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アイリ
……お兄ちゃんが来るの待ってた…。
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レン
『待ってた』…って、
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レン
シオンを送ってからずっとか?
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アイリ
うん…。
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レン
俺と行き違いにでもなってたらどうするんだ。
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アイリ
ならないよ。
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アイリ
家に帰るにはこの道しかないし、
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アイリ
先輩のことを送ってすぐに、走ってここまで来たもん…。
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淡い笑みで答えたアイリは、壁から背を起こしてきちんと向き直る。
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細い前髪がさらりと流れて、そこから覗く瞳が下から俺を真摯に見上げた。
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アイリ
ここで何時間も待つことになったらどうしようって思った…。
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レン
…、
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アイリ
あ、なんか嫌な言い方だよね、ごめん。
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レン
…いや…、構わねーよ。
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アイリ
……
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レン
…シオンの足、ひどくなってねーか?
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アイリ
うん…、大丈夫みたい。
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アイリ
玄関まで送ったら、すぐに帰るように言われちゃったよ…、
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『缶ジュースもお礼にくれた』と。
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オフベージュのワンピースによく似合うラタンバッグを開いて、オレンジジュースの缶を見せながらクスッと笑う。
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アイリ
……、
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アイリ
あのね、お兄ちゃん…、
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バッグの口を閉じたアイリはそれを両手に提げて姿勢を正し、
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目元を引き締めたかと思うと深く頭を下げた。
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アイリ
さっきは、ごめんなさい。
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レン
えっ…
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アイリ
色々とつまんないこと言っちゃったなと思って…、
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アイリ
早くお兄ちゃんに謝りたくて、
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アイリ
だから、ここで待ってたんだ。
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アイリ
…待たれて、嫌だった?
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レン
…嫌なわけねーだろ。
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レン
俺こそ…、
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レン
おまえにいちいちうるさいこと言って、悪かったよ。
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アイリ
ううん、それはいい。
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アイリ
ほんとは、お兄ちゃんが心配してくれてたの、ちゃんと分かってたから。
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レン
……そうか…。
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アイリ
ほんとにごめんね…。
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レン
いいって、もう気にすんな。
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アイリ
…うん。
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畏まった表情からようやくいつもの笑顔に切り替わったアイリに、俺もゆっくりと笑みを広げた。
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…お互いにほんの少し照れ臭さを残しつつも帰路に就こうと歩き出したその脇を、
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老人が運転する一台の自転車が走り抜けてゆく。
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年齢のせいもあるのか心許ないハンドル操作が頼りなく、
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時折よろめきながら回転する車輪を見て危惧した俺は、咄嗟にアイリの肩に手を回して胸に引き寄せた。
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レン
…大丈夫か?
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アイリ
うん、平気。
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必然と体を密着させて寄り添うことになるアイリは小さく頷いて。
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その様にふと我に返れば、手のひらに伝わる愛しい者の温もり。
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それは、ほんの何気ない一コマなのに。
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レン
——…
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動乱したように響く早鐘が、いきなり俺の胸を締め付けた。
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今までだって、感情的になってこいつのことを抱き締めたことがあったのに。
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『<たくさんの女と遊んでる>って。』
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『<お兄ちゃんは、穢れてる>って。』
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不意に甦る言葉に、嘘みたいに体が強張る。
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レン
…、悪い、
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俺は、目に見えない何かに肩を弾かれたように、アイリから身を離した。
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