Vol. 3 嘘ばかり上手くなる。 ・1

  • 残り香のような甘美な恍惚をすぐさま打ち消して、

  • 俺は脱ぎ捨てた服を淡々と身につける。

  • アイリへの想いが膨らめば膨らむほど、どうでもいい女と体を重ねてしまう自分に、

  • 内心で溜め息をつきながら。

  • *

    ねえ、また会わない?

  • レン

    ……

  • 乱れたベッドの上からいくら艶めいた声で誘われようが、

  • 軽く受け流しながら帰り支度を済ませてドアまで歩を進める。

  • *

    ねえってば、

  • レン

    悪いが、次はねーよ。

  • レン

    それが約束だったよな?

  • *

    ……

  • 嘲笑気味に告げても、

  • 女はスルーを決め込んで強請るような眼差しを寄越す。

  • *

    お願い、もう一度だけ…、いいでしょ?

  • レン

    …、

  • 緩く口角を持ち上げた笑みだけを残して立ち去ろうとする俺は、

  • その纏わりつくような視線をあからさまに無視して。

  • あいつ以外の女は、行き場のない想いを発散させるための道具にすぎない。

  • …胸内でそんなことを考えてる俺は、

  • 反吐が出るほどに、とんでもなく悪い男だろう。

  • ホテルを出て足早に向かった先は、コンビニだった。

  • レン

    あいつが好きそうなもの…、

  • レン

    これがいいな、これにするか。

  • アイリからの電話で頼まれた買い物を済ませるためだ。

  • アイリ

    《お兄ちゃん、残業まだ続いてる?》

  • ちょうどホテルの前に着いたときに鳴り響いた着信音は、アイリからのもので。

  • 広がる背徳心を抑えて平静を装いながら、スマホを握り直して取り繕った。

  • レン

    《…残業は終わったんだが、まだ少しだけ時間がかかる》

  • レン

    《そう遅くはならねーが…どうした?》

  • アイリ

    《……》

  • レン

    《なんかあったか?》

  • アイリ

    《…ううん、なにもないよ。ただ、》

  • アイリ

    《疲れてるところ悪いんだけど、》

  • アイリ

    《帰りに、プリンとかゼリーを買ってきてくれないかな?》

  • レン

    《ああ、それは構わねーが…、》

  • レン

    《珍しいな、おまえが急にそんなお使い頼むなんて》

  • アイリ

    《…そうかな》

  • レン

    《普段あまりそんなものを買ってこいって言わねーからさ》

  • アイリ

    《……》

  • レン

    アイリ?》

  • アイリ

    《…さっき、テレビでスイーツの特集やってて、なんだか食べたくなっちゃったんだよね》

  • クスッと小さな笑みを零したのが電話越しに伝わる。

  • レン

    《……そっか、分かった。買って帰るよ》

  • アイリ

    《ごめん、お願いね》

  • レン

    《ああ》

  • 俺はそのとき、二の句に快諾を乗せつつ、

  • 惜しむようにアイリとの通話を終えたのだった。

  • アイリが好みそうなプリンやゼリーを幾つか買い込んだ俺は、急ぎ早に家路に就く。

  • 梅雨がまだ明けない夏間近の夜はじっとりと蒸し暑くて、

  • ふと仰いだ真っ暗な夜空は、水煙を含んだようにどこか潤んで見えた。

  • レン

    ……

  • そこにアイリの笑顔が揺らめくように重なれば、つい口端を上げた微笑が広がる。

  • レン

    ……ったく…、

  • いつだって、ふと考えるのはアイリのことだという事実は、

  • 自分の中では誤魔化しが効かない。

  • レン

    (だからこそ、あいつにそれを悟られねーように…)

  • レン

    …、

  • そう思えば、滲ませた笑みはすぐに引っ込んで、

  • 代わりに重い溜め息が空に溶けた。

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