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アイリが作ったハンバーグは、俺の胃袋を満足させるもので。
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慣れない手つきで頑張って作ったのかと思うと、つい頬が緩んでしまった。
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徹夜続きのせいで若干食欲も落ちていたが、魔法がかかったみたいに全て平らげることができたのは
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白飯が進むハンバーグの旨さに加えて、
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それを作った人物が、アイリだったからだろう。
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︙
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片付けもアイリに任せて、少しばかり心許ない足取りでバスルームに向かう。
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疲れが限界まで来ているのは否めないが、
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久しぶりにアイリと向き合って晩飯を味わえたことに、すっかり癒されている自分がいた。
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バスタブで何度か眠りに落ちそうになる危なっかしい状態で、なんとか汗や汚れを洗い流し、雑に髪を乾かした後、
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自室に辿り着いた俺は、身を投げ出すようにしてベッドに倒れ込んだ。
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レン
……
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ふかふかの柔らかさを奪い取るように枕に顔を埋めると、安らいだ息を吐き出す。
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レン
(……、)
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ふいに、晩飯の時に見せてくれたアイリ笑顔が瞼の裏で広がり、胸が暖かくなった。
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レン
…、
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レン
(やっぱ、すれ違う日々っていうのは、できるだけ味わいたくねーな…)
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これがもっと長く続けば、生ける屍みたいにふらふらになってしまいそうで、
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そんな自分は、きっと目も当てられない。
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レン
完全に、ノックアウトだな…
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無意識のうちにアイリへの深い想いが口から滑り出た時には、
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睡魔に囚われて眠りの世界へと落ちていった。
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︙
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どれくらい眠っていたのかはよく分からないが、
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遠くの方で響く木を打つような軽快な音に、うっすらと瞼を押し上げる。
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レン
(……アイリか…?)
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それが俺の部屋のドアを叩くノック音だと気付き、ベッドから上体を起こすと、
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ドアに向けて寝起きで掠れた声を投げかけた。
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レン
…アイリ?
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アイリ
うん…、
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レン
どうした、入れよ?
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アイリ
……
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ドア越しに、アイリの躊躇う様子が伝わるようで。
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こっち側からドアを開けようと、寝癖で乱れた髪を軽くかき上げてから床へと足を下ろしたが、
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同時にドアが薄く開いて、アイリがおずおずと姿を現した。
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レン
……?
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俺はベッドに座ったままで、廊下から差し込む明るさに目を細めながら、
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立ち尽くす細い影を見つめる。
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アイリ
ごめんね、お兄ちゃん…、
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アイリ
寝てたよね…?
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レン
いや、大丈夫だ…、
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レン
それより、どうした?
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アイリ
う、うん…、えっと…、
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レン
…、
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レン
(…この態度…、)
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レン
(なんかあったか…?)
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どこか恐縮したように俯きがちに言い渋るアイリに、そっと手招きをした。
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レン
ほら、こっち来いよ?
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アイリ
……うん…、
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レン
なんだ、俺に頼みたいことでもあるのか?
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アイリ
えっと、その……、うん…。
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レン
……、
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レン
(おいおい、どうしたんだ?)
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口角を持ち上げて薄く笑いながら、おもむろに立ち上がる。
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下方に視線を落としたままのアイリまで近づくとその手を取り、
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ドアは開いたままで、緩く引っ張るようにして部屋の中へと連れ込んだ。
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とととっ…と軽やかな足音が聞こえてくるような歩調で引きずられるように部屋に入ったアイリは、
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まだ無言を押し通している。
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レン
どうした?
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アイリ
…あ、あのね…、
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アイリ
お兄ちゃんに、お願いがあるんだけど…、
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レン
そうだろうな。
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レン
でなきゃこんな時間に、わざわざ部屋まで来ねーだろ。
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アイリ
…お願い、聞いてくれる?
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レン
それは、できる限りのことは叶えてやるつもりだが…、
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レン
一人暮らししたいとか、いきなりそういったのはナシだぞ?
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アイリ
そんなこと言わないよ。
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冗談混じりに告げた言葉の最後を受けて、アイリはようやくいつもの笑顔を少し取り戻す。
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アイリ
あ、あのね…、
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レン
ああ。
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アイリ
お兄ちゃん、今日は…———
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レン
——、
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アイリが紡いだ言葉に、俺は耳を疑う。
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表面では普段通りの自分を演じながらも、内側ではジタバタと狼狽して、
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一瞬、完全に思考回路がストップしてしまう。
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アイリ
……、
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だが、かすかに赤く染まったようなアイリの頬を見れば、
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その言葉が嘘ではないのだと看取した。
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