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アイリ
…ふーん。
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レン
仕事仲間のこいつが酔い潰れたから、家まで送って行くだけだよ。
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アイリ
そうなんだ。
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アイリ
お兄ちゃんの彼女かと思った。
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レン
…あのな。
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レン
前に、そういう奴はいないって言っただろ?
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流れで仕方なくこうなってしまったということや、
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実際のところ、酒癖もあまり良くないこいつを他の奴らに押し付けられたということも、やんわりと言い含めた。
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フッと表情を和らげたように見えたアイリだったが、
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アイリ
お兄ちゃん、くれぐれも送り狼にならないようにね?
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皮肉を一つ、投げてつけてくる。
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レン
なるかよ。
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アイリ
そんなの分かんないじゃん。
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アイリ
見た感じ、なかなかお似合いだし?
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レン
くだらねーこと言ってんじゃねえよ。
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アイリ
くだらないかな?
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アイリ
ムキなるところが怪しいっていうか。
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レン
ムキになんかなってねーよ。
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畳み掛けるように否定してから、苦り切った顔で小さな溜め息を漏らした。
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側から見れば、兄妹が些細な言い合いを繰り広げているように見えるだろう。
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現にシオンを一瞥すれば、オロオロしながら俺たちのことを交互に目で追っている。
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レン
……
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レン
(兄妹の、言い合いか…)
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なんとなくやるせない気持ちになってしまった俺は、今度は深いため息を零して、
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仕返しみたく、つい嫌味のような二の句を続けた。
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レン
おまえも、シオンを送り届けるのは構わねーが、玄関までにしろよ?
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レン
それでなくても、
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レン
そんな、肩を出した露出度の高い格好——
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アイリ
このキャミワンピのどこが悪いの?
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アイリ
夏だもん、別にいいじゃん。
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レン
そうだとしても、
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レン
男友達を含めて遊ぶときは少しくらい配慮してだな、
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アイリ
そんな邪なこと考えるのは、オジサンなお兄ちゃんだけだよ。
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レン
…、なんだって?
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アイリ
お気に入りの服に文句付けないでよ。
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レン
別に文句付けてるわけじゃねーよ、ただ、
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アイリ
文句じゃんっ。
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切り付けるような視線を向けたアイリは、さらに憤った様子で声を投げつけてくる。
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アイリ
その人のこと…、
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アイリ
みんなから押し付けられたようなこと言ってるけど、
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アイリ
ほんとはお兄ちゃんが家まで送りたかったんじゃないの?
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レン
…は?
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レン
おまえな…、
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アイリ
お兄ちゃんだって大人の男だし、
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アイリ
帰りだって遅いときもあるし、
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アイリ
私の知らないところで、いつも何してるか分かんないよねっ。
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レン
———…
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アイリの双眸は明らかに蔑む光を含んで、
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それを受けた俺の眼光もおのずと険しくなる。
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シオン
…っと!
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シオン
まあ、その辺でさ…、アイリ、
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シオン
レンさんは、おまえのことを心配して言ってるんだって。
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シオン
おまえだって、それを分かってるはずだろ?
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アイリ
……、
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シオン
とりあえず俺、足痛いし、早く帰りたいからさ。
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間に割って入り、遠慮がちな笑顔で取り成すシオンに、
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俺もアイリもひとまず声を区切る。
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爽やかな五月晴れみたいなシオンの相好は、俺やアイリの尖った心を穏やかに鎮めていくようで。
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シオン
レンさん、大丈夫ですから。
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シオン
俺、やましいこととか考えてないし、
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シオン
アイリに玄関まで送ってもらったら、何か飲み物渡して帰ってもらいますから、心配しないでください。
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レン
……
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シオン
むしろ、今日は俺がアイリに迷惑かけることになって…、
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シオン
すみませんでしたっ!
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レン
…、
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レン
(……ああ、)
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レン
(こいつには、敵わねえな…)
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丁寧に頭を下げるシオンを前に、白旗を上げるみたいにぼんやりと思う。
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今の俺じゃ、まるで勝てる気がしない。
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強くそう思った。
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シオンがアイリに好意を寄せているのは、以前から気付いていた。
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中学時代から積み上げてきた礎みたいなその想いは、
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俺がアイリを好きになるずっと前から焦がれていたもので。
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そんなことを思えば、ますます敗北が入り混じったような劣等感を感じてしまった。
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レン
…悪かったな、シオン…、
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レン
なんつーか…、
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レン
くだらねえ兄貴で…。
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自嘲気味にそっと微笑む。
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内省を表しながらも沈んだ様を隠しきれない俺を気遣ったシオンは、否定するように大きく両手を振って見せた。
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シオン
そんなことないですよ!
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シオン
確かに、ちょっと心配性かなって思う時はあるけど、
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シオン
アイリにとって、すごくいいお兄さんだと思います!
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レン
……、
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レン
ありがとな。
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精一杯の言葉を告げてくれるシオンは、やっぱりなかなかの良い奴だと思い知らされる。
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一息の間のあと、
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レン
…悪かったな、アイリ。
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アイリに視線を送った俺は、薄い笑みを差し向けて<兄妹ゲンカ>に終止符を打った。
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アイリ
……別に…。
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アイリ
…もういいけど。
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レン
帰り、一人で大丈夫か?
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アイリ
大丈夫だよ、まだそんなに遅い時間じゃないし。
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レン
なんかあったら、すぐに電話して来いよ?
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アイリ
大丈夫だってば。
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アイリ
お兄ちゃんはほんと、余計な心配しすぎ。
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レン
……
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<兄と妹>という分厚い壁を改めて感じた瞬間。
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俺は、一歩後ずさるようにしてその場から身を引いた。
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