Vol. 6 ワガママの行方 ・2

  • キザキ

    怖い話もしてたけど…、

  • キザキ

    先にコレ、頼まれてた資料、

  • 『はい』と。

  • サクヤが足元に立てかけていた大判の封筒を俺に差し出す。

  • 今日はその件で俺に会いに来たが不在だったために、俺の帰りを家で待たせてもらったのだと、サクヤは続けた。

  • レン

    そうか、ありがとな、

  • レン

    思ってたより早い仕上がりだな…、さすが。

  • キザキ

    どうも。

  • キザキ

    もしも追加で調べて欲しいことがあったら、また連絡して。

  • レン

    ああ、助かる。

  • サクヤはその若さで私立探偵事務所の所長をやっていて、

  • 俺の仕事の関係で土地の地盤のことなどちょっとグレーを疑う案件なんかは、念を入れて調べてもらっている。

  • 大抵のことは杞憂で終わるが、途中でいきなり頓挫してしまうリスクを回避するためには

  • 俺の個人的な梃入れも無駄ではないと考えていた。

  • キザキ

    アイリちゃんに資料を預けて帰ろうかなと思ったんだけど、

  • キザキ

    ”彼”がいたから。

  • キザキ

    やっぱりほら…

  • キザキ

    夜にこんな若い男女が二人きりって言うのも…ね?

  • <若い男女が二人きり>の部分を心なしか強調するように言いながら、

  • サクヤはシオンを指差してにっこりと微笑んだ。

  • シオン

    ……いや、

  • シオン

    俺は、アイリに貸して欲しいって頼まれてたCDを持ってきただけですけどね。

  • キザキ

    持ってきただけなら、すぐに帰ればいいのに
    家に上がってたじゃない。

  • シオン

    それは、

  • シオン

    CDの収録コンテンツについて、話しをしようってなってたから。

  • なんだか腑に落ちない、といったようにシオンは唇を尖らせる。

  • レン

    (よくやった、サクヤ)

  • 確かに、夜が更けていく時間帯に、アイリとシオンが二人きりなるのはいただけない。

  • サクヤは俺のアイリへの気持ちを知らないし、気まぐれで配慮してくれたのだとしても、

  • 二人の間に割って入ってくれたことに内心で素直に感謝した。

  • レン

    ……

  • 今なお、ソファーの上でちょこんと小さくなったままのアイリを一瞥した俺は、

  • もう必要のなくなったアロマキャンドルの火を吹き消して苦笑する。

  • レン

    おまえ、こういった類のことするの、苦手だろうが?

  • アイリ

    う、うん…、そうなんだけど…、

  • シオン

    ちょっと、話の流れで…な、アイリ

  • 決まりが悪そうにもじもじするアイリにシオンが助け舟を出して、上目遣いで俺の様子を窺う。

  • レン

    話の流れってなんだ?

  • アイリ

    うん、まあ…、

  • 訊ねてみても、えへへ…とちょっぴり力が抜けたように笑っただけで、

  • そのまま口籠もるアイリを見遣ったサクヤがソファーの背凭れに身を預けて、発言の先を取って代わった。

  • キザキ

    結論を先に言えば、

  • キザキ

    アイリちゃん、シオンくんと賭けをしたんだよね。

  • レン

    …賭け?

  • キザキ

    僕や彼の怪談話を最後まで頑張って聞けたら、

  • キザキ

    明日の土曜日に、レンの愛車をワックスがけまで綺麗に洗車するっていう…ね。

  • レン

    はあ?

  • レン

    なんだそれは…

  • キザキ

    僕とシオンくんは初対面だし、最初は会話もなく過ごしてたんだけど、

  • キザキ

    やっぱり、間がもたないじゃない?

  • キザキ

    それで、今は夏だし、みんなで怪談話しようって僕が思い立って。

  • レン

    …、

  • キザキ

    アイリちゃんは、絶対に嫌だって言ったんだけど…、

  • レン

    そりゃそうだろ、アイリはそういった話が苦手なんだからな。

  • レン

    (こいつはほんと、余計なことを思い付きやがって…)

  • アイリとシオンを二人きりにさせないでいてくれたことには感謝するが。

  • 不機嫌さを滲ませてしまいながら、恨みがましくサクヤを睨む。

  • キザキ

    分かりやすく怒らないでよ。

  • レン

    おまえがつまらねーこと思い付くからだ。

  • キザキ

    だから、戦利品を用意したんだよ。

  • キザキ

    そうすれば、アイリちゃんも、真夏の風物詩を少しは楽しめるかなと思って。

  • レン

    ……ったく、

  • レン

    (何が真夏の風物詩だよ…)

  • 悪びれる様子もなく、昔と変わらず遊び心が満載なサクヤに、

  • 俺はまた一つ、大きな長嘆息をした。

  • キザキ

    『最後まで怖い話を聞くことができたら、アイリちゃんのして欲しいことを、一つだけ叶えてあげるよ…、』

  • キザキ

    『…シオンくんが』

  • シオン

    『え、ちょっと…、俺が、ですか!?』

  • キザキ

    『その代わり、もしもアイリちゃんが途中でギブアップしたら、』

  • キザキ

    『シオンくんのして欲しいことをアイリちゃんが叶えるっていうのはどう?』

  • キザキ

    『…あ。分かってると思うけど、エッチなこととかは一切ダメだからね?』

  • シオン

    『そ、そんなこと頼まないですよっ、』

  • シオン

    『…今度、ランチ奢ってもらうとかで大丈夫です』

  • キザキ

    『うん、いい子だね』

  • キザキ

    『それじゃ、アイリちゃんはどうする?』

  • 超が付くほど苦手な怖い話、いつものアイリならスルーして取り合わないはずだが、

  • アイリ

    『…神楽愛莉、その賭け、乗りますっ!』

  • 今回ばかりは、鼻息荒く、選手宣誓してしまったというわけだった。

  • そうさせてしまった原因は、ここのところの俺の激務にあった。

  • ここ最近、休みなしの通勤でフル稼働中の俺の愛車。

  • <ずっと洗えてなくて汚れたままの、お兄ちゃんの愛車を綺麗に洗車する>

  • そんな、側から見れば大したことのない戦利品。

  • でも、俺にとっては、

  • 兄想いである妹の優しい心がこもった戦利品。

  • そう感じるには、思い当たる節があった。

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