まさか、時間を巻き戻すと…?
最初から、やり直されるとおっしゃるんですか?この世界の創造を…」
エステレラの言葉に、マナの女神は頷いた。
「そんな……。そんな事をしたって、また同じになるだけだ!!
また私達サタンは、地上の者に蔑まれる!」
「そうよ!ムダだわ!!」
ルシファーとアスデモスが叫んだ。
対しマナの女神は、微笑み首を横に振る。
『いいえ…。貴方達に、もう二度と惨めな思いはさせません。
天使を蔑む人間が、どこにいましょう?』
「…え…。てことは…。
あたい達、天使に?!!」
ベルゼバブが、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で自らを指す。
「天使になって、ずうっと天上界で一緒に暮らせるの!?
悪魔は創らないの!?」
「ま……、いいんじゃないの?
ヘルデウス様や皆が幸せになれるんだし、さ」
アスデモスが、恥ずかしそうにそっぽを向きながら呟いた。
『良がったのぉ~っ、フェル!!とうとう幸せになれるんだぞ!!』
嬉しそうに、透けた手で自分の頭をよしよしと撫でる玲音に、ベルフェーゴルは柔らかな表情ではにかむ。
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