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アイリ
…キザキさんの知ってる人、なんですか…?
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キザキ
うん。
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キザキ
どのお医者さんよりも一番立派だって、僕が心から思う先生。
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アイリ
すごい…。
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キザキ
その先生が今、レンの命を救おうと一生懸命に頑張ってくれてる。
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キザキ
レンだって、生きるために、きっとものすごく頑張ってる。
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アイリ
———
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キザキ
だから、アイリちゃん、
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キザキ
レンが戻ってくることを、僕と一緒に信じて待とうね。
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アイリ
…は、はいっ、
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アイリ
絶対に大丈夫だって信じます…!
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僕の励ましに、元気を取り戻したような破顔と声が返ってくる。
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けど、
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アイリ
……、
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しばらくぶりに笑顔になったアイリちゃんの眦から、
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大粒の涙が溢れて頬を滑り落ちた。
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アイリ
ッ、ごめんなさい…、
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キザキ
…、
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アイリ
もうずっと、どんなに堪えようとしても、
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アイリ
涙が止まらなくて…、
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キザキ
レンの一大事だもん…、当然だよ。
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アイリ
…、っ……
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キザキ
…僕には気を遣わなくていいから。
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アイリ
っ…、
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キザキ
頑張って笑顔にならなくてもいいよ。
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アイリ
…———
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キザキ
今はたくさん涙を流して、
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キザキ
レンが戻った時に、笑顔をいっぱい見せてあげよう?
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アイリ
——…ッ、
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ぽんぽんと優しく頭を撫でると、アイリちゃんは強く頷いて。
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そしてまた、レンの身を案じる暖かな涙を幾筋も流した。
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︙
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<手術中>を示す表示灯が点灯してから、そろそろ1時間が経とうとした頃。
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アイリちゃんのか細い声が、しばらく続いていた静寂にピリオドを打った。
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アイリ
……あの、キザキさん…、
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キザキ
…なあに?
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アイリ
……
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キザキ
どうしたの?
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アイリ
……この世で、やっぱり…、
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アイリ
許されない恋って…、したらダメなんですかね…?
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キザキ
え?
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いきなりの質問に幾らか戸惑う。
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彼女の横顔を見ると、これ以上を語ることに躊躇いを感じながらも、
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覚悟を宿したような、そんな面差しが広がっていた。
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アイリ
人が人を好きになるって、普通のことだと思うのに…、
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アイリ
許されない恋だと、それが普通じゃなくなって…
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アイリ
気持ちにブレーキをかけないとダメですよね…?
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キザキ
…、
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キザキ
(もしかして、この子も…)
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キザキ
…アイリちゃん、キミ…、
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アイリ
勘の鋭いキザキさんなら、
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アイリ
今の話で、なんとなく分かっちゃいましたか…?
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キザキ
……うん、そうだね、
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キザキ
たぶん、当たってると思う。
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アイリ
……、
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アイリ
…今までずっと、隠してきました…。
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アイリ
一生、誰にも言わないって決めて…。
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アイリ
近くに居られるだけで、幸せだから…。
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キザキ
……
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アイリ
ずっとずっと…、
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アイリ
いつか離れる時が来ても、ずっと好きでいたいって思って…。
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アイリ
たとえ、想いが叶わなくても、それでもいいって…。
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キザキ
……
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アイリ
でも、今っ…、
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アイリ
もしかしたら、失うかもしれないって思うと、怖くて、辛くて…っ、
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アイリ
体も心も、全部千切れちゃいそうに痛いんです…っ、
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キザキ
…アイリちゃん…。
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アイリ
…少し前に、お兄ちゃんがすごく酔っ払って、
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アイリ
『もしも兄妹じゃなかったらどうする?』って、私に聞いたことがあって…、
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アイリ
私その時、心から、そうだといいなって思って…。
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キザキ
……、
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アイリ
キザキさん、私…、
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僕のことを振り仰いだ双眸は、揺るぎない想いで満たされている。
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アイリ
私…、
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アイリ
お兄ちゃんが好きなんです、
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アイリ
もう、ずっと前から…。
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アイリ
誰よりも、大好きなんです…。
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キザキ
……、うん…。
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——『全然いいじゃない。』
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そう、明るく告げるように。
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純粋で切ない想いに触れた僕は、
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一つも躊躇することなく、肯定の微笑を差し向けた。
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vol.10 城崎side・END
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