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キザキ
一緒に行くって言ってたのに。
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キザキさんの不満に満ちた視線が全身をチクチクと突き刺さす。
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『食事に行くなら三人で』
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その条件を当日ギリギリになってあっさりと翻した私に向けて、
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さらにどんな文句をぶつけてやろうかと、不服そうに口元が歪んでいる。
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キザキ
こういうことって、もっと早くから言うべきなんじゃないの?
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ユヅキ
急に休みが変わって仕事になったんですよ…、
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ユヅキ
すみません。
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キザキ
それって、直前まで分からなかったってこと?
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ユヅキ
…そうです。
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キザキ
ほんとあり得ないんだけど。
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ユヅキ
……
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視線を伏せて黙り込む私を見たキザキさんは、逃げ場を崩すように低く声を並べた。
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キザキ
ほんとは最初から、一緒に行くつもりなかったでしょ?
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ユヅキ
…、
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ズバリ言い当てられて、すぐに切り返せずに閉口してしまう。
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だけど、
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『実はそうなんです』…なんて素直に認めることはできないから、
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ユヅキ
考えすぎですよ。
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開き直るように打ち返してリビングのソファーから立ち上がった。
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<違う>とは言っていないから嘘にはならない。
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キザキさんの豊かな想像力を客観的に指摘しただけ。
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ユヅキ
(我ながら、落ち着いて振舞えた…)
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むくれたように押し黙るキザキさんを視界の端で捉えても、
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構わずにファーコートを手に取り、涼しい顔つきで話をすり替えた。
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ユヅキ
おいしいご飯、食べてきてくださいね。
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キザキ
…行きたくないんだけど。
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ユヅキ
…、
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キザキ
断ってもいい?
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ユヅキ
それは困ります。
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キザキ
僕だって困る。
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キザキ
キミも一緒に行くと思ってたから、承諾したのに。
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ユヅキ
…無理を聞いてくれて、感謝してます。
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その想いに嘘はない。
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キザキさんの言い分も分かるし、
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私が彼の立場ならきっと同じことを思い、同じように反論するだろう。
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でも。
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マユキのキザキさんへの淡い恋心が脳裏でチラついて、もう引くことができない。
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ユヅキ
(…今ならまだ、私の心はリセットできる、)
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ユヅキ
……、
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…できるはず。
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ユヅキ
……
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そう決意に似た気持ちを抱きながらも、また自然と口ごもってしまった。
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…お互いの沈黙が虚空に溶けて。
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キザキ
…はぁ…、
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大きく吐き出されたキザキさんの溜め息に我に返ってそちらを見遣ると、
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少しばかり恨みがましい視線が飛んできた。
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でもすぐに、諦めの色に切り替わったその双眸が、私の心にズキッとした痛みを残す。
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ユヅキ
(…あ…、)
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ユヅキ
(やっぱり、この人はいつも…、)
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キザキ
…ユヅキちゃんの友達だから、僕、仕方なく行くんだよ?
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キザキ
ありがたく思ってよね?
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最終的には、私の頼みを聞き入れてくれるのだ。
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ユヅキ
ありがたく、思ってます…。
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言い方は悪いけど、計画通りの良い流れ。
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私の自己優先の意思などいらないのだから、これでいい。
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ユヅキ
……あの、
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ユヅキ
ほんとにごめんなさい。
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そう思いながらも、ひとりでに<ごめんなさい>が滑り出た。
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ユヅキ
今日は、マユキのこと、よろしくお願いしますね?
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キザキ
ねえ、ユヅキちゃん。
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ユヅキ
はい?
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キザキ
今、『ごめんなさい』って言ってくれたのは、
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キザキ
どういう意味での『ごめんなさい』?
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ユヅキ
…、え…?
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不可思議な質問を寄越すキザキさんを、探るように見つめ返した。
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