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小走りに駆けながら、スマホでアイリを呼び出す。
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<———TRRRR……>
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呼び出し音がスピーカーを通して耳に届いた、その時、
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周辺で鳴り響くアイリの着信音とそれがシンクロした。
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レン
アイリ…!?
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レン
(どこで鳴ってる!?)
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繋がりをそのままに、鳴り続ける軽快な音を探りながら、
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建物が立ち並ぶ壁と壁の隙間へと身を滑り込ませる。
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レン
(この先…、ちゃんとした空間があるのか?)
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中低層の建物に挟まれた窮屈な小道を進むと、
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壁際に立てかけてあるベニヤ板のささくれが頬を掠めて、軋むような痛みが走る。
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流れる汗を拭えば、頬の傷に滲んだ血が、手の甲に朱色を移した。
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︙
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レン
…、っ、アイリ!!
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ようやく探り当てたその場所は、無論、大学の構内なんかじゃなく。
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そこは、濁った空色を引き立てるような鬱蒼とした、ひと気のない路地裏だった。
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俺は元来た道を戻り、狭い通路からこの場所に辿り着いたが、
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アイリは大学がある向こう側の道からここに来たのか、
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立ち位置のすぐ横には細い道が奥まで伸びていて、陽光が道なりに光の帯を敷いていた。
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アイリ
ごめん、お兄ちゃん…、
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アイリ
私、ちょっと、勘違いしてた…、
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くすんだ壁を背に小刻みに震えながら、アイリは駆け付けた俺を縋るように見つめる。
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レン
ああ、そうだろうな…、
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レン
この状況を見れば、嫌でも分かる。
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アイリと俺の間には、こちら側に背を向けた見慣れない影が一つ。
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レン
(まさかの、大当たりってか)
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ハルカを狙ってたはずの男が、俺の行く手を遮るようにして、
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アイリの方を向いたまま、ゆらりと立ち尽くしていた。
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アイリ
ハルカのことが目当てだと思ってたのに…、
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アイリ
本命が私だったなんて…、
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レン
……ああ。
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震える声で切れ切れに紡いだアイリの言葉を、俺は冷静に受け止める。
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自分の魅力に疎いアイリにとっては意外なことだったろうが、
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俺にしてみれば、こいつが誰かに好意を寄せられても不思議じゃないし、驚くべきことでもない。
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アイリ
ちょっと、迂闊だった…、
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サークルでの短いミーティングを終え、
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俺たちの後を追いかけようと大学を出たところで、男に呼び止められたのだとアイリは続けた。
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アイリ
『今後、待ち伏せするのを止めるから、少しだけ話を聞いてくれ』って言われて…、
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アイリ
お兄ちゃんに先に電話すればよかったのに、ごめん、
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アイリ
少しでも早く、ハルカを安心させたくて…、
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レン
つい、一人で着いて行ったんだな?
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アイリ
私のことが目当てだったなんて、思いもよらなかったから…。
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アイリ
ごめんなさい、ほんとに軽はずみだった、
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アイリ
ただでさえ、無茶するなって言われてたのに…、
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レン
もういい、何も言うな。
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ここまで来たら、結果を責めるなんていうのは野暮だ。
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友達のために尽くそうとしたアイリの想いを、
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今、この瞬間から、どう活かすかだろう。
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レン
…おい、おまえ、
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レン
これ以上、アイリに近づくな。
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短く刻んだ低音と、研ぎ澄ました鋭い声色。
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アイリとの会話を一度区切り、
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間仕切りのように立つスラリとしたパーカーの背中に向けて、ひとまずの第一声を放つ。
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それでも、男はすぐに振り返ることなく無反応のまま、まるで静止画のように立ち尽くしていたが、
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*
…、
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俺が再び警告を投げようと口を開いた時、ようやくこちらに振り向いた。
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*
……
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レン
…、
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見れば、無害という言葉を形容できそうなほど、おとなしい雰囲気の色白の青年で。
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サラサラとなびくストレートの髪は綺麗に切り揃えられていて、
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漆黒の髪色がやけに生真面目さを謳っている。
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年齢は、俺と同じくらいか、
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その落ち着き払った物腰から、もしかしたら、俺よりも少し上かもしれない。
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身長はそれなりにあるようだが、痩せた体型であるためか少しひ弱に見えた。
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*
……
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ひゅっと一陣の風が吹き抜けて、男のグレーのパーカーの裾がたなびく。
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なんとなくだが、
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その姿が低級な死神を連想させて、背中に冷たいものが走った。
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レン
……
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レン
(妙な男に好かれたもんだな、アイリ…)
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内心で強く同情を滲ませながら、俺は改めて男を鋭利に射すくめた。
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