Vol. 10 いくつもの夜を越えて ・8

  • キザキ

    またまた驚いた?

  • レン

    驚かないほうがおかしいだろ…。

  • 兄として強く慕ってくれているとは思っていたが、

  • まさか【一人の男】として好意を寄せてくれているとは思いもしなかった。

  • レン

    にわかに信じがたいっつうか…、

  • キザキ

    君がどんなに信じられないって思っても、

  • キザキ

    本当のことだから。

  • レン

    …、

  • キザキ

    …はい、

  • キザキ

    驚くのはここまでにして、

  • キザキ

    ここからが本題だよ。

  • ベッドの傍らに浅く腰を下ろしたサクヤは俺に上体を向けると、

  • 混迷している心に寄り添うどころか、

  • わずかに突き放すように声に棘を含ませた。

  • キザキ

    レンは、アイリちゃんが血の繋がらない妹だってことを最初から知りながらも、

  • キザキ

    やがてアイリちゃんのことを好きになって…、

  • キザキ

    けど、アイリちゃんのことを考えて、

  • キザキ

    自分の気持ちを押し殺してきたんだよね?

  • レン

    …、ああ。

  • キザキ

    <本当の兄妹>で居てあげないと、何かあった時に、アイリちゃんが天涯孤独になってしまうのを恐れたお父さんの想いも、

  • キザキ

    それをきちんと守り抜こうとしてきたレンの気持ちも、とてもよく分かるよ。

  • キザキ

    でもそれってさ、

  • ———『ちょっとした、呪縛じゃないの?』

  • レン

    …っ、

  • ピシャリと放たれた言葉を押し返そうと口を開いたが、

  • 喉元までせり上がった言葉をグッと飲み込んで閉口する。

  • キザキ

    言い返さずに我慢したね、えらいえらい。

  • レン

    …、反論したところで…、

  • キザキ

    うん。

  • キザキ

    もう、無駄なことだって、さすがに分かったよね?

  • レン

    ……ああ。

  • きっと、俺がアイリを好きになったその時から、

  • 親父の想いも、それに倣っていた俺の考えも全部、

  • 俺にとっての<呪縛>に変転していたのだから。

  • キザキ

    アイリちゃんは、血縁の秘密を全く知らずに、

  • キザキ

    <実のお兄さん>を好きになってしまった自分に深く戸惑っていた。

  • キザキ

    <普通>じゃない自分を肯定してもいいのか、どうすればいいのか…、

  • キザキ

    今までずっと、笑顔の裏で一人で苦しんできたと思う。

  • レン

    …———

  • キザキ

    僕から見れば、

  • キザキ

    今まで、レンとアイリちゃんのどっちがより辛かったのか明白。

  • レン

    ……

  • キザキ

    …僕は今、

  • キザキ

    そんなアイリちゃんの味方だから。

  • レン

    ……ああ。

  • キザキ

    だからね、

  • キザキ

    ここまでの状況になっても、

  • キザキ

    レンがまだ<呪縛>から抜け出せずに、自分の気持ちに蓋をして、

  • キザキ

    これから先も<お兄ちゃん>のフリを続けていくなら…、

  • キザキ

    僕、レンの友達辞めるかも。

  • レン

    ……、

  • キザキ

    ……

  • レン

    ……そんなに睨むな、

  • レン

    分かってるから。

  • キザキ

    ほんとだね?

  • レン

    おまえの話を聞いて、

  • レン

    いきなりで、正直、頭の中がまだ少し混乱してるけど…、

  • レン

    でも、

  • レン

    アイリの本当の気持ちまで知ったのに、

  • レン

    みすみす諦めるほど、俺もお人好しじゃねーから。

  • キザキ

    なら、ちゃんと気持ちを伝えられるよね?

  • レン

    ああ。

  • キザキ

    …あと、

  • キザキ

    アイリちゃんには、血縁のこともレンの想いも、まだ何も話してないよ?

  • キザキ

    これは君自身が打破しなきゃならないことだから。

  • レン

    …分かった。

  • キザキ

    僕にできることはここまで。

  • レン

    …色々とありがとな、サクヤ。

  • キザキ

    …別に。

  • キザキ

    ほんの少し、きっかけを作っただけ。

  • 今までにも見たことがある、わずかに口端を上げたニヒルな笑顔。

  • この表情をしたサクヤを見た俺はいつも、気付けば良い上昇気流に乗っていて。

  • 今も、俺の岐路を導こうとする強勇な優しさが見え隠れしているのが分かるから、

  • じわりと胸が温かくなる。

  • レン

    それでも、感謝してる。

  • キザキ

    いいって。

  • キザキ

    それより、

  • キザキ

    くれぐれも、土壇場で尻込みしないようにね?

  • レン

    分かってるよ。

  • レン

    ただ…、

  • レン

    あいつに気持ちを伝えるまで、もう少しだけ時間をもらえるか?

  • キザキ

    …いいけど?

  • レン

    我儘かも知れねーが、

  • レン

    俺にとっての特別な日にしたい。

  • キザキ

    ……特別な日、ね。

  • レン

    だから少しだけ…、

  • キザキ

    うん、いいよ。

  • レン

    …ちなみに、

  • レン

    もしも、アイリに気持ちを伝えなかったらどうなる?

  • キザキ

    愚問だね。

  • レン

    もしも…の話だよ。

  • キザキ

    ……

  • レン

    …聞いただけだよ、そう睨むなって。

  • キザキ

    ……、

  • キザキ

    …天罰が下る。

  • レン

    …は?

  • レン

    『天罰が下る』?

  • キザキ

    もしも告白しなかった場合は……、

  • キザキ

    レンの経済が見事に困窮する。

  • レン

    ……なんだそれ?

  • キザキ

    怖いよ?

  • キザキ

    それはもう、なかなかの困窮だからね。

  • レン

    ……困窮、な?

  • キザキ

    そうならないためにも、

  • キザキ

    ちゃんと気持ちを伝えるんだよ?

  • レン

    …ああ、必ず言うよ。

  • クスッと笑い合った互いの笑顔には、それぞれに、決意とエールと。

  • レン

    ……

  • 延々と続くかのように思えた闇の夜を越えて。

  • 開くべき未来の扉を見据えた俺の心には、

  • もう、迷いはなかった。

  • vol.10 END

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