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『——今日は…、一緒に寝てもらえないかな…?』
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ちゃんとした理由があるに違いないと分かっていても、
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片想いしてる女から突然そんなことを言われて、平然とできる男なんてそうはいないだろう。
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アイリ
じ、実はねっ…、
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アイリ
シオンやキザキさんとした怖い話を思い出しちゃって、
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アイリ
その、困ったことに、
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アイリ
なかなか寝付けないんだよね…。
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レン
…、
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思わず口を噤んでしまったままの俺に、アイリは慌てて弁解を付け足した。
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つまり、アイリが言うには、
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怖さから逃れようと、布団を頭まですっぽりと被って眠る努力をしていたらしいが、
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エアコンを付けていたとしても連日続く熱帯夜、
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夏布団といえど蒸し風呂みたいなその中で、じっとしているのはかなり堪えてしまった。
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なんとか目を閉じてじっと耐えていたそうだが、我慢比べはそう長くは続かない。
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怪談話が生み出した恐ろしい幻影が脳裏で浮かんでは消え…を繰り返してたまらなくなり、
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意を決して俺の部屋に訪れたというわけだった。
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アイリ
一度思い出したらダメだね、
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アイリ
ずっと怖いんだもん…。
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一気に捲し立てたアイリは、深呼吸に似た大きな溜め息をつく。
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アイリ
その…、
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アイリ
子どもの時は、よく一緒に寝てくれたでしょ?
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レン
そりゃまあ、そうだけどさ…、
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アイリ
ご、ごめんねっ、私、怖がりで…!
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レン
いや、それは別に、仕方ねーことだから…。
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煮え切らない答え方しかできない。
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これはどうしたものかと熟考しつつ、遠慮しきりに俯くアイリに視線を戻した。
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レン
(……、)
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レン
(相当、怖い思いしたみてーだな…)
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額にへばりついたようなアイリの前髪がしっとりと汗を含んでいるのは、暑い布団の中でずっと我慢していた証だろう。
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その姿に、迫り来る恐怖を振り払おうとどれだけ必死だったのかが容易に想像できてしまって、
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可愛いやら切ないやらで、胸にちくりと甘い痛みが走った。
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レン
……
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覗き込むようにして、アイリを静かに見つめる。
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レン
…分かった。
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レン
久しぶりに、一緒に寝るか。
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アイリ
…いいの?
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レン
ああ。
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レン
俺がそばにいれば、百人力だろ?
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アイリ
うんっ、もう千人力だよっ!
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レン
…、
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星屑が散りばめられたようなアイリその笑顔は、
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疲れもあって煩悩をしまい込んでるはずの俺を、不意に揺り動かす。
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レン
……
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今の俺に、起爆剤みたいなその笑顔は、ちょっと意地悪だ。
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レン
(……)
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——あと少しの距離、
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手を伸ばして思い切り引き寄せれば、おまえは俺の胸になだれ込む。
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次の瞬間、おまえをベッドに縫い留めて…、
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疲れなんか打ち払って理性がぶっ飛べば、
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俺はもう、きっと止まらない。
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レン
(……なんてな)
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今この瞬間、安息を求めて俺の元へやってきたアイリを思い通りに蹂躙するほど、
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俺は落ちぶれていない。
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レン
…よし、じゃ、来いよ。
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アイリ
う、うん…、
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レン
遠慮するなら、やっぱり自分の部屋で一人で寝るか?
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アイリ
やだ、遠慮しないっ、一緒に寝るっ!
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レン
それでいい、…ほら、
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ベッドの空間を余分に開けて、先にそこに横たわる。
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逡巡しながらも隣に潜り込んだアイリは緊張してしまうのか、
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俺に背を向けたままで縮こまるようにして身を横たえた。
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アイリ
ごめんね、お兄ちゃん…。
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レン
いいって、気にすんな。
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アイリ
私のせいでベッドが狭くなっちゃって…、
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アイリ
お兄ちゃんの疲れ、ちゃんと取れるかな…
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レン
…、
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レン
(なるほど、だから随分と遠慮したのか…)
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背に腹は変えられない状況で飛び込んできたくせに、可愛いことを言う。
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レン
心配ねーよ。
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レン
疲れてるからこそ、どんな場所でも眠れるさ。
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アイリ
そ、そっか…よかった。
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レン
…そういやおまえ、枕は?
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アイリ
え、ああ、うん…いいよ、なくても。
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レン
…居心地がいいかどうか分からねえが、
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俺は静かにアイリに身を寄せると、
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そっとその頭を持ち上げて、自分の二の腕を下に滑り込ませる。
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アイリ
えっ!?
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レン
ああ、腕枕な。
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レン
…寝づらいか?
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アイリ
だ、大丈夫…っ、
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レン
さっさと寝ろよ?
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レン
でないと、
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レン
俺が寝た後に、いよいよ幽霊が遊びに来るぞ。
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アイリ
ぎゃっ、変なこと言わないでっ!
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揶揄う俺から布団を剥ぎ取るように思い切り引っ張ったアイリは、
自分をすっぽりとくるんだ。 -
︙
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アイリ
———
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しばらくすると、
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アイリの小さな寝息が聞こえて。
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レン
……
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開けたままのドアから入り込む廊下の明かりが天井の闇を薄めて、
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それを眺めながら仰向けに寝転ぶ俺は、穏和な笑みを湛えて瞳を閉じる。
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レン
(普通に腕枕とか、できるなんてな…)
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抱き締めて眠るというまでには至らないが、
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クタクタに疲れた俺が胸に描いていたワガママが、こんな形で叶うなんて思いもよらなかった。
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レン
(怪談話を提案したサクヤには最初腹も立ったが…、)
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レン
(これはちょっと、感謝だな…)
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『…ずっと、色々と頑張ってる、レンの味方』
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レン
…、
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ふっと、サクヤが言っていた言葉が脳裏を掠める。
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レン
(たまには…、)
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レン
(<頑張ってる俺>にご褒美ってことで…、構わねえよな…?)
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レン
……———
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浮かべていた微笑が緩やかに消える頃。
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そっと意識を手放した俺は、深い眠りに落ちていった。
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vol.6 END
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