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レン
…そろそろ、手を繋いだりしたほうがいいよな?
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ハルカ
あっ、そうですね…、
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ハルカ
すみません、お願いします…。
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レン
よし。じゃ、繋ぐぞ?
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ハルカ
は、はい…っ、
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シュウウウ…と、頭のてっぺんからも蒸気が湧いて出てるんじゃないかと見紛うほどに、
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ハルカの顔は真っ赤に茹っている。
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柔らかな手をさりげなく握った俺は、そっと口端に笑みを含んだ。
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レン
ハルカ。
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ハルカ
はいっ、
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レン
付き合い始めた恋人同士みたいで、なかなかいい感じだとは思うが…、
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レン
そんなにガチガチだと、さすがにすぐに見破られるぞ?
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ハルカ
…そ、そうですよねっ、気を付けます…!
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レン
もう少し、肩の力抜こうぜ?
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ハルカ
は、はいっ…!
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気を引き締めるようにして大きく頷いたハルカは、俺の手をキュッと握り返した。
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︙
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しばらく歩を進めたところで、ハルカは戸惑いがちに速度を落としてゆく。
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その様子を一瞥し、ざっと辺りを見渡したが、不審な人物は見当たらない。
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不思議に思ってハルカの顔を見下ろせば、眉根を寄せて困惑したような横顔が視界に飛び込んだ。
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レン
どうした?
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ハルカ
…あ、あの…、変です、
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レン
…変?
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ハルカ
今日は、あの男が…、居ない…です、
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レン
…居ない?
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ハルカ
はい、あの、いつも、どんな日でも、
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ハルカ
あの辺りで一人で立っていて…、じっとこちらを見てるんですが…、
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レン
…、
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今度は注意深く男の姿を探して、周囲を見澄ます。
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どれだけ見回しても出てくることのないその人影は、どこか俺たちを翻弄しているようで。
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ハルカ
居ない日なんてなかったのに…、
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ハルカ
珍しいです…。
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レン
なんでだろうな…、
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レン
来ない理由でもできたか…?
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ひとりごちて、思考を巡らせる。
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——来ない理由。
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レン
……、
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レン
(…待てよ?)
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不意に、俺の心奥で一抹の不安が水面を広げた。
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レン
(まさかだとは思うが…、)
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レン
(アイリに何かあったんじゃねーだろうな?)
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嫌な予感に襲われて、咄嗟に元来た道を振り返る。
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——最初から、その男の狙いがハルカだとは限らないんじゃないだろうか?
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そもそも、こうなる前から今までにも、ハルカとアイリが二人揃って家路に就くこともあったはずだ。
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ふわふわとした風貌のどこか頼りない可憐なハルカが狙われているのだと、アイリが勝手に思い込んだだけで、
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男からきちんと確認を取ったわけではない。
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レン
(…てことは、もしかして…)
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レン
な、ハルカ。
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レン
今まで、一人で家に帰ってたんだよな?
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ハルカ
いえ、ごくたまに一人の時がありましたけど…、
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ハルカ
ほとんど、駅まではアイリと一緒に帰ってました…。
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レン
…そう、か。
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レン
(やっぱり…、)
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小さな一点の染みだった憂慮が、俺の中の一縷の望みを次第に塗り潰してゆく。
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もともと、狙われていたのは、アイリだった…?
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レン
…マジかよ…、
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滑り出た小さな独り言は、真実を突き付けるように響き、
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連鎖反応のように脳裏で嫌な思考が駆け巡って、ゾワリと背筋が粟立つ。
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ハルカ
あ、あの…、お兄さん…?
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レン
…、
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不安げな声に呼ばれて、無言のままハルカに視線を落とした。
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当惑したまま立ち尽くし眉を八の字に下げた相貌に向けて、わずかに笑いかけたが、
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脳内では状況判断の整理に追われて、内心で舌を打つ。
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レン
(どうする…)
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アイリの無事を確認すべく、すぐに大学へと舞い戻りたい衝動に駆られたが、
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状況が把握しきれない不安定な今、こいつをこの場に一人にするのはとても良策とは言えない。
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仮に俺の思い過ごしだったら、逆にこいつを危険な目に晒してしまう。
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レン
(アイリの頼みだからな、まずはこいつの無事を確保しねーと…)
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レン
その男に、ハルカの家は知られてねーか?
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ハルカ
はい、家までは、知られていないと思います…、
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ハルカ
いつも、あそこで立って見つめてくるだけなので…。
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レン
…分かった。
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俺は、道路まで素早く歩み寄ると、
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地平の向こうからゆっくりを姿を見せる車体に手を挙げた。
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