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イシバ
何があったのかは知らないが、
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イシバ
おまえはもう少し、自分というものを優先すべきだ。
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ユヅキ
…え?
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ユヅキ
いつも優先してるけど?
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イシバ
いつもではない。
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ユヅキ
…、
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想定外の言葉をどのように受け止めたらいいのか分からず、
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戸惑いを隠せないままキョウヤの次の言葉を待つ。
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イシバ
…おまえとキザキの関わりを知ったあの日から、嫌な予感はしていた。
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ユヅキ
…、どういうこと?
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ユヅキ
『嫌な予感』って…。
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イシバ
俺にとって好ましくない予感だ。
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ユヅキ
…、
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イシバ
…だが、
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イシバ
あいつは、俺が思っているよりもずっといい男なのだろう…、
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『…おまえが選んだ男なのだからな』
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ポンと一言添えるように、そう何気なく付け加えられた言葉に目を見張る。
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ユヅキ
い、いや、あのね、その…っ——
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イシバ
……
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心底の想いを掘り起こされて心臓が飛び跳ねた私とは対照的に、そっと足を組み替えたキョウヤは、
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悠然とした面持ちでコーヒーを口にした。
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イシバ
無駄なあがきだ、俺にはしっかりバレている。
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イシバ
もともとおまえは、嘘が下手な女だからな。
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ユヅキ
っ…、
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イシバ
今度は俺が、友人としておまえを力付ける番だ。
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イシバ
…あの日、
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イシバ
おまえが作ったオムライスに添えてくれたエールのようにな。
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ユヅキ
———
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こちらに視線を移したキョウヤの瞳がとてつもなく優しくて。
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私は、赤く熱を持ち始めた頬をそのままに、
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ただ茫然とその相貌をひたすらに眺める。
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ユヅキ
(…そっか、あのときのエール…、)
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ユヅキ
(だから、『妻になれ』とか、わざとあんなこと言ったんだ…)
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最初から、私のキザキさんに対する想いに気付いていて。
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想像もしない選択肢を私に突き付けて、
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誤魔化すことの愚かさを伝えようとしてくれていた。
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イシバ
…ただし。
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イシバ
おまえが今後の自分をきちんと見極めずにモタモタしていたら…、
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イシバ
泣こうが喚こうが、
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イシバ
俺がおまえを攫いに来る。
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ユヅキ
そ…そんな、また冗談言って。
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ユヅキ
あれは私に刺激を与えるために言ったことだよね?
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イシバ
……さあ、どうだろうな。
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ユヅキ
え…、
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イシバ
……俺は…、
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言いかけて、言い惑う。
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整った唇は真一文字に線を引いたまま言葉を刻まずに、
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私を見つめる瞳は、今ここで何を述べるべきなのかを模索しているように感じた。
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イシバ
……
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やがて、沈黙が破られた先に待っていたのは、
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イシバ
……フッ…、
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キョウヤの柔らかな笑顔。
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ユヅキ
キョウヤ…?
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イシバ
いや、なんでもない。
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イシバ
俺は、おまえの<初めての想い>を壊すつもりはない。
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ユヅキ
……、
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イシバ
とにかくおまえは、自分の想いに絶対に嘘はつくな。
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ユヅキ
…キョウヤ…。
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イシバ
もしもその言いつけを守らなければ、
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イシバ
俺にこっぴどく叱られるということを、覚悟しておけよ?
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憎たらしいくらいに精悍で深い優しさを湛えたこの微笑を、
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私はきっと、一生忘れないだろう。
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それほどに、
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キョウヤの笑顔は美しく友愛に満ちていた。
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ユヅキ
……分かった。
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ユヅキ
一応、肝に銘じとく。
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今はまだ、50パーセントの了承の意を示すことしかできないけど。
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イシバ
…頑張れよ、ユヅキ。
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友としての想いが込められたエールは、
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私の胸奥に温かな潤いをもたらしてくれた。
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