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そこに、
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どこから聞きつけたのか、厳格そうな教授が一人現れて。
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ユヅキ
…、
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キミは途端に嫌な顔つきになったよね。
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教授に見せないように顔を横に背けていたけど、
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その先のベンチに僕が座っていたから、僕からはその表情が丸わかりだった。
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『中庭とはいえ、病院の敷地内で猫に対して診察の真似事をするとは何事だ!』
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着くや否やそう怒鳴りつけた教授に、キミはひとまず冷静な態度で頭を下げた。
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でも。
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教授が放った次の言葉に、キミは絶対に折れようとしなかった。
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*
こんなくだらない猫のことなんか、放っておけばいいんだ!
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ユヅキ
――…、
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キミの表情が凍てついた瞬間だった。
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冷静沈着に、それでいて強く、
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キミの抱く信念を打ち返したよね。
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ユヅキ
一つの命に、『くだらない』なんて言葉、
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ユヅキ
口にしないでいただけますか。
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*
なに!?
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ユヅキ
猫って、充電式か何かのおもちゃですか?
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ユヅキ
小さな動物でも、
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ユヅキ
命を持ってこの世で懸命に生きているんです。
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*
はっ、くだらない…、
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ユヅキ
くだらないでしょうか?
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ユヅキ
私には、とてもそうは思えません。
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*
っ、偉そうに!
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*
だいたいキミは、自分の立場を分かっているのか!?
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*
この私に反論するなど——
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ユヅキ
分かっています。
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ユヅキ
私は下っ端の救命医です。
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ユヅキ
ですが、人間であれ動物であれ、
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ユヅキ
命の重さというものをしっかりと心に留めていただきたい。
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……ふん!
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ユヅキ
且つ、命を深く重んじ、それを守ろうとしている子どもの前で、
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ユヅキ
言葉を選んでいただきたいと思います。
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キミは凛として言い放った。
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絶対に譲れない思いなのだと、その瞳が物語っていた。
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*
…――
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決まりが悪くなったのか、それ以上は何も言うことなく苛立った様子で立ち去った教授に、
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キミはやれやれと嘆息して。
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そしてまた、また最初と同じ笑顔で男の子に向き直ったよね。
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ユヅキ
後でさ、いい獣医さんを見つけたら連絡するね。
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ユヅキ
君の家の電話番号はこっちで調べれば分かるから。
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…、うん…。
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*
ユヅキ先生、ごめんね。
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ユヅキ
なんで?
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だって…、
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*
先生、あの怖い先生に怒られちゃったから…、
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ユヅキ
なーんだ、そんなことか。
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ユヅキ
何の心配もいらないよ。
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*
でも、僕のせいで…、
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*
僕、先生に助けてもらってばかりだ…。
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ユヅキ
いいんだよ、そんなこと気にしなくて。
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*
でも…、
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ユヅキ
…あ。そうだ。
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ユヅキ
じゃあさ、
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ユヅキ
先生のために、一つ約束してくれるかな?
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*
…約束?
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*
どんな約束?
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ユヅキ
君の優しい気持ち、そのままで。
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ユヅキ
大人になっても、生き物や動物の命も大切に思う、
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ユヅキ
ずっとそのままの君でいて欲しいな。
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ユヅキ
それが、君が先生にしてくれたら嬉しい約束。
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*
…分かったっ!
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*
絶対に約束するっ!!
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ユヅキ
よしっ、約束だぞ〜!
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勇ましい笑顔で隆起した男の子の頬を優しく撫でた後、
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キミはその子と小指を絡ませて指切りげんまんを歌ってた。
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……やっぱり、なんだか不思議な女の子。
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稀有な人種を見るようにそう思いながらも、
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僕は、笑顔のキミから目が離せずにいた。
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…
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それから日が経っても、キミのことがずっと心に引っかかってて。
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僕、ちょっとだけキミのことを調べたんだ。
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<藤沢 匠>
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調べていくうちに、
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キミのお父さんの名前を目にしてすごく驚いたよ。
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だって、藤沢さんは僕の父の古くからの友人で、
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僕がまだ小さい頃、時々家に訪れた藤沢さんが僕や兄とよく一緒に遊んでくれたから。
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あるとき、奥さんも一緒に連れ立って、
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藤沢さんが抱っこしている腕の中には、まだ2歳くらいのキミがいた。
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そのときの僕はまだ5歳くらいだったと思うし、
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幼かったキミと関わった記憶はほとんど曖昧だけど、
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今になって思えば不思議な縁だよね。
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けど、しばらくして、
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僕たち家族は父の仕事の都合で海外へ行くことになって、
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藤沢さんとも自然と疎遠になっていったんだ。
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