Vol. 2 苛立ちのメカニズム ・1

  • 『どうする?』

  • …と言われても。

  • もうすでに決まっていることに反対しても仕方がない。

  • しかも、簡単に嫌だと言える内容ではないから、なおさら。

  • 『お父さんが決めたなら、それでいいよ』

  • そう答えるしかないと思った。

  • <城崎咲也>と名乗った彼は、

  • なんと、帰宅後もしっかりとうちにいて。

  • <もう二度とまたはない>との哀願も虚しく散り、戸惑う私をフォローするためもあってか、

  • 父の口から早々にその理由が語られた。

  • キザキさんは私より3つ年上で、意外にも私立探偵だった。

  • モデルみたいに美しい人が、

  • 心身ともにキツそうな探偵とか…まるで嘘みたいだ。

  • 前所長から託されたという私立探偵事務所の現所長を務めているらしいけど。

  • どんな理由であれ、その若さで所長なのだから、それなりに有能なのだろう…それも意外だ。

  • ただ、気の毒なことに、

  • つい最近、その事務所兼居宅が火事で全焼したらしい。

  • 原因は、放火だとかで…。

  • たとえキザキさんに対する第一印象が最悪だったとしても、

  • さすがにそのことには胸が痛んだ。

  • 『僕の場合は、仕事柄、悪い人たちから恨みを買うこともあるから…、』

  • 『たぶん、今回の放火はその報復みたいなものかな』

  • サラッと言えるキザキさんには鉄の心臓が備わっているに違いないけど、

  • それでもやっぱり、少なからず傷付いたと思う。

  • …だから。

  • 事務所の建替工事が終わるまでのしばらくの期間、

  • 同じ屋根の下に住むことになっても受け入れるしかないと思った。

  • 幸いというか、

  • うちは家も広いし、空いてる部屋もある。

  • だから別に、それほど差し支えはないはず…。

  • ユヅキ

    (…支障が出たら、すぐに出て行ってもらおう…)

  • キザキ

    そういえば、ソウタ、久しぶりに会って思ったんだけど、

  • キザキ

    少し背が伸びたんじゃない?

  • ソウタ

    え、マジか!?

  • キザキ

    うん。

  • キザキ

    さっき向き合ったときに、
    前よりも目線が近くなったなって思ったから。

  • ソウタ

    高校卒業したときは、170㎝くらいだったから…、

  • キザキ

    あれから5㎝近くは伸びてるかも?

  • キザキ

    男の人って、
    25歳くらいまで身長が伸びるらしいから。

  • ソウタ

    嬉しすぎる…!

  • ユヅキ

    ……

  • キザキさんが、私の幼馴染であるソウタと知り合いだったのにはとても驚いた。

  • ソウタが通っていた高校の先輩で、縦の関係抜きで仲が良かったらしく、

  • 今日私と一緒に映画に行った帰りにうちに寄ったソウタと思わぬ再会を果たし、

  • 懐かしそうにお互い声を掛け合っていた。

  • ユヅキ

    (世間って本当に狭いんだな…)

  • ユヅキ

    ……

  • すでに他界しているキザキさんのご両親と父は古くからの友人で、

  • キザキさんの幼い頃には家族ぐるみの付き合いもあったらしい。

  • そうなると、

  • 私もずっと昔にキザキさん一家に会っていたことになるわけだけど、

  • 全く記憶に残っていない。

  • ---何か困ったことがあったなら、できる限りの手助けをする---

  • 情に厚い父が、古くからの友人に対して常に心に宿している取り決めは、

  • 時を経て今、

  • その息子である彼を居候させるという形となって、動き出した。

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