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自我を失うほど酔っ払うのは、今までに何度か経験がある。
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気心の知れた仲間となら尚更、気持ちも高揚して子どもみたいにバカ騒ぎして。
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昨夜もかなり飲んで、
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それなりに帰宅時間が遅くなったとは思うが、
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途中で何かをしでかしたといったこともなかったはずなんだが。
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レン
…、
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今朝、俺はなぜかアイリの部屋で…、
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あいつのベッドの上で、一人目覚めた。
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レン
(…なんでここにいるんだ…?)
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通常ではありえない状況に、瞬間的に狼狽える。
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わずかに開いたカーテンから差し込む朝日が目に眩しくて、思わず顰め面を浮かべながら、
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夕べひどく酔っ払っていた俺が、いくら記憶を手繰り寄せても何も甦ってはこない。
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帰宅後、風呂にはちゃんと入れたようで、
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シャンプーやボディソープの残り香もなんとなく分かる。
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レン
……
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ルームウェアはちゃんと身につけているし、
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目立つようなシーツの乱れもない。
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<その点>に関しては、おそらく大丈夫なはずだ。
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レン
(大丈夫、だよな…、)
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Tシャツの肩口を軽く握って一人頷きながらも、
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なんとなく、じわりと嫌な予感が胸裏でざわつく。
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レン
……、
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どうして俺は、
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何があって、
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ここで朝まで過ごした?
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・
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・
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--- 昨 夜 ---
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レン
(…やべー…、フラつく…)
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タクシーを降り、やや千鳥足になるのを抑えながら、
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玄関先までのアプローチをゆらゆらと歩いてドアノブを引いた。
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次の日が休日であることから、仕事終わりに地元の仲間と駅前で合流し、
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男連中だけで酒を煽った今夜は気兼ねなく羽を伸ばせたような、そんな爽快感で満たされている。
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レン
……ただいま、
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午前2時を回った頃。
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家に着き、間接照明だけが灯された廊下をぼんやりと眺めて、もう一度緩く声を張る。
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レン
ただいま…、アイリ…
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返事がないのは仕方がない。
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こんな夜更けだ、とっくに寝てしまっているのだろう。
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いつもの俺なら、すぐにそう思い直してそのままバスルームへ向かうのに。
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レン
……
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泥酔に近い状態で頼りなく歩を刻む両足は階段をフラフラと踏みしめ、アイリの部屋を目指した。
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レン
…アイリ?
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ドアに向かって呼びかけたが反応はない。
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だが、ドア越しにかすかな話し声が聞こえたために、訝りながらそっとドアを開くと、
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スマホを片手に楽しそうに会話を続けるアイリの横顔が視界を埋めた。
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アイリ
…あ。
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アイリ
お兄ちゃん、帰ってたんだね、おかえり。
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俺の姿を見るなり、電話の途中でも、アイリはにこりと笑いかけてくる。
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レン
…、
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その様が可愛らしくて、呼応するように小さな笑みを返したが、
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アイリ
…、ん、うん、そうそう、
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未だ電話を続けていることに少し苛ついてしまった。
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限界値を超えて酔っているせいもあるのだろう…どうも自制が効かない。
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レン
…なあ、アイリ…、
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アイリ
…うん、うん、…ですよね、
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アイリ
あの映画って———…、
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アイリ
…ん?
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アイリ
どうしたの、お兄ちゃん。
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レン
……
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アイリ
…、えっと、
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アイリ
ごめんなさい、シオン先輩、
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アイリ
ちょっと待っててもらえます?
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レン
…———
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レン
(——シオン…?)
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レン
———
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アイリ
え、っと、
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アイリ
お兄ちゃん…?
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俺の表情がわずかばかり黒く濁ったのを、アイリは見逃さなかった。
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真意を見透かしたわけではないだろうが、たじろいだ視線を寄越してくる。
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レン
(遅くまでシオンと喋ってて、)
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レン
(俺が帰ったのもすぐに気付かなかった、ってか…?)
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そう思考が巡った途端、カッと電流が走ったみたいに憤りを感じる。
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全くもって勝手極まりない嫉妬だというのは、頭の片隅では理解しているつもりだ。
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レン
———
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だが俺は、
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素早くアイリの傍まで歩み寄ると、
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手にしているスマホを荒々しく奪い取った。
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