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ヒナ
…っ、
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思わず、ビクッとなって。
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ヒナ
な、なに、どうしたの?
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ルイ
…いや、別に。
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ヒナ
そ、そう。
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ヒナ
ならいいけど…。
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ルイくんの澄んだ瞳に考えていたことを見透かされた気がして、小っ恥ずかしくて、
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虚勢を張るみたいにツンとして前に向き直る。
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…と、
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予想外に、横槍のハスキーな声が届いた。
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ルイ
いやいやいやいや…、
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ルイ
ヒナ、ちょっと待って?
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ヒナ
え、なに?
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ルイ
俺がずっと見つめてたんやで?
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ヒナ
うん?
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ルイ
もうちょっとそこ、突っ込んで聞かへん?
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ヒナ
え、でも、
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ヒナ
ルイくん、『別に』って言うから。
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ルイ
そらま…そやけど。
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声のトーンを僅かに落としたルイくんは、不服そうに唇を尖らせた。
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ルイ
……ええわ。
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ルイ
やっぱ、聞こ。
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ヒナ
…なに?
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呟いたルイくんを振り仰げば、前を向いたままの彼の横顔が視界に入る。
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ルイ
ちなみに…、
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ルイ
そのお礼くれた人って、どんな人なん?
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ヒナ
…え?
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ルイ
犬の飼い主さん、ヒナにケーキくれたやん?
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ルイ
どんな人なんかなーって。
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ヒナ
…うん?
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ヒナ
どんな人って…例えば?
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ルイ
そやから、ほら、
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ルイ
年齢とか性別とか…よ。
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ヒナ
…、
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ヒナ
(そんなこと気になるんだ…)
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どうでもいいような質問に、つい声を区切る。
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決して悪い意味ではないけど、ちょっぴり滑稽に思えて。
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おどけた風に笑いかけようとしたけれど、
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そのまま無言でいるルイくんはまだ前を向いたままで、
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薄暗いせいもあってどんな表情をしているのかよく見えない。
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ヒナ
(……)
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ほんの一陣、すうっと柔らかに吹き流れた秋の夜風に我に返る。
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隣で同じように歩を刻むルイくんを見遣ってから、気を取り直して声を紡いだ。
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ヒナ
…えっとね、
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ヒナ
50代くらいの女性の飼い主さんだよ。
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ルイ
…あー。
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ルイ
やっぱそうやんな?
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ルイ
女の人やろなと思った。
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ルイ
やっぱりそうやんなー。
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言葉の後半は、独り言のように反復して、
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なんとなく、ホッとしたように肩を緩く落とすルイくんが視界に映るから、
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ヒナ
それがどうかしたの?
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気になって、質問を投げかけた。
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ルイ
いや、それやったらええねん。
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ルイ
なんでもないから、気にせんとって。
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ヒナ
……
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ヒナ
(そうあっさり来るか…)
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意外にも軽く切り返したルイくんに、私も押し黙る。
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ヒナ
(じゃあなんで、あんなどうでもいいこと聞いたのかな…)
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少しばかり悶々と思い巡らせていたけど。
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ルイ
そういや、最近俺な、———
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ルイくんはコロッと話題を変えるように、最近ハマり出したゲームの話をし始めた。
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ヒナ
(…ま、いいか)
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笑顔で話をするルイくんの横顔は、精悍なのにやっぱり可愛くて。
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楽しげに表情をコロコロ変える様子を見ていると、言葉の意味を探るなんてどうでもよくなる。
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ヒナ
……
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ルイくんにいつか彼女ができたり、私にも彼氏ができてしまえば、
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ご近所であってもお互いに疎遠になっちゃうんだろうけど。
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ヒナ
(ずっと、こんな風に気の置けない、)
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ヒナ
(優しい絆が続けばいいのにな…)
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夜空でひっそりと輝きを放つ三日月に、こっそりと願いを込める自分がいた。
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vol.1 END
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