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︙
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ひとまず支社に戻った俺は、
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夜に控えている支社の連中との会食を欠席することに決めた。
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無論、普通はそういったことが歓迎されるものではない。
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だが、今のところ仕事の運びも順調で、短期間でそれなりの成果も上げている。
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レン
(俺たちに対しての慰労会みたいな酒の席だ…、)
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レン
(少しくらいの無理聞いてもらってもバチ当んねーだろ)
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気をつけてな?
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レン
悪い、あと頼むわ。
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レン
明日の会議には間に合うように、
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レン
明け方には帰ってくるから。
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ああ。
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*
くれぐれも事故すんなよ?
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眉尻を下げた同僚の表情には、少しばかり呆れたような、それでいて案じるような人の良さが刻まれていた。
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何度かアイリに電話をかけたが、一向に繋がらず、呼び出し音が耳に届くだけだった。
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普段なら、いくら心配性の俺でも
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会社での会食を言伝で欠席するような、突拍子な行動を起こすまでには至らない。
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だが、今回は、いつもと少し状況が違う。
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レン
これ、頼んだ。
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おう、了解。
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昼に終えた打ち合わせの内容をまとめた報告書を手渡して、駐車場までの通路を進む。
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おまえ、アイリちゃんのことになると、
まるで人が変わるよなあ。 -
レン
…、
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レン
兄一人、妹一人の二人だけの家族だからな…
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早足で歩く俺に歩調を合わせながら苦笑を漏らす同僚を視界の端で見定めて、
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小さく言葉を落とす。
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…まあ、あれだ、おそらく心配ないって。
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誕生日だしさ、アイリちゃんも他の友達と遊びに行ってるんじゃねーかな。
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レン
……そうだといいんだが。
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いいか?神楽、
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おまえの仮病が支社の連中にバレないようするってことが、俺の今夜の任務だが、
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おまえは、家とこっちを無事に行き来することが、最重要任務だからな?
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レン
…分かってる。
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…よしっ。
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今度、酒奢れよ?
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レン
もちろん。
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レン
思う存分、何軒でもハシゴするよ。
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その言葉、忘れんなよー?
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目を三日月のように細めた笑顔で拳を肩に押し当ててくる同僚に、微笑み返しながら運転席に身を沈めた。
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逸 る気持ちもあるだろうが、あんまり飛ばすなよ! -
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おまえが万が一事故なんか起こしたら、
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悲しい思いをするのはアイリちゃんだってことを頭に置いて、運転しろよ?
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レン
ああ。気をつけるよ。
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レン
……、
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レン
ありがとな、
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レン
マジで感謝してる。
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これまでに、幾度となく仕事での苦境を共に乗り越えた戦友の深い優しさに触れて
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素直な謝意をまっすぐに告げれば、
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同僚はわずかに滲ませた照れを揉み消すみたいに、ガシガシと頭を掻いていた。
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レン
…それじゃ、行ってくる。
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今から、家に帰る。
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アイリの誕生日が終わってしまう前に、ほんの数分でもいい……
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あいつに会いたい。
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レン
……
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アイリの綻んだ笑顔を思い浮かべながら、
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俺は自宅を目指してアクセルを踏み込んだ。
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