Vol. 9 愛が、はじけるとき ・6

  • レン

    もうそいつに構うな。

  • レン

    あんたに対する反応を見ても分かるだろ?

  • *

    ……

  • レン

    もしも、あんたに興味があるなら、こんなに怯えて拒絶なんかしない。

  • *

    ……

  • レン

    ずっと駅で待ち伏せするのも、今日で終わりだ。

  • レン

    俺が穏やかに話しているうちに、

  • レン

    ここを立ち去ったほうが無難だと思うが。

  • *

    ……、あなたは…、

  • レン

    …、

  • *

    あなたは、彼女の…、

  • *

    アイリさんの、お兄さん…なんですね。

  • レン

    …それがどうした?

  • *

    優しいお兄さんですね…、

  • *

    とても、妹想いの…、

  • レン

    ……それはどうも。

  • <優しいお兄さん>という部分を強調した意味深な言い草が妙に引っかかったが、

  • 酷薄な瞳の色を露わにして、男を睨んだ。

  • *

    …、

  • わずかばかり怯んだ様子を見せた男は、まるで戦意がないのか、

  • だらりと垂らした両手でパーカーの裾をぎゅっと握ると、弱々しい声を繋ぐ。

  • *

    僕、アイリさんのことが好きなんです…。

  • *

    前に、駅のホームでタオルを落とした時に、汚れたタオルだったのに、それそすぐに拾ってくれて…。

  • *

    僕みたいな奴に、とても優しく笑いかけてくれて…、素敵な人だなって思いました。

  • レン

    …あんたの女を見る目だけは認めてやる。

  • レン

    だが、アイリはあんたに全く興味がない。

  • レン

    どうあがいたって、あんたの想いは実らねー。

  • レン

    もうこれ以上、付き纏うな。

  • *

    ……ええ…、そうですね…、

  • *

    あなたがここに現れる前に、アイリさんに告白したら、見事に振られてしまいました…。

  • *

    ……僕なんて、誰からも好かれはしない…。

  • 乾いた唇から、自己を嘲笑うかのように掠れた笑声が漏れる。

  • 片頬が吊り上がったその笑みは、やっぱりどこか異質で、

  • 今までどのような人生を歩んできたのだろうかと、勝手に憐れんでしまう。

  • レン

    ……

  • *

    ……、

  • やがて、隆起していた頬が静かに弛緩して、薄い唇が真一文字に伸びた時、

  • 男は伏し目がちに、再び言葉を並べ始めた。

  • *

    実は僕…、

  • *

    アイリさんのことを好きになってから、一日中ずっとアイリさんのことを考えるようになって…、

  • *

    アイリさんのお気に入りの場所に行ったり、お気に入りのものを食べてみたり…、

  • *

    アイリさんの母校を順番に訪ねたりもしました…。

  • レン

    ……、

  • *

    そしたら、あることが分かって…、

  • 一旦声を区切った男は、ほんのわずかな逡巡を見せたが、

  • 戻した双眸で俺を捉え、不気味に相好を崩した。

  • *

    アイリさんの全てが知りたくて…、

  • *

    とても興味深いことが分かっちゃったんです…、

  • *

    あなたは、アイリさんにとって本当は、

  • *

    お兄さんじゃ———

  • レン

    !!

  • レン

    (こいつ…!!)

  • 言葉の最後を聞き終えるより早く敏捷に地を蹴り、

  • 男に飛びついてパーカーの下から覗くシャツの胸倉を片手で引き掴むと、

  • 真横にずらして後方へと突き押し、背後に迫るブロック塀へとその体を思い切り打ち付けた。

  • *

    っ、…!!

  • レン

    ——!

  • シャツのボタンも幾つか千切れ飛ぶほどの衝撃。

  • *

    っ、うぅ…!!

  • 内臓がひっくり返るような重圧が背から鳩尾へと渡ったのか、

  • 男はたちまち苦悶の表情を浮かべた。

  • レン

    (こいつ、俺とアイリが本当の兄妹じゃないってこと、知ってるのか…!)

  • ついさっき、

  • 『優しいお兄さん』だと意味ありげに告げた言葉の意味が、俺の中で色鮮やかにちらつく。

  • レン

    黙ってろ!!

  • レン

    もうアイリの前に、二度と現れんじゃねえ!

  • *

    ッ…、

  • *

    この…、過剰な、反応…っ、

  • *

    や、っぱり…、隠してる、んですね…っ、

  • *

    どうして…、

  • レン

    あんたには関係ねーだろ!

  • レン

    …もしもまたアイリの前に現れて、指一本でも触れてみろ…、

  • レン

    タダじゃおかねえからなっ!!

  • *

    …、っ、

  • 戦慄を刻み付けるように荒ぶる気迫で怒鳴った俺に、男はおずおずと視線を合わせて呆然と瞬きをする。

  • *

    ……、

  • 想定外のその面差しは、まるで、何も知らない幼いガキのようで。

  • *

    え…、

  • *

    ぼ、僕…、

  • *

    もしかして、あなたに…、

  • *

    酷い目に遭わされるんですか…?

  • 俺の険悪な表情から脅威を見たのか、途端にビクビクしながら声を絞り出す。

  • レン

    これから先に、アイリに少しでも近づいたら、

  • レン

    それもアリだな。

  • 高圧的に見下ろしながら、脅しとも取れる辛辣な文句を浴びせれば、

  • 男は次第にカタカタと震え出した。

  • *

    や、やられる…、

  • *

    僕、殺される…、

  • レン

    勝手に怯えてろ。

  • レン

    (…ったく、)

  • レン

    (煮るなり焼くなり、もっと痛い目に遭わせといたほうがいいのかもしれねーが…)

  • 今の状態の男を存分に虐め抜くのは、手応えがないうえにさすがに気も引ける。

  • それに、

  • 今は何より、身のすくむ思いをしたアイリを包み込んでやりたい。

  • レン

    …分かったな?

  • レン

    さっさと帰って、もう二度と姿見せんじゃねーぞ!

  • *

    ……、

  • 弱々しく項垂れる男に戦意喪失した俺は、

  • 蔑んだ笑みを引っ込めて掴んでいた胸倉を強く突き放すと、

  • 体を両手で抱き込んで立ち尽くすアイリの元へと駆け寄った。

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