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レン
(いや、こんなところで動揺なんかしたら、おかしいよな…)
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敢えてブレることのない視線をアイリと交差させて、二の句を待つ。
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レン
どうした?
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アイリ
ん…、
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アイリ
あのね、お兄ちゃん、
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アイリ
もしも、だよ?
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レン
…ああ。
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アイリ
もしも……、私と本当の兄妹じゃなかったら、
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アイリ
私のこと、どう思う?
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レン
——…、
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レン
(そんな質問、…)
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これ以上はもう誤魔化しきれないのではないかと思うほど強く狼狽して、
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アイリを食い入るように見つめる。
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レン
(やっぱり夕べの俺が、おかしな態度を見せたのか?)
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レン
…いきなりそんなこと聞いて、どうしたんだよ?
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アイリ
ほら、私ってさ、そんなに女の子らしくないし…、
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アイリ
ちゃんと好きになってくれる男の人っているのかなと思って。
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アイリ
それでね、
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アイリ
例えば、お兄ちゃんが赤の他人だったとしたら、
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アイリ
私みたいな女の子のことを、どう思うのかなあって。
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レン
(…なるほど、そういうことか…)
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眉尻を下げて畳み掛けるように述べたアイリを見て、こっそり胸を撫で下ろした。
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アイリが欲しいのは、客観的な意見。
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レン
何を言い出すかと思えば…、それこそ余計な心配だな。
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アイリ
そうかなあ…。
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レン
おまえのことを好きになるヤツなんて、
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レン
これから先に山ほど出てくるんじゃねーか?
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アイリ
ええっ、そうかなあ?
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レン
前にも少し話したことがあるが、
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レン
おまえは自分の魅力に気付いていないだけだ。
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アイリ
……
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アイリ
……じゃあ、お兄ちゃんなら?
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レン
え?
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アイリ
私が、もしも血の繋がらない兄妹で、他人だったとしたら?
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レン
…、
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いつになく真摯な瞳は、俺を捉えて離さない。
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分かりやすく固まってしまった俺を、アイリは不思議に思うだろうか…。
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レン
……
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まやかしの告白でも、おまえに告げることができたら…
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少しでも、この想いを吐き出せたら。
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レン
……、
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レン
おまえが、実の妹じゃなかったら…、
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少しばかり掠れたようになる声を一旦飲み込んで、静かに視線を逸らす。
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アイリ
妹じゃ…なかったら…?
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レン
……
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アイリ
お兄ちゃん…?
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レン
…おそらく、
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レン
確実に、好きになってる。
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今、アイリと視線を重ねれば、これが本心だということがバレてしまうだろう。
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だから、このままで。
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レン
間違いなく好きになって…、
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レン
絶対に、誰にも渡さねーだろうな。
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アイリ
———…
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レン
……
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アイリ
……、
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レン
…つーわけだ。気が済んだか?
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視線を戻して苦く目尻を歪めた破顔は、照れ隠しというわけではなく、
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真実が明るみになることを避ける為だという、俺だけの秘め事。
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アイリ
…ありがと、お兄ちゃん、
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アイリ
すごく嬉しい。
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きっと、何も気付かないままで兄貴の俺と向き合うアイリは、
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わずかに赤くなった頬を隠すようにして額の辺りを指先で軽く掻きながら、
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ニコッと白い歯を見せた。
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アイリ
お兄ちゃんにそう言ってもらえて、すごく自信が持てた。
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レン
…そうか。
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アイリ
…じゃ、そろそろ支度して行ってくるね。
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レン
おう。気を付けてな。
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アイリ
うん!
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『朝ご飯、ちゃんと食べてね?』と。
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無邪気なその笑顔が、俺の胸を切なく貫いて。
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元気よくヒラヒラと手を振ったアイリが部屋を後にしてからも、
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しばらくその場に立ったまま、ドアの向こう側を見つめていた。
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レン
『おそらく』…か。
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おそらくどころか、
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もうすでに、どれだけアイリのことが好きでたまらないんだか。
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レン
…、
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溜め息混じりに想いをなぞる俺は、
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それでもやっぱり、
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今まで通り、あいつの兄貴でいることを選んでしまうのだろう。
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レン
……
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…だが。
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自分の中で、ごくわずかな予感が渦巻いていることを感じ取っていた。
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レン
……
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落とした視線の先を、広げた手のひらで受け止める。
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そこに浮かぶアイリの笑顔が、俺の心を甘く締め付けて。
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レン
……
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近い将来。
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俺は、あいつに<真実>を全て吐き出すことになるのではないか…。
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そんな漠然とした未来を、それこそ全身で、
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痛いほどリアルに感じていた。
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vol.8 END
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