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イシバ
なかなか急な話だな。
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ユヅキ
こういうのって、意外といきなり話が舞い込んでくるから。
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イシバ
…迷わずに決めたのか?
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ユヅキ
うん。前から加わってみたかった研究チームだったしね。
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そのことに関しては、嘘偽りのない事実だ。
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ただ、他の理由もあって、今は日本から離れたいというのも本心だ。
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ユヅキ
……、
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ユヅキ
(…、もう、忘れなきゃ…)
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脳裏にちらつくキザキさんの笑顔を、淡々とした表情の裏で懸命に掻き消す。
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イシバ
……
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ユヅキ
……
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最後の質問以降、言葉を区切ったキョウヤがやけに勘の鋭さを増している気がして、
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何でもない素振りでまたコーヒーカップを手に取り、さっき味わったばかりの風味を再び口に含んだ。
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…しばらくして。
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イシバ
アメリカに来るのか…。
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不意に、独り言のように呟いたキョウヤは、
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『良いところに転がって来てくれた話だ』…と続けて、
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どこか言い含めるように目を細める。
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イシバ
そういうことなら、
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イシバ
いっそ、俺のパートナーになるか?
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ユヅキ
…え?
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ユヅキ
なにそれ、パートナーって…私が?
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イシバ
そうだ。
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イシバ
アメリカで生活するなら、もういっそ、
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イシバ
俺の妻になればいい。
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ユヅキ
…っ、ええっ!!?
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イシバ
そうすれば、何一つ不自由なく暮らしながら、おまえの望む研究にも没頭できる。
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ユヅキ
パ、パートナーって、そっち…!?
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イシバ
仕事関係のパートナーとでも思ったのか?
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ユヅキ
普通思うのはそっちでしょっ、
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ユヅキ
いきなり<妻>とか言われるなんて思わないって!
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イシバ
いや、普通はパートナーと言われれば生涯を共にすることだと、そう真っ先に閃くのが一般的だと思うが…、
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イシバ
まあ、少し鈍いところがあるおまえらしい解釈だったか…。
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ユヅキ
悠然と自己完結しないでっ。
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イシバ
とにかく、
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イシバ
おまえなら申し分ない。
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イシバ
こちらサイドの人間も文句ひとつ言わないだろう。
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ユヅキ
いやいや、あのねっ、
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ユヅキ
まず、あなたと私の住んでる世界が違いすぎるから!
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イシバ
そんなことはない、おまえならすぐに慣れる。
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ユヅキ
慣れないよっ、何を根拠に——
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イシバ
俺が見込んだ女だからだ。
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ユヅキ
…っ、
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イシバ
……
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ユヅキ
か、買い被りすぎだよ、無理だって…!
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左右に強く頭を振って否定する私を、
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キョウヤは冷静な眼差しで尚も取り込もうとしてくる。
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イシバ
…おまえは、俺のことが嫌いか?
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ユヅキ
き…、嫌いなわけないじゃん!もちろん好きだよ!
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ユヅキ
でも、その……、
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ユヅキ
好きっていうのは、なんていうか…、
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イシバ
……
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ユヅキ
友達としての好きであって…、
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イシバ
……
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ユヅキ
恋愛って言うと、ちょっと違うっていうか…、
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イシバ
……
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ユヅキ
……その…、
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イシバ
……冗談だ。
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ユヅキ
…へっ!?
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素っ頓狂に声を上げて肩を跳ねさせた私の姿に、キョウヤはククっと低く笑った。
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イシバ
今日会ったときから、おまえの様子がいつもと少し違った気がしたから、
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イシバ
刺激を与えてみただけだ。
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ユヅキ
し、刺激って——
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『それってなんか、心臓に悪い刺激だよっ!』
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と、歯を剝くように言葉を走らせると、キョウヤはさらに笑みを深める。
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イシバ
おかげで面白いものが見れた。
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ユヅキ
も、もう…、
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ユヅキ
ほんとびっくりしたよ…。
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イシバ
…いつもの調子に戻れたか?
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ユヅキ
ま、まあね…、
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ユヅキ
っていうか、なんかごめん…。
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ユヅキ
つまりは、変に気を遣わせちゃってたってことだよね?
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イシバ
いや。
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イシバ
ただ、おまえのことを聞いたはずが、先にキザキという名前を聞かされたうえに、
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イシバ
あいつの話ばかりされると、さすがにいい気はしなかった。
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ユヅキ
…え、私、そんなに話しちゃってた?
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イシバ
自覚がないのか?
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ユヅキ
えっと……、
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ユヅキ
うん…。
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イシバ
思った以上に重症だな。
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楽し気な笑顔を小さな苦笑に変えたキョウヤは一度視線を伏せた後、
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再び私に視軸を合わせた。
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