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あの日以来、キザキさんと私は今まで通り変わりなく過ごすことができていた。
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別にどこかよそよそしいなどといったことはなく、
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顔を合わせて時間に余裕があれば、普通に雑談を交わす。
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互いに仕事が立て込んで朝帰りになることもしばしばあって、
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そんなときは、自宅の廊下ですれ違いざまに『お疲れ様』の挨拶だけ。
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ゆなちゃんにもらった手作りのピンキーリングも、発表会のとき以来ずっと小箱の中で眠ったまま。
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あのとき一度指にはめただけで、
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きっともう、その姿を小指に残すことはないだろうと思う。
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キザキさんの事務所の建替え工事も滞りなく終了し、
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彼がうちを出て行く日もそう遠くはない。
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探偵業務の傍ら、火事で失ってしまった備品や事務用品などを買い揃えたり事務所に搬入したりと、
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最近のキザキさんはさらに多忙な様子だった。
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…そんな微妙なすれ違いを過ごす中。
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私は、母校であるジョンズ・ホプキンス大学から、医療研究チームの一員として抜擢したとの知らせを受けた。
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一時的に日本の大学病院からは離れることになるが、
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研究チームとしての職務を果たした後でも復帰ができるとあって、
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迷うことなくその申し出を受け渡米を決めた。
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向こうで過ごす期間は、2年から3年。
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おそらく満了の3年を過ごすことになるだろうと、向こう側からも打診されている。
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ユヅキ
……
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キザキさんとマユキが、その後どういった関係でいるのかは知らない。
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私を介さずに、気兼ねなくキザキさんと直接連絡を取るようにとマユキに告げたこともあって、
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彼女なりに彼との繋がりを築いているだろう。
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これから先に、二人がどのような関係に発展していくのかは分からないが、
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いい方向に進むのならそれでいいと思っている。
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ユヅキ
…、
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降り始めた雨が、医局の窓ガラスをポツポツと叩く。
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細い雨粒が、閉ざそうとしている私の心をノックしているように思えて、
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窓辺にそっと歩み寄った。
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ユヅキ
……はぁ…、
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日本から離れるだけでも、十分に気は紛れる。
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きっと私は、これまで以上に全力で仕事に没頭して、
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いつの間にか芽生えたこの想いを誤魔化し続けるのだろう。
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ユヅキ
…、
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ユヅキ
(…誤魔化し続ける、か…)
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ユヅキ
いつからこんな、嘘つきになったんだ…。
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薄く漏れる溜め息までも、偽りの色に染められて。
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窓ガラスに映る天邪鬼な自分は、
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生まれたての恋心を雨霧の向こう側に置き去りにした。
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