第14章 いつの日か、皆

その夜。
布団の中で、コルちゃんはマナに言った。
いつも通りの、他愛ない会話のつもりだった。
「マナさんの恋人…。
ホトさんて、すごいですね」
「まあ。そうですか?」
「ええ。わたし、1度も、ホトさんが弱音を吐くのを聞いた事も、泣いたのを見た事もないんです。
こんな環境下にありながら、常に強く生きるってわたしには大きく映ります」
鈴の音のような声で囁かれる、愛する人の誉め言葉。
その心地好さにマナは微笑み、そして眼を伏せた。
「‥私は、1度だけあのお方の弱音を聞いた事があります」
「えっ…」
ホトは、旅立って40年後、小姓として仕えていた殿様になにもいわず旅立った後悔から倭区域を訪れた。
しかし――“人間五十年“。
殿様は既に、この世にいなかった。
殿様は、最期までホトの身を案じ、息を引き取ったという。
マナは、森のなかで悔しさに呻き泣き崩れているホトを発見して立ち尽くした。
こんなに弱々しいホトを見るのは初めてだったのを、今でも鮮明に覚えている。
『上様は……上様は、もうみまかられていた……。
一言も申し送りせず行方を眩ました身勝手な小姓の身を、何十年も、最期の最期まで心配して下さっていたんだ………』
『…俺は…、斯様な後悔を何千年も抱えてゆかねばならないのか!?
俺も死にたい!!腹を斬ってこの不忠を詫びてえよ!!
だが、ダメなのだろ…?!!マナ一族だから!!
俺には、好きな人生を歩むどころか侍として腹を斬る事すらも許されねえのか?!
…俺は…、侍なんだぞ……!?侍なんだぞ!!!!』
なりふり構わず、涙を、ありったけの涙を流しながら。
これが、本当にあの気丈な若侍の姿なのだろうか。
どんな時でも、一人の武士として強くあった彼なのだろうか。
『―――助けてくれっ、マナ‥‥‥!!!』
「それからあのお方は……。
現在のように、林のように静かなるお振る舞いをされるようになってしまった………。
太陽のような笑顔で話す事も、必要以上に走る事すらもされなくなった。
主君を喪(うしな)うという事が、ましてや忠義を成し遂げられぬ心残りが武士にとっていかに重荷であるか。貴族の私にも、よくよくわかりました」
「…わたしも…。家族に…。
大切な人達に、わたしの無事を“今のうちに”知らせたほうがいいのでしょうか……」
コルちゃんは、家を離れ蛇使いをしながら暮らしているさなか、覚醒した事をハカセに教えられ彼の研究所にやってきたのだ。
例え絶望されてもいい。
苦しい後悔を抱えて、気の遠くなるような時を生きていくほうがマシなのか、それとも―――‥‥‥‥。
「…それは…。きっと、どちらをとっても、傷付く結果になってしまうでしょう」
切なく微笑みマナは、コルちゃんの頭を撫でる。
さらさらとした、柔らかい髪だった。
「それでも、私達は貴女を信じています。
皆、貴女が大好きですからね。
どうするかは、貴女が決めて下さいまし」
「………」
コルちゃんは、切なさのあまりマナに抱き付いた。
小さな肩が震えている。
マナも、そんな彼女を抱き締めた。
「眠れるまで、ずっと…こうしていてあげます。
貴女も今は、私の側にいて下さいね。私の大切なお友達」
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