Vol. 10 いくつもの夜を越えて ・2 …城崎side

  • アイリ

    …キザキさんの知ってる人、なんですか…?

  • キザキ

    うん。

  • キザキ

    どのお医者さんよりも一番立派だって、僕が心から思う先生。

  • アイリ

    すごい…。

  • キザキ

    その先生が今、レンの命を救おうと一生懸命に頑張ってくれてる。

  • キザキ

    レンだって、生きるために、きっとものすごく頑張ってる。

  • アイリ

    ———

  • キザキ

    だから、アイリちゃん、

  • キザキ

    レンが戻ってくることを、僕と一緒に信じて待とうね。

  • アイリ

    …は、はいっ、

  • アイリ

    絶対に大丈夫だって信じます…!

  • 僕の励ましに、元気を取り戻したような破顔と声が返ってくる。

  • けど、

  • アイリ

    ……、

  • しばらくぶりに笑顔になったアイリちゃんの眦から、

  • 大粒の涙が溢れて頬を滑り落ちた。

  • アイリ

    ッ、ごめんなさい…、

  • キザキ

    …、

  • アイリ

    もうずっと、どんなに堪えようとしても、

  • アイリ

    涙が止まらなくて…、

  • キザキ

    レンの一大事だもん…、当然だよ。

  • アイリ

    …、っ……

  • キザキ

    …僕には気を遣わなくていいから。

  • アイリ

    っ…、

  • キザキ

    頑張って笑顔にならなくてもいいよ。

  • アイリ

    …———

  • キザキ

    今はたくさん涙を流して、

  • キザキ

    レンが戻った時に、笑顔をいっぱい見せてあげよう?

  • アイリ

    ——…ッ、

  • ぽんぽんと優しく頭を撫でると、アイリちゃんは強く頷いて。

  • そしてまた、レンの身を案じる暖かな涙を幾筋も流した。

  • <手術中>を示す表示灯が点灯してから、そろそろ1時間が経とうとした頃。

  • アイリちゃんのか細い声が、しばらく続いていた静寂にピリオドを打った。

  • アイリ

    ……あの、キザキさん…、

  • キザキ

    …なあに?

  • アイリ

    ……

  • キザキ

    どうしたの?

  • アイリ

    ……この世で、やっぱり…、

  • アイリ

    許されない恋って…、したらダメなんですかね…?

  • キザキ

    え?

  • いきなりの質問に幾らか戸惑う。

  • 彼女の横顔を見ると、これ以上を語ることに躊躇いを感じながらも、

  • 覚悟を宿したような、そんな面差しが広がっていた。

  • アイリ

    人が人を好きになるって、普通のことだと思うのに…、

  • アイリ

    許されない恋だと、それが普通じゃなくなって…

  • アイリ

    気持ちにブレーキをかけないとダメですよね…?

  • キザキ

    …、

  • キザキ

    (もしかして、この子も…)

  • キザキ

    アイリちゃん、キミ…、

  • アイリ

    勘の鋭いキザキさんなら、

  • アイリ

    今の話で、なんとなく分かっちゃいましたか…?

  • キザキ

    ……うん、そうだね、

  • キザキ

    たぶん、当たってると思う。

  • アイリ

    ……、

  • アイリ

    …今までずっと、隠してきました…。

  • アイリ

    一生、誰にも言わないって決めて…。

  • アイリ

    近くに居られるだけで、幸せだから…。

  • キザキ

    ……

  • アイリ

    ずっとずっと…、

  • アイリ

    いつか離れる時が来ても、ずっと好きでいたいって思って…。

  • アイリ

    たとえ、想いが叶わなくても、それでもいいって…。

  • キザキ

    ……

  • アイリ

    でも、今っ…、

  • アイリ

    もしかしたら、失うかもしれないって思うと、怖くて、辛くて…っ、

  • アイリ

    体も心も、全部千切れちゃいそうに痛いんです…っ、

  • キザキ

    アイリちゃん…。

  • アイリ

    …少し前に、お兄ちゃんがすごく酔っ払って、

  • アイリ

    『もしも兄妹じゃなかったらどうする?』って、私に聞いたことがあって…、

  • アイリ

    私その時、心から、そうだといいなって思って…。

  • キザキ

    ……、

  • アイリ

    キザキさん、私…、

  • 僕のことを振り仰いだ双眸は、揺るぎない想いで満たされている。

  • アイリ

    私…、

  • アイリ

    お兄ちゃんが好きなんです、

  • アイリ

    もう、ずっと前から…。

  • アイリ

    誰よりも、大好きなんです…。

  • キザキ

    ……、うん…。

  • ——『全然いいじゃない。』

  • そう、明るく告げるように。

  • 純粋で切ない想いに触れた僕は、

  • 一つも躊躇することなく、肯定の微笑を差し向けた。

  • vol.10 城崎side・END

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