Vol. 13 ピリオド. ・3

  • ユヅキ

    キザキさん。

  • キザキ

    ん、なに?

  • ユヅキ

    はい、握手。

  • キザキ

    …うん?

  • いきなり手を突き出して握手を求める私に、

  • キザキさんはきょとんと瞬きをして右手をこちらに伸ばす。

  • キザキ

    どうしたの?

  • ユヅキ

    ……

  • 返答することなく、ぎゅっと絡め取るようにキザキさんの手を握った。

  • キザキ

    え…、ユヅキちゃん?

  • ユヅキ

    ……

  • ユヅキ

    …あったかい。

  • キザキ

    ああ、僕の手?

  • キザキ

    そうなんだよね、寒い冬にはなかなか重宝するでしょ?

  • ユヅキ

    違う、熱い…、

  • キザキ

    ……え。

  • ユヅキ

    熱いですよ、キザキさんっ。

  • 目元を引き締めた険しい表情で前に身を乗り出すと、途端に狼狽えたキザキさんの額に手のひらを当てる。

  • ユヅキ

    やっぱり…、熱がありますね!?

  • 近づいてよく見ると、顔だって赤い。

  • キザキ

    …、

  • キザキ

    バレちゃった…。

  • キザキ

    気付かれないように、ユヅキちゃんの隣に座るのを我慢したのに。

  • こんなにすぐバレるなら、引っ付いて座れば良かった…と、

  • キザキさんは軽く頬を膨らませてむくれて見せた。

  • ユヅキ

    何をのんきなこと言ってるんですか、まったくもう…。

  • キザキ

    さすがお医者さん、鋭いね。

  • ユヅキ

    医者でなくても気付きますよっ。

  • ユヅキ

    とにかく、もう帰りましょう、うちの病院で診察しますから。

  • キザキ

    大丈夫だよ、診察なら、ユヅキちゃんのおうちの病院でもう診てもらったから。

  • キザキ

    昨日の夕方から少し熱があって…疲れからくる熱だって。

  • キザキ

    移さないから安心して?

  • ユヅキ

    移すとか移さないとかの話をしてるわけじゃありません。

  • ユヅキ

    そもそも移ったところで気にしません。

  • キザキ

    …、

  • ユヅキ

    とにかく帰りましょう、疲れの熱なら尚更、すぐにでも横になったほうがいいです。

  • キザキ

    ……ねえ。

  • ユヅキ

    なんですか?

  • キザキ

    移っても気にしない、みたいなことを言ってるけど…、

  • キザキ

    もしも僕のこの熱が移るようなものだったら、

  • キザキ

    ユヅキちゃん、もらってくれるの?

  • ユヅキ

    もらいますよ、キザキさんの病症なら。

  • キザキ

    僕の病症なら……って、ほんとに?

  • ユヅキ

    あっ、と…、

  • ユヅキ

    まあ、それはなんていうか…、

  • ユヅキ

    医師として、ですかね…。

  • キザキ

    …あは、

  • キザキ

    そうだとしても嬉しい。

  • ユヅキ

    ……、それはともかく、早く帰りましょう。

  • キザキ

    だから、帰らなくても大丈夫だってば。

  • ユヅキ

    ダメですよ、とても大丈夫だとは思えません。

  • 勢いよく立ち上がった私とは正反対に、キザキさんはソファーに背を沈めて表情を曇らせた。

  • キザキ

    嫌。

  • キザキ

    帰りたくない。

  • ユヅキ

    もう、なんでそんな———

  • キザキ

    帰ったら、ユヅキちゃんとこういった時間をなかなか過ごせないでしょ?

  • ユヅキ

    …、

  • キザキ

    家に帰ったら、僕たちすれ違ってばかりじゃない。

  • キザキ

    二人でこうして向き合って話すこともほとんどないのに…。

  • ユヅキ

    ……

  • キザキ

    だから、嫌。帰らないから。

  • ユヅキ

    そんなわがまま、言わないでくださいよ…。

  • キザキ

    もともとわがままだもん、僕。

  • 開き直った様子で軽く唇を窄めた後、

  • 一歩も引かないといった素振りでキザキさんは視線を横に流す。

  • ユヅキ

    ……、

  • ユヅキ

    (困った…、キザキさんはこうなってしまうと、なかなか折れてくれない…)

  • ユヅキ

    ……

  • ユヅキ

    …、

  • 折れてくれないなら、こっちから折り合いをつけるしかない。

  • ユヅキ

    分かりました。

  • ユヅキ

    じゃあ、家に帰ってからも、時間の許す限り傍にいますから。

  • どうしたものかと考えあぐねた結果の決断。

  • 幼い子どもを窘めるように優しく見下ろした。

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