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アイリ
んー…
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レン
遠慮しないで欲しいもの言えよ?
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アイリ
そうだなー…、
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アイリ
じゃあ、
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アイリ
お兄ちゃんの腕時計。
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レン
俺の…腕時計?
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アイリ
ほら、今腕に着けてるその腕時計。
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アイリ
出張に行く前に、ソレちょうだい。
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レン
…、
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予想もしていなかったものをプレゼントとして強請られて、
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目を丸くしながら自分の左手首に視線を落とした。
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レン
メンズの腕時計だぞ?
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レン
腕時計が欲しいなら、もっとおまえに似合うものを買ってやるよ。
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アイリ
そういうのはいらない。
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アイリ
お兄ちゃんの腕時計が欲しいなって思っただけだから。
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レン
……なんでだ?
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レン
変なモノ欲しがるんだな。
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アイリ
そう?
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アイリ
別に変じゃないと思うけど。
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アイリ
その腕時計、センスいいし、モノもいいし。
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レン
でも、使い古してるぞ?
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アイリ
うん、知ってる。
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アイリ
お兄ちゃんの汗とか匂い、しっかり染み付いてそうだよね。
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目尻に皺を寄せながら揶揄するように言い放ったアイリに、俺は溜め息に似た短い息を吐き出して首を振った。
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レン
だった尚更、他のモノにしろよ。
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レン
こんなモノがおまえの誕生日プレゼントだなんて、おかしいだろ。
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アイリ
……
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俺の言葉に、アイリはわずかばかり眉根をピクリとさせて口を噤む。
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何か言いたげで、それでもなかなか声を紡がないその面持ちを注視したが、
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アイリははぐらかすようにこめかみの辺りを指先で掻くと、おもむろに椅子から立ち上がった。
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アイリ
じゃ、別になんでもいいよ。
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レン
なんでもいいってのが、一番困るんだけどさ。
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アイリ
……
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レン
ま、おまえくらいの歳の子がどんなものを欲しがるのか、
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レン
会社の女の子にでも相談してみるか。
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アイリ
……、
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レン
プレゼント渡すのは出張から帰って来た後になって悪いが、とりあえずは乞うご期待ってことで———
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アイリ
別になにもいらないから、
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アイリ
出張、行ってほしくない…
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遮るように割って入った、消えそうなか細い声。
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瞬間、どこか物憂げなアイリの横顔が目に焼き付くようで、
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食い入るように視線を釘付けた。
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レン
(今、こいつ…、)
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レン
おい、今なんて言った?
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アイリ
ううん、ごめん、
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アイリ
なんでもない。
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レン
もう一回はっきり言ってみろ、なんて言ったんだよ?
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アイリ
……
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アイリ
…あれ?なんて言ったっけ?
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レン
おい、とぼけるなよ。
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レン
出張がどうとかって、言ったんじゃねーのか?
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アイリ
…ああ、それねっ、うん、
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アイリ
出張先でのお土産のことを、ぼそっと呟いただけ。
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レン
…、
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尋問じみた俺の言葉を掻き消すように相好を崩したアイリに、つい二の句を失う。
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レン
(お土産とか…、そんなこと言ってたか?)
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アイリ
ご当地のスイーツ、忘れないでねっ。
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レン
…それはもちろん、忘れずに買ってくるが、
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アイリ
やったあ、よろしくー。
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レン
いや、あのさ、
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アイリ
さてと、
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アイリ
そろそろ行くかな。
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しっかり受け止めることができなかった言の葉を未練がましく追いかけようとしても、
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それは白煙のようにすぐに立ち消えてしまう。
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レン
…―――
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レン
(肝心な時に、いつもこうだ、ったく…)
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アイリ
今日は図書館でレポートの最終仕上げだ。
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アイリ
いってきまーす。
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ダイニングを後にするアイリに、取り付く島は見当たらない。
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レン
……
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出勤の時刻が迫る中。
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レン
……、っとに…、
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レン
毎度毎度、何かと頼りねー兄貴だな…。
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思い詰めた眼差しを隠すことなく窓の外に向けると、
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しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
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