手術室に続く通路は、蒼く深い海の底みたいで。

誰の手も届かない、

光すら届かない…そんな深淵の海の闇。

まるで、

レンがそこに永久に取り込まれてしまうかのような、嫌な錯覚に陥るから、

僕は思わず手を伸ばして、必死で彼を引き寄せたくなる。

もう……、

心が、壊れそうに痛い。

手術室の手前のロビーチェアで泣き崩れていたアイリちゃんは、

僕の顔を見るなりよろよろと腰を浮かせて立ち上がり涙を拭う。

その健気な姿に、また胸が軋んだ。

僕が駆け付けるまでに、この子はどれだけレンの無事を祈ったんだろう。

力を使い果たしてボロボロになった天使のようで、直視するのも辛い。

泣きすぎて赤くなったその瞳が、彼女の深い悲嘆を痛切に表していた。

言われて、表示等の赤を見上げれば、とてつもない不安要素が込み上げてくる。

『——もしもしっ、キザキさんっ…！どうしよう、お兄ちゃんがっ——』

アイリちゃんの電話越しの悲痛な声色が、今もまだ耳にこびりついて離れない。

スマホを握りしめたまま少しの間何も言えずに、

自分の全てが急激に凍り付いたみたいに…生きた心地がしなかった。

救急車が到着するまでに、現場に着くのはさすがに間に合わなくて、

僕はここに来る前、内情を把握するために、

レンを刺した男の身柄を確保している警察署に向かった。

透視鏡の奥に見る男は生気を失い、電子回路が破壊されて動かなくなったロボットみたいで。

——酷いことしておいて、なんなの今更。その態度、演技でもしてるの？

再起不能といったようなその姿を目にした途端、

言い知れないどす黒い感情が湧き立った。

憤怒と憎悪、憂慮や焦慮。

その時の男の姿がほんの少し脳裏を掠めるだけで、いろんな澱みが入り混じり、

少しでも気を抜けば、普段の自分で居られなくなる。

……だけど。

そんな、怒りで自分を見失いそうになる僕を支える唯一の事柄が、

たった今、脳裏で閃いた。

【　K医大救命救急センター　】

僕の大好きな人が勤めている病院。

その病院の名前が浮かんですぐ、ゆっくりと一筋の光が差し込んで心が凪いだ。

少し姿勢を正した僕は、改めてアイリちゃんと向き合う。

レンの大切な、たった一人の肉親であるこの子に余計なことを考えさせないためにも、

平静を保たなければ。

とにかく今は、

レンが命懸けで守り切ったこの子に、

失意の底から少し這い出た場所で希望を持たせてあげたい。

———『執刀医は、藤沢先生です』

ナースステーションで訊ねた答えを胸の中で反芻する。

それは、僕も信じる希望。

いつものトーンで世間話のように、ふわりと声を繋いだ。

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