Vol. 7 交錯する想い ・3

  • どこをどう触れれば、女が快楽で打ち震えるのか…、

  • そんなこと、もう知り尽くしている。

  • 今まで、いろんな女と繰り返された情事。

  • 快楽を貪るだけのその行為は、いつも虚しくて…。

  • 吐き出される艶声で溺れるほどに啼かせながら、

  • 俺はいつも頭の中で……アイリを掻き抱いている。

  • …今夜も、いつものように狂ってしまおうかと思った。

  • そいつも、そうなることを望んでいた。

  • 情欲に溺れてしまおうと、ブラウスのボタンに指を絡めたとき、

  • *

    神楽さんと、ずっとこうなりたくて…、

  • *

    神楽さんの一番になれたら最高だな…。

  • そいつの気になる相手というのは、実は俺のことなのだと知った。

  • だったら、いつものようにただの「遊び」でなんかで踏み込めない。

  • 戯れに体を重ねるだけならいいが、

  • 俺の心の中にそいつを入れてやる余地なんて、どこにもないのだから。

  • レン

    ……

  • いきなり熱が冷めたように一変し立ち去ろうとした俺に、そいつは甘く誘うような口振りで言った。

  • *

    神楽さんって、女の子といっぱい遊んでるみたいなのに、

  • *

    私と寝ることなんて、抵抗ないでしょ…?

  • レン

    …俺のことを想ってくれてるなら尚更、

  • レン

    簡単に関係持たねー方が、あんたのためだろ?

  • *

    ……遊びでも気にしないから。

  • レン

    ……

  • *

    神楽さんと朝まで一緒にいたいな…。

  • レン

    悪いが、もうそんな気にはなれねーから。

  • *

    ……

  • ストレートにそう切り返した俺の言葉が気に食わなかったのか。

  • そいつは俺を射すくめて口角を少し上げた。

  • *

    …硬派ぶったって、今更でしょ。

  • *

    例えば、妹さんだって、きっともう見抜いてるわ。

  • レン

    …っ、

  • 悪戯に目元を細めて寄越した微笑は、反問するように見つめ返した俺に追い討ちをかける。

  • *

    <たくさんの女と遊んでる>って。

  • *

    <お兄ちゃんは、穢れてる>って。

  • *

    妹想いのお兄さんも、形無しね。

  • レン

    ——…

  • 意地悪く響いたその声が想像以上に俺の心に亀裂を生み出したなんて、こいつは気付きもしないだろう。

  • レン

    (……そうだな、俺は…、)

  • 純麗なアイリをずっと騙し続けている、

  • 形無しの兄貴だ。

  • 閉じた玄関ドアを背に、しばらくの間そこに凭れて虚空を仰ぐ。

  • レン

    ……

  • レン

    ……穢れてる、か…。

  • グロスの残った唇が俺にとっては手厳しい言葉を奏でて、

  • それが脳裏で反復すれば、無意識のうちに長嘆息が零れ落ちた。

  • 健全な若い男が女を欲する衝動は、本来普通のことで。

  • ただ、俺の場合、その普通とは少し違い、

  • アイリを求められない捌け口を他の女で埋めていて、

  • どんな思いで女と関係を持つのか、無論アイリは知る由もないが、

  • 『私の知らないところで、いつも何してるか分かんないよねっ。』

  • さっきのちょっとした言い合いでも、あいつのその目には、俺を卑しむ光を宿していた。

  • あいつだってもう二十歳になって、いつまでも子どもじゃない。

  • ある程度の大人の推測ができてしまって、ついあんなことを口走ってしまったのだろう。

  • まだ男を知らないだけに、

  • どんな理由であれ、女を漁るかのようなこんな俺を知ったら、汚いと思うに違いない。

  • レン

    ……むしろ、その方がいいのかも知れねーな。

  • 口から漏れる乾いた低音が夜風に溶け込んでいく。

  • レン

    (ただの女好きみたいに思って、いっそ嫌悪してくれたら…)

  • 楽にアイリのことを諦められるかも知れない。

  • いっそ穢れた男だと蔑んでくれれば、兄としての俺に心も許さなくなるだろう。

  • レン

    ……

  • レン

    …明日は、雨か…、

  • 階下に降り立ち、暗雲が垂れ込めている夜空を仰ぎ見てひとりごちる。

  • マンションのエントランスを出た瞬間に、真夏の夜に付き従うような生ぬるい風が体に纏わり付いて

  • 不快指数を引き上げた。

  • レン

    (このまま家に帰るのも、ちょっと気が引けるな…)

  • 行きつけのバーにでも行って飲み直そうかと思いながら、

  • 眼前に迫るレンガの壁を左手に曲がった時、だった。

  • レン

    …!

  • 数メートル先、

  • 壁に背を預けて佇む人影は、俺が心から求めて止まない存在のもので。

  • レン

    ——アイリ…!

  • アイリ

    …、お兄ちゃん…。

  • 呼応したその表情は、まるで泣き出す一歩手前のようにわずかに歪む。

  • レン

    どうしたんだ?

  • レン

    ここで何やってんだよ?

  • 早く目の前にその姿を捉えたくて、すぐにアイリに駆け寄った。

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