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︙
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アイリ
もう、ほんとにびっくりしたよ。
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アイリ
玄関の鍵が開いてたから、掛け忘れちゃってたのかなって一瞬焦ったけど、違ってよかった。
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レン
悪いな、驚かせて。
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アイリ
ううん、それは全然いいんだけど、
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アイリ
携帯がつながらないからって、お兄ちゃん心配しすぎ。
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アイリ
映画観るときは、誰だって電源落としたりするでしょ?
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レン
だよな?
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アイリ
もう…心配性なんだから。
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レン
ま、あれだな、
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レン
美しい兄妹愛ってことでいいだろ?
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出張先から一時的に戻った理由を作為的に掻い摘んで話したが、
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アイリは深く追及することなく納得したようで、
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自分が電話に出なかったせいで極度に心配した俺が、勝手に戻ってきたのだと思い込んでくれたらしい。
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それももちろん間違いではないが、一番の理由は、
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ただただ俺が、
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アイリのそばにいたかったから。
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アイリ
映画観た後に、すぐに着信を確認しなかった私も悪かったけど。
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レン
察するに、
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レン
観た映画が思ってたよりも面白くて、映画観た後はグッズ選びやら書店やらへ行って、
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レン
携帯の確認どころか、
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レン
頭の中はもう、それでもちきりだったわけだな?
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アイリ
おお!
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アイリ
さすが、お兄ちゃん、
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アイリ
大当たりー!
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アイリ
誕生日だし、奮発していつもよりお小遣い使っちゃった。
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手に提げていた紙袋を二つ掲げて、ニシシと笑って見せる。
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そして。
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アイリ
心配性すぎるのは困ったものだけど、
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レン
…、
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アイリ
今日のお兄ちゃんのまさかの帰宅は、
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アイリ
すっごく嬉しいサプライズだった。
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レン
———
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アイリ
…にゃは、
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アイリ
ちょっと可愛いこと言ってみた。
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レン
(いや、ちょっとどころか、)
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レン
(可愛すぎるだろ…)
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そばにいたいのだという密やかな我を押し通したのは俺。
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でも、
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レン
(そんな言葉を聞けるなんて、)
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レン
(マジで、帰って来てよかった…)
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白い頬を隆起させてはにかんだアイリの笑みに愛しさが込み上げて、
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このときばかりは、自分の抱く想いを丸ごと肯定したいと思った。
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レン
…そうだ、
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レン
サプライズといえば、おまえの誕生日プレゼントなんだが、
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アイリ
ん?
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レン
ここのところ忙しくて、まだ誕生日プレゼント買えてなくてさ。
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左手首にはめている腕時計のバックルを指先で外す。
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レン
ちゃんと買って渡すまで、コレ、付けといてくれるか?
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レン
引換券みたいなものってことで。
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言いながら、静かにアイリの手首を手に取って、腕時計をそこに巻き付けて留める。
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アイリ
わあ、やったあ!
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レン
思った通りベルトが余るな…、
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レン
手の甲のところでなんとか止まるから、いけるか?
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アイリ
ねえ、誕生日プレゼント、ほんとにコレでいいから。
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アイリ
もともとコレが欲しかったんだし。
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レン
いや、でも、こんなモノ…、
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アイリ
コレがいいんだってばっ、
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アイリ
コレちょうだいっ!
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手首にはめた腕時計を包み込むように胸に抱いたアイリの瞳が、キラリと悪戯に光る。
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アイリ
はめちゃったもんねー!
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アイリ
もう渡さんっ!
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レン
…仕方ねえな、
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レン
本当にそれでいいのか?
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アイリ
うんっ、全然いい!
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アイリ
ありがと、お兄ちゃんっ!
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レン
…ああ。
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…紆余曲折あったが、
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わずかな時間でも、今年もおまえの誕生日をすぐそばで祝うことができた。
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兄貴って存在じゃなく、
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一人の男として祝うことができたなら…。
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レン
……
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叶うことはないその未来をこっそり思い描きながら。
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笑顔のアイリを前に、切なさと愛しさを噛みしめていた。
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vol.5 END
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