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まず、自分の隣にいるのは遠距離恋愛中の恋人で、
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いつもは彼氏が会いにきてくれているが、今回は自分がここまで会いにきているのだということ。
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当初、もちろんアイリと二人で海に行くことになっていたが、
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サキが恋人と久しぶりに会える日が、奇しくもアイリの誕生日と重なってしまったこと。
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それを知ったアイリが、海へはまたいつでも行けるのだからと自分との約束は取り止めて、
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サキが恋人と会うことを優先するようにと、強く推し進めてくれたこと。
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…そして。
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<毎年、お兄ちゃんが誕生日を祝ってくれるから寂しくないし、全然大丈夫だよ>って…、
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笑って言ってくれたんですけど…、
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レンさんがここにいるってことは…、
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『アイリは今、一人ってことですよね…?』
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…と。
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心配そうな面差しで述べたサキの声が、木霊みたいに耳奥で繰り返される。
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俺が出張のことをアイリに告げたのは、
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サキと海へ行く約束を白紙に戻した後だったということも、
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今、改めて知った。
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レン
…―――
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レン
(なんだよ、それ…)
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あの、レンさん、
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ほんとにごめんなさい、
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私、ちゃんともっとアイリに確認してれば…、
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レン
…そんな顔するな、サキちゃん。
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レン
アイリがそうしたかったんだから、気にするな…、な?
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でも、
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レン
サキちゃんが謝ることじゃねーよ。
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レン
むしろ、あいつのお節介を聞いてやってくれて、ありがとな。
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レン
あいつも今頃は、他の友達と遊びに行ってるさ。
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…はい、そうだといいんですけど…、
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レン
ほら、彼氏待たせとくのも悪いだろ、もう行きな。
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未だ申し訳なさそうに、案じるような視線を寄越してくるサキの肩に、そっと手を乗せて微笑みかける。
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レン
(……)
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そう、もちろんサキのせいなんかじゃない。
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そして、お節介すぎるアイリのせいでもない。
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レン
じゃあな。
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レン
またうちにも遊びに来いよ?
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…はいっ、
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ありがとうございます…!
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レン
おう、またな。
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レン
(……、)
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丁寧に頭を下げたサキが踵を返したところで、すぐにアイリに電話をかける。
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レン
……
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アイリがついた優しい嘘に、いつも気づけない自分はどうしようもなく間抜けで。
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レン
……、
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きっと、出張で忙しい俺を気遣って。
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サキにも、余計な気遣いをさせないように、
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誕生日を俺に祝ってもらうから寂しくない、だなんて。
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レン
(最初から、俺と過ごせねーことを分かってたくせに…)
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レン
…、
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それで?
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結局は、そんな健気な気遣いに全く気付けなかった俺は、
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やっぱ、誰よりもイケてねーな。
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レン
……、
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レン
遅ぇな…
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普段よりも長い呼び出し音は、このままだと留守電に切り替わるだろう。
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俺は、逸る気持ちを抑えながら通話口に意識を集中させた。
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