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ユヅキ
どうかしました…?
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キザキ
…何気ないよね、いつも。
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ユヅキ
え?
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キザキ
誰でも言うよね、
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キザキ
社交辞令で言うときもあるし…。
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ユヅキ
…、?
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キザキ
『無理しないで』なんて、普通の言葉なのに…。
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キザキ
ユヅキちゃんに言われると、
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キザキ
どうしてこんなに嬉しくて…切なくなるのかな…。
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ユヅキ
…——
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凝り固めてきたはずの心に、ピシリと甘い亀裂が走る。
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ただでさえ、キョウヤに諭されて、
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自分に課した決意が頼りなくぐらついているというのに。
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きっと、人を好きになると、自分の想いを制御できなくなっても不思議ではないのだ。
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だからといって、今すぐに自己優先できるのかというとそうではなく、
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私の足枷が邪魔をして、
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ユヅキ
……、
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ユヅキ
それじゃ、事務所にお邪魔する日は、今度の休みの日ということでお願いしますね。
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半ば受け流すように、それでいて穏やかな微笑みを惜しみなく向けてソファーから立ち上がる。
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けれど。
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視界に映り込むキザキさんの表情がみるみる曇っていくのを見過ごせずに、
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ついまた心情を窺ってしまった。
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ユヅキ
…あの、どうしたんですか?
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キザキ
うん…。
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キザキ
どうかしてるね、僕…。
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ユヅキ
まさか、実は体調が悪いとかじゃないですよね?
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キザキ
ううん。今のところ元気だよ。
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キザキ
ただ…、
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キザキ
もう少し、キミと一緒に居たいなと思って…。
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ユヅキ
…え、
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キザキ
ごめん、ちょっとした独り言。
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らしくなく、儚く笑う。
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端麗な瞳をそっと伏せたその表情に、計算ずくといった虚言の色は見られない。
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いつものように強引に主張してくれば、その態度を逆手に取って無情に切り離すことができるのに。
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ユヅキ
(こんなときに限って…、)
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ユヅキ
なんでそんなにしおらしいんですか…。
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キザキ
えっ…?
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ユヅキ
……はぁぁ…。
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大袈裟に肩を上下させて、長嘆息を吐き出す。
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ユヅキ
……今、新たに気付きました。
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キザキ
えっ…、
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キザキ
なにを?
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ユヅキ
どうも私は、
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ユヅキ
キザキさんのそんな顔に弱いみたいです。
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キザキ
——
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ユヅキ
…意外ですか?
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キザキ
とても、意外です…。
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ユヅキ
ふふ。
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ユヅキ
キザキさんって、時々そうやって敬語になりますよね。
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キザキ
そうかな…、
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ユヅキ
そうですよ。
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普段の自分を振り返るように視線を上に泳がせたキザキさんを見遣ってから、
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コートハンガーに歩み寄りダウンジャケットを手に取る。
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ユヅキ
…さてと。
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ユヅキ
ちょっとだけ、ドライブにでも行こうかな。
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キザキ
今から一人で? 危ないよ。
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途端に眉間に縦皺を刻んでかぶりを振ったキザキさんを、
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ツンと顎先を上げたしたたかな表情で見つめる。
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ユヅキ
一人で行くと思います?
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キザキ
えっ、
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ユヅキ
元気についてくる人、手を挙げて?
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キザキ
——っ、
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キザキ
はいっ…!
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言葉の意味を理解したキザキさんは、咄嗟な挙手とともに遠慮がちに小首を傾げた。
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キザキ
ユヅキちゃん…、いいの?
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ユヅキ
ドライブに行きたくなったんです。
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ユヅキ
付いてきてくれないなら、余裕で一人で行きますけど。
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キザキ
もちろん一緒に行く。
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ユヅキ
それじゃ、行きましょう。
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ユヅキ
外は寒いですから、風邪引かないように暖かくしてください。
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ユヅキ
先に行って、車内を暖めておきますね。
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キザキ
…あ、待って、僕も一緒に出るよ。
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キザキ
ダウン着てくるから、少し待ってて。
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ユヅキ
分かりました、じゃあ、ここで待ってます。
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キザキ
あと、僕が運転するから。
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ユヅキ
ドライブに行くって言いだしたのは私だし、運転しますよ。
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キザキ
だーめ。
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キザキ
ユヅキちゃん、確か明日は当直日でしょ?
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キザキ
疲れを残さないほうがいいよ。
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ユヅキ
…んー…、
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ユヅキ
では、お言葉に甘えさせていただきます。
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キザキ
うん!
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キザキ
じゃ、ちょっと待っててね、すぐに戻るから。
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無邪気な子どものように嬉々として綻ぶ笑顔で、キザキさんは急いで踵を返す。
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ユヅキ
そんなに慌てると、スリッパが脱げて階段で転びますよ?
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キザキ
大丈夫!
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キザキ
こう見えて僕、運動神経良いから!
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ユヅキ
……
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ユヅキ
(『こう見えて』って…、)
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ユヅキ
(もともと運動神経が良いように見えるけど…)
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クスッと笑って、
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キザキさんが立ち去った後の、開いたままのドアの先を見つめた。
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︙
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寒い冬の夜。
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夜気が透き通る暗闇を明るく照らし出すように。
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深夜のドライブを少しだけ。
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二人きりの時間を少しだけ。
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運転席でハンドルを握るキザキさんの明るい笑顔が、
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どれほど安らぎをもたらしてくれるのかを強く実感してしまう。
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ユヅキ
……
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ユヅキ
(やばいな、もう…、)
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結局、一度抱いた恋情をそう簡単に消し去ることなんてできない。
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消せない想いの行く先は、自分にとってのバッドエンドでなければならないのに。
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キザキ
もう少し遠くまで走ってもいい?
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ユヅキ
…いいですよ。
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ユヅキ
キザキさんがしんどくなければ、ですが。
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キザキ
僕は全然平気!
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ユヅキ
…ふふ、元気いっぱいですね。
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私の中で、
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大団円を阻む自分の決断が、ゆっくりと崩れていく音を感じていた。
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Vol. 12 END
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