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レン
もうそいつに構うな。
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レン
あんたに対する反応を見ても分かるだろ?
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*
……
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レン
もしも、あんたに興味があるなら、こんなに怯えて拒絶なんかしない。
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*
……
-
レン
ずっと駅で待ち伏せするのも、今日で終わりだ。
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レン
俺が穏やかに話しているうちに、
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レン
ここを立ち去ったほうが無難だと思うが。
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*
……、あなたは…、
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レン
…、
-
*
あなたは、彼女の…、
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*
アイリさんの、お兄さん…なんですね。
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レン
…それがどうした?
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*
優しいお兄さんですね…、
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*
とても、妹想いの…、
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レン
……それはどうも。
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<優しいお兄さん>という部分を強調した意味深な言い草が妙に引っかかったが、
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酷薄な瞳の色を露わにして、男を睨んだ。
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*
…、
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わずかばかり怯んだ様子を見せた男は、まるで戦意がないのか、
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だらりと垂らした両手でパーカーの裾をぎゅっと握ると、弱々しい声を繋ぐ。
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*
僕、アイリさんのことが好きなんです…。
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*
前に、駅のホームでタオルを落とした時に、汚れたタオルだったのに、それそすぐに拾ってくれて…。
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*
僕みたいな奴に、とても優しく笑いかけてくれて…、素敵な人だなって思いました。
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レン
…あんたの女を見る目だけは認めてやる。
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レン
だが、アイリはあんたに全く興味がない。
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レン
どうあがいたって、あんたの想いは実らねー。
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レン
もうこれ以上、付き纏うな。
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*
……ええ…、そうですね…、
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*
あなたがここに現れる前に、アイリさんに告白したら、見事に振られてしまいました…。
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*
……僕なんて、誰からも好かれはしない…。
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乾いた唇から、自己を嘲笑うかのように掠れた笑声が漏れる。
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片頬が吊り上がったその笑みは、やっぱりどこか異質で、
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今までどのような人生を歩んできたのだろうかと、勝手に憐れんでしまう。
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レン
……
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*
……、
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やがて、隆起していた頬が静かに弛緩して、薄い唇が真一文字に伸びた時、
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男は伏し目がちに、再び言葉を並べ始めた。
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*
実は僕…、
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*
アイリさんのことを好きになってから、一日中ずっとアイリさんのことを考えるようになって…、
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*
アイリさんのお気に入りの場所に行ったり、お気に入りのものを食べてみたり…、
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*
アイリさんの母校を順番に訪ねたりもしました…。
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レン
……、
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*
そしたら、あることが分かって…、
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一旦声を区切った男は、ほんのわずかな逡巡を見せたが、
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戻した双眸で俺を捉え、不気味に相好を崩した。
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*
アイリさんの全てが知りたくて…、
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*
とても興味深いことが分かっちゃったんです…、
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*
あなたは、アイリさんにとって本当は、
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*
お兄さんじゃ———
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レン
!!
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レン
(こいつ…!!)
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言葉の最後を聞き終えるより早く敏捷に地を蹴り、
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男に飛びついてパーカーの下から覗くシャツの胸倉を片手で引き掴むと、
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真横にずらして後方へと突き押し、背後に迫るブロック塀へとその体を思い切り打ち付けた。
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*
っ、…!!
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レン
——!
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シャツのボタンも幾つか千切れ飛ぶほどの衝撃。
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*
っ、うぅ…!!
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内臓がひっくり返るような重圧が背から鳩尾へと渡ったのか、
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男はたちまち苦悶の表情を浮かべた。
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レン
(こいつ、俺とアイリが本当の兄妹じゃないってこと、知ってるのか…!)
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ついさっき、
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『優しいお兄さん』だと意味ありげに告げた言葉の意味が、俺の中で色鮮やかにちらつく。
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レン
黙ってろ!!
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レン
もうアイリの前に、二度と現れんじゃねえ!
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*
ッ…、
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*
この…、過剰な、反応…っ、
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や、っぱり…、隠してる、んですね…っ、
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どうして…、
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レン
あんたには関係ねーだろ!
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レン
…もしもまたアイリの前に現れて、指一本でも触れてみろ…、
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レン
タダじゃおかねえからなっ!!
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*
…、っ、
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戦慄を刻み付けるように荒ぶる気迫で怒鳴った俺に、男はおずおずと視線を合わせて呆然と瞬きをする。
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*
……、
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想定外のその面差しは、まるで、何も知らない幼いガキのようで。
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*
え…、
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*
ぼ、僕…、
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*
もしかして、あなたに…、
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*
酷い目に遭わされるんですか…?
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俺の険悪な表情から脅威を見たのか、途端にビクビクしながら声を絞り出す。
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レン
これから先に、アイリに少しでも近づいたら、
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レン
それもアリだな。
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高圧的に見下ろしながら、脅しとも取れる辛辣な文句を浴びせれば、
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男は次第にカタカタと震え出した。
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*
や、やられる…、
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*
僕、殺される…、
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レン
勝手に怯えてろ。
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レン
(…ったく、)
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レン
(煮るなり焼くなり、もっと痛い目に遭わせといたほうがいいのかもしれねーが…)
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今の状態の男を存分に虐め抜くのは、手応えがないうえにさすがに気も引ける。
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それに、
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今は何より、身のすくむ思いをしたアイリを包み込んでやりたい。
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レン
…分かったな?
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レン
さっさと帰って、もう二度と姿見せんじゃねーぞ!
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*
……、
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弱々しく項垂れる男に戦意喪失した俺は、
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蔑んだ笑みを引っ込めて掴んでいた胸倉を強く突き放すと、
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体を両手で抱き込んで立ち尽くすアイリの元へと駆け寄った。
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