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仕事が立て込んで徹夜が続いた日には、アイリとすれ違うことが多くなる。
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あいつが起きてくる頃、
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俺はようやく短い仮眠を取って事務所に舞い戻るっていう日を、もう1週間。
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アイリは、文句一つ言わないで。
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このときばかりは、普段することがない家事をこなして。
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昨日も、早朝に仕事から帰った俺がベランダを見上げた時には、すでに洗濯物を干していた。
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俺が何か言うわけでもないのに必要だって感じたら
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痒いところに手が届くみたいに、おまえはいつもそうやって健気に動き回る。
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俺の窮地を察知してくれて、ありがたいって感謝すべき瞬間だと言うのに。
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ドロドロに疲れてる俺の思考は、かなりワガママになってしまっている。
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俺だけに向けたおまえの笑顔に癒されたい、とか。
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おまえと二人だけの時間を過ごしたい、とか。
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……おまえを抱き締めて眠れたら…、だとか。
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久しぶりに、20時過ぎの帰宅というものを味わう。
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無理難題が押し込まれた図面の納期を間に合わせて、やっと徹夜から解放された俺は、
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気怠い体を引きずるようにして車から降り立つ。
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ひっそりと光を放つポーチライトが今は刺さるみたいに眩しくて、思わず目を細めた。
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レン
…、
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レン
さすがに疲れたな…。
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玄関先の明るさとは正反対に、リビングに続く廊下はなぜか薄暗くて
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ドアの飾り窓からも、普段の明るさからは程遠い仄かな間接照明のそれが漏れているだけだった。
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アイリ
——嫌!
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アイリ
やっぱりやめて、もうやめてっ
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レン
…!
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(——アイリ?!!)
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突然響いたアイリの高い声に疲れも忘れ、
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慌てて廊下を突き進んだ俺は、勢いよくドアを開いた。
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レン
おい!アイリ、どうした…!!
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レン
…って、…えっ??
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キザキ
こんな話でもうギブアップだなんて、
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キザキ
ほんとに怖がりだね、アイリちゃん。
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クスクスと笑い声を漏らしながらアイリを揶揄う見慣れた風采を目にして、
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俺はほっと安堵の息を吐き出した。
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レン
(…、良かった、)
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レン
(マジで焦った…)
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間接照明の明かりを最小限に抑えた薄暗い室内で、
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ソファーに腰掛けてセンターテーブルをぐるりと囲み、
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まるで陽だまりに集う雛鳥みたいに身を寄せ合う影は3つ。
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そこには、アイリと、
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アイリの中学時代の部活の先輩であるシオンと、
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俺の小学校からの友人のサクヤがいた。
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アイリとシオンが並んで座る向いのソファーでゆったりと長い脚を組み替えたサクヤは、笑顔で軽く手を上げる。
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キザキ
おかえり、レン。
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レン
おう…、来てたのか。
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レン
…つーか、
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レン
なにやってんだ、こんな暗がりで。
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シャツのネクタイを緩めながらそれぞれの顔を見遣る。
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アイリ
えっとね…、
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アイリ
まずは、お兄ちゃんおかえりー…
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レン
おう…、ただいま。
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言葉尻が俺に縋るように伸びたアイリの弱々しい形姿に大体の見当を付けた俺は、
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センターテーブルの上でひっそりと揺らぐアロマキャンドルに視線を巡らせた。
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盛んに火を立てるというよりも頼りなく揺れるその炎は、
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紙縒 りを包 むように小さく縮こまっている。 -
レン
怖い話でもしてたのか?
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レン
電気つけるぞ?
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呆れたように小さく笑いながら壁のスイッチに手を伸ばし、室内に暖色の明るさを取り戻した。
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