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飲み会の序盤から、彼はやたらと私に話を振ってくるから、
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自意識過剰かもしれないけど、もしかしたら気に入られてしまったのかもしれない。
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日常の大半が仕事で埋め尽くされている私のことを気に入ったのだとしたら、ちょっと申し訳ない。
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いつもの飲み会でここに来ただけなのに、これ以上の進展は私の中では今のところ皆無だから。
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だからといって、せっかくの明るい場の雰囲気を壊すような真似はできないし、
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ひたすら笑顔で相槌を打ったり会話を重ねたりしているけれど、
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ちょっとだけ疲れてしまった。
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ね、ヒナ、
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ちょっと一緒に化粧直しに行かない?
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そこへ、こっそり耳打ちしてくる一筋の光みたいな救いの手。
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ヒナ
うん、行こっか。
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その手をがっしりと握り返す思いで即答して、レストルームへと足を運んだ。
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︙
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化粧を直すとか、ほんとはどうでも良かったが、
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ちょっと一息つきたいと思っていたところだったから、リサからの声掛けはありがたかった。
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店内の賑やかな喧騒が少しだけ耳から遠くなって、なんとなくホッとした気持ちになる。
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ヒナの前に座ってる人…、影山さん、だっけ?
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なんかさ、ヒナのこと気に入ってるみたいじゃん。
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ヒナ
うーん…、
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ヒナ
そうだっけ?
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できればその話を掘り下げたくないから、素知らぬ顔でとぼけてみる。
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なにそれー、
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そっけないなあ。
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ヒナ
別にどうでもいいもん。
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ヒナ
…影山さんって、杣の友達だっけ?
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うん。
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影山さん、普段は仕事が忙しくてめったに飲み会に行けないんだけど、
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今日は久しぶりに都合が付いたみたいで、杣が誘ったみたいだよ。
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ヒナ
ふーん…。
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杣と影山さんは、大学時代からの友達なんだって。
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サークルが一緒だって言ってた。
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ヒナ
へえ、そうなんだ。
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弓道部。
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めっちゃそれっぽいよね。
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ヒナ
杣は高校の時から弓道部だったもんね。
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杣のことは、置いといて。
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…影山さん、袴姿とか超似合いそうだよねー。
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ヒナ
…うん。そうだね。
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仕事も弁護士でハイスペックだし。
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ヒナ
…、まあ、そうだよね。
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ヒナ
(なんか、やたらと売り込んでくるなあ…)
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策略じみたリサの話にちょっとだけ辟易しつつ、
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とりあえず、うんうんと無難に首を振って会話を切り抜ける。
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なかなかのイケメンだし、爽やかだし、
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何より誠実そうだし。
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ヒナ
いるところにはいるんだね、そういう人。
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愛想笑いを浮かべて前髪をササっと手で直した後、レストルームの鏡に背を向けた。
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