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今日は当直日でもなく外来担当でもなく、急患の搬送もほとんどないことから、
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院内では普段よりも穏やかに過ごせていた。
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あと1時間ほどで定時になるという頃、
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ゆな
ユヅキせんせー!
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背後から、私の名を呼ぶ明るい声。
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ユヅキ
…、え、
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ユヅキ
ゆなちゃん!?
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ゆな
はーい!
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ユヅキ
わあ、久しぶりだね!
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自分が担当した患者さんが順調に回復することはたまらなく嬉しい。
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満面の笑顔で現れた少女・ゆなちゃんもその一人だった。
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ゆな
ユヅキ先生が元気そうでよかった!
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ユヅキ
ふふ、もちろん元気だよ。
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ユヅキ
ゆなちゃんも元気そうだね。
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ゆな
うん!元気!
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幼稚園の年長だという彼女は、少しおませなところがあるとてもかわいい子で。
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昨年の夏、家族旅行に出かけた帰りに事故に遭い、ここに搬送されて私が担当医になった。
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後部座席でシートベルトをせずに座っていた彼女は車外に放り出されて重傷だったが、
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2度の手術を乗り越えて、3ヶ月ほど前に無事に退院していた。
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ユヅキ
退院してからの体の具合はどう?
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ユヅキ
どこか痛むところはない?
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ゆな
うん!全然平気!
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ユヅキ
良かった。
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ゆな
あのね、柚月先生…、
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母親と医局に訪れた彼女は、肩から下げたポシェットの中をごそごそと弄りながらこちらを見上げる。
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ゆな
今日はね、
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ゆな
ユヅキ先生に渡したいものがあるの。
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ユヅキ
…渡したいもの?
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ゆな
うん!
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愛らしい笑顔で小さな手を差し出したかと思えば、
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そこには、ゆなちゃんの手作りらしき招待状。
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表紙には、カラフルな色どりの折り紙で作った小花が幾つも散りばめられている。
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どうやら、もうすぐ幼稚園で発表会があり、
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舞台で活躍する姿を私に観に来てほしいということらしい。
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早速勤務表の確認をすると、その日は外来担当でしかも宿直日だったが、
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ちょうど居合わせた先輩医師の久動先生が非番を代わってもいいと言ってくれた。
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感謝しきりに頭を下げ、ゆなちゃんに向き直ってOKサインをして見せたとき、
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ユヅキ
あっ…、と、
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大切な招待状が手元から床に滑り落ち、
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拾おうと慌てて手を伸ばしたところで、二通散らばっていることに気付いた。
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ユヅキ
…あれ?
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ユヅキ
(招待状が、二つ…?)
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ユヅキ
ごめん、気付かなくて、
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ユヅキ
二つ渡してくれてたんだ?
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ゆな
うん!
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ゆな
ユヅキ先生の恋人と二人で来てねっ!
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ユヅキ
えっ、恋人?!
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ゆな
うん!
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ユヅキ
それは困ったな…、
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ゆな
どうして??
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ユヅキ
恋人、いないんだ…。
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ゆな
ええっ…!!
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その小さな全身から、<ガーン!>という絶望の効果音が聞こえてきそうなほどに、
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ゆなちゃんはとても残念そうに肩を落とした。
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ユヅキ
(…ほんと困ったな…)
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どうしたものかと苦笑めいて、彼女の目線まで膝を屈める。
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ユヅキ
発表会を観に行くためには、恋人が必要なの?
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ゆな
ユヅキ先生、恋人がいると思ってた…。
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ユヅキ
いや…、うん、
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ユヅキ
ごめんね、いないんだよね…。
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ゆな
……はぁ…、そうなんだ…。
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ユヅキ
…、
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ゆな
じゃあ、一人でもいいから、
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ゆな
ユヅキ先生は絶対に来てね?
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ユヅキ
それはもちろん行くよ。
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落胆したように眉尻を下げていたゆなちゃんだったが、
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最後にはにっこりとした笑顔を向けてくれたことに、胸を撫で下ろして微笑む。
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ユヅキ
……
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ただ、それとは別に、少しギクリとしたことがあって。
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それは、
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<恋人>というキーワードが巡ったときに、
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真っ先にある人物の
画 がよぎったこと。 -
ユヅキ
(…いやいやいや…、)
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ユヅキ
(なんでよ、どうしてそうなるのよ…)
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否定的な気持ちとは裏腹に、不思議な鼓動が胸の内側から打ち響いていた。
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