Vol. 10 いくつもの夜を越えて ・6

  • キザキ

    今、レンの頭の中に浮かんだ人に関することで…、

  • キザキ

    僕に話してないことがあるよね?

  • レン

    …な、なんだよ、いきなり…。

  • ギクリとしながらも、何でもないように苦く笑って肩を竦める。

  • いつにも増して真剣な表情のサクヤを前に、それ以上の言葉を紡ぐことができず、

  • 心なしか緊張気味に次の言葉を待った。

  • キザキ

    僕が訊ねた秘密、

  • キザキ

    レンが隠してることは、その人に関すること…違う?

  • レン

    …——

  • キザキ

    ビンゴ。

  • レン

    …、

  • キザキ

    いきなりで驚いた?

  • レン

    ……何を言い出すのかと思った。

  • キザキ

    だよね。

  • キザキ

    でも、今話しておかないと…、

  • キザキ

    レンが完治して元気になったら、お互いに忙しくて、

  • キザキ

    なかなか話す機会がなさそうだから。

  • 俺に語り掛けているはずなのに、どこか独り言のようにサクヤの言葉が舞う。

  • レン

    ……つまりは、何の話をしたいんだ?

  • キザキ

    すごく真面目な話だよ。

  • レン

    真面目な話?

  • キザキ

    うん。

  • キザキ

    …まず、率直に言うね?

  • レン

    …、ああ。

  • なんとなく、今すぐにでも逃避したい感覚。

  • じわっと、背中に緊張汗が滲んだ。

  • キザキ

    レンは、

  • キザキ

    アイリちゃんの、本当のお兄さんじゃないよね?

  • レン

    ———

  • レン

    (やっぱり…、)

  • 嫌な予感というものは、特に避けて通りたいものにたいして的中率が上がる。

  • キザキ

    もちろん、大当たり?

  • レン

    ……、

  • キザキ

    無言は了承の印…って、思ってもいい?

  • レン

    (俺たちのことを調べたのか…?)

  • レン

    …でも、なんで…、

  • 掠れた呟きが静まった病室に溶ける。

  • 取り繕った仮面が砕けて分かりやすく動揺を晒しても、一ミリも表情を変えることのない穏やかなサクヤを、

  • それ以降、無言でただ見つめた。

  • キザキ

    レンのお父さんとアイリちゃんのお母さんがずっと前に再婚して、

  • キザキ

    君たちは<兄妹>になった。

  • キザキ

    しばらくして、レンのお父さんの仕事の都合でこの街に引っ越してきたから、

  • キザキ

    身近に君たち家族のことを知る人はいなくなった。

  • レン

    ……

  • キザキ

    もちろん、僕も。

  • レン

    …、

  • キザキ

    転校してきたレンと友達になった僕も、

  • キザキ

    レンが隠し通していた血縁の秘密を、今まで知らなかった。

  • レン

    ……

  • どういったきっかけがあって、なぜ俺たちのことを深く知ろうと思ったのか。

  • これまでの俺なら、その疑問符を吹っ掛けて追究していただろう。

  • だが、簡素でも的を得たご名答を披露したサクヤに、

  • それ以上問いただすことも、曖昧に濁し続ける気力も、今は削がれてしまって。

  • レン

    ………、降参…。

  • 長嘆息の後、そっと笑って白旗を上げた。

  • キザキ

    実際のところ、君たちが本当の兄妹か否かなんて、

  • キザキ

    僕にはそんなこと、どうでも良くて。

  • レン

    ……え?

  • キザキ

    一つの腑に落ちない事柄が気になったから、

  • キザキ

    君たちのことを調べて、血縁のことを知ったわけなんだけど。

  • レン

    …『一つの腑に落ちない事柄』?

  • キザキ

    うん。

  • キザキ

    レンが緊急手術に入るときに、

  • キザキ

    輸血のことで、アイリちゃんが自分の血液型を聞かれたみたいでね。

  • レン

    …血液型…、

  • キザキ

    そう。

  • キザキ

    血液型、あの子はA型で、

  • キザキ

    レンはO型でしょ?

  • キザキ

    自分がレンの役に立てなかったことが悲しかったって、

  • キザキ

    『ママはO型だったから、もしも生きてたら、ママの血をお兄ちゃんに輸血できたのに』って、

  • キザキ

    手術を終えてレンが病室に運ばれた後、僕に嘆いたんだよね。

  • レン

    ……

  • キザキ

    その時に、僕の中で引っかかったのが、

  • キザキ

    アイリちゃんが、お父さんの血液型のことを言わなかったこと。

  • レン

    …、

  • キザキ

    ずっと前に、レンから、お父さんは自分と同じO型だって聞いたことがあったから…、

  • キザキ

    どうしてアイリちゃんは、

  • キザキ

    輸血ができたはずのお父さんのことを言わないのかなって、ふと疑問に思ったんだ。

  • レン

    ……

  • キザキ

    それで僕、アイリちゃんに、

  • キザキ

    『ちなみに、お父さんの血液型は何型なの?』って聞いたんだ。

  • キザキ

    そうしたら、

  • レン

    …自分と同じA型だって、答えたんだな。

  • キザキ

    うん。

  • レン

    それが、おまえの言う<腑に落ちない事柄>だったってことか…。

  • キザキ

    そう。

  • キザキ

    …ほんとに僕も、アイリちゃんとレンは兄妹だって思ってたから…、

  • キザキ

    まあ、あんまり似てないなとは思ったけど、

  • キザキ

    レンがお父さん似で、アイリちゃんはお母さん似なんだなって、何の疑いもなく思ってたから。

  • キザキ

    その時のアイリちゃんとの会話がなければ、

  • キザキ

    君たちが血の繋がらない兄妹だってこと、知らないままだったよ。

  • レン

    ……そっか…。

  • 思えば、周囲にバレることなくここまで来れたのも、不思議なのかもしれない。

  • ……ほんの少し、沈黙が落ちて。

  • 少し開いた窓から吹き込む風に押されたカーテンが、その静寂を裂くように揺れたとき、

  • サクヤは気遣うように、それでいて躊躇うことなくゆっくりと核心に触れ始めた。

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